「あ……!?」
そして、その痛みは冷静になるに従って、状況を理解するにつれて強くなり。
だんだんと燃えて、やがて冷静だった頭の中を完全に乗っ取って、強まる痛みと状況の異常さに、湧汰は動転した。
「あっ……あ……!!」
パニックになった。真っ暗闇の中で痛みに慄いて、後ずさった。天井から降る砂を、本能的に避けた。だが足元に厚く堆積し、靴を半ば埋めていた砂が、下がろうとした足を、重くつかんだ。
「!!」
バランスを崩し、その場所で膝をつく。
手をついた。ざす、と膝が、左手が、砂に埋まった。
「っ!!」
慌ててもがいて立ち上がる。その砂の感触は、夢の中で砂に手を突っ込んだ時の記憶と全く同じもので。
しかし、そこからは────同じではなかった。
砂に触れた肌が、瞬時に痛みに変わった。
肌という肌が痛みに変わった。皮膚が痛みに置き換わった。脚も手も砂に触れた全ての部分が燃えるような痛みに被われて、口から叫び声が噴き出した。あまりの痛苦に絶叫した。
触れた砂が高熱だったかのような、皮膚を焼き侵すほどの高熱で炙った砂が触れたかのような痛み。だが違う。砂は冷えていた。触れた瞬間の、砂の冷たさも憶えている。なのに痛い。熱ではなく、砂という形をした純粋な痛み。そうとしか言いようがなかった。砂が触れた皮膚が、純粋な痛みに変わったのだ。
「────────────────っ!!」
叫んだ。皮膚という皮膚を、神経という神経を、痛みが侵した。
頭の中が、目の前が真っ赤になる痛み。しかしそれは終着ではなかった。その痛みは皮膚を焼きながら、そのさらに内側へと、徐々に食いこんでいったのだ。砂の触れた部分から、だんだんと、ゆっくりと、肉と、神経の奥に。痛みが、砂のようにざらついた痛みが、肉の中へ中へと、じりじりと浸透していた。
「──────────っ!!」
痛む肉。叫んだ。暴れた。
肌に付着した砂を、必死ではらいのけた。
左腕と膝を手ではらう。砂が飛ぶ。暗闇の中に飛び散る、妙に多い、砂の感触。
痛い! 痛い! しかしどれだけはらっても、痛みと、それといつまでも、付着した砂の感触がする。はらう方の右手も、痛みばかりで感覚がほぼないが、ただ皮膚のざらつきと、砂が飛び散っている感覚があった。
何度、何度はらっても。
何度はらっても、砂がなくならない。痛みもなくならない。
そのさなかだ。
じわ、
と天井の照明が、不意に灯った。
明るくなる。部屋の中が照らし出される。床を満たす砂も。そしてその中に立って、焼けるような痛みに狂乱しながら、体についた砂をはらおうと暴れている、自分の姿も照らし上げられた。
欠けていた。
右手の指が。
肌が見えないほど砂まみれになった、痛くて痛くて感覚のない右手。明かりに照らし出されて目に入ったそれは、砂に覆われて、あるべき五本の指が、欠けた櫛のように不揃いに、ぼろぼろに短く細くなっていた。
「────あ?」
それが見えた。見てしまった。
目を見開いた。
それは夢で見たものと、同じ光景。乱暴に扱った砂糖細工のように、ボロボロに壊れて崩れ果てた、自分の手指。その光景。
夢と違うのは────それが、激痛を発していること。
崩れた部分が、砂が付着して肌が見えない部分が、くまなく焼けるように、すさまじい痛みを発していること。
「あ──────」
そんな手を見た。
そして、視線を下ろした。
今まで、パニック状態で砂をはらい落とそうと、何度も叩いていた膝と左腕。そこはごっそりと削れていた。斧を打ち込んだ、立ち木のように。
「あ………………あ…………あ…………!!」
声が出た。苦痛を超えた、絶望の声だった。
自分の体が崩れている。自分がもう助からないことを理解した、絶望の声だった。
手と、腕と、膝を、目を見開いて見つめながら、大きく開けた口から漏れる、言葉にならない声。恐怖と絶望をそのまま搾り出したような、魂の底からの終わりの声。
理解した。自分の体の中で起こっていることを。
この、全身を焼く痛みの正体を。
体が、砂に変わっていた。
肌も、肉も、自分の体が表面から砂に変わって。その一粒一粒が自分の肉と神経から剝がれてゆく痛みが、一斉に自分の全身を襲っているのだ。
痛い。
熱い。
なんで。
「────────!!」
涙が出た。見開いた目から、涙が。
そんな湧汰の頭の上に、静かに砂が降っていた。
さらさら、さらさらと、優しく霧雨のように。そしてあまりにも無慈悲に、砂は、その全身を包みこむように──────
………………
…………………………
……