1
「…………志場くんは?」
みんな集まったのに、湧汰がホールに来ない。
疑問に思いながら待っていると、バリケードの向こうの遠くから、すさまじい絶叫が聞こえて────ついこの前にあったばかりの春人の事件を思わせる状況に、そこにいた女子たち全員が、一斉に表情を凍りつかせた。
視線を交わして、首を振るだけの、短い無言のやり取り。
すぐに出る結論。華菜が一人バリケードをくぐって、北校舎へ侵入する。
重たいバールを片手に、暗い廊下をひた走る華菜。そして湧汰の担当している家庭科室へと辿りつく。
真っ暗な窓。開きっぱなしの入り口。
真っ暗な室内から廊下に漏れている砂。それが見えたところで、緊張とともに立ち止まる。
上がった息。
見えない室内。
そこに、不意に、じわあ、と天井の照明が灯って────
教室の中の砂漠の隅に、
湧汰の面影をはっきりと残した砂の柱が立っていて、
そして苦悶の表情を浮かべたその隣に春人の顔をした三本足の異形が立ち、さり、さり、とかき集めるように砂の胴体を削っているのが見えて──────
華菜は、
ひっ、
と強く息を止めて。
廊下を後ずさり、それから家庭科室が見えなくなるまで離れてから、足音を殺して、しかし急いで、家庭科室から離れた。
「………………!」
見てしまった。家庭科室の床を、細かい砂が、厚くなだらかに覆っていて。
均等に並んでいる、調理台になる大きな机の縁から、表面に積もっている砂がさらさらとこぼれているという不思議な光景のその奥に────湧汰の顔が上部についた、小学生の背丈の砂の柱が立っている。
その顔は、大きく目と口を開けて、激しい苦悶に歪んでいる。全体のディテールは天井をあおいで身体をそらし、そして柱自体になかば溶けこみつつある両手のようなものが口元と胸を押さえていて、巨大な苦痛に耐えているように見える。その様子はあまりにも生々しく、真にせまっている。
一目で、それは作り物ではないと確信する。
確信できる。その砂を固めた像は、元は生きた小学六年生の男の子だったのだと。
そして、そんな部屋のノイズがかった静寂に響く、さり、さり、という音。砂漠に立ったその砂の柱を、隣に立った三本足の春人の顔をした化け物が、手を伸ばしてかき集めるようにして、さりさりと削り取っているのだ。
そして、化け物は。
湧汰の体を削り取った砂を、手のひらにためると。
春人の顔をした人形の口を開けて。
さり、さり、と。
その砂を────食ったのだ。
……その様子を、顔をこわばらせた華菜が戻り、みんなに伝えた。
ホールは、強いショックに包まれた。
息をのむ音。
すすり泣き。そして。
それが華菜たち、あかね小学校『ほうかごがかり』を襲った、夏休み前の三つの恐ろしい出来事の──────そのうちの、二つめのものだった。
………………
…………
†
夏休みが始まった。
────ダメだ。このままじゃ。
七月十九日。夏休み初日。湧汰が犠牲になった『ほうかご』の、次の『ほうかご』と、それからその次の『ほうかご』を終えた、土曜日の朝。『ほうかご』から目を覚まし、布団から身を起こした華菜は、まだ暗い早朝の部屋の中で、まず真っ先に思った。
このままじゃダメだ。ぜったい。
と。
恐ろしいことが起こっている。華菜には理解できないことが。何が起こっているのかは分からない。だが一つだけ分かっているのは、このままでは絶対、華菜たちの誰一人として無事ではいられないということだった。
すでに、みんなの怯えと疲弊は深刻だ。
普通の子供よりも人の死に慣れている華菜でさえ、この状況は、平静のままでいられる自信がなかった。
海深と陸久では耐えられないだろう。恵里耶でもきっと無理だ。しかしこのまま怯えて何もしないでいると、みんな怯えて一歩も動けないうちに、何らかの恐ろしいことになる、それだけは確実だった。
あの化け物たちは────恵里耶が経験したような、それから『メリーさん』が言っていたような、記録さえしていれば無事に済むような簡単な存在ではない。二人が言っていたやり方で、今まではよかったのかもしれない。だが、いま華菜たちが対峙している、あの化け物たちは、絶対にそれとは違った。絶対に別物だった。
何かが起こっている。去年とは違う異常なことが。
今のままでは駄目だ。華菜は思う。これまでの事件を経て、完全に萎縮している恵里耶を見てそう思ったが、しかし華菜の冴えている部分が同時に思ったのは、それはもう自分たちだけでは解決は無理ではないかということだった。
恵里耶と『メリーさん』に分からないなら、もう自分たちではどうにもならない。
自分たちの中の、数少ない経験者の知識が役に立たない。こうなったらもう自分たちではない、外部の協力が必要だった。
外部の、できれば知識や知恵のある協力者が欲しい。
しかし残念ながら、大人の助けが得られないことは、もう華菜たちにも分かっていた。
他でもない華菜が────親子関係が良好で、学校であったことをほとんどママに話している華菜自身が真っ先に知っていた。身をもってだ。ママに『ほうかご』のことを話した瞬間、ママが完全に『停止』して、その間の記憶が失われたのだ。だから親も先生も、警察も自衛隊も、頼りになる大人を『ほうかご』に介入させることは、絶対にできないと知っていた。
思えば『メリーさん』も言っていた。
この『ほうかごがかり』は小学生だけの仕事で、『卒業』した『かかり』は、そのことを忘れてしまうのだと。
それが本当なら、絶望的だ。
そして本当なのだろう。だが華菜は、あきらめなかった。
華菜は────
「……『ほうかごがかり、って聞いたことない?』っと。これだけでいいかな」
土曜日のその日のうちに、自分のたくさんいる小学生の友達に、質問のメッセージを送ったのだ。
迷い、悩み、文面を何度も書き直して、最終的に一番シンプルにした質問。本当にこんなことをしていいのかと、ママが『停止』した時の様子を思い出して、みんなに悪い影響があるのではないかと悩みつつ、それでも決行した。自分と、仲間のために。
悪影響については分からない。だが結果、驚いたことに数人から心当たりが返ってきた。
ほとんどは「なんとなく聞き覚えがある」くらいの心当たりで、華菜の助けになるものではなかったが、そのうち二人は答えが具体的だった。
一人は少し離れた小学校に通っている女の子の友達で、彼女の報告は自分の小学校で見かけたことがあるという目撃情報だった。学校の玄関にある、持ち帰り自由のパンフレットなどを置いてある場所に、コピー用紙で作った見慣れない手作り冊子のようなものが置いてあり、そこに『ほうかごがかり』と書いてあった記憶がある、というものだ。
そしてもう一人は遠方の、法事で仲良くなった遠い親戚の男の子からだった。彼は自分には心当たりはないけれども、独自にネットで調べてくれたらしく、とある小さな小学生専用の交流掲示板でチェーンメールについて相談している内容に、『ほうかごがかり』という言葉が見つかったと夜になって連絡をくれた。
華菜もネットを調べはした。だが何も見つけられないでいた。
それを彼は見つけてきてくれた。彼からのメッセージには一つのリンクが貼り付けてあって、そのリンクの先には報告にあった、おそらくは小学生が個人的に設置したと思われる、さびれた掲示板のトピックがあった。
淡いパステルグリーンの背景をした、子供っぽいデザインの掲示板。
そこにあったのは、どこかの小学生による、こんな内容の書きこみ。