ほうかごがかり4 あかね小学校

三話 ①

1


「…………くんは?」


 みんな集まったのに、ゆうがホールに来ない。

 疑問に思いながら待っていると、バリケードの向こうの遠くから、すさまじいぜつきようが聞こえて────ついこの前にあったばかりのはるの事件を思わせるじようきように、そこにいた女子たち全員が、いつせいに表情をこおりつかせた。

 視線をわして、首をるだけの、短い無言のやり取り。

 すぐに出る結論。が一人バリケードをくぐって、北校舎へしんにゆうする。

 重たいバールを片手に、暗いろうをひた走る。そしてゆうの担当している家庭科室へと辿たどりつく。

 真っ暗な窓。開きっぱなしの入り口。

 真っ暗な室内からろうれている砂。それが見えたところで、きんちようとともに立ち止まる。

 上がった息。

 見えない室内。

 そこに、不意に、じわあ、とてんじようの照明がともって────



 教室の中のばくすみに、

 が立っていて、

 そしてもんの表情をかべたそのとなりが立ち、さり、さり、とのが見えて──────



 は、

 ひっ、

 と強く息を止めて。

 ろうを後ずさり、それから家庭科室が見えなくなるまではなれてから、足音を殺して、しかし急いで、家庭科室からはなれた。


「………………!」


 見てしまった。家庭科室のゆかを、細かい砂が、厚くなだらかにおおっていて。

 均等に並んでいる、調理台になる大きな机のふちから、表面に積もっている砂がさらさらとこぼれているという不思議な光景のその奥に────ゆうの顔が上部についた、小学生のたけの砂の柱が立っている。

 その顔は、大きく目と口を開けて、激しいもんゆがんでいる。全体のディテールはてんじようをあおいで身体からだをそらし、そして柱自体になかばけこみつつある両手のようなものが口元と胸を押さえていて、きよだいな苦痛にえているように見える。その様子はあまりにも生々しく、しんにせまっている。

 一目で、それは作り物ではないと確信する。

 確信できる。その砂を固めた像は、元はのだと。

 そして、そんな部屋のノイズがかったせいじやくひびく、さり、さり、という音。ばくに立ったその砂の柱を、となりに立った三本足のはるの顔をした化け物が、手をばしてかき集めるようにして、さりさりとけずっているのだ。

 そして、化け物は。

 ゆうの体をけずった砂を、手のひらにためると。

 はるの顔をした人形の口を開けて。


 、と。

 その砂を────


 ……その様子を、顔をこわばらせたもどり、みんなに伝えた。

 ホールは、強いショックに包まれた。

 息をのむ音。

 すすり泣き。そして。


 それがたち、あかね小学校『ほうかごがかり』をおそった、夏休み前のの──────そのうちの、二つめのものだった。


 ………………

 …………



 夏休みが始まった。


 ────ダメだ。このままじゃ。


 七月十九日。夏休み初日。ゆうせいになった『ほうかご』の、次の『ほうかご』と、それからその次の『ほうかご』を終えた、土曜日の朝。『ほうかご』から目を覚まし、とんから身を起こしたは、まだ暗い早朝の部屋の中で、まず真っ先に思った。


 このままじゃダメだ。ぜったい。


 と。

 おそろしいことが起こっている。には理解できないことが。何が起こっているのかは分からない。だが一つだけ分かっているのは、このままでは絶対、たちのだれ一人ひとりとして無事ではいられないということだった。

 すでに、みんなのおびえとへいは深刻だ。

 つうの子供よりも人の死に慣れているでさえ、このじようきようは、平静のままでいられる自信がなかった。

 ではえられないだろう。でもきっと無理だ。しかしこのままおびえて何もしないでいると、みんなおびえて一歩も動けないうちに、何らかのおそろしいことになる、それだけは確実だった。

 あの化け物たちは────が経験したような、それから『メリーさん』が言っていたような、記録さえしていれば無事に済むような簡単な存在ではない。二人が言っていたやり方で、今まではよかったのかもしれない。だが、いまたちがたいしている、あの化け物たちは、絶対にそれとはちがった。絶対に別物だった。

 何かが起こっている。去年とはちがう異常なことが。

 今のままではだ。は思う。これまでの事件を経て、完全にしゆくしているを見てそう思ったが、しかしえている部分が同時に思ったのは、それはもう自分たちだけでは解決は無理ではないかということだった。

 と『メリーさん』に分からないなら、もう自分たちではどうにもならない。

 自分たちの中の、数少ない経験者の知識が役に立たない。こうなったらもう自分たちではない、外部の協力が必要だった。

 外部の、できれば知識やのある協力者がしい。

 しかし残念ながら、大人の助けが得られないことは、もうたちにも分かっていた。

 他でもないが────親子関係が良好で、学校であったことをほとんどママに話している自身が真っ先に知っていた。身をもってだ。ママに『ほうかご』のことを話したしゆんかん、ママが完全に『停止』して、その間のおくが失われたのだ。だから親も先生も、警察も自衛隊も、たよりになる大人を『ほうかご』にかいにゆうさせることは、絶対にできないと知っていた。

 思えば『メリーさん』も言っていた。

 この『ほうかごがかり』は小学生だけの仕事で、『卒業』した『かかり』は、そのことを忘れてしまうのだと。

 それが本当なら、絶望的だ。

 そして本当なのだろう。だがは、あきらめなかった。

 は────


「……『ほうかごがかり、って聞いたことない?』っと。これだけでいいかな」


 土曜日のその日のうちに、自分のたくさんいる小学生の友達に、質問のメッセージを送ったのだ。

 迷い、なやみ、文面を何度も書き直して、最終的に一番シンプルにした質問。本当にこんなことをしていいのかと、ママが『停止』した時の様子を思い出して、みんなに悪いえいきようがあるのではないかとなやみつつ、それでも決行した。自分と、仲間のために。

 あくえいきようについては分からない。だが結果、おどろいたことに数人から心当たりが返ってきた。

 ほとんどは「なんとなく聞き覚えがある」くらいの心当たりで、の助けになるものではなかったが、そのうち二人は答えが具体的だった。

 一人は少しはなれた小学校に通っている女の子の友達で、彼女の報告は自分の小学校で見かけたことがあるというもくげき情報だった。学校のげんかんにある、持ち帰り自由のパンフレットなどを置いてある場所に、コピー用紙で作った見慣れない手作り冊子のようなものが置いてあり、そこに『ほうかごがかり』と書いてあったおくがある、というものだ。

 そしてもう一人は遠方の、法事で仲良くなった遠いしんせきの男の子からだった。彼は自分には心当たりはないけれども、独自にネットで調べてくれたらしく、とある小さな小学生専用の交流けいばんでチェーンメールについて相談している内容に、『ほうかごがかり』という言葉が見つかったと夜になってれんらくをくれた。

 もネットを調べはした。だが何も見つけられないでいた。

 それを彼は見つけてきてくれた。彼からのメッセージには一つのリンクがけてあって、そのリンクの先には報告にあった、おそらくは小学生が個人的に設置したと思われる、さびれたけいばんのトピックがあった。

 あわいパステルグリーンの背景をした、子供っぽいデザインのけいばん

 そこにあったのは、どこかの小学生による、こんな内容の書きこみ。


刊行シリーズ

ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影