ほうかごがかり4 あかね小学校

三話 ④

「じゃあ、まずこれ」


 見たことのある表紙。


「あ……!」

「『ほうかごがかりのしおり』。これを小学校に配布するのが、いま僕らがメインでやってる活動だ」

「ありがとうございます!」


 最低でもこれだけは、と求めていたものをわたされて、は受け取ったそれを、感激して胸にきしめた。


「僕らは、このマニュアルを作った人たちの意志をいで、今後『かかり』に選ばれる子供たちのために、全部の小学校にわたらせることを目標にしてる」


 彼は説明した。


「だから、『ほうかごがかりのしおり編集委員会』を名乗ってる。死んでしまった僕の親友がやってた活動を、僕らがいだんだ。もしこの『しおり』が助けになって、無事に『かかり』を卒業できる子が増えたら、そいつも喜ぶと思う」

「はい……!」


 はうなずいた。


「たぶんないと思うけど、もし『かかり』が『しおり』を持ってない学校に気がついたら、君もコピーでいいからわたしてやって」

「わかりました」

たのんだ」


 すがるようにきしめた紙の束に、それに書かれている事務的な言葉に、思っていた以上の思いが入っていることを知って、はあらためてこの『しおり』に、重さと温かさを感じたような気がした。



「僕が『かかり』だった小学校には活動の記録が何十年もちくせきされてて、それを基に活動するためのマニュアルを作ってた。それがこの『かかりのしおり』」


 あらためて話をする、二人とけいたいしの一人。

 決して快適とは言えない気温の中、『しおり』を入れたミニリュックサックをいたまま、自分用の一冊に目を通しているに、持参したすいとうの水をときおり口にしながら、けいが説明を追加した。


「これがあるかどうかで『かかりのしごと』の安全さや、効率がかなり変わる」

「ですよね。しかったです。こういうの」


 同意して、うなずく

 これこそが、ずっと求めていたもの。ただばくぜんと『記録』しろと言われ、ほうにくれるばかりだった活動に道筋を作ってくれる、『記録』の仕方から心構えからきんまで書かれた、具体的な作業マニュアル。


「最初に『しおり』が作られたのはかなり昔で、うちの学校の『かかり』は、いくつかの代が他の学校に広めようとしてたらしい。僕の親友も、片手間だけどそれをやってた。かなり遠くの学校の『かかり』が、かなり昔の版の『しおり』をマニュアルにして活動してたのを、僕らもかくにんしてる」

「そうなんですか……初めて聞きました。うちにも最初からあれば、もっとなんとかできたかもしれないのに」


 答える。心からそう思う。いま見ているのは『記録』のための『日誌』のテンプレートだ。これが最初からあれば、もっと化け物は大人しかったかもしれない。それならはるにもゆうにも、もっとゆうがあったかもしれない。


「そうかもな」


 うなずくけい


「それについて、がなんか言ってたよな?」

『は!?』


 そして急に話をる。けいたいのスピーカーから、あわてた声がした。


「なんか言ってたよな? 五十嵐いがらしさんの小学校の、『しおり』について」

『おっ、おまえ……えーと……あの、あんたのとこの、あ、あかね小学校だけど……こっちでもちょっと調べてみたんだ』


 けいがうながすと、最初は急に水をかけられたねこのようにあわを食っていたは、画面の向こうで何かパソコンを操作しながら、しどろもどろで説明した。


『できてから五年の、新しい学校なんだな。だからまだ、マニュアルが行き届いてなかったんだと思う。小学生同士の、チェーンメールみたいなやり方でしか、広める方法が今のところないんだ。だから、どうしても、な、なんていうか……限界がある。日本縦断して、全部の小学校に配って回れれば確実だけど、そんなのできないし……郵便とかで送っても、大人には「しおり」の内容がにんしきできないから、捨てられるし……』


 話すうちに、じよじよに言葉がスムーズになってくる。だがそこから、だんだんモゴモゴと言葉がれて行ったが、はそこに、「そうなんですね」とみこんで、けいたいのカメラをのぞきこむ。


「ネットじゃだめだったんですか? 調べても全然出てこなくて」


 質問した。

 たぶんいやがられているわけではないと判断したのだ。その予想が当たっているのかは分からないが、どうようをあらわにしつつも、それでもは答えてくれる。


『! あっ、えっ、と、大人だけじゃなくて、どうも、「ほうかご」の話は、部外者にはにんしきしづらいらしいんだ』

にんしき?」

『たっ、たぶんだけど、子供同士でも、同じ学校とか、友達とか、関係者とか……関係がはなれるほど、情報が目に入らなくなる。見えてても、見えてないっていうか……ネットでけんさくしただけの情報とかは、たぶん出てきてるやつを、おれらの脳がスルーしてる。無意識に。部外者だから。たぶん「ほうかご」の情報は、そういう性質を持ってる。わかるか?』

「え、えーと……」


 目をしばたたかせる


「じゃあ……もしかすると、見えてないだけで、つながれてないだけで、けいさんたちみたいな活動をしてる元『かかり』が、他にいたかもしれないってことですか?」

『あんた、そんな見た目してる割に理解力があるな?』


 の答えに、おどろいたように言った。その失礼な言いように、むっとして口をとがらせるだが、はそれに気づいた様子もなく、結論を言う。


『そう考えるのが自然だと思う。でも、きっと数は少ない』

「……どうして?」

『生き残って、卒業したら、みんな忘れちまうからだ。いやおくだから、忘れたい、思い出したくない、見ないようにしたいと思って────。大半の「かかり」は、「かかり」だった時の自分の異常な経験のことを、大人になる前に忘れちまうんだ。忘れずにおぼえてる一部の人間も、そんないやおくを思い出させる存在とは関わりたくないし、見てられないから、てつていてきける。

 おれらみたいのは────っていうか、そこのけいみたいなのは、ものすごい少数派だ。こいつは忘れた方が楽なくらいいやな目にってるのに、やらなきゃいけないことがあるからってしゆうねんおぼえてる。この活動やってるのはあくまでもそいつで、おれは無理やり付き合わされてるだけだからな。そこはかんちがいしないでほしい』


 いかにもめいわくそうに、カメラに身を乗り出して、言う。その様子を見てはピンときて、つい先ほどの仕返しを、さっそく思いついた。


「そういう割に、さんもちゃんとおぼえてるんですよね?」

『ぐっ……!? う!』


 画面の中のが言葉をまらせた。


「いい人なんですね」

ちが……っ! わ、忘れるつもりだったんだよ! そのはずだった! なんでまだおぼえてるのか、おれが聞きたいよ!』


 さけがおで見返す。心の中で舌を出す。


「そいつ、僕よりおくが確かなんだよな」


 やり取りをだまって見ていたけいが、静かに口をはさんだ。


けい! おま……!』

「まあ、それで助かってはいるんだけど────そんな僕らでも、やっぱり少しずつおくうすれてる。いつまでおぼえてられるか自分でも分からないし、僕らがまだ活動をやれてるのはぐうぜんだ。君が僕らに辿たどりついたのもぐうぜん。君はギリギリのところで運がいいよ」


 けいは、そう言っての言い合いを、いつたんはなす。

 そして。


「じゃあ、あらためて」


 ベンチから立ち上がった。


「君らのじようきようについて話をしようか。学校まで歩きながら」


 そう言って、まだが何かを言っているけいたいをイーゼルから取り上げて、見上げているかえった。


「案内してくれるか?」

「あ、はい……!」


 そして、あわてて返事をするを見て。

 けいはまた、目をはなせつに、その右目だけを、少し細めた。



刊行シリーズ

ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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