ほうかごがかり4 あかね小学校

三話 ⑧

「今は別にいいかもしれないけど、とりあえず、これをおぼえといて」


 反論の言葉が出ないまま、差し出された『しおり』を見て、複雑な表情をするに、けいは言った。


「自分の見た『無名不思議』が何なのか、どうしてそういう姿をしてるのか、考えるくせをつけた方がいい。それを考えないと、ちゃんとした『記録』にならない。対策も立てられない。君の担当してるやつだけの話じゃなくて、君が他の人を助けたいときにも、この考えは必要になる。そいつが何であるかが分からないと、どうやったらそいつから、友達を助けられるのかも分からないだろ」

「それは……確かに……」


 そこだけはなつとくする。しかしなつとくしつつも窓の絵を見るのはやめて、他の化け物の絵を開いた。それを見たけいが、小さくため息をつく。


「……君みたいなの、知ってるよ」

「え」

「自分のことより、他人のこと優先なやつ」


 しんけんな顔で、もういちど人形頭の異形の絵を見ていたは、顔を上げて、そこは不服そうに言う。


「別に、そんなことないですけど」

「いや。自分はめぐまれてて大したことないから、もっと困ってる人を優先しよう、って考えるとこまではいい。そこまでは単なるいいやつだ。でも君はやりすぎだ」


 けいはそんなをまっすぐに見て、否定した。たんたんとしているが、みようしんけんさを感じる言い方をされて、全く認めてはいなかったが、は鼻白んだ。


「君は見た感じ何でもできて、行動力とか決断力とかが高くて、そんな自分の基準で『余ってる』って思ってるリソースを全部他人にっこんでる」

「……」

「それは結果的に自分をけずってる。気づいてないけど、いつかそうなる」

「そんなことは……ないと思いますけど……」

「そう思うか? まあ僕の知ってるやつとは方向性がちがうけど、自覚がないところは、ちょっとタチが悪いな」


 もちろん自覚はない。別に他人を優先しているつもりはない。ちゃんと自分を優先している。自分のことはちゃんとやっている。その上で人のためになることも、自分がやりたいからやっている。

 ちゃんと考えて、優先順位もつけて、だからこそ自分の担当は後回しにしている。

 そう思っているからこそ、なつとくできない。そんなの様子を、けいはあの観察する目で静かに見すえていたが、やがて視線を外すと、持っていた『しおり』を団扇うちわがわりにして自分の顔をあおいだ。


「……まあいいや」


 そして言う。


「君みたいなのには、つい、ひとこと言いたくなるんだ。悪かった」


 少しちようするように。そしてけいは外した視線を、あらためてあおぐように学校へと向けて、続けた。


「でもまあ、今この学校にいる『無名不思議』がどういうものなのかは、『記録』するにも対策するにも、考える必要があるのは本当だ」


 それにはうなずく


「はい……」

「どうやったって『ほうかご』に入ることができない僕らが、げんえきの『かかり』に協力できる部分も、そこになる。あらためて君たちの『無名不思議』と、それが起こしたと思われる異常な現象について、これからちゃんと考察していこうか」


 けいめくくる。

 頭上に広がるうすぐもりの空からは、そろそろ光が失われつつあった。


「じゃあ、また明日。明日でだいじようなんだよな?」

「はい」

「わかった。よろしく」


 うなずくけい。明日、他のみんなとも顔合わせすることに決めた。

 今日、けいと会ったのが一人だけだったのは、が独断でコンタクトを取って決めた急な話だったということもあるが、彼が他のみんなと会わせてもだいじような人間なのか、にせものではないかを、一人だけでかくにんする意味もあった。

 とりあえず、だいじようだと考えた。

 協力してくれる元『ほうかごがかり』と聞いて、いくつか想像した人物とは、まるで当てはまらなかったけれども。


「……正直に言うと、君らに起こってることは、今まで聞いたことがないんだ」


 けいは言った。


「そうですか……」

「僕らが元いた学校の『かかり』の『もん』とれんらくが取れれば、似たような例があったかとか聞けたかもしれないけど、まあ僕らでなんとかするしかない」


 けいは言いながら手に持っていた『しおり』を、それから絵をえがくためにリュックサックから出していた道具を集めて、しまう。


「だから────こう言っていいのかは分からないけど」


 そうしてリュックサックの口を閉めると、よごれて古びているががんじようそうな、そして重そうなそれを持ち上げて、かたに背負うと。


「君の仲間に会えるのを、楽しみにしてるよ」


 すえ、その言葉とは裏腹に、ほんの少しのみもかべることなく、静かに重々しく、そう言ったのだった。


 ………………




 次の日。水曜日。

 昼ごろ、みんなで集まる前に、先にと待ち合わせした。

 他のみんなよりも先に、話したいことがあったからだ。そして何より、には先に見せておきたかった。手に入れた『かかりのしおり』をだ。


「……五十嵐いがらしさん」


 待ち合わせ場所にした、学校周辺に点在している公園の一つで。

 砂場で遊んでいた小さな子たちに交ざって、せっせとどろだんご作りをしていたに、少しおくれてやってきたの、細くわいらしい声がかかった。


「あ、お友達きたから、ここまでね。これはあげる」


 気づいたは、それまで作っていた、他の子よりもかなり大きなどろだんごを砂場のふちに置いて、両手の砂をはらって立ち上がる。そしてがさをさしたが、よごれるのをきらって砂場から少しだけはなれて立っている方へ、「じゃあ、手、洗ってくるね」と断って、手洗い場に行って手を洗う。

 そして、


「ごめんね、お待たせ」


 ハンカチで手をふきながら、がおのところへもどった。


「えっとね、あの子たち、どろだんご作りの道具が足りなくて、くいってないみたいだったから、ちょっと教えてて」


 そして、思いもよらなかっただろうじようきように少しこんわくした表情をしているに、事情を説明する。


「わたしどろだんご、すっごい得意なんだよね」


 がおで言うに、なつとくしたような、しかし同時にどことなくあきれたような、みようあいまいな表情をする。


「……五十嵐いがらしさんって、ほんとにだれとでも仲良くなれるんだね」


 言う。そしてちょっとうつむき、小さく続ける。


「私は、全然友達いないから、うらやましいな……」

「でもわたし、小さいころから『むやみにだれにでも話しかけるな』とか『もう少し大人しくしてて』とか言われて、おこられてたよ」


 あははと笑っては応じた。


「それに、いっつも大人っぽい服着てるちゃんが、砂場遊びに交じっているのは想像できないよ」

「そうかな……」

「そうだよ」


 いや、そんなことはない。想像はできるし、わいいと思う。でも、もし本当にそんなことをしたら一大事だ。の着ているこの服は、そしていているくつも、見る限り、たぶん安い物ではない。


「逆にわたしは、ちゃんみたいな落ちつきがしいなあ」

「……落ちつきじゃないよ。く人と話せないから、だまってるだけ」


 の評価に、たぶんけんそんではなく言う

 これまでは、『かかり』の仲間といつしよにいる時のしか見たことがないのだが、話によると知らない人とか、大勢の人とか、同年代の人とか、いくつか苦手な要素があると、きんちようとおした不安ときようで話せなくなるのだという。

 特に教室がで、きようですくんで動けなくなる。なのでは保健室登校だ。保健室で登校してきたことをかくにんしてもらい、あとはえん室のような別室で、放課後まで自習したり本を読んだりしながら過ごしているそうだ。

 たちとはちゃんと話している。

 ものすごくがんって、『ほうかご』ではみんなと話せるようになったのだ。


刊行シリーズ

ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影