ほうかごがかり4 あかね小学校

三話 ⑨

 そうしなきゃという使命感と、『かかり』が少人数であることと、共通の、というよりもそうせざるをえない話題があること。そういった要因の助けで、かんぺきとは言えないが、かろうじて最低限、みんなとは話せるようになった。

 そんなに、はわだかまりなしに言う。


「そういうのも、人それぞれじゃん? 別にいいと思うけどな」

「……でも!」


 の声が、思わず大きくなった。


「でも! それだけじゃなくて、もっと! 私がしっかりしてたら……!」


 大きくなって、すぐに風船がしぼむように小さくなって、かたも縮めて、下を向いた。


「最初から私がうまくできたら、きっと最初の子は、あんなことになってない……」

ちゃん……」


 最初の子。『ほうかご』の学校からそうとして、首が落ちて死んだ男の子。学年も名前も知らない子。今は正門の前のぼうれいとして、ただ立ち続けている男の子。

 こうかいがあった。かいこんがあった。

 それをすように、は言った。


「ちゃんとやらなきゃ、って、思って────私だけは経験者だから、みんなと、ちゃんと話さなきゃって、がんってた……」


 する。


「私が去年のことを伝えて、みんなの安全を守る役目だったのに、それなのに、最初から失敗しちゃってた。私、みんなしか話せる人がいないから、みんなだけは守らなきゃ、って思ってたのに、全然できてない。私には、『かかり』のみんなしかいない。友達がしいのに、でも人とく話せなくて、失敗ばっかりして、どんどん苦手になっていって。人がたくさんいるのがこわくなって、教室にも行けなくなって────そんなだから私には、『かかり』のみんなだけなの。

 それに、五十嵐いがらしさんがいなかったら、みんなも今みたいに私の話を聞いてくれてなかったと思う。私も、今みたいに話せてなかったと思う。私、経験者で六年生なのに、『かかり』が初めてで年下の五十嵐いがらしさんに、たよりっぱなしになってる。私、情けなくて、ずかしくて、でもこわくて、どうにもできない」


 弱音をく。


「それに、こんな話も、五十嵐いがらしさんにしかできない……」


 弱々しい声で。

 これは秘密だった。だけにいている弱音だった。

 ばんひかえめなだが、あれでもは、全力で強がっている。そして元より対人の不安が非常に強いは、こわくて人に弱音をくことも、相談することもできないタイプの人間だった。

 否定されたり、不快に思われたり、めいわくに思われたり、かろんじられたりするのがこわい。相手の反応も内心もこわい。特にれいかんとか、『ほうかご』とか、つうの人の理解がおよばない事情を背景にしたなやみは、とても人には相談できなかった。

 親にも先生にもカウンセラーにも、本当のなやみを告白することができずにいる。

 だけだった。と同じ『かかり』で、全ての事情を知っていて、それを受け入れている、だけ。

 ゆいいつたよっている存在。

 それを申し訳ないと自己けんしつつも、全てを知っていて、しかも弱さを否定しないだけに、ずっと心の中にかくし続けていた弱音を、初めて話した。

 二人だけの秘密。

 ようやく話すことができて、そしては少しずつ前に進んでいる。

 そんなを、は支えている。こんなにがんっている子を、はなすことができる性格のではない。

 だが────今日は。

 今日は残念ながら、悪い話も伝えなければならなかった。

 全体的には、今のじようきようを打開する可能性がある、い知らせだ。だがそれは、今までの自分たちの失敗も直視しなければいけないことに、は昨日、気がついてしまった。


「……ちゃん」


 は言った。


「見てほしいものがあるの。ちょっとショックが強いかもしれないけど」

「……え、なあに?」


 がさの下で、少し不安そうに首をかしげるは背負っていたミニリュックサックをかたから外しながら、空いているベンチへと歩き出し、に向かって手招きした。

 そしてベンチにリュックサックを置いて、中から『しおり』を一冊出す。

 目の前に差し出された冊子を、目を見開いて、は見る。


「これ」

「これって……?」


 不思議そうにく。は言った。


がんって見つけたの。元『かかり』で、協力してくれる人」

「えっ」


 おどろいて、を見て固まる。


「これ、読んでみて」

「……!」

「わたしたちがしかったものが、ほとんど書いてある。これのために、今日はみんなを呼んだの。読んでみて」


 は言う。

 は、事態が飲みこめない様子でしばしの顔を見ていたが、おそるおそるの差し出した『しおり』を受け取ると、がさの中棒をかたに乗せて支え、それから冊子のページをめくって開いた。



「これって……!」

「うん」


 押し殺したように言うに、はうなずく。

 も『しおり』を読んで、気がついた。も昨日読んで気がついた。こうかいと共に、はそれを口にする。


くんがになった原因は、わたしらだった」

「……!」

「わたしらが、くんにあんなこと言ったから────くんの『記録』をしたらいいなんて言ったから、くんを巻きこんじゃったんだ。だから、あんなに連続で、あんなことになっちゃったんだ」


 冊子にあった、『注意』のこうもく

 昨日、それを読んで、しようげきを受けた。

 こう書かれていた。


 ・自分の担当以外の『無名不思議』には近寄らない。


 と。

 それから。


 ・自分の担当以外の『無名不思議』は『記録』しない。

  自分の担当以外のものでも、『記録』するとその危害も引き受ける。


 と。

 思いもしなかった。ゆうのためと思って考えた自分たちの案が、よりにもよってゆうを最悪のじようきようとしていたのだ。

 ショックを受けた。しばらく息をするのを忘れたほど。

 自分の罪。失敗。それによってゆうにあたえてしまったがいの大きさ。そのがいの、取り返しのつかなさ。

 気づいた時、は、


「どうしよ……」


 と激しく落ちこんだ。冊子を読んでいたベッドの上で、ぼうぜんとなった。

 どう謝ればいいんだろう。

 いや、どうすればいいんだろう。

 それに、この罪は、自分だけのものにしておけない。化け物からの生き残りのためには、この『しおり』をみんなに開示しなければならないが、そうなるとこの事実はにも知れるし、そして事実を知ったみんなから非難されたとしても仕方がない。

 自分はいい。仕方ない。

 たったいまかくした。でもは? はそれにえられるだろうか?

 だから先に待ち合わせた。知らせておこうと。そしていまは、血の気の引いた白い顔で、わたした『しおり』を見ている。


「………………」


 公園のベンチの前で、がさを差し、冊子を手に、立ちつくす

 その様子を、となりに立ってじっと見ている、


「これ……信用していいの? 信用できるの?」


 そして、なやみになやんだ様子のが、やがて口にしたのは、まずその疑問だった。当然の疑問。顔色を失うほどのショックを受けつつも、考えている。そんなに、は自分の考えを告げる。


「わたしは、信用できると思ってる」

「……本当に?」

「これ、わたしらが今までやってて、困ってたこととか、自信がなかったことに、ほとんど答えが書いてあるもん。みんなに見せなきゃ、って思う。わたしらにはもう間に合わないかもしれないけど、でも残しといたら、来年の子はもっと楽になるし、安全になる。だから『ほうかご』には絶対、持ってかないとだと思う」


刊行シリーズ

ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
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