電撃文庫『Re:スタート!転生新選組』特別掌編
五稜郭で改心した悪役副長が隊士たちの死亡フラグを全力で回避する
春日みかげ

 私の名は、新選組副長土方歳三(女)。京でも屈指と言うべき役者顔の美人だが、子供やどうぶつには好かれない。目つきが怖いと言われるのだ。
 たった今、ご飯をおかずにたくあんを囓りながら唐突に思いだしてしまった。
 私がすでに一度新選組の組織運営に失敗して、大勢の隊士たちを死なせてしまったことを。副長として責任を感じた私は、薩長と戦い続けて箱館で戦死した後、なぜか新選組発足直後の京に死に戻って来たらしい。
(あああ。そうだった。一周目では薩長にボコボコにされて徳川幕府は消滅、新選組は壊滅。隊士たちの命をあたら落とすことに。規律正しい組織運営に定評のある「鬼の副長」の私がいながら、なぜだっ!?)
 それにしても、みんながいる朝餉の最中に思いださなくても。
「どうした土方。たまには水戸組の俺が試衛館組の朝餉に混じっていてもいいだろう」
 水戸天狗党出身。筆頭局長、芹沢鴨(男)。酷い酒乱で趣味は押し借りという乱暴な男だが、妙に繊細で傷つきやすい心の持ち主で、総司や近所の子供たちには優しかった。総司に竹とんぼを作ってくれたりして。実に扱いづらい人だったな。
 はっ? そうだった。芹沢は表向き長州の不逞浪士に暗殺されたことになっているが、実は私が「芹沢は士道不覚悟。局中法度に背いた」と試衛館の仲間を率いて粛清したのだった! 会津藩の指示だったとはいえ、仮にも筆頭局長を暗殺とはなんと酷い女だったのだ私は? しかもそれが実質新選組の初仕事だったという。出だしで躓いた新選組は、以後、続々と隊士を切腹粛清させる羽目に。うわああ、私のせいだ! 罪悪感で押しつぶされる!
「せ、芹沢先生。住まいは別々ですが、朝餉くらいたまには構いませんよ、はっはっは。私が江戸から直輸入しているたくあんの味はどうですか?」
「先生ぃ? なんだ土方、気持ち悪い。切腹しろがお前の口癖じゃなかったか?」
「いえいえいえいえいえ! たくあんくらいでしたらいつでも食べに来てください!」
 ダメだ。芹沢を粛清した後、結局新選組を潰してしまった私は、芹沢に顔向けできん。
「くすっ。土方さんが芹沢さんに愛嬌を振りまくだなんて、鬼の攪乱ですね。水戸組と試衛館組は揉めてばかりでしたのに、いい傾向です」
 試衛館食客の山南敬助さん(女)。知恵者だが心優しく人斬りが苦手な山南さんは、長州の不逞浪士を斬りまくる私の荒っぽい隊運営についていけなくなり、脱走して江戸へ帰ろうとした。空気を読んで見逃してあげればよかったものを、仕事ができる女だった私はうっかり山南さんを追跡捕縛してしまい、局中法度の「隊を脱する者は切腹」という条項に背いた山南さんに腹を切らせてしまった。こんな優しい人を、しかも試衛館以来の友人を、私は……うわあああ! ここはもしかして地獄? 地獄なのか?
「や、山南さん!」
「はいっ!?」
「たまには江戸に里帰りなどどうかな? そうだ、たくあんの在庫も尽きつつあるし。買い出しついでに江戸にお使いを頼まれてくれるかな~? あ、あ、あなたは新選組を支えてくれている縁の下の力持ちだ。疲れが溜まっているだろう? 私に遠慮せずいつでも好きなだけ休暇を取ってくれていいぞ? はっはっは」
「……あのう、土方さん? 私の里は仙台ですが……たくあんの買い出しでしたらいつでも。そうですね、土方さんはたくあんがないと生きていけませんものね、くすっ」
 いったい誰だ、「脱走したら切腹」だなんて悪魔のような法度を考えた奴は。って、私だった! うわーっ! 山南さん、こんどこそ切腹はさせない! 新選組隊士は今後、出入り自由にしよう! 隊を出るも自由、抜けるも自由。好きな時に屯所に来て仕事をすればいい。大胆な職場改革を導入だ!
「藤堂くん。冷血この上ない鬼の副長との噂だったが、存外土方くんも親切な御仁ではないか。この伊東甲子太郎もいずれ新選組の世話になるとしようかな。勤王の志のために」
 黒髪美女の伊東甲子太郎(女)。江戸で道場を経営している知勇兼備の大物志士。後に新選組に参加したが、山南さん同様に温和な知識人で、「打倒長州」に燃える私の武闘派運営方針にやっぱりついていけず、門弟たちを連れて分隊。
 しかし、私は局中法度を守る新選組の鬼の副長。親友の山南さんを切腹させて伊東を見逃すのは矛盾だと思い詰め、「隊を脱する者は切腹」という法度を再度適用せざるを得なくなった。伊東をおびき寄せてしたたか酔わせたあげく、帰り道を襲撃して刺殺した。
 あの頃、京は大政奉還で大騒ぎだったのに、いったいなにをしていたんだ私は!?
「伊東先生。お待ちしておりますわ! 土方さんはコワモテですけれど、心は乙女の豊玉師匠ですのよ?」
 新選組でいちばん小柄な藤堂平助(女)。伊東の門弟で試衛館の食客。局長のかっちゃんに愛され、永倉新八(女)、原田左之助(女)とともに新選組脳筋娘派として賑やかに活動していたが、師匠の伊東が脱隊した際に泣く泣く新選組を抜けて伊東のもとへ。
 伊東を暗殺した直後、伊東派残党を壊滅させないと新選組の今後が危ないと焦った私は、暗殺した伊東の亡骸を油小路に放置し、伊東の門弟たちをおびき寄せて一網打尽にするという鬼でもやらないような残忍な罠を仕掛けた。平助だけは見逃すようにと永倉たちに言い含めていたが、事情を知らない平隊士が油小路に来た平助を斬り殺してしまった。
 うわああああああっ! 最悪だ! 鬼! 悪魔! 冷血! 人間のやることじゃない!
 し、しかし、局長のかっちゃんは「みんな自由に仲良くね♪」とほわほわした人で、浪士集団の運営なんてとても無理だったから、副長の私が局中法度を掲げて隊士を厳しく統率するしかなかったのだ……だが、やりすぎだった……! すまなかった平助……!
 それにしても前世の私は、いったいどれほどの悪事を働いてきたのだろうか。だいたい仲間ばかり粛清してるし。完全に悪役だ……新選組を破滅させる悪役副長だ……! 俳諧の道を究め豊玉宗匠として風流に生きていくつもりが、仕事にのめり込むあまり情け容赦ない人斬り軍団の悪役副長に。恋もできぬまま、やることといえば人斬りと粛清。口癖は「切腹しろ」。くうっ……どうしてああなった? あれが乙女の人生か? 断じて否!
「い、伊東先生。平助。新選組は出入り自在の仲良し集団だ! いつでも好きな時に入隊してくれ。脱隊も自由だ。決して咎めたりはしない、安心してくれ。はっはっはっ……平助も、あちこちに武者修行へ行って自分を磨いてきてもいいのだぞ? 新選組はいつでも平助の帰りを待っている! ここは平助の家だ!」
「いやあ土方くんは実に親切な人だなあ、藤堂くん。新選組はアメリカ流のデモクラシーを取り入れている組織らしい」
「……ええ……? こ、こんなの土方さんじゃないですわ……いったいどうしたのかしら? なんだか悪い予感がしますわ?」
 疑われている。平助に疑われている。今まで蛇蝎のように狡猾な女だったから……ち、違うのだ平助。私はただ、かっちゃんのゆるふわ局長ぶりが心配で、仕方なく鬼の副長の仮面を被って新選組を統率しようと……途中から仮面に本体を乗っ取られていたが。ううっ……。
「おいおい。今朝の土方ちゃんはどうしちまった? よそ者の芹沢や伊東ちゃんに愛嬌を振りまく土方ちゃんなんて、妙なものを見ちまったぜおじさんは。うっかりときめいちまったじゃねえか」
 源さんこと井上源三郎(男)。試衛館最古参の先輩。剣術娘の守護者を任じ、三十を過ぎても独身のまま、新選組の汚れ仕事を一手に引き受けてくれた奇特な人だ。かっちゃんが新選組に恨み骨髄の伊東派残党に銃撃されて負傷したため、急遽私が采配を取った鳥羽伏見の戦いで私を庇って生涯独身のまま戦死……すまなかった源さん! あの頃の私はまだ西洋式の砲撃戦に不慣れで、無駄に隊士たちを抜刀特攻させてしまい……! 後に私は蝦夷地でやっとフランス式陸軍の采配技術を会得したが、手遅れだった……!
「いやあ不気味ですなあ~。どーしたんです土方さん? なんだか突然、鬼の副長が仏の副長に化けたみたいで、怪しいですよー? ボクはどっちでもいいですけどねー。土方さんは土方さんなんだし。あーっ! もしかして、新入りの周平くんと恋にでも堕ちたんですかあ~? 恋はオンナを変えると言いますからなあ。恋愛禁止の法度はご破算ですかあ~? あははっ」
 沖田総司(女)。両親を幼くして失い試衛館で育てられた、私のかわいい妹分。童女のように朗らかであどけない子だが、いざ剣を取れば無明三段突きを得意とする、幕末最強の天才剣士。総司ほどの使い手はいなかったから、私は総司を一番隊長としてさんざん酷使してしまい、その結果私の言うことならなんでも聞いてくれる総司は無理を重ねて労咳を発症し、若くして病死してしまった……うう……私は、私は姉失格だった……!
 って、誰が周平と恋に堕ちただと? 勝手なことを言うなっ! い、いや、確かに箱館で死ぬ直前に隣にいた周平に告白しようとしたが……む、結ばれてはいないぞ。
「今朝のトシちゃんはすっかり多摩時代の豊玉宗匠に戻ってるみたい。ねっ、素顔はかわいい人でしょう~? 私が殿方だったら、ぜーったいにトシちゃんをお嫁さんにお迎えしていたのにい~! ふふっ」
 かっちゃんこと、近藤勇(女)。私の幼なじみで姉貴分で、そして新選組の局長。剣の腕はほとんど伝説級の剣豪だが、底抜けのお人好しでいつもいつも悪い奴に騙されてばかり。新選組だって、詐欺師の清河八郎に騙されて京へ連れ出された結果、成り行きで結成してしまったわけだし。かっちゃんに新選組を運営させたら、試衛館同様に働かない無駄飯喰らいの穀潰しどもが居着いてしまって、たちまち隊は潰れる。だ、だから、常識人の私が「局中法度」を盾に規律を守らせる他に、新選組を運営する道はなかった……のだが……。
 幕府が斃れて新選組が京、大坂、江戸、流山と敗走していく中、かっちゃんは隊士の私たちを救うためにたった一人で薩長軍に降伏してしまった。身バレする恐れはないはずだったが、薩長軍の中に伊東派残党の生き残りがいたためにかっちゃんが近藤勇だとバレてしまい、私が江戸に潜入して勝海舟に行った助命嘆願活動も失敗に終わり、かっちゃんは板橋で斬首されてしまった……くうっ……もとはと言えば伊東暗殺が大悪手だった……。
 すまなかった、かっちゃん。私は勝沼の戦いの時も、神奈川から援軍を連れてくるつもりが、交渉に失敗してかっちゃんを敗北させてしまった。助命嘆願も失敗。薩長軍に包囲されて追い詰められた会津藩を救うために仙台藩に援軍を頼んだ時も、説得に失敗。
 京で粛清を重ねて「鬼の副長」と恐れられていた私にはまったく人望がなく、口癖が「切腹しろ」では山南さんや伊東のような交渉力も皆無だった。戦うことしかできない私は、かっちゃんたち大勢の仲間を死なせた責任を取るために死に場所を求め、旧幕府軍に参加して箱館で戦って戦死したのだが……いったいなぜ時間が逆行したのだろう?
「あのう、土方さん? もしかして記憶が……? 死に戻りを重ねているうちになにかがバグったのかな?」
 近藤周平。もとの名は谷周平。ある日突然どこからともなく湧いてきてかっちゃんの養子になってしまった謎の若い男。私より一、二歳年下か。鈍いのかバカなのか、逃げもせずに蝦夷地の箱館まで唯々諾々と私に着いてきたただ一人の初期新選組隊士。「五稜郭から落ちのびなければ切腹だ」と脅してもとうとう聞かなかった。箱館の異国橋で私が銃弾を浴びて斃れた後、私の隣で戦っていた周平はどうなったのだろう?
 って、周平? 死に戻りとはなんだ? まさか、お前も……!?



「実は俺は、戦って死んだら時間を逆行して過去に戻れる能力を持っているんです。何度目かの死に戻りの際に、なんらかの理由で土方さんにも前世の記憶が継承されたんですよ」
「な、なんだと周平!? これはお前の力だったのか!? 怪しい奴だとは思っていたが、お前は宇宙人かそれとも地底人か? まさか海底人?」
「いえ、俺はただの未来人です。土方さんが記憶を保持しているなんてはじめてですよ」
「地底人でもなんでもいい。私を、局中法度を盾に隊士をバンバン切腹させて新選組を破滅させる悪役副長の運命から救ってくれ! 芹沢粛清から玉突き事故みたいにかっちゃんたちを続々と死なせてしまう未来なんて二度とご免だ! くううっ……!(涙)」
「わ、わかりました。土方さんの願いを叶えるためでしたら、なんでも協力しますよ。多少歴史が変わっても構いません。悪役副長の破滅フラグを回避しましょう、一緒に」
「……はめつふらぐ?」
 その夜、無遠慮に未来語をポンポン使いまくるようになった周平との作戦会議が粛々と行われ、私は「切腹しろ」が口癖だった自分の悪役性格を一新して新選組の構造改革に乗り出すことになった。
 周平のアドバイスは「破滅フラグ回避」という一点に絞られた。
 回避のためにその一。「人に優しく、性格改造」。私の、誰にも彼にも「士道不覚悟だ、切腹しろ」と言いだす悪役副長性格を改めて、鬼の副長から仏の副長に生まれ変わる。芹沢、山南さん、伊東あたりはだいたい陰キャな私と揉めた結果死亡フラグが立ってしまうので、今後は「陽キャ土方」としてみんなと仲良く親しくする。特に、伊東を斬ると伊東派との遺恨が生じて芋づる式に隊士が斃れていくので絶対に回避。
 回避のためにその二。「士道不覚悟は切腹」というブラック局中法度を書き改めて、「過ちは三度まで許します、だってにんげんだもの」をモットーとした「ゆとりホワイト局中法度」を掲げ、新選組をフレンドリーな職場に改革する。フレックスタイム制度やテレワークも導入した、人に優しい職場へと。脱退者の追跡捕縛切腹ルールは廃止。むしろ退職金を支払ってあげることに。これで隊士の切腹率を80パーセント低下させられるという。「普通の会社なら『離職率』なのに、新選組では『切腹率』。やっぱり尋常な組織じゃない……」と周平が切腹率を計算しながら病んでいたな。くうっ……やはり前世の私は邪悪の権化だったのか……! すまない、周平!
 この不器用で照れ屋で周平いわく「ツンデレ」の私が果たして「陽キャ」などという気持ちの悪い性格に成り仰せられるかは疑問だが、やるしかない! 私は(自分で立ててきた)新選組の破滅フラグとやらをへし折ってやる、そのためならばなんだってやるぞ!



「芹沢先生。私は田舎者にていろいろと無礼つかまつりました。これからは試衛館組と水戸組の連携を密にしましょう。今宵は私がお酌を。どうぞどうぞ」
「……お、おう。土方……お前、なにか悪いものでも食べたか? 島原で俺たち水戸組を接待するような女だったか? まさか、俺を酔わせて寝込みを襲って斬殺するつもりか?」
「い、いえいえ。(いやまあ~前世では実際にそれをやりましたけれど)私は思うところあって人に愛される仏の副長に生まれ変わりましたっ♪ これも新選組の未来のため♪」
「お、おう。そ、そうか……そうやって笑っていると役者みてえに別嬪だな、おめえ」
「徳川びいきの試衛館組は会津藩お預かりの立場に満足していますが、芹沢先生は水戸天狗党で幹部を務められた勤王志士でしたよね? その先生が、今では長州の勤王志士を取り締まるお役目に……内心、お苦しいお立場なのでは? お察しいたします……」
 自分でも言っててよくわからんが、周平から教わった「芹沢攻略ポイント」を衝いておこう。芹沢の過去にやけに詳しいあいつはいったい何者なのだ。
「……ひ、土方……!(ぶわっ) そ、そうなんだ! 俺は水戸の勤王志士だったんだ。それなのに、うっかり酔っ払って同志を斬っちまって死罪に。たまたま執行直前に釈放されたがよ、恥ずかしくてもう水戸には帰れねえ……それで毎晩酒浸りになって暴れちまってよう……お前たちに迷惑ばかりかけてすまねえ……! 俺は、俺って奴は……!」
 な、なんだと? あの気難しい芹沢が、一瞬で攻略されただとっ? 周平め。あいつ、男を口説くテクニックの持ち主だったのか? 衆道の趣味があったのか? では私は叶わぬ片想いをしていたのか。嫉妬してきた、メラメラ……じゃなかった。仏、仏。
「ふふっ。武士は志に準じるものですよ、芹沢先生。勤王の志を完徹するためならば、水戸へ帰参してもいいじゃないですか。その時は私も一緒に水戸藩に頭を下げますから。新選組一同、先生のために尽力させていただきますよ?」
「ひ、土方歳三。お前って奴は、そんな冷たそうな顔をしてほんとうは性根の優しい女だったんだなあ……ううっ、ありがてえ……地獄に仏だ……決めた! 俺ぁもう迷わないぜ! 新選組でお前とともに剣を取って戦ってやるぜ! 不逞浪士どもの取り締まりは、俺にマカセロ!」
 酒臭いなあもう。勝手に私の手を握りしめて泣くな、大の男が。っていうか男隊士が私に触れるな、切腹だ……じゃなかった。仏、仏。私は周平から教わった「営業スマイル」を浮かべて、泥酔しておいおい泣いている芹沢を相手にうんうんと頷いて宴会を盛り上げたのだった。
 ともあれ、これで粛清劇のスタートとなる芹沢暗殺は回避できたと思う。私の想い人はあくまで周平なので、芹沢にあまり懐かれても困るのだが……仕方あるまい。芹沢は乱暴者だが、これで意外と武士娘には紳士的だしな。はっ? 私も未来語を普通に使うようになってしまっている!?

 数日後。京見物を終えた伊東甲子太郎がいったん江戸へ戻ることになったので、さっそく私はお土産の菓子包みを持っていって三条大橋で伊東を見送ることに。おや? 前世では今日は芹沢を暗殺した翌日だったな……確実に破滅フラグは回避できつつあるということか? さすがは私だ! ふふっ。本気を出せばこの通りだ、もう悪役副長とは呼ばせない。
「伊東先生。これからは江戸よりも京ですよ。新選組にいつでもどうぞいらしてください! わたくし藤堂平助もお待ちしておりますわ!」
「藤堂くん。新選組は居心地のいい組織だとは思うが、私は水戸学者出身で勤王の思いが強くてな。幕府よりも長州のほうが水が合うかもしれないのだよ。藤堂くんがいる新選組か、思想が合う長州か。迷うところだな」
 周平の「伊東攻略ポイント」によれば、できれば新選組に入れないほうが無難だという。勤王派の伊東一派が入隊すれば十中八九破滅フラグが立ってしまう。芹沢は情にほだされるが、伊東は頭脳派で、しかも私よりもIQが50も高いので理詰めによる宗旨替えは困難だそうだ。
 ええい、うざい女だな。どうせ私は口下手の戦闘バカだ……あっ、ダメダメ。周平に怒られる。仏だ、仏。そう、私は慈愛に満ちた仏の副長――。
「伊東先生。新選組は出るも入るも自由ですので、お好きな時にいらしてください。もしも長州にご興味がありましたら、長州藩の桂小五郎をご紹介しますよ。今は敵味方に分かれていますが、江戸では時々道場で顔を合わせていた仲です」
「ひ、土方さん? 最近ヘンですわよ? 長州は新選組の仇敵ですわよ? どうして敵に塩を送るような真似を?」
「いいのだ平助。私はただ、伊東先生の才がもっとも活かされる場がどこかを考えているだけだ」
「ほう、きみはなんと大きな器なのか。さすがは新選組副長。ご親切痛み入る、土方くん」
 えーい。このお澄まし顔の伊東が、にっくき長州の軍師格になったら……想像しただけで無性に腹が立つ! 負ける予感がするし! やっぱりこいつは新選組にとって危険人物だ……い、いや待て。伊東を斬ったら平助も死ぬしかっちゃんは銃撃されて斬首されるしで、新選組の破滅フラグが確定する。長州へ行ってくれたほうがまだぜんぜんマシ!
「しかし土方くん。長州に組みしては、いずれ門弟の藤堂くんと戦う羽目になる。私は剣を抜かない主義だが、師弟対決はさすがに気が引けるな」
「伊東先生、同じ日本人同士で敵か味方かなど小さい話です。あなたはこれからの日本に必要なお方。むろん、勤王よりも佐幕だと先生がご決心なされるのならば、われら新選組もいつでも先生を歓迎いたします。その際には参謀職をご用意いたしますね。うふふ♪」
 くうう。なぜこの私が伊東をおだてた上に仕事の斡旋まで? 屈辱だ……だがこれもすべては新選組の破滅フラグを回避するためだ。笑顔、笑顔。そして周平いわく「天下の宝刀」シェイクハンド。伊東の手をにぎにぎ。まったく冷たい手だな。まるで死体みたいな……うん、死体?
 はうっ? い、伊東さん……前世では油小路にあなたの亡骸を「餌」として置き去りにしてすいませんすいません!(涙) しかも、うっかり平助も斬っちゃいました!(涙)
 うう。私は今、もうれつに自分を反省している。己の悪役ぶりを思い返して、つい涙が。
「藤堂くん。きみはいい副長に巡り会ったな。私のために涙まで流してくれるとは……ありがとう土方くん。私はいずれ見定めよう、私自身が輝ける己の立ち位置を。願わくば新選組であってもらいたいな。さらばだ」
「はーいっ♪ 伊東先生、お待ちしておりまーす!」
「……ひ、土方さん? やっぱりなにか悪いものを食べて脳が……?」
 ああああ、すいませんすいません伊東さん。前世の私は、あのブラック局中法度に魂を乗っ取られていました……海よりも深く反省しています……明らかに真面目に働きすぎたせいだな、うん。こんどは「ゆとりホワイト新選組」路線でいこう。まったり、まったりだ。とりわけ、平助には罪滅ぼしの意味でも優しくしてあげたい。
「お、お汁粉でも食べて帰ろうか、平助? わ、私が何杯でもおごってあげるからね?」
「……お願いですから、いつものツンケンした土方さんに戻っていただけません? ほんとうに不気味ですわっ?」

 温厚で真面目な山南さんが前世で脱走したほんとうの理由はいまいち私にはわからないのだが、途中加入した伊東甲子太郎を参謀職に就けたあたりで、総長職を務めていた山南さんの立場がなくなったことが一因だと思われる。もともと勤王寄りの人だったし、行きがかり上とはいえ佐幕一辺倒になっていく新選組に疑問も感じていたのだろう。
 あと、私は斬った張っただ切腹だ粛清だといろいろ忙しくて、地味でめんどくさい内々の仕事を片っ端から山南さんに押しつけていたし……仕事のストレスが爆発したのだろうと周平は言う。それでいわゆるキチゲを解放してしまって辞表を叩きつけ、衝動的に江戸へ旅立ってしまったのだと。真面目な人が職場で限界まで追い詰められると、しばしばそういう事態が起きるのだという。なんというブラック企業だったのだ、新選組は。私は……私は、パワハラ上司だったのか!? ああっ、自分ではまったく自覚がなかった……!
 こんどこそ山南さんを切れさせない! もう切腹などさせないからな、山南さん。
 私は、日ノ本一のホワイト副長になる!
 と、いうわけで。
 かぽーん。
「あ、あのう? 土方さん? どうして私たち、慰安旅行と称して二人で温泉に入っているんでしたっけ?」
「山南さんにはいつも苦労ばかりかけているからだ、はっはっは。あなたは人に愚痴をこぼしたりしない真面目な人だから、いろいろ鬱憤が溜まっているのではないか? ここだけの話にしておくから、言いたいことがあれば今のうちに言ってくれ。この有馬の湯には今、われら二人しかいない」
「……う、鬱憤ですか? あのう。新選組への不満をグチグチ口にしたら、士道不覚悟で切腹なのでは?」
「ややや山南さんを切腹など絶対にさせないからっ! 私があなたを護るっ! だいいち、切腹はほんとうに押し込み強盗やら殺人やらの悪事を働いた隊士のみが対象、しかも三度までは許すと法度を書き換えた! 士道不覚悟とかそんないくらでも私が好き勝手に拡大解釈できるような怪しい罪名は廃止したから!」
「くすっ。それでは遠慮なく。ここだけの話ですよ?」
「あ、ああ」
 温厚な山南さんのことだ。三度の飯のおかずがたくあんばかりなのはいかがなものでしょうとか、そういう愛らしい愚痴を聞けるとばかり私は思っていたのだが――。
「まず私が総長という一見重要そうな肩書きを貰っているにもかかわらず、新選組の命令系統は近藤局長から土方副長を経て各隊士に伝達されるという形になっていて、総長などは実はお飾りの名誉職にすぎませんよね。これって私を位打ちにして飼い殺しにしているということではないでしょうか? 土方さんの組織作りの能力は私も高く評価していますが、あなたにはそういう陰湿なところがありますよね。いっそ五番隊長くらいに任命してもらえたほうがよほど気が楽なのですけれど。もちろん、私は斬った張ったの出入りが苦手な臆病な性格ですから文句は言えませんけれども、名ばかりの総長なんて不名誉です。土方さんってそういうところが鈍感というか私の心情をぜんぜん斟酌してもらえませんよね。あとこれは藤堂さんから聞いたんですが、伊東甲子太郎さんに参謀職を約束されたそうですね。それっていよいよ私を新選組の実質的な参謀役から降ろす、もう完全に不要になったということですよね? 新選組から出て行ってくれてもいいということですよね? 脱走しても構わない、出入り自由だと言いだしたのも、厄介者になった私を江戸へ所払いするためなのですよね? うふ。隠さなくてもいいんですよ土方さん。そうやって真綿でじわじわと首を絞めていくやり口は、繊細な私にはちょっと耐えられませんので、いっそ士道不覚悟で切腹しろと言ってくれたほうがよほど気が楽になるのですけれど。それと、近藤局長も最近はすっかり浮かれまくって『私が大将だから~みんなは私の家来ね~』だなんて言って試衛館の貧乏暮らし時代の仲間感覚を見失っているみたいなんですけれど、あれもどうなんでしょう。土方さんが近藤局長を立てすぎるからあの人、調子に乗ってしまったんじゃないでしょうか? 永倉さんも左之助さんも内心では腹を立てているんですけれど。結局新選組って、天然理心流直系の近藤さん土方さん総司さんの三姉妹のための組織で、私たち試衛館の食客組は組織の中枢から微妙に外されて便利使いされていますよね? 特に、私は斬り合いが苦手なので内勤の地味な仕事を毎日毎日山のように押しつけられて……働けど働けどわが暮らし楽にならざり……私、最近わかってきたんです。どうして明智光秀が織田信長に謀叛して本能寺を襲撃したかが。人生に疲れ果てたんですよ。常に自分を圧迫してくる恐ろしい上司に薄給でこき使われる報われない日々に……だったらいっそこの手で壊してしまおうと……うふ、うふふふ……」
 ……山南さんの深すぎる心の闇を見てしまった私は恐怖して温泉内で土下座し、「今後は山南さんを真の新選組の参謀として尊重しますのでどうかお怒りをお鎮めください。肩書きも参謀に改めさせていただきます。伊東さんを参謀にはしませんから。がほがぼがぼ」と泣きながら乞い願ったのだった。な、なんということだ。私の無神経さがあの優しい山南さんをここまで追い詰めていただなんて、まったく気づかなかった……!
 これが未来語でいうPTSDというやつか……まだまだ組織改革は半端だった。新選組をもっともっとホワイトにしなければならないと私は誓った。

 総司にはとにかく「休養」だ。もう絶対に総司を酷使して労咳にかからせたりしない。
 だが、おてんばな総司は剣を振り回すのが大好きなので、そうそう大人しく休暇を取ってくれない。総司のためにわざわざ「有給休暇制度」まで作ったのに、「言葉の意味が難しくてさっぱりわかりませーん」とまったく有給休暇を消化してくれない。困ったな。
 というわけで、総司を休ませるために――かっちゃんを巻き込んで、三姉妹揃ってどーんと大型休暇を取ることに成功した! 今日から三人で鞍馬山に登って川辺で大福三昧だ! 三姉妹一緒に旅行すると言えば、末っ子の総司は条件反射で必ずついてくるからな。
 ふふっ。川の規模は多摩川とはぜんぜん違うが、多摩時代を思いだすな……。
「総司。この大福は私が作ったのだが、お、美味しいだろうか? か、形は不格好だが、味はなかなかいけると思うぞ。スイーツアドバイザー周平のお墨付きだ」
「周平くんってなんにでも塩を振りかけるから、どうですかねー土方さん。でもどうしたんですか、急にお料理なんて? あー? もしかして花嫁修業ですかっ? やっぱり周平くんのお嫁さんになるんですねーっ!」
「そそそそういうわけではないっ! 大福は総司の好物だからな、姉として当然のたしなみだ。す、好きなだけ食べていいぞ。私はお前が大福を食べている時の幸せそうな顔を見るのが好きだ」
「えー? 妙に優しいなあ土方さん。お尻がむずむずしてきちゃう……あむあむあむ。おおっ、こりゃ美味しいですねえ~! やっぱり塩大福ですけれど~♪ また作ってくださいねー! いやあ、チャンバラも楽しいけれど、たまには休暇もいいものですなあ~」
「ああ。いくらでも作るぞ。だから総司、あまり無理をするな。かっちゃんもだ。新選組の仕事は大変だが、ほんとうに大切なものは今日のような穏やかな日常なのだ。われら三姉妹は、時勢に流されず多摩時代のようにまったりとやっていこう」
「うふ。トシちゃんったらすっかり丸くなって、近頃では隊士たちに『仏の副長』と慕われているのよね~。ずっと頼りない私を支えるために鬼の副長になりきっていたトシちゃんが、本来の乙女の表情を取り戻してすっかり人気者に……この近藤勇は嬉しいよ、よよよ……」
「どういうわけか芹沢さんが土方さんにこっそり恋文を書いたり、あの独身主義者の源さんまで土方さんにメロメロになったりで、なんだかヘンな感じですけどねーっ! ただでさえ美形なのに、切腹力を捨てて乙女力に能力全振りした土方さんは反則ですよー! 周平くんとくっつかないなら、ボクが貰っちゃいますよー?」
「以前は、トシちゃんの見た目に夢中になった周囲の人たちからしか恋文が来なくて、鬼の副長としての実態を知っている隊士たちには悪鬼のように恐れられていたのにねえ。変われば変わるものねトシちゃん。でも、今の乙女らしいトシちゃんがほんとうのトシちゃんだもの。それを知っていた私はほんとうに嬉しいよ、よよよ……」
 かっちゃん、それはさっき言ったぞ。芹沢はどうも私に気があるみたいだし、源さんまで「剣術娘は遠くから眺めて愛でるもの」という主義を忘れて私に妙に親切にしてくれるしで、新選組の風紀がどうも乱れてきた気がするが、切腹の嵐が吹き荒れるよりはいいだろう。そもそも二人とも紳士的というか、やたら奥手だしな。周平がさっさと私を押し倒さないのが悪いのだ、あの愚図め。私に惚れているくせになにを遠慮している。
 だがまあ……これはこれで悪くない。隊士を切腹させまくる悪役副長よりも、隊士に愛される仏の副長のほうがずっといいな。未来語で言う「メインヒロイン」になった気分だ。私は外見はもともとズバ抜けた美人で、性格に少々問題があって悪役に堕ちていただけなのだから、心を改めれば当然ヒロインになってしかるべきだったのだ。ああ……つくづく美しさは罪だな……。
 ふう……前世の新選組ではこんな安らかな日々は過ごせなかった。今、私は幸せだ……。



 三姉妹での休暇を終えて屯所に帰ってみると、そこは一面の焼け野原だった。
 しっ……新選組が、壊滅しているううううっ!?
「しゅ、周平っ!? お前、ボロボロではないか? いったいなにがあったっ?」
「げほごほ……ひ、土方さんたちが留守の間に、隊士が古高俊太郎という長州の間者を捕縛し、池田屋に勤王志士たちが集まって京に火を付けるという計画が発覚したんですが……」
「池田屋にっ? そういえばそんなこともあったようなっ? 完全に忘れていた!?」
「……こ、近藤さんと土方さんが留守なので、誰が池田屋に捕縛に行くかで揉めた芹沢さんと源さんが『おめーに土方副長への点数を稼がせるか』と大喧嘩になって……試衛館組と水戸組が斬り合ってケンカしている隙を、古高を奪回しに来た長州の勤王志士たちに衝かれて屯所を急襲され……隊士全員、無礼講で飲んでいて泥酔していまして……ご覧の通り、屯所を放火されて新選組は壊滅です……」
「未来人のお前にも二人は止められなかったのかっ?」
「……止めようとしたんですが、お前は土方副長お気に入りの小姓だろうが毎晩のように二人きりで過ごしやがって死ね! と二人に斬りかかられ……したたか頭を叩かれて失神しているうちにこんなことに……す、すいません、げほごほ……」
「……うう……伊東先生が長州志士の軍師役として屯所襲撃を指揮しておられましたわ……なんでも、内定を貰った新選組の参謀職を山南さんがゴネてガメてしまったので、やむなく土方さんがしたためた紹介状を持って桂に面会したその席で古高奪回を依頼されたとか……わたくし、先生とは戦えず……あ、悪夢ですわ……」
「さ、幸い、死人はいませんから、土方さん。平隊士は長州襲撃に怯えて全員逃亡しましたし、試衛館組と水戸組の面々も瓦礫に埋まってはいますが、伊東のたっての願いで止めは差されなかったので生きてます……げほごほ……」
「……あ。でも、会津藩から『解雇』のお達しが来た……総司さえいてくれれば。無念……」
「なんだと斎藤? それでは……それでは、新選組は消滅解散? う、うわあ~っ!?」
「止めないでトシちゃん、中将さまの期待を裏切ったこの近藤勇は切腹します」と絶望したかっちゃんが脇差を振りあげている。瓦礫の下から這いだしてきた山南さんも「私のせいです。なにもかも私の愚痴のせいで」とこれまた切腹の準備に入っていた。総司が「ダメですよー」と二人を止めているが、ああ、ああ、ああ……。
 新選組が。新選組が、壊滅してしまったあああああ!
「いったいこれはどういうことだ、周平~っ!?」
「いやあすいません。やっぱり新選組には厳しい局中法度と鬼の悪役副長が必要不可欠だったみたいです。土方さんが引き締めてくれない新選組はただの酔っ払いの集団、烏合の衆でした。とほほ」
「とほほですむかあっ! ああ~っ、かっちゃんの夢があああ~!」
 かくして、京で無職になった私たちは多摩の百姓娘に逆戻りすることになった。でもまあ、相変わず周平も私にくっついて多摩に来たし、みんな元気に生きてるし、これはこれで……ハッピーエンドなのか?



Re:スタート!転生新選組
著者:春日みかげ イラスト:葉山えいし
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