届けられる手紙は、だいたい広告。あるいは請求書
手水鉢直樹
「お腹へった」
メリル・ヒューストンは、天神円四郎に訴える。
「昨日お前が食材全部食ったからだろ……」
そのせいで円四郎こそ昨日から何も食べていない。腹を鳴らしながら制服に着替える。
「家にこもっていてもしかたがない。外に出るか」
「あの店、なんかいっぱい売ってるよ」
「コンビニか。見たことなかったんだっけ」
「うん」
「入ってみるか。でも、何も買わないからな」
「どうして? わたし、
「持ってても、使ったらそこから足がつく可能性がある」
「お前自分が家出してるって自覚してるのか?」
円四郎は、空から降ってきたメリルを拾い、彼女を家にかくまっていた。
「円四郎がそばにいればどこにいても大丈夫だよ」
「その自信がどこから来るのか俺にはわからんが、ある程度は手助けしてやる。ただ俺にも限界ってものがある。何にせよ、お前は
「わかった。でも、円四郎も
円四郎には、特性と呼ばれる、魔術師特有の力がある。
「どうするの。大家さん呼ぶ?」
円四郎にとっての保護者のような大家・紙屋茉莉は残念ながら出かけてしばらく家を空けている。ゆえに食糧問題はしばらく続くと予想される。
「まあ見てろって。世の中咒幣だけじゃないってところを見せてやるよ」
初めて入るコンビニの中で、メリルが真っ先に向かったのはお菓子売り場だった。
「幼稚園児か、お前は。って、勝手に袋を開けようとするな」
「えー」
あやうくポテチを開封しそうなところを取り上げる。
「駄菓子ばっかだと、成長しないぞ」
円四郎はメリルを横目で見張りながら一番安いシーチキンマヨネーズのおにぎりと一番安い玉子サンドイッチを手に取る。
棚に直接触らぬように。
隣の客が棚の最後のおにぎりを手にした瞬間、自動的に商品棚におにぎりがまとめて転送され棚はおにぎりで溢れた。
新しいのが陳列されるのを待っていた客たちが、手を伸ばしていく。
「急に出てきた!」
「商品の補充陳列まで、全部咒式装置できてるからな。まあそのおかげで俺はこういうところで働けないんだが」
照明にもレジ隣の加熱調理器にも、紋様が刻まれた咒式装置が組み込まれている。
日常生活も社会もすべて、
女性店員の名札には新人の若葉マークが付いているが、客の流れは滞ることなくスムーズだ。
茶髪に髪を染め、ネイルも派手なアルバイトの店員は、商品を袋に詰め、代金を支払った客に、やる気なく「あざーした」と言って、次の客の商品を袋詰めしはじめる。
客がレジに置いた商品は、自動的に咒式装置によって識別され、代金が表示される。店員は袋に商品を詰めるだけだ。代金決済は、客が持参する端末を店の支払用端末にかざせば、チャリンという確認音とともに完了する。
店員の仕事は単純至極で、時給も最低だ。そんな給料で朝からおっさんたちの顔を見たくないのだろう。店員は、顔をあげることなく、淡々と袋詰めし、「あざーした」というセリフを繰り返す。
客は商品を受け取り、自らの端末で残高を確認する者もいれば、手に持った端末で音楽を聞いたり、画面上に表示される
むしろ、支払いだけでなく音楽も動画もニュース閲読など生活の大半一緒に過ごすこの端末、正式名称・
長い行列に並んだはずだが、あっという間に円四郎たちの番が回ってきた。
円四郎は、一度深呼吸してから、自己の
他の客の場合とは違い、円四郎の端末はうんともすんとも、チャリンのチャとも言わない。
店員は、その日は初めて、客の顔を見た。そして面倒臭そうに、
「もう一回お願いしまーす」
とマニュアルどおりのフレーズを唱える。
「その端末、動かないよ」
メリルが言う通り、先ほどと変わらず、代金決済は行われない。
「ほらね」
「知ってる。でもこうしておかないと理解されないだろ」
円四郎とメリルの会話を店員が理解できるはずもない。端末の故障率は公称ゼロ。故障という概念が店員の頭に浮かぶはずがない。
「はあ?」
店員は、何か変人でも見るかのように眉をひそめ不快感をあらわにする。店員だけではなかった。客の行列がぐるり、店舗の中に現れていた。円四郎の後ろの客たちも何事かとレジの方を覗き込む。
店員は、淡々と
「端末をかざしてください。お支払いは二百三十になります」
魔力であり通貨である
「まあ見てろって。世の中こういうものもある」
「なに? この丸いの」
円四郎は、ポケットから記念硬貨三枚を台の上に置いた。
「これで支払います」
三百オースの価値がある。
店員は硬貨に視線を落としても、それを受け取る素振りも見せない。
「物々交換は致しかねます。咒幣でのお支払いをお願いします」
「これも
記念硬貨を指でトントンとつついて示した。すると棒読みで、
「咒幣というのは、Conjunction of Interhuman Networkというものです。お持ちの
暗記しているマニュアルを棒読みした。
「それは知ってる。でも俺の端末は壊れているんだ。いや、正確に言うと俺が持つと端末がボイコットするんだ。だからこっちの硬貨で支払うって言ってるんだ」
後ろの客たちも「なにしてるの?」「早くしろよ」と急かしてくる。茶髪の客には舌打ちされる。店員も痴漢でも見るような目で、
「お支払いお願いします」
と再び
「硬貨も法律上はちゃんと使えるはずなんだけど」
「何言ってるかよくわかりません。ここではそんなことしてません」
コンビニ店員はきっぱりと言った。
「埒が明かないな。あきらめよう。別の店行くか」
円四郎が記念硬貨を回収し、商品の購入をキャンセルすると、店員は、やっとクレーマーから解放されたと思ったのか、
「あざっしたー。もう二度と来ないでくださいねー」
と今日一番明るく大きな声で、円四郎たちを見送った。
「円四郎がウソをついた」
「ウソなんかついてねえよ。ちょっとした見解の相違だ。ちょっとこのコンビニがガッデムコンビニだったってだけさ」
「えー」
目の前から餌を取り上げられた犬のように不満げである。
「次の店では使えるから、変な顔するな」
膨れづらのメリルをなだめながら店を出るのと入れ違いに、一人の男がぶらぶらと店に入った。
(酒臭ぇな)
広いつばのある帽子からハミ出た髪はボサボサ。無精髭だが、身なりは悪くない。明らかにホームレスではない。そして、
(腰に銃か)
ただ通常、上級市民はコンビニなど利用しない。
(トラブルの匂いで鼻が曲がりそうだ。いや、展開によっては悪くないかもしれない)
「次のお店は?」
円四郎は手の上でコインを転がしながら、
「やっぱりここでこっちの
円四郎はコンビニの前の街灯にもたれ、メリルは円四郎にもたれて成り行きを見守る。
円四郎の嗅覚は的中する。銃声が二発こだまし店内から悲鳴が上がった。耳を塞ぐメリルに円四郎は、
「予想通りの展開だ」
客らは上級市民の理不尽に慣れているのか、またかという表情ですかさず両手をあげる。ホールドアップで無抵抗を示す。
「お前ら、本当に従順でいいな! 俺の名前はグレゴール。お前らのご主人さまだ」
酔っぱらい上級市民グレゴールは、店員の顎を掴み、
「おう、お嬢ちゃん。なかなか可愛いな。こんな最低時給のところじゃなくて、鍋屋ででも働いたらどうだい。ロゼッタちゃんよ」
グレゴールは端末で店員の顔写真から個人情報を検索収集。さらに上級市民特権で店員の取引履歴を閲覧する。
「二週間ほど前、美容整形外科に行ったようだな。一体どこをいじったんだ? 目か、鼻か。それとも胸か?」
咒幣は、魔力源や通貨としての機能と同時に取引台帳としても機能するので個人情報の塊だ。もちろんむやみに個人のプライバシーを侵害する行為は犯罪として処罰されるのだが、罰金を支払えば済む。ただ罰金上等のこの男にはなんの歯止めにもならない。
グレゴールは無言でふるえる店員に飽き、客いじりをし始めた。
「二百万」「三百二十万」「八十万。もっと働け。俺は働かなくてもお前らの何倍ももらえるけどな」「ゼロ、ゼロか。逆に潔い」など、客たちの年収を言いながら頭を軽く叩いていく。
グレゴールは調子に乗り、棚のスナック菓子を開封し鷲掴みにして口に頬張り、客が持つペットボトルを開栓して喉を潤し、飲み残しを床にぶちまけた。
「まずい。酒はないのか酒はー」
店員が震えながら「ありません」というと、男の顔色が変わる。
「なんだとぉ!」
男は陳列棚を倒し、天井に向けて発砲した。
「こんなガッデムコンビニなんて潰れてしまえ」
円四郎は「それは俺も同意見だ」と頷く。メリルが、
「円四郎はあんなの見て面白いの? 止めないの?」
「あの様子だとあいつは客には大きな危害を加えないだろう。挑発にさえ乗らなければな」
不良上級市民の、下級市民に対する嫌がらせ。たまにあることだ。
もっとも、下級市民が反抗しようものなら、無礼討ちする名目を上級市民に与えることになる。それ狙いの可能性も十分考えられた。
騒ぎを聞きつけてか、パトロールカーが二台やってきて、警官が五人ほどコンビニで銃を構える。するとグレゴールは、
「おれは上級市民様だぞ、お前らの出る幕じゃねぇ。管・轄・外だ!」
と叫んだ。警官らは、グレゴールを撮影し、端末で上級市民登録を確認。
警官らは、肩をすくめ首を振った。
グレゴールが、茶髪の客の胸ぐらを引張って床に転がした。円四郎に舌打ちした客だった。
「上級市民が下級市民に暴力を振るっても、治療費を事後賠償すれば無罪。死なない程度なら何しても無罪ってことだ」
床に転がる男に向けて商品棚に陳列されていたフルーツの山を崩し落として、狼狽える客の様子を見て笑い、何事もなかったかのように自動陳列されるフルーツをみて更に笑った。
グレゴールの乱暴狼藉を黙認するように、警官らは動かない。彼らのような一般警察の仕事は、原則下級市民の犯した犯罪に限られる。上級市民の犯罪は軍の管轄である。そして軍はこんなことでは動かない。
グレゴールの質の悪さは、法を理解し、その範囲から逸脱しないことであった。警官らは、少しでも自分たちで対処できる例外的違法行為があれば即座に確保するつもりだが、グレゴールは警官らをあざ笑うかのように、逮捕の口実を与える一歩手前の違法行為を繰り返す。
グレゴールは、床に転がした茶髪の客を見た。にやりと笑う。
足を後ろに振り上げた。転がった客の腹をめがけて、思い切りつま先蹴りをしようとした時だった。
うっと軽い悲鳴をあげたのは、客ではなく、グレゴールであった。
悲鳴に続いて硬貨が二枚、チャリンチャリンと床に落ちた。
「な、なんだ?」
グレゴールは急な眼球の痛みに驚き、ただ身をかがめて、顔の周りを守るように手を振り回した。
「さすがに、その蹴りは命にかかわるので駄目だよ」
円四郎が、コンビニの外から男の目へ、先程受取拒否された硬貨を投げたのだった。
「寝ている人を蹴ると、立っている場合の三倍威力が出るんだ。命にかかわる。死んだらあんたの身も危ないんだよ」
投げた硬貨が生き物のように円四郎の足元に転がって戻ってきた。メリルが不思議そうに拾い上げ、なにか細工がしてないか見る。何もなかった。
「何だお前。変なもん投げてきやがって。ケンカ売ってるのか」
グレゴールが客の代わりなのか、落ちていたリンゴを蹴った。
円四郎は、転がってきたリンゴをシャツの袖で磨き、ひとかじりした。
グレゴールは円四郎の制服をまじまじと見た。
「って、お前、
通常の教育行政から独立した教育機関。それが独立学校だ。正式名称・
グレゴールは、再びニヤニヤとした顔をした。
「いいことを思いついた。こっちに来い。相手になってやる。上級市民とエセ上級市民で決闘といこう」
円四郎は、
「残念だけど、さっきこのコンビニで出禁になってね、入れないんだ」
顔面蒼白で震えている女性店員に聞こえるように大きな声で言った。そして続けてグレゴールに言う。
「で、こういうときの正しいセリフを知ってるかい?」
「はあ? なんだ、言ってみろ」
「『表へ出ろ、相手になってやる』」
グレゴールは、ニヤリと笑った。
「おう。なかなかいい度胸している。俺の名前はグレゴール。お前は?」
と円四郎の前に来た。
「天神円四郎だ」
「地元民だな。上級市民同士の決闘は、死人が出ても文句はないのを学校で学ばなかったか」
「あいにく、学校は寝る場所と決めてるんで」
「学校の代わりに俺が教えてやろう。安心しろ。授業料はいらねぇ」
グレゴールは、警官の一人を呼びつけて、決闘の検分役にした。
「じゃあ、その銃を確認させてくれよ」
円四郎は、渡された銃を確認する。
(このタイプの銃は、超高圧に圧縮した空気を撃ち出す咒式銃だったな)
銃の内部に搭載された付咒装置を通じて精霊に魔力、すなわち、咒幣という代価を払い咒術の行使を代行してもらう魔銃である。威力は支払う額に比例するが、口径の小ささからして、当たりどころが悪ければ死ぬ、という程度の殺傷能力だと円四郎は予測する。
「こんな銃でいいんですね?」
グレゴールに銃を返す。
「おう。これで十分だ。で、お前はどんな武器使うんだ?」
「そうだな。俺は、これでいいや。確認するかい?」
ひとかじりしたリンゴを突き出して見せた。
「ふん。ふざけられるのも今のうちだ。吠え面かくのはお前だからな」
警官たちがざわつき、救急車の手配をしていた。
円四郎とグレゴールが十メートルほどの距離を取る。
「カジノはいくら負けたんだい?」
円四郎が訊いた。上級市民が朝から酒のんで暴れる理由はそれくらいしかない。徹夜で酒飲んで負けて、変なテンションになるのだ。
「二百万……」
「結構負けたね」
「いや、勝った。勝ったからその分下々の連中と遊べるのさ」
「なかなかふざけたおじさんだね」
人を人とも思わない上級市民への侮蔑の意も込めて、円四郎は自分の頭の上にリンゴを載せた。グレゴールは、
「俺はウィリアム・テルみたいに、リンゴを狙ったりしないからな」
そして「検分役、カウントッ!」と大声で命じると、検分役の警官が、あわてて、
「3……2……1」
グレゴールが銃を構え、引き金を引いた。
しかし、無音。円四郎は頭にリンゴを載せたまま微動だにしない。
「じゃあこっちがリンゴをぶち抜く番だな」
円四郎はリンゴを手に取る。
グレゴールが二回三回と引き金を引くが、何も起きない。
「なぜだ?」
銃に気を取られた瞬間、円四郎の投げたリンゴがグレゴールの顔に直撃。
花火のように盛大に砕け散ったリンゴのかけらを浴びながらグレゴールは地面に崩れ落ちた。
「どうして……動かない……」
焦点の合わない目で恨めしそうに銃を見ながら円四郎に言った。
「ゴメンなおっさん。銃を確認したときに壊しちゃったんだろうよ。俺は、触った道具が壊れる特性《破壊者》ってのをもってるから」
「そんなの……反……そ……く」
「だから一応『こんな銃でいいんですね?』って聞いただろ」
グレゴールは気を失った。
ちょうど救急車がやってきて、虫みたいに倒れたグレゴールを担架に載せていった。
すると警官たちに、
「さすが、独立学校の生徒だ。ありがとう」
と握手を求められた。そして、
「なんか奢らせてくれ」
「じゃ、こいつが欲しがるもの買ってもらえますか」
メリルが食べたがっていた駄菓子と、そして先程買いそびれたおにぎりとサンドイッチを併せて手に入れた。
警官たちは円四郎に軽く会釈をして簡単な実況見分を済ませると帰った。
「ほらな、世の中咒幣(かね)だけじゃないって言っただろ」
「うん」
メリルが満足そうで円四郎も安堵する。
円四郎たちがコンビニから去る時、店員から
「待って下さい」
と呼び止められた。円四郎は、
「いや、お礼とかいりませんよ」
円四郎はクールに去ろうとしたが、腕を掴まれた。
「いいえ、違います。これ受け取って下さい」
つい先程まで面倒臭そうにバイトをこなしていた女性店員が、尊敬するような生き生きした眼差しで自分を見ている。円四郎はそう感じて、折り畳まれた紙片を店員から受け取った。
円四郎は、その紙片をそのままポケットにつっこみ、
(惚れられたりするの困るんだけどな)
「返事はきちんとしますので、待っていて下さい」
円四郎は店員にそう告げて、コンビニから走り去った。
「何もらったの?」
メリルはおごってもらった駄菓子をモリモリ食べながら訊く。
「モテる男の辛いところさ。黙っていても女が寄ってくる。街を歩けばラブレターを渡され、天を仰げば空からどっかの誰かさんが降ってくる」
円四郎は、自慢気にメリルに先程もらった紙片を渡す。
「さてどうやって断ったらいいものかな。下手に断って恨まれたりストーカーになられても困るしな」
「断らないほうがいいよ」
「何言ってるんだ。断り方だけど、『もう別の女性と付き合っているんです』とかどうかな。いや、嘘は駄目だな」
「円四郎ってば」
「『勉強に集中したいので』とか。いや、さっき『学校は寝る場所』とか言っちゃったし、これも駄目か」
「円四郎聞いてってば」
「よし、普通に一言『ごめんなさい』と謝ろう。って何してる」
メリルが円四郎の頬をつねる。
「こんなことで嫉妬してたら、身がもたないぞ。俺はモテモテだからな」
「これ、よく見て」
メリルは円四郎の顔面に紙片を突きつけた。
「わかった。見るよ。なになに……」
紙に目を通す。
『リンゴ代 1ケ分 150オース 一週間以内にお支払いください』
魔力を統べる、破壊の王と全能少女 ~魔術を扱えないハズレ特性の俺は無刀流で無双する~
著者:手水鉢直樹 イラスト:あるみっく
作品ページはこちらから↓
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