電撃文庫『僕をこっぴどく嫌うS級美少女はゲーム世界で僕の信者』特別掌編
黒きカルト教団への入信
相原あきら

「たとえどんなに体力上げようと攻撃力強化しようと、結局人は過酷な大自然の前では無力なんだよ!」
「なんだ、突然?」
 その日、僕がVRオンラインゲーム『ファイティングファンタジア』にログインすると、アビシニアンがそう力説してきた。
僕とミケは訝しげな眼差しを向けるが、アビシニアンは気にした風でもない。話を続ける。
「たとえマンチカン師匠が最強のプレイヤーだとしても、人である以上、凍てつく氷原や灼熱の砂漠では生き残れない。そう、適切な装備がなくちゃね!」
 そこでアビシニアン、心のこもらない明るい笑顔でウィンク。
「さあ、そこでマンチカン師匠に本日お勧めするのが防寒装備用の黒タイツ! これさえ装備していけば酷寒の雪山でもぽっかぽか! さあ、履いて履いて!」
「いや、なんでそんな防寒具を身につけなくちゃいけないんだよ」
「だって今日はマンチカン師匠、雪山に登るから」
「そうなのか?」
 初耳。
「そう……! 今、雪山でイベントアイテム、フローズンフラワーが咲いてるの。マンチカン師匠にはそれを持って帰ってきて欲しいんだよね」
「フローズンフラワー? イベントアイテム?」
「そういうのがあるの。ドラッグフェロモンを作るのに必要な素材の一つで、それ飲むとエッチな気分になっちゃうから是非マンチカン師匠に飲んでもらってその笑える姿を動画に……」
 そこでアビシニアンは口を噤み、突然、僕に微笑みかけてきた。アビシニアンを操作している千尋もよくこんな仕草をする。悪戯がバレそうになると浮かべる邪気無さげな微笑み。
「……まあ、とにかくそのフローズンフラワーを探して持ってきてよ!」
「持ってきて……? アビは行かないのか?」
「雪山は過酷でね……ボクだと、たとえこの黒タイツを履いていても、体力が低すぎて回復する間もなく死んじゃう可能性があるんだよね。だから、マンチカン師匠! 取ってきて?」
「なんで僕が……」
 と、アビシニアン、そっと耳打ち。
「……だって、マー君がボクのマンチカンを使っちゃってるから。本当ならボクがマンチカンを使って自分で取りに行きたいけど、マー君の所為でそれができないってわけ。わかる?」
「……くっ!」
 僕が千尋の持ちキャラであるマンチカンを勝手に使用した立場上、千尋の言い分に従わざるを得ない。
「……しかし、そんな過酷な場所に僕一人で行くのは無理じゃないか」
 僕は実質、初心者だし。マンチカンのキャラ性能は高くても、操作する僕がへっぽこすぎて即死だと思う。
「まあ、そこはほら、ボクは行けないけど、ミケちゃんは一緒に行けるでしょ」
「え、ということはマンチカン様、今日はわたしと二人っきりですか?」
 ミケが頬を赤らめる。アビシニアン、良い笑顔でサムズアップ。
「二人で雪山ピクニックして仲を深めてくるといいよ!」
「仲を深めるだなんてそんな……! もったいなさ過ぎます……! 頑張りましょうね! マンチカン様!」
 メチャクチャ乗り気になってる。
 アビシニアンが、ぽん、と手を打った。
「はい、というわけでミケちゃんにも黒タイツ一丁お渡し~! これ履くだけで防寒効果300はあるから、正直、半裸の黒タイツ一丁で雪山登ってもいいくらいだよ!」
 それじゃ半裸黒タイツ芸人になっちゃうだろ。絵的に汚すぎる。
 というわけで、僕らは脚部装備を黒タイツに変更し、雪山地帯へと向かうことにした。
「はうぅぅ……マンチカン様、足、綺麗……」
「……なんで黒タイツ剥き出しなんだ? 普通、タイツの上に革のズボンとか脛当てとか重ね着できるんじゃないのか?」
「普通は重ね着できるけど、この防寒用黒タイツに限ってはそういう仕様だから。重ね着できないの。足をより一層目立たせるよう、見栄え重視? ほら、マンチカン師匠! ミケちゃんの黒タイツ姿、なんかちょっとエッチくない?」
 ……くっ! ピッタリとした黒タイツがミケの足を引き締めて見せ、その……すごくいい事に……! 均整が取れているというか見た目が非常に好ましくなるというか……すらっとしている。おまけに、光沢のある黒い表面は滑らかな触り心地を想像させた。撫でたい、滑らせたいという欲求。何だかほのかに女の子の香りが匂い立つようだ。
 ……黒タイツを透かして、中の下着が見えるような……? お尻の形もくっきり出ていて、柔らかそう……。
「あ、あの、マンチカン様……そ、そんなに見られると恥ずかしくて、その、ドキドキウキウキ興奮しちゃってMKPがもう既に300超えです……!」
 頬を染め、汗ばみながら、ミケが声を絞り出す。両手を合わせて握りしめ、祈るかのような姿。
「い、いや、そんなにはガン見してないんだが!? してないよ? 本当だよ? 待って? 落ち着いて?」
 そんな僕らの有様に含むところのある笑いを向けていたアビシニアンが、朗らかに言った。
「まあ、今日はボクからのプレゼントだと思って、ピクニック気分で楽しんできてよ!」

  ◆

ピクニックどころじゃなかった。
猛吹雪。痛いくらい寒い。
 雪山地帯に入り込み、フローズンフラワーとやらが咲いているという、頂上付近目指して登り始めた途端に天候が急変した。
「……気温-20度か。確かにここの寒さはただ事ではないな……」
 僕はそう呟いた。身を切るような寒さを肌で感じる。特に目を開けているのが辛い。叩きつけるような雪が目に入ってくるからだ。お陰で視界は真っ白。ビュウビュウと鳴る吹雪が更に感覚を痛めつける。
 だが、だからこそここで黒タイツが役に立つ。
「さすが防寒用の黒タイツ装備ですね! 全然寒くないです!」
 吹雪の雪山の中、ミケがバレエのようにくるりと一回転してみせた。軽やかだ。まるで春の野にいるよう。
「そ、そうだな……」
 僕は身震いする。
 確かに黒タイツは暖かい。これを身につけていなければ即凍り付いてしまうだろう。だが、完全に寒さを防げてはいないような……? 染み込むように寒さが浸食してくる。
 僕はガタガタしながらミケに告げた。
「なあ、だだだ大丈夫か? おおお思ったより過酷過ぎないか、ここ」
「え? そうですか?」
 ミケは目をぱちくり。
「……あれ? さささ寒くないのか? ままま全く?」
「マンチカン様、寒いんですか?」
「だだだだだ段々、ひひ酷くなってきたんだが……」
 僕は自分のステータスを確認する。見れば、気温低下に伴い体力が次第に失われているではないか。このままでは遠からず死んでしまう!
「まずい……! たたた体力がてて低下し始めてる!」
「そんな! わたしはなんともないのに、どうしてマンチカン様だけ……!」
「まままままあ待て落ち着け大丈夫だ大丈夫ぶぶぶぶ」
 僕は慌てず騒がす原因を探る。望ましくない結果が現れたのなら、その原因があるはずだ。未来の内閣官房長官として、そこはクールに取りかかろうじゃないか。そして……。
……やってくれたな! アビシニアンの奴……!
「どうしたんですか、マンチカン様?」
「ぼぼぼぼぼ僕が履いているこれ、くくくく黒タイツじゃない! くく黒ストッキングだ!」
 装備欄をよくよく確認してみれば、装備名称が黒ストッキングになっている。防寒効果は120。これでも防寒装備としては破格な方だと思うが、黒タイツに比べれば全然弱い……!
「ええっ!? じゃあ、アビシニアンちゃん、黒タイツと間違えて黒ストッキングをマンチカン様に渡してしまったんですか!?」
 似てるからな。黒タイツと黒ストッキングの違いは、糸の太さの単位であるデニール数とか何か、そういうのが多いか少ないかでしかないし。用途的には、ストッキングは足を綺麗に見せたい時や素足を隠したい時に使う物。タイツは寒さから足を守るための防寒用。
僕はこの雪山で足を見せびらかすために黒ストを履いてきてしまったわけだ。
「……道理で、マンチカン様のおみ足、うっすら肌が透けて見えていつも以上に素敵だな……と思ったんです……! むっちりとした、その、お尻も下のパンツが透けていて、こんなことでMKPを上げてしまうなんていけないことだとはわかっていたんですけどもう500超えてしまってごめんなさいわたしって悪い子です!」
 ミケが鼻先を押さえて、涙を隠すように顔を逸らす。実際には噴き出しかけた鼻血を隠している。
 視界が赤く染まってきた。残り体力が既に半分を切ったという知らせだ。
「ままままマズい……ははは早く山を下りなければ……ででででも間に合わない……!」
「あ、あの! ま、マンチカン様! その……かかか身体で温め合いましょうか……?」
「ややややそそそそそれはちょっとあのここ心の準備準備準備が」
「でも、このままではマンチカン様が……! そ、そうだ! なら、今わたしの履いているタイツを使ってください! これを首に巻けば少しは暖が取れるはず……!」
 よいしょ、と黒タイツを脱ぎ始めるミケ。するりと素足が剥き出しに。
「いいいいいいやいや待て待て! くくく黒タイツは首元に装備できない! くくくく黒タイツをマフラーみたいにたなびかせ甘い匂いを肺いっぱいに吸い込むとか装備はできるけど装備したら人間性を失う……! だだだ第一僕が君の黒タイツを履いてしまったら、使用済み黒タイツに僕の足を通すことになってそうじゃなくて今度は君が寒さで凍えてしまうじゃないか!」
「で、でも、もうこうするしかマンチカン様を助けるには……! さあ、マンチカン様も黒ストッキングを脱いでください! お互いに履いている物を交換するんです! ああ! マンチカン様の黒ストッキングを直接肌に着けられるなんてMKPがどれだけ上がってしまうの……!」
 いやああん。僕は抵抗も虚しく下半身を剥かれて、ぬっくぬくの黒タイツを履かされた。
 ……おおぅ……さっきまでミケが履いていた黒タイツ……この温もりはミケの体温そのもの、肌を重ね合わせているような……何か新しい知見を得てしまいそうだ……。
 低体温による体力の低下が収まった。というか、ぐんぐん回復……!
 いや、それどころじゃない! 僕が回復した分、今度はミケが低体温で体力を失っているはず……!
「大丈夫か!?」
「も、もうダメです……!」
 言わんこっちゃない……! ミケは腰が抜けたようにへにゃりと倒れ伏せ、僅かに身動ぎするばかり。この低温環境に死にかけている……!
「……今、わたし、マンチカン様と一つになっているんですね……! マンチカン様の温もりに包まれて……わたし、今幸せです……!」
 下半身黒ストッキング丸出しの姿でぐったり横たわっているミケを、僕はまともに見られない。
「お、おい? 今すぐ山を下り……あれ? なんか大丈夫そう……?」
 息遣いは荒いが、頬はピンクに染まり血色が良さそうだ。震えても、凍えて固まってもいない。むしろふにゃふにゃ……?
「どうしたんだ? ゆるゆるになってるみたいだが……?」
「す、すみません……マンチカン様との一体感凄くてMKPが一気に10万超えて暴れ太鼓祭が始まってしまったもので……! 心拍数が野外特設会場電流爆破暴れ太鼓爆弾に……! 死んでしまいます……!」
 何言ってんだかよくわからないが、とにかく心拍数が上がって体温も上昇、凍えるどころではなくなってしまったらしい。ドキドキして頭がカーッとなる、あれだろう。
 ロシアの人は、恐ろしい寒さをアルコール摂取することでしのぐという。
 それと同じように、僕らは恐ろしい寒さを黒スト(もしくは黒タイツ)摂取することでしのいだというわけだ。
 何はともあれ、体力低下は収まった。今の内に山を下りるのが得策だろう。これ以上、過酷な環境に居続けるのは体が保たない。
 こうして何とか僕らは酷寒の雪山から命からがら脱出することに成功した。
ふにゃふにゃになったミケを抱えて僕達の拠点に帰り着く。
 ちなみにフローズンフラワーの採取は諦めた。それどころじゃなかった。結局、今回、僕には何一つ得るものが無かったわけだ。全くの時間の無駄……いや、でも……そうとも言い切れないか? 僕は今回、一つだけ、大切な事に気付くことができた。人生においてとても大事な教えとなるもの。それは……。
「あー! マンチカン師匠! フローズンフラワーは? 手ぶらなの? そんなのってあり?」
「おいおい、そちらのミスでこっちは凍死しかけたんだぞ」
「え? そうなの? ……ああ、ごめーん! そりゃあ、黒ストと黒タイツ、渡し間違えたのは悪かったけどー……」
「……なあ、ちょっと聞きたいんだが?」
「なあに? マンチカン師匠?」
「……その、この黒ストッキングと黒タイツ……あー……いただいてもいいか?」
 僕は、何がこの世で本当に命を捧げるべき対象であるかという真理、つまりは信仰を、雪山から学んだのだ。



僕をこっぴどく嫌うS級美少女はゲーム世界で僕の信者
著者:相原あきら イラスト:小林ちさと
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