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 高速列車に必ず一両は設置されている統治府専用の個室車両で、オリヴィア・ドラタイトは上官から明日からの任務内容についてブリーフィングを受けていた。
 列車はジャダイの中心部に向かっている。
 それはオリヴィアの任務先がリーンアカデミーであることを指していた。
「成績書に目を通したよ、優秀なんだね。きみのような人材をわれわれは待ってたよ」
「ありがとうございます」
うわさになってるよ、今年の新人はかなりの有望株だってね。具体的なことは直属の上官から話があると思うが、君には新薬開発のセクションについてもらいたい」
「光栄です」
「到着までまだあるから、軽食でも用意させよう。わたしは仕事があるので失礼するよ」
 上官が出ていくと、オリヴィアは軽く伸びをして与えられた分厚い資料に目を通し始めた。
 資料には旧世界病に関する医療技術の歴史や治療法などのほかに、アカデミーの各セクションがどんな研究をしているかなどの概要もあった。
 しかしこんな万人向けの資料ではだめなのだ。
 オリヴィアにはどうしても手に入れなければならない情報がある。
 オリヴィアは届けられたサンドイッチを頰張りながら根気よく資料をめくる。最後のページに近づいても目ぼしい情報はなかった。
 ふいに右耳のピアスが振動した。
 オリヴィアは個室の窓から周囲を見回して人がいないことを確かめると、音をたてないように鍵をそっとかけてピアスを外した。をかたどったピアスは高性能の通信装置になっていて、それは父ドラル王との直通回線になっている。
 慣れた手つきでオリヴィアはピアスのポストを伸ばすと、キャッチを口元にあてた。
『どこにいる』
「列車でアカデミーに向かってるところよ。まだ入り口にも立ってないわ」
『早く見つけ出せ。時間がない』
 ものの数秒で通信は途絶えた。
 一瞬で沸点に達した緊張感がすーっと冷めていき、全身がかんしていくのがわかる。
 父と話すだけなのに、生まれてからずっと慣れないし、恐ろしい。
 訓練船に入って二年目の時点で、オリヴィアがアカデミー入りすることは決まっていた。
 父ドラル王の探し物を見つけるためだ。
 正規ルートでアカデミー入りするわけではないのが悔しいが、リーンのためになることも少しはできるはずと、オリヴィアは罪滅ぼしのように希望を抱くことで自分を奮い立たせた。オリヴィアは自分に課せられた使命と、自分の気持ちの折り合いをつける作業が習慣になっていて、妥協点を見つけることにけている。
 一分の遅延もなく列車が終点に着くと、オリヴィアはアカデミーに隣接された寮にまっすぐ入り、荷物をほどいた。寮で一緒に生活する他のスタッフたちとの顔合わせを兼ねた夕食会をすませて一人部屋の自室に戻ると、ベッドにうつ伏せになって目を閉じ、明日の朝を迎えるまでのほんの数時間だけ、緊張を解くぜいたくを自分に許した。


 翌朝オリヴィアがアカデミーの大講義室に入ると、そこにはドラルの王女を一目見てやろうと上気した野次馬たちが詰めかけていた。オリヴィアは、その場にいた全員が求めているであろう王女像を満たしてやるべく、威厳たっぷりのしやくをしてみせる。生まれや育ちのせいで外見を値踏みされるのには慣れていたが、オリヴィアはこういうやからを心底けんしていた。
 他人に消費されている……。そんな感覚が苦味を伴ってオリヴィアを襲う。
 そしてそれは自己けんというかたちで、オリヴィアの中にしつこく居座ることになる。
 だがその如何いかんともしがたい苦しみは、自分が天に向かって唾を吐いてきたからこそ生じたのだという自覚もある。
 自分を肯定したいがために他人を消費することと、他人を監視することで工作員としての利益を得ること。そのふたつに大差はあるだろうか?
 まるで底なし沼にはまっているようだ。人との距離をつかみそこねてばかりで、いつまでたっても抜け出せない。
 オリヴィアはずっと、沼から逃れるすべを探し続けている。