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 上官と大講義室を出ると、オリヴィアはいよいよラボに足を踏み入れた。
「個室を与えられなくて悪いね。最初はみんな大部屋からだ」
「かまいません。みなさんにいろいろと教えていただきたいです」
「このセクションのリーダーを紹介しよう。おおいグロシュ、すまないが手を休めてこっちへ来てくれないか」
 上官に呼ばれておつくうそうに立ち上がったのは、濃いブルネットの髪をショートカットにした長身の女性だった。白衣は何日も着ているらしく、相当くたびれている。寝不足なのか顔色はよくないが、頰骨が高く切れ長の目が印象的な美人だ。
「グロッシュラーよ。グロシュって呼ばれてる」
 それだけ言うとグロッシュラーは一番奥にある自席に戻り、文献を読みながらメモをとっているらしく一心に手を動かしている。
 上官が苦笑いをしながら声を低くして言う。
「グロシュはちょっと変わってる。でもアカデミー一の天才肌で、旧世界病のエキスパートだ。わからないことがあれば彼女に聞くといいだろう。ちゃんと答えてくれるかはわからないけどね。誰とも話さない日もあれば一日中しゃべり倒す日もある。彼女、気分屋なんだ」
 オリヴィアはグロッシュラーがかつこうに右肩を上げて顕微鏡をのぞきこんでいる姿を見て、どこかで会ったことがあるような気がした。でもそれがどこかはわからないし、記憶もさだかではない。
 誰かに似ているんだろうか……。
 案内されたデスクについた途端、右耳のピアスが振動しはじめた。
 ただでさえ機密の多いアカデミーは監視の目だらけだろう。用心に用心を重ねたほうがいいと判断し、オリヴィアは書類に目を通してサインをする雑務に専念した。その書類のほとんどが、アカデミーで知り得た情報に関する秘密保持義務の誓約書だ。
 しばらくしてあたりを見回すと、他の研究員はランチに出たらしくラボには誰もいない。
 目を閉じ、両手を組んで「うーん」と声をあげながら肩の上に伸ばす。
 ぱっと目を開けたら、オリヴィアのすぐそばにグロッシュラーが立っていた。
「なんでしょう……?」オリヴィアはなんとか笑顔を作った。
「あなたなにか鳴ってない?」
「そうですか? わたしにはなにも聞こえませんけど」
「そう、じゃ気のせいなのね」
 そう言ったグロッシュラーは自席に戻らず、その場に立ったままでいる。
「あの……まだなにか?」オリヴィアは仕方なくたずねた。
「行かないの? お昼」グロッシュラーはオリヴィアから視線をそらさずに言った。
「アカデミーのカフェテリアでよかったらお昼を一緒にどう? ごそうするわ」
「……いいんですか? じゃあお言葉に甘えてお供します」
 中庭のサンルームに併設されたカフェテリアのまどぎわに、席を見つけてふたりで座った。オリヴィアはいつも食事をしっかりとるが、グロッシュラーはフレッシュラディッシュだけだ。
「食事、それだけなんですか?」
 オリヴィアはチーズの入ったオムレツを口に運びながらグロッシュラーにたずねた。
「あんまりおなかがすかない体質なの。いつもはラボで仕事しながら、空いた手でクッキーとかクラッカーをつまむ程度よ」
「でも……それだと栄養が偏ってしまいませんか」
「コレ飲んでるから」
 グロッシュラーは白衣の胸ポケットから小さなピルケースを取り出すと横に振ってカタカタと音を鳴らした。ケース中には薄紅色のタブレットがたくさん入っている。
「他のセクションの開発した試作品よ。これ一粒でたくさんの栄養がれるの。もうすぐ《未浄化国》に支給されるわ。食料不足を少しでも補いたい【生産】から緊急のリクエストがあったの。いまは出荷前の最後の臨床試験中。わたしは臨時の被験者ってわけ」
 リーンアカデミーは裾野の広い研究施設だ。
 旧世界病はもちろんのこと、研究対象は多岐にわたる。
 それぞれのセクションがリーンに累積する諸問題を解決するべく日夜仕事をしている。公衆衛生から食料生産の管理まで、管轄する分野も多く職員数も膨大だ。
 グロッシュラーの話を聞いてオリヴィアはわくわくした。アカデミーで働くことをこころから誇りに思えた。
 父のことなんて忘れてしまえたらいいのに。
「さっきあなたを連れてきたやつ、わたしのことを天才肌って言ってなかった?」
「ええ」
「わたしは天才肌じゃなくて天才よ。言葉は正確に使うべきね、不愉快だから」
 オリヴィアはぽかんとしてグロッシュラーを見つめた。
 この人ものすごい自信家なんだ。ちっとも冗談に聞こえない……。
「それにわたしのことを変人扱いするやつがいるけど、わたしが変人なんだとしたら、ここにいるやつらも同類よ」
 オリヴィアは力強くうなずいた。グロッシュラーの言うことは一理ある。科学は狂気と背中合わせになる危険がつねにあるからだ。
「わかります。科学者は変人な部分もないとだめですよね」
「あら、あなた見た目と違って素直なのね」
「……それって悪口ですか?」
 オリヴィアはグロッシュラーとは気が合いそうだ、と感じはじめていた。
「あなた、どうしてアカデミーに来たの?」グロッシュラーがたずねた。
「訓練生は任務先を希望することはできないんです。ご存知ありませんか……?」
「あらそうなの。わたし、訓練船には乗らないでここに来ちゃったから」
「そんなルートもあるんですか?」
「ごくまれにね。でもあなたは来るべくしてここに来たんでしょ? 上官が判断して、ここに配置したんでしょうから」
「だといいんですが……」オリヴィアは胸が少し痛んだ。
「成績もきっとすごくよかったんでしょう?」
「どうでしょうか」
「あら、わかりやすい謙遜しちゃって」
「その様子じゃわたしのことなんて全部ご存知のように思えますけど……」
「何年か前に、飛び級で入ったジャダイの医学校を首席で卒業した子がいたわね。それってあなたのことでしょ?」
「……はい」
「飛び級ってね、わたし以来なのよ」
「そうだったんですか!」オリヴィアは素直に驚いた。
「あなたには簡単なことをいくつか質問しましょう。緊張しないでいいわ。わたしの下に就く子に、必ず聞くことだから」
「わかりました。こころしてお答えします」
 オリヴィアは居住まいを正してグロッシュラーに向き合った。にわかての最終面接のはじまりだ。