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 ブルー・ステイブルにどれくらいいたのだろう。時間の感覚がなくなる空間だった。それにしても胸がざわつく。空を舞うカイトが突然強い風にあおられて、手にからめていたはずの糸が乱暴にすり抜けていくような。
 重たげな足取りで自室に戻ると、ドーマがシャツを持って待っていた。受け取るときにアルムは礼を言ったが、ドーマは無言のままで部屋を出て行った。あっ、と小さく声を上げ、コーマと違ってドーマは話すことができないのを思い出す。アルムはドーマの後ろ姿をぼんやり眺めた。ドーマが言葉を発せないという単純な事実が孤独感となってひたひたとアルムを襲う。
 しんと冷えた個室に入り、背中に統治府の紋章が入ったシャツに袖を通す。疲れていたが、船長室に向かうことにした。
 アルムが開けっぱなしの船長室のドアをノックして部屋をのぞき込むと、カルセドニーはシャワーを浴びているところだった。がさつな印象のあるカルセドニーだが、船長室はきれいに片付いていて背の高い植物の鉢植えがあちこちにある。
 浴室の前で、忠実な番犬のようにドーマがタオルを持って待っている。五分ほどたつと、もうもうとした湯けむりを帯びながらカルセドニーが出てきた。ドーマはすっとタオルを手渡すと、着替えを用意しはじめた。
 カルセドニーは髪からしたたちる水滴を大雑把にぬぐうと、ドアのそばで立っているアルムに気付いた。
「もう臭くねえか?」
「はい」
「嗅覚ってのは厄介でね」
「なら毎日入れば……」
「おっと、それを言うなよ。それが一番めんどくせえんだから」
 豪快に笑うカルセドニーはまだ裸だ。アルムは目のやり場に困り、なるべくカルセドニーを見ないようにしながら切り出した。
「聞きたいことがたくさんあります」
「だろうな。まあ、飯を食いながら話そう」
 そう言って、カルセドニーは背中の部分に船長を示す大きなしゆうが施されているシャツを素肌に直接着た。
 ドーマが食事の配膳を進めると、食欲を刺激するしそうな香りが部屋に満たされていく。
 具だくさんな豆のスープに、焼きたての白パン。鶏胸肉のグリルの付け合わせには、アルムが見たことのない根菜がたっぷりと盛られている。〈リタ〉の炊事番はとても腕がいいらしい。アルムが肉にかぶりつきたそうにしていると、カルセドニーは笑って言った。
「食えよ、気にすんな。補給で寄港するとな、ナトロがその土地のうまいもんを仕入れてくるんだ。まあグレンのせいで普段酒はごはつだが、なんせ予算だけはべらぼうについてる船だから。ま、訓練船上がりじゃなんでもうまく感じるか」
「マリネリス出身なんで、訓練船の食事でも十分豪華だと思ってました」
「まだまだ不毛な土地だからな……。コランは?」
「近々手紙を書こうと思います」
「そうか。任務ついてはなにも書くなよ」
 あらかた食事を終えると、ドーマはお茶を用意した。カルセドニーはお茶にたっぷりとミルクを入れた。嗅覚を無くしてからなぜか苦みだけを強く感じるようになったのだという。
「フローライトとは話ができたか?」
「少しだけですが」
「なにを話した?」
「マリネリスの夕焼けの話をしました」
「ああ……なら喜んだだろう? あいつは外の世界を知らねえからな」
「……知らない? 外に出たことがないんですか?」
「あいつの記憶にある間はな」
 それはどういうことなんだ?
 上官の前では決して褒められた行為ではないが、アルムは思わず目を閉じ、頭の中を整理しようとした。聞きたいことはたくさんあるが、どうしてもフローライトの腕にあった注射痕が脳裏をよぎる。まるで最優先事項はこれだ、と誰かに言われているみたいだ。
 アルムは閉じていた目を開けて、カルセドニーを真正面から見据えた。
「船長、お聞きしてもいいですか?」
「おう、なんだ」
「アルセノンという言葉を、おれは人生で初めて聞いたんです」
 カルセドニーの右の眉がかすかに上がった。
「それはまあ……いずれフローライトが自分から話すだろうよ。あいつがまだおまえさんに言わねえんなら、それなりにあいつの考えがあるんだろうし。いまはフローライトからおまえさんが信用されることが最優先だ。まあ、あんまり時間がかかるようでも困るんだが」
「困るって……誰がですか」
「ま、いろいろ事情があんだよ」
 ドーマがお茶のおかわりを身振りで勧めてくる。アルムは冷めてしまったお茶を一気に飲んでカップをドーマに渡した。おしゃべりが専門だった訓練船のコーマと違い、ドーマは寡黙で実によく働く。
「フローライトのことは極秘扱いと言っていましたね。どれくらいの人が彼女の存在を知ってるんですか」
「そうだなあ。マゥルスにもほとんどいねえだろうな。フローライトもグレン・グナモア直属だ。おれたちと同じだな」
「待ってください、あの……マゥルスとは?」
「グレンの側近たちだ。頭でっかちなやつばかりでいつも無理難題を押しつけてくるからおれは嫌いだね。そういえば、おまえさんの同期がマゥルス入りしたな」
 アルムの頭にクリストバルの顔が浮かんだ。
「執務室に連れてかれたやつがいただろう。かなりぶっとんだやつなんだってな」
 それは成績が? それとも素行が? あいつの武勇伝なら掃いて捨てるほどある。
 アルムは思わず笑みがこぼれた。