<script> (function(d) { var config = { kitId: 'poz7nec', scriptTimeout: 3000, async: true }, h=d.documentElement,t=setTimeout(function(){h.className=h.className.replace(/\bwf-loading\b/g,"")+" wf-inactive";},config.scriptTimeout),tk=d.createElement("script"),f=false,s=d.getElementsByTagName("script")[0],a;h.className+=" wf-loading";tk.src='https://use.typekit.net/'+config.kitId+'.js';tk.async=true;tk.onload=tk.onreadystatechange=function(){a=this.readyState;if(f||a&&a!="complete"&&a!="loaded")return;f=true;clearTimeout(t);try{Typekit.load(config)}catch(e){}};s.parentNode.insertBefore(tk,s) })(document); </script> <style> p.radio { margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudrgothic-std,sans-serif; font-weight: 400; font-style: normal; font-size: 1.2rem; line-height: 2.4; } p.main{ margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudmincho-std,sans-serif; font-weight: 500; font-style: normal; font-size:1.2rem; line-height: 2.4; } .em-sesame{ text-emphasis-style: filled; -webkit-text-emphasis-style: filled; } .gfont{ font-family: ryo-gothic-plusn, sans-serif; font-weight: 300; font-style: normal; } @media screen and (max-width: 450px) { p.radio{ margin: auto 10px; font-size: 1.1rem; line-height: 2; } p.main{ margin: auto 10px; font-size:1.1rem; line-height: 2; }} </style>
訓練船は、座学を受けるための教室や実技を学ぶ実地訓練施設、そして居住区を併設した、リーンの海を移動する学校のようなものだ。訓練内容は多岐にわたり、定期的に陸上訓練も行われる。倍率も高くて難関だが、訓練船に乗ることさえできれば安定した将来を約束されるため、リーン中から志願者が絶えない。
グレン・グナモアも出席する拝命式で、いよいよ任務先が告げられる。
式典後は直ちに配属先に向かうのが慣例だ。訓練生は任務先を希望することはできないため、どの任務を命じられても即戦力となるよう、日々鍛錬を重ねてきた。
統治府の人間として働く意義。タフな訓練を重ねていけばおのずと見つかると思っていたその具体像が、いつまでたってもアルムには見えない。仲間の訓練生たちの士気を目の当たりにするたび、焦りのような、不安ともまた違う気持ちが綯い交ぜとなり、澱のように積み重なっていく。アルムにとっては、そんな自分を冷めた目で見続けていた三年間でもあった。
「ま、どこに行くかなんて蓋を開けてみなきゃわかんねえよ。でもな、アルム。ひとつだけ確実なことがあんだよね」
「へえ、自信たっぷりだね」アルムはそう言って新聞をたたんだ。
「おれたちきっと金持ちになれるぞ。統治府の俸給は破格だっていうし。それにだな……」
「……ひとつじゃないんだ?」
「いいから聞け。いいか? エリダニアのあるグナモアは、おれたちがはじめて見る大陸ってやつだ。おまえは見たかった地平線が見られる。おれは塊の肉が腹いっぱい食える」
「エリダニア入りできればね」
「もうマリネリスみたいに魚とイモばかりじゃないんだ!」
「だからエリダニア入りできればね。じゃなけりゃ、また僻地で魚とイモの日々だよ」
「さらにだな……」
「なんで増えるの?」
「黙って聞け。おれたちはこれからどこに行っても尊敬されるようになるぞ。なんせ統治府の看板を背負うんだからな。放つ威光も二割増し、三割増しってとこだろう。しかも……」
「また増えた。クリスのひとつはいっぱいあるなあ」
「うるせぇ黙って聞け。これが一番大事なことだ。つまりだな、おれたちはこれからもてちゃうぞ。統治府の人間だって名乗ってみろよ、都会ならそれなりに、田舎ならものすごくちやほやされちゃうんだぞ」
「いままでも充分もててたのに」
「おっと、おれに嫉妬か?」
「違う。あきれてるんだ」
「でもおまえだって、隣を歩く女の子が毎月変わるくらいにはプレイボーイだったよ?」
「毎月ってことはないよ。せいぜい……」
「うるせぇ黙れ黙れ。見た目がシュッとしちゃってるおまえなんて、女の子からすれば隣に立たせとけばそこそこ目立つ、ちょっとしたアクセサリーみたいなもんだ」
「アクセサリーって……それはひどいな」
「いいか? おまえはこの三年、来るもの拒まず去る者追わず。でもいつも肝心なとこで手を引いちゃう。かわい子ちゃんたちが手ぐすね引いて、あの手この手で迫ってたのに」
「あとあと面倒な関係になりたくないだけ。……だってずっと同じ船で過ごすことがわかってるのに、軽はずみなことなんてできるわけがないだろ?」
「違うな」
「違くない」
「いんや、違うね。おまえはガキのころから実在しない女を、ずーっと追っかけてんのさ」
「またその話か……」アルムは思わず天を仰いだ。
「かわい子ちゃんたちが不憫だわあ。思い人が夢に出てきた女じゃ戦いようがないものぉ」
そう言ってクリストバルはタイの端を嚙むと、おいおいと泣き真似までしてみせた。
「……ずっと後悔してる。八歳のころからずっと」
「あらあ、なにを?」調子に乗ったクリストバルが科を作って言う。
「おまえに夢の話をしたことを」
「マジになんなよ、ちょっとした美談じゃん。クールなアルムくんは夢に出てきた女の子をずっと探しているんですぅ、って」
「探してなんかない。おまえも言ったじゃないか、その子は実在しないって」
「雷の夜にいきなり目の前に現れたんだろ?」
「だから夢だって。顔も覚えてないんだ。いままでさんざん茶化し続けてきたのに……」
「うわあ、かわいい。アルムはうぶだなー」
なにを言っても火に油を注ぐことになりそうだった。アルムは壁時計を見やる。ずいぶん時間がたっていた。クリストバルはまだタイを結んだだけだ。
「……もう着替えたほうがいい。時間がないって」
「はああ、だるいなあ。グレン・グナモアに会って任務先を聞くだけなのに、正装なんてめんどくさいなあ。あんなオバさん……最高統治者になったときは、三十一とか二とか? あれから何年たったかな。まあ、どっちにしてもいい年だ」
「最高統治者も守備範囲なの? さすがだね、クリス」
「若い時は美人だったと思うけど? いまでも新聞で見るぶんには……まあ見れるもんな。でも写真写りがいいだけかなあ? なんせ生で見たことないし」
「新聞なんてまともに読まないくせに……ちゃんと写真は確認してるんだね?」
「おれは女性すべてに門戸を開放してんの。おれのストライクゾーンは無限大だから」
「でも本命からは男として見られてないかもよ?」
「うるせえ。それはそれ、あれはあれだ」
「さっきと形勢逆転だね。素直じゃないんだから」
アルムとクリストバルは初等学校からの、長い長い付き合いだ。まさか十九歳になるまでずっと一緒に生活することになるなんて思いもしなかった。腐れ縁のクリストバルと離ればなれになるのはせいせいするような気もするし、寂しいような気もする。
クリストバルの着替えがすまないうちに、訓練船は港に着岸した。
天井に埋め込まれたスピーカーから、訓練生たちに下船するよう指示が入る。
「おれ、先に行くからね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよう……。アルムくぅーん、あと少しで終わるからぁ」
背後でクリストバルが騒いでいたが、アルムは気にせず歩き出した。
<2>
<script> (function(d) { var config = { kitId: 'poz7nec', scriptTimeout: 3000, async: true }, h=d.documentElement,t=setTimeout(function(){h.className=h.className.replace(/\bwf-loading\b/g,"")+" wf-inactive";},config.scriptTimeout),tk=d.createElement("script"),f=false,s=d.getElementsByTagName("script")[0],a;h.className+=" wf-loading";tk.src='https://use.typekit.net/'+config.kitId+'.js';tk.async=true;tk.onload=tk.onreadystatechange=function(){a=this.readyState;if(f||a&&a!="complete"&&a!="loaded")return;f=true;clearTimeout(t);try{Typekit.load(config)}catch(e){}};s.parentNode.insertBefore(tk,s) })(document); </script> <style> p.radio { margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudrgothic-std,sans-serif; font-weight: 400; font-style: normal; font-size: 1.2rem; line-height: 2.4; } p.main{ margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudmincho-std,sans-serif; font-weight: 500; font-style: normal; font-size:1.2rem; line-height: 2.4; } .em-sesame{ text-emphasis-style: filled; -webkit-text-emphasis-style: filled; } .gfont{ font-family: ryo-gothic-plusn, sans-serif; font-weight: 300; font-style: normal; } @media screen and (max-width: 450px) { p.radio{ margin: auto 10px; font-size: 1.1rem; line-height: 2; } p.main{ margin: auto 10px; font-size:1.1rem; line-height: 2; }} </style>
ここは海が支配する世界だ。
かつて無辺を誇った大陸のほとんどは海に沈んで島となり、いまでは大陸と呼べるものは二つしか残っていない。人が住める土地は極端に限られ、その少なくなった土地の奪い合いは気が遠くなるほど長く続いた。多大な犠牲を払って疲弊した人びとは、自らの過ちにようやく気が付くとやっと争うことをやめ、共同体を築くことに知恵を使うことにした。
その知恵の結晶がリーンだ。
ゆるやかな連邦制を敷くリーンは大小の都市国家で構成されており、そのうち三つの国が《中枢国》と呼ばれ、人口も多い。
北の大陸にあるエリダニアを有する最古にして最大のグナモア国。
工業が発展し豊かな経済力を持つドラル王国は南にある大陸だ。
大陸ほどの広さはないもののリーン最大の島を持つジャダイ大公国は、科学や教育、医療の中心を担うリーンアカデミーが設置されており、賢者の国とも称される。
それら《中枢国》以外にも、中規模の都市国家が数国と小規模の都市国家が数十ある。
旧世界で堆積された戦争汚染物質が除染された《浄化国》は、《中枢国》と経済力のある都市国家のみで、いまだ汚染物質が除染されていない国は差別的に《未浄化国》と呼ばれていた。
国王を擁するのはグナモアとドラルのみで、そのほかの都市国家の首長はその地域の長老や、有力者などが務めている。行政官がそのまま首長を兼務するところも多い。
その首長を束ねる最高位を《最高統治者》という。
リーンに政党や議会はないため、最高統治者はリーンの維持に必要なすべての権限を持つ。
終身制で世襲を避けるため生涯独身でなければならず、また都市国家の首長に同時に就くことはできない。前統治者が死亡すると各都市国家の首長から互選され、その中でもグナモア王家は最高統治者を多く輩出する名門として群を抜く。
現在はグナモア王家のグレン・グナモアが、女性初の最高統治者に就いて十年余りになる。
エリダニアに到着し、訓練船から下船した訓練生たちは誰もが緊張で顔がこわばっている。
いよいよ中央謁見室での式典がはじまろうとしていた。
中央謁見室から長い廊下をはさんだ先に最高統治者の執務室がある。そこに続く両開きの扉が静かに開くと、長身のグレン・グナモアが姿を見せた。
明るい栗色の髪を耳の上あたりで結い、グナモア伝統の生花をあしらった髪飾りでとめている。華やかな髪形とは対照的に、狼のような鋭い眼つきが印象的だ。ピンヒールの編み上げブーツに深紫のマントをまとい、女性ながらも絶大な権力に裏打ちされた雄々しさで周囲を一瞬で圧倒する。
その絶対的な存在感に、アルムも含め訓練生たちはみな呆然としていた。
登壇したグレン・グナモアは訓練生たちをじっくり一眸してから、低い声で話し始めた。
「まず三年間の訓練をやり遂げたことに惜しみない賛辞をおくりたい。統一からはるかな時が流れて、旧世界で繰り返されたような諍いの芽が再びあちこちに生まれている。旧世界で一度は捨てられたあらゆる科学も、統一前の水準に戻ろうとしている。このリーンを維持するには力がいる。強い意志をもった者たちの、ゆるぎない力が必要だ。そのためにきみたちには持っている力を存分に発揮してもらいたい。旧世界よりわれわれに課された義務は重く、あまりに多い。そのことをつねに胸にとどめておいてもらいたい。以上」
訓示が終わっても、訓練生たちは直立不動でいまだ緊張の中にいる。
グレン・グナモアは演台の横にある椅子に座って長い脚を組むと、事前に読み込んだ訓練生たちの資料と照らし合わせるように、ひとりひとりの顔を見ていった。
続いて訓練生たちの任務先が補佐官から発表されていく。
統治府の任務は多岐にわたり、任務によって支給されるマントの色が違う。
ある者は【警護】で群青、ある者は【医療】で白、ある者は【生産】で緑といった具合だ。
順を追ってマントを手渡されていく訓練生たちは、誰ひとり顔に出したり言葉を発したりはしないが、必死で冷静さを取り繕っていた。
オリヴィアは念願の白のマントを渡された。大事そうに、マントを胸に抱えるようにして壇上わきの階段を降りてくる。アルムは戻ってきたオリヴィアを肘で軽くつついた。口の動きだけで「よかったね」と伝える。オリヴィアは少しだけ笑顔を見せてかすかに頷いた。
順番でいえば次はクリストバルの番だ。
しかし補佐官はアルムの名を呼び上げた。
補佐官は動揺しているクリストバルに着席を促したが、クリストバルは起立したままきょとんとしている。まわりの訓練生たちが気を利かせて椅子に座らせようとしている間も、クリストバルはかすれ声で「なんでぇぇ?」と言っている。
補佐官がもう一度アルムの名を呼んだ。
「アルム・オブシディアン? いないのかね?」
「いえ、ここにいます! すぐ行きます!」
クリストバルに気をとられていたアルムは慌てて壇上に向かった。なんとか椅子に納まったクリストバルはまだ白い顔をしている。アルムは歩きながらクリストバルの名前が飛ばされたことを考えた。拝命式で落第の憂き目にあった訓練生は過去にほんの数人しかいないという。そこまでクリストバルの成績はひどくなかったと思うけど……。
アルムは壇上に上がると任務を告げる補佐官の前に進み出た。グレン・グナモアの視線を感じる。二度も名前を呼ばれたので、アルムはどうにもきまり悪い。
「アルム・オブシディアン、移送船での【管理】を命ずる」
そう告げた補佐官の手には深紅のマントがあった。
「拝命します」
アルムは深紅のマントを受け取って、すぐそばにいるグレン・グナモアに一礼して前を通り過ぎようとした。
そのときだ。
「ふん、コランは答えを見つけたようだな」
グレン・グナモアが、アルムにだけ聞こえる声で囁いた。
「えっ……?」
突然、最高統治者から父親の名前が出たことに驚いてアルムは足を止めた。
「……いまは髪が黒いんだな」
アルムは、反射的に右手で髪を押さえた。両手で持っていたはずの深紅のマントが、ばさりと音をたてて落ちる。
それはアルムと父親以外は知らないことだ。クリストバルも知らない。
「なぜ……」
アルムは思わず口走ってしまった。壇上でグレン・グナモアに声をかけるなんて、たとえ過失であっても一介の訓練生に許されることではないのに。
呆気に取られているアルムをよそに、モスグリーンのマントを小脇にかかえた補佐官に呼ばれたグレン・グナモアは椅子から立ち上がるところだ。そして最後にもう一度、アルムに耳打ちをした。
「カルセドニーは臭うぞ」
グレン・グナモアはそう言うと、謁見室から出て行った。
アルムはグレン・グナモアを目で追った。当たり前だが振り向きもしない。
別の補佐官に壇上から早く降りるように指示され、アルムはようやく我に返った。でもどうしても浮ついた足取りになってしまい、情けないことに階段を踏み外しそうになる。せめて顔にだけは出すまいと思いながら、自分の足下を見つつ階段をのそのそと降りた。