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自席に戻って、アルムは自分が手にした深紅のマントを眺める。
いま起きたことはなんだろう?
初めて会ったはずのグレン・グナモアから、父親の名前が出た。それだけじゃなく、自分の髪の色のことまで指摘された。そのあとグレン・グナモアはなんて言った? 誰かの名前を言っていたような気もする。アルムはうつむきながら、記憶を手繰る。でもうまく思い出せない。
「アルム!」
肩を強くたたかれて、アルムは顔を上げた。目の前に高揚しているオリヴィアがいる。
「……なに?」
「どうしちゃったのアルム?」
そう言われてアルムは周囲を見回した。色とりどりのマントを持った訓練生たちが、上を下への大騒ぎをしている。
「なんでみんな騒いじゃってるの?」アルムは言った。
「任命式が終わったからよ」
「うわ、ぼーっとしちゃったな。そっか、終わってたんだ……」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「アルムは秘密主義ね。いつもなんでもない、って言って終わらせちゃうんだから」
「あれ? そういえばクリスは? あのあとどうなったっけ?」
「噓でしょう? 見てなかったの?」
「なにを?」
「クリス、グレン・グナモア付きの補佐官に任命されたみたいなの」
クリスが補佐官? 自分のことで頭がいっぱいだったアルムは、オリヴィアの話を聞いてクリストバルの順番が飛ばされていたことを思い出した。
「あいつが補佐官? まさか!」
「モスグリーンのマントの補佐官に連れて行かれたの。きっとそのまま執務室に入るんだわ」
「それでこんなお祭り騒ぎをしてるのか……。でも補佐官って訓練生からは出たことはないんじゃなかった?」
「そうね。確か前回は七、八年前に武官から選出されたはず。それ以来になるわ」
「とにかく……落第じゃなくてよかった」
「あの成績でエリダニア入りだなんて。クリスってとんだダークホースだったのね」
「でも同期がエリダニア入りなんて鼻が高いじゃない?」
「それもそうね」
ふたりがクリストバルの連れて行かれた両扉のほうを見ていると、補佐官のひとりが急ぎ足でやってきて、床に置きっぱなしになっていたクリストバルの荷物を抱えて行った。
次にクリストバルに会えるのはいつだろう。エリダニア入りしたのだから、顔を合わせるのは早くても数年先になるだろうな、とアルムは思った。せいせいすると思っていたのに。いざそれが現実になると、アルムは胸に穴が開いたような気分になった。
引き潮のように式典が終わると、訓練生たちは別れの挨拶もそこそこにそれぞれの新しい上官についてこの場を去って行った。オリヴィアもまだ来ない上官を待っている。
オリヴィアはきょろきょろとまわりを見回し、近くに誰もいないことを確認してからそっと左耳のピアスを外した。
「手を広げてくれる?」
オリヴィアはそう言うと、アルムのてのひらにピアスを置いた。ころんところがったピアスのふちを、人差し指で愛おしそうに撫でる。
訓練で何度も手が触れる機会はあったのに、オリヴィアの指が華奢で細いことにアルムははじめて気が付いた。戦闘訓練では大男を打ち倒すほど腕っぷしの強いオリヴィアの手は、そんなことを感じさせないほどきれいだ。その意外性にはっとして、アルムは少しのあいだ見惚れていた。
オリヴィアはアルムの手の中のピアスを外側から包むように、アルムの手を両手でふわりと包みこむ。少しだけそのままでいたあと、意を決したようにさっと手を離した。ずっとオリヴィアの手は震えていたが、アルムは気付かないふりをした。そのほうがいいと思ったから。
アルムが指をほどくと、珊瑚色のピアスがてのひらでころがった。ドラル王がオリヴィアに贈った、王室の紋章である薔薇をかたどったピアスだ。
「それ……アルムが持ってて。ただ持っててくれるだけでいいから」
「これ、大事なものなんだろ。自分で持ってたほうがいい」
「でもわたしはアルムに持っていてほしいの」
「オリヴィア、おれが言うことじゃないけど、クリスは……」
「知ってる。だからそれ以上は言わないで」
「……わかった。じゃあ預かっとく。なくさないようにしないとな」
「アルムはずるいわね」
「……ごめん」
「あやまるのが一番ずるいって知らないの?」
オリヴィアの気持ちをアルムはもちろん知っている。
しかしアルムにとって、オリヴィアはクリストバルの片思いの相手であり、それ以上でもそれ以下でもあってはならなかった。腐れ縁とはいえ、クリストバルは大事な親友なのだ。
だから友だちのハグをして、アルムはオリヴィアと別れた。
オリヴィアの上官は彼女がドラルの王女だということを知っているはずだが、そんなことは微塵も感じさせず、引っ立てるようにしてオリヴィアを連れて行った。
オリヴィアの後ろ姿が見えなくなるのを見届けると、アルムもとりあえず深紅のマントを羽織って上官を探した。気付けば残っているのはアルムだけで、上官らしき人物は見当たらない。謁見室の外にいるのかもしれないと思い、部屋から出ると、ロボットがアルムを見上げていた。
「コーマ? おまえ、ここでなにしてるの?」
船でのアナウンスを担っていたロボットのコーマがアルムの方へにじりよってくる。でもなにも言おうとしない。コーマは話すことが仕事なのに。
父親にグナモアから電気工作のキットを何度も取り寄せてもらい、十二歳のときにはじめて簡単なロボットをつくった。一次産業が中心のマリネリスで研究職をしていた父のせいか、友だちは自分の作ったロボットと、おせっかいなクリストバルくらいしかいなかった。
だから旧型とはいえ、ロボットが訓練船にいたことがアルムはとても嬉しかったのだ。
「そいつはドーマだよ」
アルムの頭上から声がした。
アルムが見上げると、そこには髭と髪がつながったぼさぼさ頭の男がいて、頭のてっぺんあたりをぼりぼりかいている。風貌は決して上官らしくない。まるで《未浄化国》からたったいま出てきたばかりの田舎者のようだ。
「荷物はドーマに持たせてやれ。荷物を持つのが好きなんだ。補給がすんだら〈リタ〉はすぐ出航だ。時間がかなり押してる」男が言った。
ドーマと呼ばれたそのロボットは、光沢のない灰色のボディに大きな楕円形の頭部を持ち、赤っぽく光る目がふたつある。胴体はほぼ円筒形で、上下左右に動く小さなキャタピラが底部に内蔵されているらしくスムースに動く。改めてよく見れば、コーマにはなかった球体で構成された関節と自在性の高い腕を持ち、手の先にある七本の指を器用に動かす。まさに使役用だ。
アルムが見惚れていると、ドーマは大きな鞄を難なく持ち上げて先に行ってしまった。
「移送船〈リタ〉の船長、カルセドニーだ。任務内容については船で話そう」
グレン・グナモアの言ったとおりだった。カルセドニーは確かに臭う。