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 〈リタ〉の最深部に、その囚人が収容されている部屋がある。
 警護態勢はエリダニアのグレン・グナモアのそれより厳重でものものしく、たどり着くまでにいくつものセキュリティを通らなければならなかった。防音材と吸音材がふんだんに使われているらしく、カルセドニーの後ろを歩くアルムの耳には自分の足音すら聞こえない。
 薄暗がりの廊下の突き当たりに、青っぽい光に包まれた部屋があった。簡素な家具はアルムの部屋と大差なかったが、そのほかの空間はすべて本で埋め尽くされている。ベッドのまわりにうずたかく積まれた本の隙間から、ゆらゆらと動くなにかがと見える。
「ブルー・ステイブルって言うんだ。処女航海のときに馬を乗せてたらしくてな。名前だけが残ってんのさ」そう言ってカルセドニーは最後のセキュリティを解除した。
 その囚人の部屋は、特殊な強化ガラスで四方を囲われていた。
 どこからも丸見えで、プライバシーがまったくないろうごく
 そうか、だから本を積み重ねているのか……。アルムはてんがいった。
 こうすれば少なくとも横からの視線だけは遮ることができる。
 カルセドニーは自分の姿が映りこむガラスのろうごくの前に立つと、ふところに入れていた本を取り出して下部に設けられたドロワーに押し込んだ。この引き出しで外から物の出し入れができるようになっているらしく、食事のトレイも入るよう深くなっている。
「おおい、起きてるんだろ。新入りを連れてきた」
 カルセドニーに促されて、アルムは名乗った。
「アルム・オブシディアンです。本日付でこの移送船に着任しました」
 そう言ってから相手は囚人なのだとアルムは思い出した。
 こんな馬鹿丁寧な口調でよかったんだろうか……?
 静寂が途切れ、かすかなきぬれの音とともに、ひとりの少女が姿を見せる。
 透き通るほどの白い肌にアイボリーの髪。大きな白い布をざっくり切って縫い合わせただけのような服。床に吸いこまれてしまいそうなほど細くて白い足。
 すべてがアイボリーで満たされているような少女が、ゆっくりと歩いている。
「前の人はどうしたの」
 少女はしゃがみこんでドロワーの中の本を取り出した。本を鼻に近づけて、匂いをかぐ。
「おなかに入れて持ってこないで、って何度も言ってるのに。どうしていつも入れてきちゃうの? ちょっとにおいがうつってる……」
「すまんすまん」
「あやまってもにおいは消えないのよ?」
「すまんすまん」
「もう……」
 少女はしゃがんだまま、束の厚い本の角を、細い指でなぞりはじめた。
「前の人はどうしたの?」少女はもう一度カルセドニーにたずねた。
「いまはもういない」
「〈リタ〉にはいるの?」
「〈リタ〉にもいない」
「ならどこへ行ったの」
「おれにはわからん」
「……船長なのに、どうしてわからないの?」
「あいつはおれに全部を話すわけじゃねえからだ」
「ふうん。信用されてないのね」
「……かもな」カルセドニーは小さなため息をつきながら言った。
「その人は納得してるの?」
 会話に入れないアルムは不安になる。その人って、おれのことなんだろうか……。
「いや。さっき着任したばかりだからな、なにも説明してねえんだ」
 少女は本をぱらぱらとめくった。
 それを何回か繰り返し、たまに手をとめ、気に入ったらしいそのページに、まわりのことなどおかまいなしに没入している。
 そのまま五分ほどすぎると、少女は本をぱたんと閉じた。
「やな感じ。すごく。なにかきっと理由がありそう」
「そう勘繰るなよ、説明してねえのは時間が取れなかったからだ」
「カルセドニーのうそつき」
「きょうはずいぶんご機嫌斜めだな。なんかあったのか?」
「なんにもない。だけどカルセドニー、あなたには怒ってる。あなたは答えを持ってきてくれない。くれるのは本ばっかり。こんな本の一冊なんかで、あったことをなかったことにするつもりなの?」
「だから、おれも知らされてねえんだって……。それに結局なにもなかったんだ。おまえが腹を立てることもねえし、負い目に感じることもねえんだよ」
「わたしがどう感じるか、あなたにはわかりっこないでしょ」
「そりゃそうだが……」
「それに今朝もお豆だった。どうしてナトロに伝えてくれないの? お豆は嫌いなのに」
「わかったわかった、ナトロには必ず伝えておくから」
「いい? 必ず答えを持ってきて」
すごむなって。さっきも言ったろ? あいつはおれに全部を話すわけじゃねえんだよ」
「じゃあ全部を話してもらえる立場にすぐに昇進して」
「自慢じゃないがな、おれの技量じゃここの船長で頭打ちだ。今度の定期連絡のときに自分で交渉してみたらどうだ?」
 カルセドニーにそう言われた少女は、手にしていた本をベッドに乱暴に放り投げた。
「……わかった。じゃあカルセドニー、あなたの技量を最大限に発揮して、お豆のことをナトロに伝えて。それくらいならできるでしょ?」
「へえへえわかったよ。きょうは大荒れだな。手が付けられねえよ」
 カルセドニーはわかりやすくお手上げのポーズをして見せた。
 その姿を見た少女は気が晴れたらしい。
 カルセドニーとのくちげんが一段落したあと、少女はやっとアルムのほうを見た。
 アルムも、少女を見た。そして少女の瞳の色を見た。
 その色は、アルムがこれまで見たことがないほど、一点のくすみもないアイボリーだ。
 アルムの中で同情心がむくりと芽生えた。
 この子は白至病の末期なのか。あとどれくらいもつか……。半年、いや三か月……?
 そんなアルムを見て、察したように少女が言った。
「心配いらないわ。こう見えて、わたしはあなたが思っているような白至病じゃないから」
 少女にそう言われて、アルムはぎくりとした。しつけにも見た目で判断していたことをまんまと指摘されたからだ。なんの弁解もできなかった。
「そんな顔しないで。それじゃわたしが悪いみたい。それってすごく気分が悪いんだけどな」
 少女は無表情と笑顔のあいだのような顔をした。長い髪がわずかに揺れた。
「さあてと……なんのおはなしをしてもらおうかな」
 ことの展開についていけず、アルムは助けを求めようと後ろを振り返ったが、すでにカルセドニーの姿はなかった。
 そのかわりにドーマがいて、手振りでアルムに椅子をすすめるのだった。