人間が同等の傷を負ったとして、数百時間かかっても完治には至らないだろう。
自分の場合、修理工場でたった半日を過ごすだけでいい――だからというわけではないが、完璧に修復された手足を見た時、何故かエイダン・ファーマンのことを思い出した。
「羨ましいよ。ぼくも君みたいだったら、子供の頃に生傷が絶えないこともなかった」
ノワエ・ロボティクス本社敷地内――修理工場を後にしたハロルドは、アンガス副室長とともに歩く。アクチュエータを交換した両脚は、故障していたことさえ忘れたように、すんなりと前に進む。
ハロルドは言った。「怪我をする度にパーツを交換する子供など、可愛げがありませんよ」
「ジョークだ」アンガスは肩を竦めてみせる。「今更だが、どうしてファーマンから逃げなかったんだい? 敬愛規律には抵触しないはずだろう」
「ヒエダ電索官を置き去りにするわけにはいかないでしょう」頭上を仰ぐ。空は再びの夜に覆われ、横たわった朧雲のせいで、月はすっかり霞んでいた。「彼女は本当に、私の修理が終わるのを待っているのですか?」
「心配しているんだよ。君を助けるために、一人でカレッジの研究室に乗り込んだくらいだ」
心配――自分もまた、エチカを心配した。コッツウォルズでファーマンに連れ去られる際、確かに彼女の身を案じた。だがそれは、エチカが自分に対して抱く『心配』と同じだろうか?
妙な思考をしている、と気付く。これまで、システムに則って『人間らしく』と考えたことはあれど、同じかどうかが気がかりだったことは一度もない。
――『わたしたちは、どうしたら対等になれる?』
間違いなく、あの言葉のせいだ。
ハロルドはアンガスと別れ、一人で本社の建物に入っていく。エチカは探すまでもなく見つかった――ラウンジのソファに腰掛けている。目が合うなり、蹴られたように立ち上がって。
「ルークラフト補助官」
その頬の傷は、未だに縫合テープで押し隠されている。彼女が人間だからだ。自分のように、簡単にパーツを取り替えたり、皮膚を張り直せない。
それほどの違いを、どうやって埋めろというのか?
まだ、『答え』を導き出せずにいる。
頬の縫合テープを剥がすと、くっきりと残った切り傷が現れた。
ノワエ・ロボティクス本社一階――レストルームの洗面台の前で、エチカは縫合テープを貼り替える。鏡に映り込んだ自分の面立ちを見て、その不安げな表情にぞっとした。こんなでは、修理を終えた彼と再会した瞬間に、全てを見透かされてしまいかねない。
『これは私の独り言だと思ってくれ』
ハロルドは間違いなく、知られることを望んでいない。弱味どころではない。彼にとっては、心臓を握られるに等しいほどの秘密――自分はそれを、共有する道を選んでしまった。
洗面台の端にしがみついた片手が、筋を浮かせている。まるで、弱さの証のように。
しっかりしろ。
ぴしゃりと頬を叩くと、傷がじんわりと熱を持つ。
ハロルドが現れたのは、エチカがラウンジに戻ってから、数十分後のことだ――彼は何食わぬ顔で姿を見せた。まるで故障したことそれ自体が、こちらの夢であったかのように。
「ルークラフト補助官」
ソファから立ち上がり、近づいてくる彼を出迎える。その足運びは、どこからどう見ても正常そのものだ。こういう時、ハロルドが機械であることを、殊更に思い知る。
「完璧だね。半日前まで折れていたとは思えない」
「お待たせして申し訳ありません。安心していただけましたか?」
「………………まあ、それなりに」
「私が負傷すると、あなたはいつもお優しいですね」
「きみがその達者な口を慎むのなら、あと数倍は優しくできる」
些細なやりとりにさえ躓きそうになっていることを、今は、互いに隠しておきたい。
またイースター・エッグを見つけて下さった注意深いあなたに、秘密の物語です。
〈人間〉と〈機械〉の埋められない溝に苦しむエチカとハロルドのぎこちない寄り添いを少しだけ。
今回も、#ユア・フォルマ感染報告 のハッシュタグでご報告いただけたら、こっそり確認しに行きます。