【序幕】 独白
かわいい洋服で着飾ること。
かわいいと称えられること。
かわいいと褒められること。
物心ついたころから、それが大好きだった。誰も不幸にならないから。
けれど家には誰もいない。共感してくれる母親もいなければ、導いてくれる父親もいない。およそ『家庭』と呼べるものはなく、対照的に自由な時間が多かった。
かわいいと褒められたい。
けれど、周りからは褒められない。
現実に溢れる自己承認欲求とジレンマ。
そこから逃れるように辿り着いたのはインターネットの世界だった。
憧れの人がいたわけでもない。理想像があったわけでもない。
目的地なんてはじめからない。ただ、見てくれる人が欲しかった。
受け入れてくれる人の存在を、本能が求めていた。
かわいいと承認されようとしていた自分は、年齢を重ねるごとに異端扱いされ、排斥されていく。そんな自分の逃げ場として、インターネットは最適な場所だった。多様性を認め、孤独を埋めてくれる温かい場所。誰にも咎められない自由な空間。
現実の空隙を埋めてくれるインターネットには新しい世界が広がっていて、時間が経つごとに居場所を求める人は徐々に増えていった。そばにいなくても、人と人とがつながれる場所。
そこに身を置くことで、現実では得られない多幸感を得られた。
なのに──どうしてだろう。
いつしか賞賛の海は巨大な澱となって、気づけば足を掬われている。
人間の感情を具象化した歯車があるとするならば、きっと、どこかで嚙け違え、狂ってしまったのだと思う。その軋みに気づけなかった自分が愚かだった。それだけなのかもしれない。
ようやく作り上げた箱庭は、善意の皮を被った悪意に踏み荒らされてしまった。
自分の居場所は、どこにあるのだろう。
それを守れる術はどこにあるのだろう。
クリックひとつでなんでも揃い、ボタンひとつで他人を評価し、言葉ひとつで世界とつながり、表情ひとつ変えずに他人を貶める。歪んだ愛情を一方的に投げかけて、それが受け入れられるものと疑わずに、叶わぬものと知った途端に手のひらを返して怨嗟の声を吐く。
ああ、誰か──。
誰か、助けてくれ。