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 受付嬢アリナ・クローバーは平穏が好きだ。
 大豪邸に住みたいなんて思わない。大金持ちにも、たま輿こしにも興味はない。らんばんじようの人生もいらない。そこそこの生活ができて、そこそこ自分の時間を楽しみながら、毎日心穏やかに暮らせればそれでいい。
 だから受付嬢という職業を選んだ。危険なダンジョンへ繰り出す冒険者を見送る役。安心・安全でおまけに公務だから職や給与を失うこともない。
 そう、受付嬢となったその瞬間に、アリナの平穏な人生は確約されたのだ。
 可愛かわいい受付嬢の制服に身を包み、冒険者が昼夜問わず危険なダンジョンで命と人生を危険にさらしている間に、アリナは悠々とクエストカウンターで笑顔をふりまき、のんびり事務作業でもして、定時が来たら帰宅するのである──
 と、思っていた。
 受付嬢になる、その時までは。
「次の方どうぞ!!!」
 理想から百倍くらいかけ離れたドスのきいた声で、アリナは半分怒鳴り散らしていた。
 長い黒髪は振り乱れ、落ちた前髪を直すひまさえなく、鬼の形相で冒険者共をにらみつける。そこには、優美な受付嬢の姿も、のんびり事務作業をしている姿もなかった。
「次の方!! どうぞ!!!!」
 アリナの怒号が、ひしめく冒険者たちの頭上を駆け抜ける。
 決して怒っているわけではない。いつも笑顔で冒険者のクエストを受注し、冒険者を優しく見送る受付嬢がそんなことをするはずがないのだ。が、そんなのんきなことを言っている場合ではなかった。声を張り上げなければ受注業務が進まないのだ。
 大都市イフールにいくつもあるクエスト受注所の中でも、最大級の規模と受注数を誇るイフール・カウンターは、いまや一歩進むのにも苦労するほど冒険者でごった返し、戦場のような騒がしさに包まれているからである。
「やっと俺の番か」
 しかしそんな大混雑の受付所で、アリナの呼び声に応じた冒険者は空気も読まずにゆったりと窓口へ進み出た。
 鉄製の重鎧ヘビーアーマーを見せびらかすように音を立て、近づいてきた大柄な攻撃役アタツカー。その背中には使い込まれた黒いバトルアックスがぬらりと光り、歴戦の冒険者を思わせる。
「おい、あれって……」
「〝ぼうじんのガンズ〟じゃないか……!?」
「すげえ! ギルドの精鋭だ、俺初めて見た!」
 とたんに、彼の正体に気づいた後ろの冒険者たちの間でざわめきの波が広がった。
 ガンズと呼ばれた男はてつかぶとで顔を隠していたが、彼の持つ黒塗りのバトルアックスを見てアリナもその正体に気づいていた。そのバトルアックスには太陽を模した特徴的な魔法陣が刻まれ、淡い光を明滅させている。今の鍛冶技術でなしえる代物ではなく、広く一般に流通した量産武器とは明らかに異なる気配を漂わせていた。
 武器としては最高ランクに該当する武器、遺物武器レリツクアルマだ。もちろん並の冒険者が持ち得るものではない。危険なダンジョンに挑み、凶暴な魔物を制した者だけが持つ唯一無二のお宝。
 しかしそんな目立つ特徴がなくとも、アリナは毎日多くの冒険者と接している受付嬢である。嫌でも有名な冒険者の姿は覚えてしまうものだが──
(ちんたら歩いてないで早く来いよぉぉぉぉぉお!)
 アリナが彼を見て思ったのはそれだけだった。と同時に、自分の引きの悪さを恨む。窓口はアリナの担当するものの他に、あと四つある。なんでよりにもよってこのクソ忙しい時に、〝自慢したがりおじさん〟が私の窓口に来るんだ。
 一瞬脳内をよぎった黒い言葉はしかし貼り付けた営業スマイルにはおくびにも出さず、ぼさぼさの髪をちょっとだけ揺らしてワントーン高くした声を出す。
「いらっしゃいませ。受注するクエストをお選びください」
「ベルフラ地下遺跡の二層階層フロアボス、『ヘルフレイムドラゴン』討伐。よろしく頼む」
 すっかりガンズの一挙一動に注目していた冒険者は、おお、とひときわ大きくどよめいた。