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第八章
なんかもう、竜宮城から帰ってきたような気分だった。
気を抜くと、ぼー、っとしている自分がいる。時間がいつの間にか過ぎている事に、後から気づかされるっていうか。
ずーっと緊張状態にさらされていたからだろう。こっちは東京なんて大都会に出かけただけでも不慣れだったのに、まして宇宙だ南の島だとあちこち飛ばされ過ぎた。極限状況での適応力、慣れっていうのは恐ろしい。おかげで今度は見慣れているはずの自分の家がしばらく自分の家のように見えなかったんだ。
……あれから一応病院に行ってオリエンテーションみたいな精密検査で丸一日潰して、後はもうこんな感じだった。丸腰で宇宙まで出たっていうのに、内臓の負担や放射線ダメージなどは特に見られなかったのは不幸中の幸いなのか、あるいは恐るべきテクノロジーの賜物か。
ともあれ。
自室でぼーっとしている時の話だ。
『……それで良く生きて帰ってこられましたね、先輩』
金髪ショートの後輩ちゃん、井東ヘレンからそんな風に言われてしまった。スマホの画面の中で唇を尖らせているところを見るに、困っているなら自分も呼んでくれれば良かったのに顔になっている。カワイイ。
「自分でもびっくりしてる。まあ何にしてもあの島で決着つけられて良かったよ。JB。カミサマとかいう連中さえ手玉に取るようなヤツだった。あんなの野放しにして隠れんぼだの鬼ごっこだの続けるなんて生きた心地がしない」
『私、カミサマが未だに何なのか分からないまま、一足飛びですごい人達が出てきちゃったイメージなんですけど。まあこれは、前のボコールさん? についてもそうですけど』
「だよな……」
そりゃヴァルキリー・カレンっていう生きる見本はあるんだけど。
それでもぶっちゃけた話、アークエネミーのエキドナが子供達を殺された復讐に、なんて言っていた頃は、カミサマなんてもっと運命とか信仰とかふわっとしたものを擬人化しているような感じで捉えていた。
全然違う。
いるんだ。
明確にカミサマは存在して、ふわっとした影響力しか行使できない訳じゃなくて……でも、地べたの世界は『こう』なんだ。
事件があって、病気にかかって、災害が起きて、戦争にまで拡大して。
ちょっと特殊な手段で裏をかいたら手玉に取られてしまうリスクさえある。
エキドナの嘆きが、今になって少しだけ分かってくるような話だった。こんな隙間で家族を、苦労して生み出した子供達を怪物呼ばわりされて次々殺されたら堪らない。別に巨大な存在に管理されたがっている訳じゃないんだけど、でも、この世界は色々な部分が杜撰なんじゃないかって思う。
その時だった。
無料ビデオ通話に割り込みをかけてくる格好で、同じ系列のSNSアプリから割り込みがやってきた。ふきだしでしゃべるマクスウェルだ。
『お取り込み中のところ申し訳ありません。早い内にお耳に入れておきたい案件が発生しました』
「具体的には?」
『まず東京周辺の状況について。思ったよりも早く自衛隊を中心とした復興要員が都内に入ったようです。アユミ嬢が気にされていた、ペットショップの件は問題なく救助されるでしょう』
……そいつは僥倖。ぶっちゃけて言えばJBだのカミサマだのの本筋とは関係ないけど、後味はぐっと変わってくれる。立場が違ったってだけで、自衛隊だって悪者じゃなかったんだって思えるようになる。
『病院に搬送されたアークエネミー・スキュラについても経過は良好です。彼女は旧光十字から続く呪縛を断ち切った一人です。丁重に扱ってもらうとしましょう』
『……、』
あ、似たような魔女で『コロシアム』も乗り越えちゃった井東さんが妙な対抗意識を出してる。カワイイ。ただ結局病院任せで、目を覚ますトコには立ち会えなかったな。
『女帝の方は不明。ポッドを開閉した痕跡はありませんが、中身が忽然と消えたと』
『……カミサマだから、なんでしょうかね。先輩』
「俺に聞かれても分かんないよ」
JBやフライシュッツの干渉が解けたから、元の状態に戻ったって仮説で良いのか? ただあの女帝、どこまでがJBの仕込みだったんだろう。最初から人間の尺度じゃ測れない邪悪な女神とかじゃなければ良いけど……。
『それにしても、やっぱりマクスウェルさんってすごいんですね。色んな所からパパッと情報を集めてきて』
『いえそんな、災害直後の仮設状態だから機材まわりもあちこち間に合わせの部分も多く、セキュリティ上の弱点が普段より多く見られるというだけです。通常対応であれば各省庁や医療機関などにぶっつけ本番で潜る事などできません照れ照れ』
やべえっ、後輩ちゃんの可愛さに磨きがかかって管理者権限を奪われそうになってる!? あとこのプログラムいつから照れる機能を実装した!?
『それから、ここから先は毛色の変わる話になるのですが』
「……わざわざ今の流れから切り替えたって事は、良い話じゃなさそうだな」
『シュア』
マクスウェルは一度区切ってから、
『離島とはいえ東京都内という事で身柄を警視庁に移されたJBについてです』
『な、何か話したんですか? そもそも事件自体、新聞もテレビも何も出てないような話ですけど……』
『ノー。残念ながら供述らしい供述は何も』
「まだ黙秘を続けているって訳か? あのひょろひょろ、そういう忍耐とか根性とかが得意って訳でもなさそうだったけど」
『そちらもノーです』
「?」
『つい先ほど、留置場内で銃撃され、死亡が確認されたとの情報です。一応、警視庁の建物内部のはずなのですが』
意味が。
……何だそりゃ?
誰が、何で、どうやって銃なんか持ち込んだ!? 疑問ばっかり次々出てきて何から手をつければ良いのか、取っ掛かりさえ見つからないぞ!
『先も述べた通り、首都東京全体が災害直後という事で混乱下にあったのでしょうが、それを加味してもこの手際は異常です。内部犯が始めから警察内部に浸透していたか、極めて強力な演算装置を駆使して各種セキュリティ体制が無力化されていた恐れがあります』
極めて強力な演算装置。
でも、ちょっと待て。
「そりゃ、言われてみればJBが使っていたフライシュッツは分からずじまいだったけど、そんな事ってあるのか? フライシュッツが持ち主のJBを殺すために動いていた事になるぞ」
『あのうー』
と、井東ヘレンがおずおずと質問してきた。
『そもそもマクスウェルさんはどこから事件のお話を? JBさん? が捕まったって話自体、新聞にもテレビにも出ていないのに』
『シュア。簡単な話です井東ヘレン嬢。匿名の投稿により、問題の殺害シーンが動画共有サイトへアップロードされていました』
『ひっ……!?』
「マクスウェル」
『失礼、配慮が足りませんでした』
一応の謝罪は挟みつつ、さっさと話を先に進めてしまうマクスウェル。こういうところはやっぱり機械的だ。
『問題の動画そのものはアップロードの二分後に運営サイドにより削除されましたが、それがかえって信憑性ありと大衆に判断された模様です。検索での流行ワードからも除外されていますが、おそらく実質的にはトップ入りでしょう』
「その調子じゃあちこち拡散しているな。第三者が改ざんしていないオリジナルは? ああ、井東さんには非表示で」
『了解しました』
『先輩っ』
途中から慌てたような抗議が来たけど、こればっかりは譲らない方が良さそうだ。僕自身もあんまり乗り気じゃないが、逃げられそうにない。
映像はかなり粗く、音声出力もないようだった。
斜め上から留置場? 鉄格子の部屋が並ぶ廊下を撮影したものだった。元々あった防犯カメラを利用しているのかもしれない。
誰かが歩いていた。
何かしらの鉄格子の前で立ち止まった。
懐から何かを取り出した。
閃光。
そして何かを懐へ戻し、廊下を手前側へ。犯人はカメラの画角外まで歩き去った。
「……、」
映像はここまでだ。普通の人には何が何やら、だったかもしれない。殺人の瞬間と言ってもグロテスクな死体が直接見える訳じゃない。廊下側から撮影したものだから、鉄格子の中に誰がいるかいまいちはっきりしないんだ。音声もないので、命乞いや悲鳴もない。なんていうか、禁忌な感じがしない。見ていられるというか、注意しないと右から左に流してしまいそう。全体的に淡々としていて命の散った感じが伝わってこないのが、逆に空虚で寒々しかった。人間なんてこんなものなのかって、間違った答えでも出してしまいそうになる。
ただし、
「……なんだ、今の?」
『分かりかねます』
「JBだった。銃を撃った方の男、グレーの髪にメガネ……あの金属だらけの島で見たJBと同じ顔をしてた! 何だっ、鉄格子に入っている方がJBなんじゃないのか!?」
マクスウェルがわざわざ無数に拡散される動画の中からこれを選んで見せてきたって事は、一応吟味はしているはずだ。映像そのものが加工されている線は薄いだろう。
でも。
だけど。
『襲撃犯がJB本人かどうかはさして問題ではないのかもしれません』
「なにを……」
『大国の大統領選挙のたびにキャラクターグッズのようにリアルな被り物が売られているのはご存知ですか? 今はプリンターと厚紙さえあれば、ポリゴンのように複雑に折り畳んで「人の顔の形をした立体マスク」を作れる時代でもあります。襲撃犯がJBの目鼻立ちそっくりで機械的な顔認識処理で合致したとしても、あれがJB本人であるとは限らないのです。特に、解像度の低い防犯カメラレベルの判断材料では』
「……、そうか」
ようやっと、認識が追い着いた。
別に本人が檻を抜け出したり、双子やクローン技術なんて持ち出す必要はない。もっとシンプルに考えれば良い。
厚紙のマスクでも特殊メイクでも構わない。犯人が顔を隠す最大のメリットは何だ?
「フライシュッツがJBを殺すために稼働しているのって、ちょっと噛み合わないと思ってた。でも違うんだな。……フライシュッツは、個人用のシミュレータじゃなかった。組織や集団が使う共用モデルだったんだ」
JBは末端だったのか。
あるいは拷問・処刑器具の開発者が最初の実験台にされるような話だったのか。
とにかく、根っこの部分はそのまま残っている。
フライシュッツとその『持ち主』を何とかしない限り、きっと問題は終わらない。
「それじゃあスキュラとかいうのは? まだ無事か!?」
『僭越ながら、留置場の件を察知してからシステムの独断で病院まわりのセキュリティホールは埋め立てました。襲撃の報告なし。ただし、状況を考えれば捨て置かれていると言った方が近いのかもしれません。スキュラは直接JBとは接触していないでしょうし、消えた女帝や無人島に落とした奉仕種族の方を優先しているのかもしれませんが』
「ハッカーのアナスタシアにも連絡してチェック体制を強化。ヤツらはまず情報面から撹乱してくる。出鼻さえ挫けば物理的な襲撃は難しいはずだ」
『すでに一報入れてあります。最新のカウンターウェアを試す絶好の機会とか言って、嬉々としていましたよ。ぶるぶる』
それにしても、だ。
今は大丈夫だった。でも本当にこれで終わりなんていう保証はもちろんどこにもない。スキュラも、僕達も。この先延々何かに怯えて警戒しながら暮らしていくのか。ちょっとでも変な事が起きるたびに誰かの手によるものかって勘繰りながら。
確実な安心ってのを取るには、それじゃダメなのかもしれない。
何かされる前に、こっちから戦う選択肢も視野に入れないと。
「……、」
でもこれは、同時に種類が違う。
今までの僕は、まず事件や災害に巻き込まれて、そこから脱するためにマクスウェルやみんなの力を借りてきた。だけど今論じているのはそういう話じゃない。
こちらから、仕掛けるか。
悪意ある者の手で、事件や災害が起きるよりも早く。
今までだってアウトかセーフかならアウト寄りだったと思う。自覚的にハッカーの道を行くアナスタシアからすれば爆笑モノだろう。でも、ここを踏み出す事で何かのレールが切り替わってしまう。そんな予感があった。それは正しい事なのかもしれないけど、そもそもただの僕に正しい事をするだけの資格や権利なんてあるのか? そういう話だ。
アークエネミーは危険だから隔離して、迎合できない者は被害を出す前に始末する。あれだけ憎んだ光十字のやり方と大して変わらない。
でも。
多分、だ。
もう一回しつこく否定を重ねるけど。
……ここから先は、普通の警察に任せておけないのも事実なんだ。
留置場での惨劇を見れば、フライシュッツの脅威が政府機関のセキュリティ体制を凌駕してしまっているのは明らかだ。キャパを越えてる。ヤツらはどこにでも入り込めるし、何でも盗めるし、誰だって殺せる。四角四面な手順を踏むだけでまともな追跡・捜査ができるとは思えない。
そもそも事件も災害もUFO使った戦争まで自由に引き起こせる輩なんだ。区分が縦割りで決まっている警察、消防、自衛隊、他には何だ? とにかく大人の社会で生きる彼らは自分で自分を縛り付けて身動きが取れなくなってしまう。
ならどうする?
本当の本当にどうする?
僕は元々命を狙われているような素振りだった。そしてJBを仕留めた事でエリカ姉さんと妹のアユミも敵方から悪い意味で注目を浴びているはずだ。これだけでも十分背筋が冷えるのに、狙われるのは僕達当人だけとも限らない。報復、人質。こっちも見知った人達全員を常に見守って駆けつけられる訳じゃない。最悪、街や国そのものが『作られた大災害』に巻き込まれる恐れだってゼロじゃない。
『先輩』
悪意のない言葉があった。
『これからどうしましょう……?』
奪われるまで待つのか?
奪う側に回ってしまって良いのか?
僕は……。