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吸血鬼の姉とゾンビの妹が雪にやられて立ち往生しているようだけどどうしましょう……イミテーションだけど
第六章

 貨物船ノーブルインゴット号の火災は鎮火した。

 街中にばら撒かれたマイクロプラスチックの雪が全部片付いた訳ではないけど、これ以上増えないっていうのはやっぱり大きい。供饗市の外からもダンプカーがいくつもやってきて、邪魔な雪を運んでいってくれる。
「ハチノスツヅリガですって」
 メガネにおでこの委員長がそんな風に言ってきた。
「世の中にはわざわざプラスチックを食べてくれる幼虫がいるんだとか。雪かきだけじゃ足りない場合はそういうのも投入するかもってテレビで言ってた」
 ……まあ一体どういう進化をしたらそっちに進むんだって生き物は山ほどいるもんな。ただハチノスツヅリガ、ミツバチの巣を荒らす害虫でもなかったっけ?
 混乱続きの学校が再開するのはもう少し先みたいだけど、この分ならそんなに遠い話でもないと思う。

 家に引っ込むと、リビングでは妹のアユミがソファの上で寝そべっていた。
「ふぐ、なんかテレビつまんないね。誰も彼ももっともらしい事言ってるけど、結局何の解決にもなってないし」
「仕方ないだろ、犯人が見つからないならただの事故さ。テレビの人は確定した情報しか言えないんだ。どう考えたってワニに喰われて死んでる人間だって、医者に診せて死亡確認を取るまでは心肺停止状態って言うしかないんだよ」
「もっともらしい」
「僕に何期待してんの」
 ちなみに最後は海に突き飛ばされたドジ姉さんこと天津エリカ、今は昼間なのでいつも通り自室の棺桶の中で眠りこけていた。……後でちゃんと謝らないと夜になっても出てきてくれないかもしれない。
「ふぐうー……。けどさあ、あたし達頑張ったじゃん。それをこんな訳知り顔でテキトーな事言ってる連中に塗り潰されちゃうと思うとさー」
「あんなの表に出せる訳ないだろ。暇だったら義母さんの手伝いでもしなよ」
 その義母さん、天津ユリナについては同じリビングの片隅でテレビのBGMに合わせて鼻歌歌いながら洗濯物を畳んでいた。電気が復旧したのがそんなに幸せなのか、アイロン掛けがしたくてたまらないお年頃らしい。あの分だと手伝うって言っても仕事を譲ってくれないと思う。

 JB。

 そんなもの、テレビもネットもどこにも載っていなかった。貨物船ノーブルインゴット号の乗組員なんか誰もいない。謎の幽霊船説からやらかしちゃったので怖くなってどこかへ逃げた説まで、知らない人はみんな自分の言葉で納得したがっていた。
 蛍沢ケズリに、管理不能の女神ヘカテ。
 気絶した海風は魔女の神に預けたけど、ヘカテが何をしたかったかは結局分かっていない。
 何かしらの満足はあったのか。
 気がつけばヘカテは消えていて、ぐったりしたスキュラだけが残されていた。
 謎めいたJBにすら興味を示さず、あれだけ所望していた金髪少女に力を貸したり連れ去ったりする素振りすら、見せない。
 たわむれに。
 気まぐれに。
 その場の気分で、力を貸していた。
 本当に、そんなイメージしかなかった。
 実際のところ。
 海風スピーチアと蛍沢ケズリについては、普通の警察には身柄を預けられなかった。理由は簡単で、『前のJB』は事件解決直後、警視庁の留置場で同じ組織の人間から撃たれているからだ。
 けど、それ以上に堅牢ってなると、もうここくらいしか頼れる所はなさそうなのも事実。
「義母さん」
 アブソリュートノア。
 肝心の方舟がほぼ壊滅状態にあるため有名無実化している部分もあるけど、でも、世界の裏側に根を張る組織としては、僕の知る限りこれ以上のものはないと思う。
 ヘカテは……どうなったんだろう?
 さっきも言った通り、海風は戻ってきたし、供饗市も魔女だらけにはなっていない。そして何より、海の上にはモーターボートなんかなかった。今も世界のどこか、人のいない場所でも選んでひっそりと旅しているのかもしれない。
 ともあれ、
「ごめん、色々大変なのに押し付けちゃって」
「良いのよ、サトリ」
 気軽な調子で義母さん、天津ユリナはそう答えてくれた。
 そう。
 この時の義母さんは、確かに何の気もない調子だったと思う。そのままの調子で、人のパジャマを畳みながら彼女はこう言ったんだ。
「ねえサトリ、私達が下手人二人を匿った事で、JBという組織はどう動くと思うかしら」
「えっ……。そりゃあ『前のJB』みたいにはいかないだろうから、膠着状態になって……」
「いいえ。どんな手を使ってでも来るわ、JBは。表の警察レベルに話を聞かれて困るのなら、私達みたいなのにはもっと聞いて欲しくないと思うでしょうからね」
 きっぱりと、だ。
 義母さんはそう宣告した。
「……そして私達としてもそっちの方が都合が良い。サトリには感謝しているわ。自分から戦争を仕掛けるなんて言ったら、外の敵はおろか疲弊した仲間達からも異論が出るかもしれない。けど、JBの方から攻めてくるなら仕方がないわよね。だって自分の身は自分で守らなくちゃやられちゃうんだから」
「ちょっと待った義母さん、一体何を……?」
「私達にだって感情はある。エキドナは覚えている? 彼女、シャルロッテの辺りから表舞台に出てきたJBにどれだけ引っ掻き回されたか。だけど、そのJBを狩ればアブソリュートノアの求心力は元に戻るわ。途中色々あったけど、でも、やっぱり権力というのはあるべき所に戻るんだって」
 違う。
 待ってくれ。
 そういう理由で海風スピーチアや蛍沢ケズリを預けた訳じゃないっ。
 戦争の火種を作るためにやった事じゃないんだ!!
「アブソリュートノアが機能停止しても、カラミティまでなくなった訳じゃない。サトリとは色々話し合ってきたけど、抜本的な対策が見つからないならやっぱり方舟はキープしておいて損はないわ。こっちも早いトコ方舟をリカバリしたいし、そうなると優れた人材と資金が必要なのよ。そしてそれは、JB側もそうでしょう。脱獄とやらの詳細は分からないけど、優れた人材が多数必要なのは予想できそうなものだわ。……つまり奪い合いなのよ。二つの組織の間で、使える人間の」
 感謝している、と義母さんは言っていた。
 僕、なのか?
 放っておけばくすぶったまま鎮火していたかもしれない、天津ユリナの闘争心。そいつに再び油を注いでしまったのは……!?

「間もなく戦争が始まるわ」

 おぞましい。
 でも済まないほどの言葉なのに、どこか清々しい様子で義母さんはこう切り出した。

「今度は災害でも人災でもない。組織と組織の、戦いよ」

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