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1
実際のところ、誰にも正確な事は言えないらしい。
『そもそもパリのカタコンベは墓地として開発された地下施設ではなく、最初は採掘場だったようです。その全貌は不明。迷路のように掘り進められて放置されていた廃坑へ、遺骨をかき集めて規則的に埋め直したのが今日のカタコンベとなります』
「観光コースは一本道だけど、他の道に迷い込まないように分かれ道は鉄格子で塞いであるのよね。封鎖の奥についてはナゾだらけ。それこそ何百年モノで放置されてるからデジタル的な検索じゃ何も見えないわ。ついさっきだってかなり浅い層で歴史的発見があったみたいだし」
また厄介な。
……けど厄介って判断が即座に下せるだけでもマシか。やっぱりマクスウェルがいると違う。これまでの三六〇度手探りの真っ暗闇から、地図もあれば磁石もある、そんなプラスの変化を感じる。
がっつり秘境。
今時、月や南極だって検索エンジンの地図と写真で事細かに調べられる世の中なのに、こんなフランス首都のすぐ下にまさかの検索不能エリアとは。けど、だからこそアブソリュートノアっぽくもあるのかな。
ともあれ、
『入るのは結構ですが、無目的な探索は非推奨です。たまたまの偶然で天津ユリナ夫人と遭遇できる可能性は極小です』
「分かってる」
そもそも義母さんや倉庫の番人が今ここにいるかも見えてないんだ。何月何日何時何分にピンポイントでアタッシェケースを持ち寄って集合、だったら今カタコンベをいくら調べても何も出てこない。
ワインやチーズみたいに、地下墓地に人形を寝かせてじっくり呪いのグッズ化していますとか、動かせない事情があれば話は別なんだけどな。それも確証はない。
となると、
「……分かってるのは、義母さんと倉庫の人間がカタコンベ内のどこかで出会うはずって事だけだ。そしてこれは絶対に阻止したい」
「あのう。諦めて帰ったって線は?」
「それなら別に困らない、アブソリュートノアの戦争準備は失敗に終わったって事だから。これだけやったJBが野放しなのは怖いけど、ひとまず正面衝突の全面戦争だけは回避できたって事になるはずだ」
ただし。
多分それはない。
「……JBから先制攻撃を受けて、義母さん達が黙っていられるならな。ただでさえ煮え湯を飲まされての報復戦を、さらに先手必勝で邪魔されたんだぞ。天津ユリナは、一〇〇%切れてる。感じからして、何もしないですごすご日本に帰るとは思えない」
流星雨の直撃で大事なお宝が丸ごと吹っ飛んだって可能性もあるけど、やっぱり楽観的だよな。僕達はそれが物か金か、重金属の武器か電子のウイルスか、人間かアークエネミーかも分かっていないんだから。
だってどうする?
魔王の頂点サタンとか地獄最下層コキュートスの門とか、本当の本当に訳の分からないモノだとしたら。物理的な衝撃なんぞでどうにかなる相手とは限らないんだぞ。
引き出し作業は継続中で。
義母さんと倉庫の番人の接触を止めないと世界は破滅。
それくらいは警戒しておいてもバチは当たらないだろう。
となると、
「今すぐ出会えないなら、今の内に罠を張りたい」
せっかくマクスウェルとのラインは復旧したんだ。検索機能をフル活用させてもらおう。
「巨大ダンジョンのカタコンベを今すぐ網羅できないなら、せめて出入り口だけでも封殺する。フランスだって防犯ブザーくらいあるよな? 通報機能と地図アプリが連動したCCD搭載モデルなら、カメラ、通信、バッテリー、これら全部が詰まった小型デバイスって事でコスパ的に考えてあれ以上のものはないし」
方針をマクスウェルに伝える。
「……どこかで大量に手に入れて、あるだけ全部出入り口に仕掛けよう。義母さんが通りかかったらすぐ分かるように」
『出入り口とは言いますが、カタコンベ自体の全貌が不明である以上は確定的な事は言えないのでは? 全部で何ヶ所あるのです?』
「アナスタシア。カタコンベは膨大だけど、人が迷い込まないよう塞いでいるのはみんな鉄格子なんだよな? 隙間のない鉄扉じゃなくて」
「えと、それが?」
「つまりどれだけ入り組んでいようが、光も音も空気も熱も、全部通る」
夢のような話をしよう。
現実の帳尻はマクスウェルが合わせてくれる。
「出入り口のカメラを向けるのは外側じゃない。カタコンベの中だ。分かっている全ての入り口から光を投げかけて、別の出口から微弱でも必ず漏れてくる光を拾う。これを可能な限り全ての出入り口でやる。ようは複数のカメラの陰りを計測する事で、中で異物が動き回ればその位置が分かるよう逆算プログラムを組めば良い。……感じとしては配管の傷を調べる光探査プログラムの応用かな、光って言っても人の目で分かるような強さじゃないと思うけど」
「あのうー、それは何百人のエンジニアやプログラマが何年の時間をかけて? ここはワークステーションがずらりと並ぶシリコンバレーの大会社じゃないのよ!?」
「マクスウェル」
『シュア。すでにコンパイルとデバッグまで終わりましたが何か?』
小さなアナスタシアが飛びかかってきた。
口の端からよだれが垂れてる。
「売って!! やっぱりその悪魔ワタシに売ってちょうだい、いくらでも出すからッ! 何が量子コンピュータの実用化よ馬鹿馬鹿しい、到底追いつかない本物の悪魔がここにいるじゃない!!」
『はあ。システムはたかだか初期不良で投げ売りされていた携帯ゲーム機の基板を一四〇〇台ほど並列で繋いでコンテナに詰めてもらっただけですが』
「この非常識シミュレータを作ったトゥルースごと全部売れえッッッ!!」
やだなあ金持ち小学生とか。まあ飛び級で大学通って在学中に特許をバンバン取ってるスーパー女子大生(笑)の場合は自分で稼いだお金っていうのが唯一の救いかもしれない。
せっかく苦労して『武器』を取り戻したんだ。
この理不尽災害の真っ只中で、さらにアブソリュートノアやJBはパリや全世界に向けて泣きっ面に蜂まで繰り出そうとしてる。ここで自分の武器を使わない理由なんかあるか。
「しかしまあ、大量の防犯ブザーがいるな。マクスウェル、プログラムを組む上での想定モデルは? 紐を引っ張ったらブザーが鳴るだけじゃダメだ、不審者の顔を撮影して通報地点を地図アプリに点で打つ商品だぞ』
『ブランアンジュ052。二世代遅れで現役ギリギリ、カラーは特にピンクが不評なのかワゴンで投げ売り中です』
「ピンクに罪はないわ。ただフランスは女性らしさって概念を自分じゃなくてよそから勝手に押しつけられるのをメチャクチャ嫌うお国柄なのよ」
『大量購入の際は五〇〇メートル先、プリペイドメインの携帯ショップへどうぞ。二五ユーロもあればダースで買えます』
「……この停電の中で? 夜九時前だけど、外国のお店って結構簡単に店じまいしちゃうらしいじゃないか」
『技術プロモーションを兼ねた無人店舗ですよ。停電時の対応マニュアルに不備があるので、極めて高確率で開きっ放しのまま右往左往です。無人レジは応答しませんが、営業時間内に無人レジが応答しないから商品を購入してはならないという法はフランスの法律書を隅から隅まで検索しても出てきません。手動計算で正しい金額を算出した上でレジ台にお金を置けば盗難には該当しませんよ』
まくすうぇるけっこんして、とアナスタシアが小さな顔の前で両手を組んで謎のプロポーズを始めていた。これで口の端からよだれが垂れてるうっとり一一歳のハニートラップにかかったら逆にこのコンピュータは高度過ぎないか?
しかしケータイショップが無人か。何かと面倒な手続きばかりの日本じゃ考えられないな。
実際にそちらへ向かってみると、確かに。
停電の中でもぽっかりと口を開けたお店があった。他はシャッターを下ろしたり崩れかけたりしている分だけ逆に異様だ。暗闇の奥でごそりと気配が動くのでビクついたが、外からスマホのライトを向けてみれば隅の方で何人かの若い男女がうずくまって固まっている。表の雨はもう止んでいるはずだけど、ここで休憩しているのかもしれない。
「アナスタシアはここに」
「なに、何で?」
「良いから」
……彼らが武器を持っていないとは限らないし、縄張り意識を発揮して掴みかかってくる可能性もある。何人かの男女は、本当に最初から知り合いだったのか? 変な依存心を発揮して、目についた女の子はもう逃がさないマッチョな俺達で取り囲んで守ってやるとか言われても困る。
ルーヴル美術館では、実際に暴徒と警官が撃ち合っていた。そう簡単にタガは外れないと思うけど、よっぽどな条件が重なった場合はその限りじゃなさそうなんだよな。
ルーヴルの時は『金』の一択だった。
でもトリガーはそれだけじゃない。
アナスタシアは可愛くて薄着、雨でびしょびしょ、真っ赤なワンピースの短いスカートをちょっと絞れば水も滴る一一歳、とビジュアルだけでも結構やりたい放題だ。しかも中身は(パリの人から見れば)外国人で飛び級の大学生でお金持ち、トドメに正体は人間じゃなくてアークエネミーときてる。……変態、学歴コンプレックス、金目当て、国籍や人種の差別愛好家。実は色んな角度からリスクを抱えまくってるって訳だ。しかもこれらは、合併症を起こす危険もある。金持ちの外国人は嫌い、アークエネミーのくせに高学歴とか馬鹿にしやがって、などだ。
「マクスウェル」
『シュア、正しい判断と評価します』
人の心は難しく、完璧な行動予測は多分無理。マクスウェルにできるのもパターン網羅であって、確定のハンコを押した唯一の答えじゃない。なので複数の出口を確保できない密閉された闇は、やっぱり怖い。小さな女の子を表に置いて僕だけそっと中にお邪魔する。
「どれだ? 防犯ブザー」
『ひとまずレジの横を照らしてください。安売りのワゴンは奥まった所には置きません、一刻も早く消化したいはずですから』
あった。
ゴルフボールよりは大きめの、卵形のプラスチックがゴロゴロ。うーん、ピンクって色は確かに普段は選ばないけど、そんなに悪いものには見えないな。値段の方は……、
「マクスウェル、一・九九ユーロって何円だ?」
『もう約二ユーロでよろしいですか? リアルタイムの為替レートですとおよそ三〇〇円。この不安定な回線速度でのFXはオススメできませんが』
しないよそんなの。そういうのはアナスタシアみたいな理系人間の独壇場だろ、機械に聞くだけの僕にはハードルが高過ぎる。
しかしまあ、ワンコイン以内か。ほんとに安いな。そりゃあハードディスクの容量と値段を見れば分かる通り、コンピュータまわりは時間の経過と共にガンガン値下がりするものだけど。
カメラの数はあればあるだけ困らないけど、自分で買うっていうのを忘れちゃならない。多分パリは、まだユーロが使える環境だ。ごっそり買っていくとして、そうだな、ひとまず余裕を持って二ダースくらいかな? ヤバい、細かいのがないな。こういう時に限って。じゃあ余裕を持って五〇ユーロ置いていくか、チップも兼ねて。
『警告、日本円で約七五〇〇円ですよ』
「ぐっ、地味に堪える……!?」
停電中でスマホ決済は使えないから、ちょっと濡れたお札をレジ台に置いておく。
でっかい箱を両手で抱えた時だった。
爆発だった。
鼓膜が爆発した。
いきなり意味が分からない。
暴れる心臓をどうにかなだめて凝視してみれば、興奮した金切り声だ。女の一人が叫び声を上げ、周りの男達がのそりと振り返る。
こっちはフランス語なんかできない。
ただヤバいとだけ理解した。急激に心拍数が跳ね上がったまま、下がらない。なんだっ、ルールが見えない。一秒前まで大人しくしてただろ。何でこうなった! 金が見えたから? 日本語で話をしていたから? 何きっかけかも判断できないけど、やっぱりあの連中何か『爆弾』抱えてやがったのか!?
『警告!』
「分かって、っる!!」
両手はでっかい箱で塞がっているし、向こうが刃物とか銃とか持っていたら最悪だ。ひとまず牽制として地震か何かで床に散らばっていたモバイルバッテリーを蹴飛ばしつつ、さっさと店の出口に走る。
商品棚を薙ぎ倒すような、破壊音の洪水が追ってくる。
「なにっ、どうしたのトゥルース!?」
「走れ!!」
風を切る音を右耳が捉えた。
投げたっ、何を、後ろから飛んできたのは、ありゃ日本じゃあんまり見かけない消防の斧か!? 重たい塊が顔のすぐ横を回転しながら追い抜いていったらしい。あと三〇センチずれていたら後頭部をグサリだった、いよいよ命が危ない!!
緊張で心臓が痛い。
頭がくらくらする。
流星雨だの地震だの川の氾濫だの色々あったけど、言われてみれば人の悪意を直でぶつけられるのはこれが初めてだ。ルーヴル美術館の時だってこっちに直接銃を向けられた訳じゃない。
理解不能に会話不能。
さらには過去も未来も予測不能。何故こうなったのかも、これからどうするのかも、ヤツらの行動がまるで読めない。人を支える芯の部分がまるであやふや。
人災。人の災い。なんて無意味で、くだらなくて、しかもおぞましいんだ!? ここには何の運命も感じない。他人の都合や欲望で死ぬなんて絶対に嫌だッ!!
二人して通りを曲がって廃車の裏に隠れ、息を潜める。
しばらく待つ。
足音は?
自分の心臓がうるさくて聞き取りにくい。
斧も怖いけど、最初にあれを投げたって事は銃はない、よな? そもそもフランスってアメリカみたいに普通の人も銃持ってる国なのか? ああもうはっきりしない!! イエスともノーとも言えないから怖いッ!!
「(トゥルース説明してっ)」
「(しっ)」
どうだろう……?
こう、なんか遠くで暴れる音とか怒鳴り声とかは聞こえるんだけど、追っては来ないな? まだ店の中に留まっている? となるとテリトリー侵害とかで爆発したんだろうか。解せない、不可解だ。最初に店へ入った時は大人しかったのに。
その時だった。
『フランス語を分析した限り、災害下の略奪と勘違いされたようですね』
「なに、えっ?」
『無人レジにお金を置けば問題ないはずですが、全てのフランス国民が自国の法律に明るい訳ではありません。いわゆる誤想防衛。ユーザー様も、日本の六法全書を丸ごと暗記してはいないでしょう? ようは、きちんとお金を払ったのに泥棒扱いされただけです。ユーザー様に非はありませんのでご安心を』
しばらく、画面の文字が頭に入ってこなかった。
えと、つまり。
ちょっと待って。まさか。
嘘だよな。
……間違った、正義感……で殺されかけた……?
「何だよ、そりゃあ」
『事実です』
無意味だ。
あまりに愚かで馬鹿馬鹿しい。
もう私利私欲の暴君ですらないじゃんか……。
『脱出時に商品のモバイルバッテリー等を蹴飛ばしていますが、こちらは正当防衛の要件に合致します。無事に過ぎ去ったのでもうぶっちゃけますが、あの状況なら反撃して殺してしまってもこの国の法律的にはカウントされませんよ』
「しないってば、そんなの……」
やっぱり海外は感覚が違うな。過剰防衛って考えがそもそもないのか?
ともあれ、もう脱力して車の陰でへたり込むしかなかった。そんなので僕達は追い回され、寄ってたかって消防の斧だの消火器だのを使った数の暴力で殺されかけたっていうのか? 運命論なんか信じないけど、直撃していたら何のために生まれてきたのか分からないような無駄を極めた末路を迎えるところだったんだぞ。
ただ、迂闊だったな。
正直に言うとすっぽ抜けていたっていうか、その考えはなかった。そうか、悪人だけを注意していれば、正しいルールだけ守っていれば、それで全ての危険を回避できるものでもないのか……。
暴力のカードを持っているのは悪人だけじゃない。
正義側に殺される展開も、ありえる。
とにかく、だ。
「これで機材は揃った」
『シュア』
「それじゃあ改めて、カタコンベにアタックしよう」