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ちなみにマクスウェルはわざと通信を切った訳じゃなくて、普通にスマホ本体が壊れていたらしい。アナスタシアが変な工具で本体を開けて中をいじくったら再起動できた。
「誤作動とか接触不良とかって言ったら大体ココよ。洋梨のスマホって砂時計のくびれみたいに、必要もないのにわざとハードウェア上脆い箇所を作ってんのよね。何故かって? そりゃ頑丈で長持ちしたら誰も買い換えてくれないからに決まっているわ」
ハッカーのアナスタシアはこういう所にやたらとうるさい。語り出したら止まらない。
そしてマクスウェルは開口一番アレルギーが出ていた。
『ほ、本職のハッカーに直で基板を触らせるとか何考えてんですかこのすっとこどっこい。BIOS領域にウイルス仕込むよりエグいハードウェア攻撃をされていないと良いのですが……』
この状況だ、いくらアナスタシアでも小指の爪より小さなチップの付け替えをする余裕はないだろう。ハッカーを警戒するのは分かるけど、ハッカーなら何でもできるってイメージ自体が彼らの手助けをしている事も忘れちゃならない。
ともあれ。
「とりあえずここを離れましょう」
と義母さんが言った。
人が多く集まるモンパルナス駅は、確かにJBの襲来を待ち構えるには不向きだ。大勢の無関係な人達を巻き込む意味でもそうだし、僕達はJBの兵隊の顔なんか知らない。群衆に紛れて接近されたら面倒な事になるのは目に見えていた。
アナスタシアがペットロボットを小さな胸の辺りで抱き締めながら、
「短期間とはいえ組織に潜っていたんでしょ。JBの手口は引っこ抜いていないの?」
「分かるけど、向こうだってそれを織り込んで作戦を立てるでしょうね。半端に齧っていると先入観に囚われて、自分で自分の選択肢を潰す羽目になるわ。ドヤ顔のアマチュア相手に手品師が良くやる方法よ」
「……つまり、組織にとっても裏技が来る?」
「JBはその大きな規模の割に秘密主義の徹底を末端のキャストにまで強いる、重心の悪いアンバランスな組織よ。身内の行動を監視して必要なら拘束や暗殺を行う、専門の捜査機関を設けていても不思議じゃないわ」
『あの』JBの中に警察部門があるなんて悪い冗談だ。しかもその警官達は、法律以外のルールで厳密に人々を縛りつけている。
アナスタシアは唇を尖らせて、
「それ、アブソリュートノアではどうしていた訳?」
「あなただけが知っている特権階級の秘密は、あなただけが隠していた方が得をする。さもなくば方舟はあなた以外の民衆で溢れ返って定員オーバーとなり、出航すら難しくなるでしょう」
……自分だけは何があっても生き残りたい、って欲を逆手に取った訳か。JBのように締めつけるんじゃなくて、自分から口を噤むように仕向けたんだ。さらに言えば、知るべきでない者にまで拡散しそうになった場合は生き残りたいと願うセレブ達が自家生産の脅えに衝き動かされ、寄ってたかって同じ特権を持っているはずの一人の口を封じるようにも。
自粛ムードは、何も潔癖から生まれるだけとは限らない。
世界の秘密を握っている金持ちは飄々とした顔でテレビに出演して、民衆の怒りとやらを代弁したりしている。だけど大きな事件や災害が起きてみんなが右往左往している時、テレビの向こうにいる彼らがいきなりごっそりいなくなる事はまずない。つまり深刻そうな顔はしているけど、何だかんだで分厚い装甲に守られている。彼らが急にいなくなるのはサッカーの世界大会の時くらいだ。
「具体的にどこへ行くの、義母さん?」
「敵は開けた場所を狙って降下してくるでしょうけど、どこから見ても丸分かりな空中コースはブラフでしょうね。本命は私達が呑気に夜空を見上げている隙に、地を這って真正面の死角から喉笛を狙ってくるはず」
天津ユリナは指を一本立てて、
「そこでJB炙り出しのために、こっちは、普通の人なら絶対にそんなトコ行かないだろって場所に陣取るわ。ゴミゴミした街中で後ろを振り返っても尾行があるかどうかなんて判断できない。でも誰もいない、どこまでも広大な南極のど真ん中なら話は別でしょ。だって他に人がいないんだから」
「つまりどこ?」
「ルーヴル美術館」
パリの地名は言われてもピンとこない僕だけど、そんな僕でも分かる。
「ルーヴルって、あのルーヴル? じ、冗談じゃないぞ!」
もっと具体的な話を切り出したのはやっぱり金髪少女のアナスタシアだ。
「というか、セーヌ川の対岸から見たけど略奪犯と警官隊が思いっきり銃撃戦をしていた辺りじゃない! 賢明なパリの市民なら今夜は絶対近づかないでしょうし、言ってもワタシ達の扱いは外国人なのよ。このピリピリした災害下であんな所にふらふら顔を出したら命がいくつあっても足りないわ!!」
対する義母さんの答えは一つだった。
「イエス、『だから』普通の人は来ないでしょ? 絶対に」