「……フレーバーは煙草たばこじゃないっていう人もいるけれど」
「なるほど、ニコチンよりもずっと健康的だと教えて差し上げたほうがいい」
 彼らの敬愛規律はどうあっても、目の前の人間に対して好意的な態度を取ろうとする。こちらがどれほど心を閉ざしていても、それは変わらない。そうやって、人の胸の内に滑り込むのがいのだ──そんな手に乗せられるものか。
「仕事の話をしよう。本当に、わたしの補助官をになって何ともなかった?」
「ええ。私の能力は、あなたと対等であると証明されています。数字が信じられませんか?」
 信じられないのではなく、信じたくないだけだ。認めたくはないが、彼とエチカの処理能力は驚くほど釣り合っている──その証拠に、先ほどの電索では逆流が起こった。
 補助官との親和性が高いと、電索官は誤って自分の機憶を引き出すことがある。これまで釣り合う相手と潜ったことが一度もなかったので、経験したのは今回が初めてだ。
「さっき、逆流が起きた。……きみには何か見えた?」
「いいえ。補助官が共有するのは、電索官が潜った対象の機憶だけです。それも、早回しの映画を見ているような形で送り込まれてきます」
「それは知ってる」そして追いつけなくなると、ベンノのように頭が焼き切れるのだ。
「あなたがご自身の機憶を開いた時は、映像が途切れてノイズに変わります。つまり逆流が起きていることは分かりますが、あなたの機憶までは見えませんよ」
「そう……なるべく抑えられるように努力する」
 ハロルドに機憶をのぞき見られていなかっただけでも、正直ほっとした──だが、アミクスとの相性が優れているという事実に関しては、全くあんできない。むしろ最悪だ。
「そううんざりしないで下さい」
「別にしてない」
「カウトケイノまで、あと十三時間あります」ハロルドが優雅にほほむ。「あなたがアミクス嫌いを克服して、私と親しくなるには十分ですよ」
 エチカはつい、渋面になってしまう。何を考えているのかと思いきや。
「仲良しごっこはしないと言ったはずだ」
「私がアミクスだからでしょう?」
「誰とでもそうだよ、いちいち慣れ合う気はない」
「私は是非ともあなたを知りたいのですが」
「それはきみの勝手な希望だ、お断りする」
 何なんだ。人間が拒んでいるのだから、アミクスらしく尊重して身を引いて欲しい。最初から思っていたが、ハロルドはどうも図太い。いっそ、特有の個性があるようにすら見える。
「そもそも親しくなって何の意味がある? 私情が挟まれば仕事がやりづらくなるだけだ」
「驚きました」彼がわざとらしく目をみはる。「まさか、そこまでの親しさをお望みとは」
「は?」何言ってる?
「仕事がやりづらくなるほどの私情といえば、相場が決まっています。そうでしょう?」
 即座にこいつを張り倒さなかっただけ、自分を褒めてやりたい。
「ルークラフト補助官……わたしの脚にあるものが見える?」
「電子犯罪捜査局が標準採用している、自動拳銃フランマ15です」
「その通り。で、きみはアミクスだから武器所持を禁じられている。丸腰だ」
「ただのジョークです、怒らないで下さい」ハロルドは窓枠に手をかけ、余裕の笑顔だ。「あなたは面白い人ですね、きっと仲良くなれますよ」
 こいつ、本当に撃ってやろうか。できもしないことを思いながら、エチカは怒りに任せて煙草たばこの電源を切る。ウィンドウを閉めると、乱暴に暖房のスイッチを入れた。「五分った、今度はわたしがあたたまる番だ」
「ええ、では私は五分我慢します」
 寒いのが好きだというハロルドと、まともな体感温度を持っているエチカは、出発に際して暖房を五分ごとの交代制にしようと取り決めていた。機械の押しに負けるだなんて情けない。
「いい? あまり人間をからかわないで」
「からかってはいません。あなたと親しくなりたいだけです」
「今度きみが妙なことを言ったら、わたしが三時間暖房を使う権利を独占するから」
「気になっていたのですが、そこまで寒いのであればタイツよりも厚手のズボンを穿かれては?」
「これは発熱繊維だよ動きやすいし十分あったかい。ただ完璧とは言えないだけで……」
「つまり、単にあなた自身が寒がりだと」
「違うおかしいのはきみのほうなんだ、氷点下でも平気なんて人間じゃない」
「よくご存知ですね」
「……そういう意味じゃない」面倒臭いな!