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目的地のカウトケイノは、実に閑散とした田舎町だった。そもそも町と呼べるほど建物が密集していない。広大な雪原に横たわる幹線道路を中心に、ノスタルジー溢れる山小屋風の民家、教会、郵便局、学校などが点在している──技術制限区域には、パンデミック時代にスレッドデバイスを始めとするテクノロジー技術を拒んだ少数派が暮らしており、『機械否定派』と呼ばれている。このような住み分けは、世界各地でおこなわれていた。
極夜の今は、午前九時を回っても日が昇らない。申し訳程度に明るみを帯びた空の下、エチカたちを乗せたニーヴァは、町で唯一のスーパーマーケットの駐車場に停まっていた。
「手詰まりだ」エチカは運転席で、ゼリーのパウチを咥えたまま呻く。「監視ドローンがない以上、リーを探す手立てもない」
ユア・フォルマで追えない捜索対象者の足取りを摑むには、街中に配置された監視カメラやドローンが最も頼りになる。これは今も昔も変わらない。しかし恐ろしきかな、ここにはそれらが一切存在していない。配達物すらも人力で配られている始末だ。制限区域の中には、治安維持の観点から監視カメラだけは導入している地域もあるのに、ここはあまりに悲惨だった。
「この町は、制限区域にとってあるべき姿を守っているだけですよ」と、ハロルドもパウチの封を切る。「折角なのですから、もう少しこののどかな風景を楽しんではいかがです?」
「この石器時代の景色のどこを楽しめって?」
「せいぜい青銅器時代では?」
「本音出てるよ」
「ここで張り込みましょう」ハロルドが、マーケットの建物を一瞥する。「この町でただひとつの食料庫ですよ。ドローンも飛ばないような地域で、まさかECサイトを使って買い物をするとは思えませんから、リーが現れる可能性は十二分にあります」
そんなに上手くいくわけがない。そもそも、リーはカウトケイノでシェアカーを降りただけだ。今もここに留まり続けているのかどうかすら、定かではないというのに。
にしても、車で十五時間以上も移動するのはさすがに堪える。エチカは泥のような体をシートに押しつけて──ハロルドを見やると、ゼリーのパウチに口をつけていた。
アミクスは人間同様、食品を経口摂取できる。とはいえ、彼らの動力源は循環液を利用した発電システムであり、食べ物からエネルギーを生成しているわけではない。あくまでも『人間らしさ』を体現する上でのオプションに過ぎず、口にした物は人工胃の中で分解消滅する。
「戻ったら、あたたかいボルシチが食べたいですね。このゼリーはまずすぎる」
「まずい? 五大栄養素が全部揃ってるし、一瞬で食事が終わる。便利だよ」
エチカがあっけらかんと言うと、ハロルドは分かりやすく眉をひそめた。
「電索官、ひょっとして充電ポートを隠していませんか? 初期型のアミクスのように」
「は? きみこそおいしいだのまずいだの、もう少し機械らしくして」
ここまでの道のりで得られた確信が、ひとつだけある──彼とはどうあっても仲良くなれない。アミクスというのもそうだが、何より、あまりにも自分とは正反対過ぎる。
ともかく、とエチカは気を取り直す。次の策を練らなくてはいけなかった。ユア・フォルマを使って、今回の事件のデータを展開する。何か手がかりを見落としていないか。
ハロルドはといえば、マーケットを出入りする客をじっと観察している。リーが通りがかる確証でもあるのだろうか? いっそそうであって欲しいが、あまり期待できない。
時間は刻々と流れ落ちていった。窓からじわじわと染み込んでくる冷気が、体の末端から熱を奪っていく。空は仄明るくなり、やがて徐々に萎み、町の灯がぽつぽつと目立ち始める。
すっかり匙を投げたエチカが、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた頃。
「電索官、起きて下さい」
「んん、やだ……今日はもうぜったいベッドから出ない……むにゃ……」
「寝ぼけていますね? リーを見つけましたよ」
何だって? 一瞬で目が覚める──フロントガラスの向こう。マーケットの入り口付近に駐車された青いジープが、視界に飛び込んできた。丁度、運転席のドアが閉じられたところだ。乗り込んだ人間の顔は見えなかった。
「あのジープです。正確にはリー本人ではなく、彼女を匿っているサーミ人ですが」
「どういうこと?」わけがわからない。「リーが匿われているなんて情報はどこにも……」
「間違いありません。私の目はご存知でしょう? 信じて下さい」
信じられるわけがない。ただ単に観察しただけで人種を見抜き、その上、自宅にリーを匿っているかどうかが分かるはずないだろう──だが論理的な否定を組み立てられるほど、頭が働いていない。そうこうしているうちに、ジープのテールランプが赤く光り、動き出す。
「尾けて下さい。それと、早急にその涎をお拭きになったほうがよろしいかと」
「涎じゃないそんなに熟睡してないし、いやそもそも熟睡しても涎なんて垂らさないし」
「電索官、ジープが行ってしまいますよ」
「ああもう分かってるよ!」もしもこれで見当違いだったら、あとで文句を言ってやる!
エチカはニーヴァを手動運転に切り替えて、アクセルを踏む。駐車場を後にしたジープを追いかけ、幹線道路へと滑り出す。だが自分たちの他に車はおらず、ついでに見通しがよすぎる。
「丸見えだ、これじゃ尾行にならない……」
「どうせ住民が使う道路は限られています、怪しまれることはありません」
エチカは呆れた。「このロシア丸出しの車でよく言うよ」