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「安全運転がポリシーなのですが」
 ハロルドがアクセルを踏み込む。このオンボロジープは、何と自動運転機能をむしられていた。暖房の効きだけは褒めてやりたいが、よくこんな鉄の塊に乗っていられるな。
「それで、ビガは吐いたの?」
「もちろん」彼はあっさりとうなずき、「リーは、ビガのにあたるそうです。昔から姉妹のように仲が良く、今回も頼られたから家に泊めていたのだと言っています。まさかウイルスの仕業だとは思わなかった、幻覚はバイオハッキングの副作用だと思った、と」
 リーを見つけた時から分かっていたことではあるが、つまり、ハロルドの読みは全て正しかったわけだ。いちいち驚くのはもう疲れたし、ここまでくると、アミクスの実力を認めたくないという自分のプライドすらも馬鹿らしく思えてくる。確かに、彼は捜査官だ。
 結局、エチカはこう言うしかない。「あの一瞬で、よくそこまで聞き出せたね」
「ビガは純粋で情緒的な性格のようでしたから、異性として興味を持ってもらうのが手っ取り早いかと思いまして。くいきました」
 ハロルドがいかにも人畜無害にほほんでみせるので、エチカはげんなりとした顔を隠しきれない。なるほど、最初からそういう作戦だったわけか。やっとこさ理解した。
「つまりマグカップを渡してもらった時、コーヒーをこぼさせたのはわざと?」
「ええ。バイオハッカーかどうかを確かめたかったですし、彼女の注意をきたかった」
「で、まんまと手を握った」
「身体的な接触は色々と意味がありますが、中でも精神的な距離を縮める効果があります」
 何だか頭が痛い。「きみには、女心を弄ぶモジュールが搭載されているらしい」
「とんでもない、捜査のために必要なことをしたまでです」
「どこがだ、規則違反すれすれだよ。今度馬鹿なをしたら、トトキ課長に報告するから」
 間違いない。アミクスは理想的な友人だと言うが、こいつに関しては例外だ。
 リーのわだちはうねりながら雪原を滑り、道なき道を南下していた。しばらく追いかけると、カウトケイノ川が見えてくる。凍結したかわを猛進する一台のスノーモービルを発見──リーだ。ハロルドがステアリングを器用にさばいて、川沿いへと車を寄せていく。だがこちらに気付いたリーは、ますます速度を押し上げた。あっという間に引き離される。何て荒技だ。
「彼女は感染してるはずでしょ、何でああも元気なんだ!」
「ビガいわく、自前の抑制剤で体内の機械を全て停止させていると。バイオハッキングでトラブルが起きた際に使用するもので、正規の動作抑制剤よりも強力な効果が望めるそうです」
「闇医者はじゃないってわけね」勘弁して欲しい。
「ただ、そろそろ追加投与しなければならない時間なのですが、私たちが訪ねたせいでそれができなかったとか」
「要するに、リーの抑制剤が切れるまで辛抱強く追いかけ続けろって?」
 不意に裂けるような風が吹き、雪煙がフロントガラスを覆った。エチカは身を引いたが、ハロルドは迷わず加速する。舞い上がった雪が窓にこびりつき──次に視界が晴れた時、ジープは川岸にびったりと張り付いて、リーのスノーモービルと並走していた。
 今しかない。
「止まりなさい!」エチカはウィンドウを押し下げる。「電子犯罪捜査局だ!」
 リーはもはや、顔を振り向けることすらない──エチカが脚の銃に手をやった、その時。
 彼女の小柄な体が、芯を抜かれたようにぐらりと揺れる。ハンドルにしがみついていた手が剝がれ、そのままあっけなくシートから崩れ落ちて、
 ──待って。
 リーの肢体は容赦なくたたきつけられ、無残に転がった。操縦者を失ったスノーモービルはなおも突き進んだが、程なくして横転し、つんざくような悲鳴を上げる。
「ああ……」ハロルドが息をむ。「何てことだ」
 こんな風に追いかけるべきではなかった。今更そう気付くが、もはや手遅れだ。


 エチカとハロルドはジープを降りて、仰向けに倒れているリーのもとへと駆けつけた。だが、彼女には既に意識がなかった。額の切り傷から、相当量の出血が見て取れる。
「低体温症の兆候が出ています、とっくに抑制剤が切れていたようですね」
「すぐに救急車を呼ぶ」
 エチカはユア・フォルマを使ってコールしながら、苦いものをみしめる──自分たちは明らかにやり方を間違えた。まさかリーが、そうまでして逃げようとするとは思わなかった。
 通報を終えて振り向くと、ハロルドがかわに膝をついていた。彼はコートを脱ぎ、横たわるリーの体に巻き付けている。しまいにはマフラーをほどいて、彼女の血を拭い始めるのだ。
「ちょっと」さすがにめんらう。「いくらきみが機械でも、循環液が凍って故障する」
「構いません。私は何度でも修理できますが、人間はそうはいかない」
 ハロルドが極めて真剣だから、エチカはどうにも腹の底がざわざわしてくる──そうだ、アミクスというのはこういう奴らだった。敬愛規律に則して、人間をいたわるようにできている。
 いらちをころす。まだ、仕事は終わっていない。
「ルークラフト補助官」エチカは手袋を外す。外気に触れた素肌がしびれたが、構わず二本のコードを取り出す。「救急隊員が到着する前に、リーの機憶を調べよう」