<meta name="twitter:card" content="summary_large_image"> <meta property="twitter:image" content="https://dengekibunko.jp/archives/010/202102/0f9509968151bddba6040f63b6017e9d.jpg"> <script> (function(d) { var config = { kitId: 'poz7nec', scriptTimeout: 3000, async: true }, h=d.documentElement,t=setTimeout(function(){h.className=h.className.replace(/\bwf-loading\b/g,"")+" wf-inactive";},config.scriptTimeout),tk=d.createElement("script"),f=false,s=d.getElementsByTagName("script")[0],a;h.className+=" wf-loading";tk.src='https://use.typekit.net/'+config.kitId+'.js';tk.async=true;tk.onload=tk.onreadystatechange=function(){a=this.readyState;if(f||a&&a!="complete"&&a!="loaded")return;f=true;clearTimeout(t);try{Typekit.load(config)}catch(e){}};s.parentNode.insertBefore(tk,s) })(document); </script> <style> p.radio { margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudrgothic-std,sans-serif; font-weight: 400; font-style: normal; font-size: 1.2rem; line-height: 2.4; } p.main{ margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudmincho-std,sans-serif; font-weight: 500; font-style: normal; font-size:1.2rem; line-height: 2.4; } .em-sesame{ text-emphasis-style: filled; -webkit-text-emphasis-style: filled; } .gfont{ font-family: ryo-gothic-plusn, sans-serif; font-weight: 300; font-style: normal; } @media screen and (max-width: 450px) { p.radio{ margin: auto 10px; font-size: 1.1rem; line-height: 2; } p.main{ margin: auto 10px; font-size:1.1rem; line-height: 2; }} </style>

 エチカはコートの内ポケットから、〈命綱アンビリカルコード〉を取り出す。糸に酷似したそれは、両端にコネクタがぶら下がったケーブルだ。エチカとベンノは、それぞれのコネクタを自らのうなじへ──皮膚に埋め込まれた接続ポートへと挿し込んだ。
「次、探索コード」
 エチカが言うと、ベンノが青年のうなじに〈探索コード〉を接続し、コネクタを投げて寄越す。こちらは〈命綱〉よりもやや太めのデザインだ。エチカは受け取った〈探索コード〉のコネクタを、自身の二つ目のポートにつなぐ──安直な言い回しだが、これはトライアングル接続と呼ばれている。電索で頭の中を調べるために必要な、基本的な形態だ。
「ヒエダ、対ウイルス感染者用の防護繭コクーンは?」
「問題なし。正常に動作してる」
「ならさっさと行け」
 エチカは顎を引く──次の瞬間にはもう、感染源の頭の中へと落下している。
 リュクサンブール公園の冬枯れした木々が、目に飛び込んできた。ベーカリーで買ったパン・オ・ショコラを頰張ると、ふんわりと心がほどけるような幸せに包まれる──感染源の名はトマ・オジェ、理工系のエリート養成教育機関グランゼコールに通う学生だ。表層機憶──過去一ヶ月間の出来事が記録されている──によれば、この公園で朝食を済ませるのが彼のルーティンらしい。
 食事を終えると、フランス車のシェアカーに乗り込む。何だか、心がわくわくとはやっている。これから一日、研究に没頭できるのが楽しみなようだ。車窓を飛び去る街並みは、Bluetooth搭載の最新スニーカーや改良型スリープイヤホン、炭素繊維スポーツウェアなど最先端ガジェットの広告であふれている。どれも、きらきらと輝いていた。オジェにとっては興味の持てる商品ばかりなのだろう──流れ込む彼自身の感情を受け流しながら、エチカは落ちていく。
 機憶の閲覧と並行して、オジェがネットワーク上に残した足跡を辿たどる──ECサイトの購入履歴から、動画サイトの視聴履歴まで。彼のSNSに行き、基本的な登録情報をこじ開けて網羅。数億件にのぼる投稿を処理する。エンジニア志望とあってテクノロジー分野への関心が強く、万聖節トウツサンの長期休暇ではアメリカを訪問し、『リグシティ』や『クリア・ソリューション』の企業見学ツアーに参加している。が、ウイルスに関する手がかりは見えてこない。メッセージボックスも家族や友人とのやりとりがメインで、広告すら極めて健全だった。
 なるほど、とエチカは思う。ワシントンでの捜査を担当した電索官から、聞いた通りだ。
 感染源に潜っても、犯人の痕跡どころか、感染経路すら判然としない。
 表層機憶を電索し終えたが、ベンノはまだ引き揚げてくれない。互いの処理速度が開きすぎて、モニタリングが追いついていないのだ。エチカは加速しながら落ち続ける。まずいな。表層機憶を突き抜けて、更に深い中層機憶へと──ぶつっと、うなじにしびれが走った。
「クレーマン補助官!」
 叫び声が聞こえて、顔を上げる。途端に視界が塗り変わり、病室が降ってくる──コードが外れ、ベンノが膝から崩れ落ちたところだった。医師が慌てて駆け寄るが、彼は意識を失っていて、ぴくりとも動かない。アミクスが、切迫した顔で病室を飛び出していく。
 ああ、またか
 エチカは大した驚きもなく、ただ突っ立っていた。ベンノもそろそろ限界だとは思っていたが、案の定だ──じくりと胸がうずくが、気付かないふりをする。
 電索官と補助官の処理能力が釣り合わないと、こうした故障が起こる。彼と自分の能力は最初から対等ではない。それなのに無理な運用を続ければ、いずれガタがくるのは必然だ。
 エチカにとって、パートナーの故障はいつものことだった。
 まもなく数人の看護アミクスらがストレッチャーを引きずってきて、ベンノを運び出していく。恐らく、一週間程度の入院で済むだろう。いつもそうだ。だから黙って、押し寄せるくだらない罪悪感をころそうとしていたのだが、
「以前に、同じような症状の補助官を診たことがある」
 隣の医師が責めるような目を向けてくるので、エチカは静かに深呼吸した。
「クリダですか? それともオルグレン? セルベル? あとは……」
「もう結構」医師のまなしは、とっくに軽蔑の色を帯びている。「彼らから聞いたよ、相棒の頭をことごとく焼き切って病院送りにする天才がいると。君のことだね? ヒエダ電索官」
 求められている答え方は知っている。「意図的じゃありません」とか、「同僚を苦しめたがる人間がどこにいます」などという、白々しくて善意に満ちあふれる回答だ。
 けれど、れいな言葉に事実をふつしよくする力はない。随分前から、嫌というほど知っている。
「ベンノは回復します、ユア・フォルマを使えば脳神経の修復くらい何てことない」エチカはいっそ冷酷なほど無表情で言い、「それでは、捜査へのご協力ありがとうございました」
 医師が信じられないものでも見るかのような顔をしたが、構わず病室を後にした。


 ユア・フォルマに記録された情報を辿たどり、事件解決の糸口を探し出す。
 それこそが電索官──エチカ・ヒエダの仕事だ。