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 そうこうしているうちに、仮眠室へと辿たどく。中では、電索に協力してくれるという四人の社員が待っていた。彼らはまだ若く、いずれも同じチームで働くプログラマだという。
 当然、リーを含む感染源と接触したのは、この四人だけではない。だが他の社員は電索を拒み、事情聴取にのみ協力することになっていた。何せ電索は捜査以前に、プライバシーを暴き出す行為だ。煙たがる人々がいることは珍しくなく、何より令状が下りた容疑者でもない限り、法的拘束力はない。
 幸いこの四人に、そうした抵抗感はないようだった。
「むしろ、電索に興味があって」「実際に機憶をのぞかれたらどんな気分なのかなと」「眠ってるだけで何も感じないって本当ですか?」「他人の感情にうっかり引きずり込まれたりします?」
 矢継ぎ早な質問に、ユア・フォルマのになとしての好奇心がかいえる。だが今日ここへ来たのは、彼らに電索の体験をひもくためではない。
「ご協力に感謝します。同意書にサインをしてから、ベッドで横になって下さい」
 エチカが素っ気なくそう言うと、四人はどこかがっかりしたように顔を見合わせ、大人しく従った。まもなく看護アミクスがあらわれ──地元の病院から派遣され、社内の医務室に常駐しているらしい──四人の腕に、鎮静剤を注射していく。対象者の意識レベルが低下しているほうが、よりクリアな電索がおこなえるため、鎮静剤は欠かせないのだ。
 彼らの機憶から、感染源とウイルスの感染経路を結ぶ手がかりが見つかるといいのだが。
 全員が眠りに落ちたのを確かめてから、エチカはいつも通りトライアングル接続を作り、
「ルークラフト補助官、準備はできて……」
 つい言葉が途切れる。ハロルドは丁度耳をずらして、接続ポートに〈命綱〉を挿し込んだところだった。何度見ても慣れない光景だ──ふと、互いの目が合う。
「何です、電索官?」
「いや」エチカは苦々しさを隠せない。「今更だけど、他にマシな場所はなかったの?」
「ああ、私の耳がずれるのは不気味ですか?」
「当たり前だ」
「なるほど」彼はか楽しげにほほみ、「折角ですから、もっとよくご覧になっては?」
「やめてこれ以上近づくなもう始めるから!」
 ハロルドが顔を寄せようとするものだから、エチカは逃げるように電子の海へと落下していく──全く、彼には本当に敬愛規律が入っているのか? いちいち人間をからかいすぎだ。
 切り替えなくては。
 四人の表層機憶がぶわっと花開く。見学ツアーの機憶まで遡ろう。彼らのリグシティでの日常とすれ違う。プログラミング言語が軽やかに描かれていく。オーナメントをきらめかせるクリスマスツリー。つい見とれてしまう。おつくうな気分が割って入った。定期メンタル検査だ。うなじにHSBを挿し込んで──だが四人の機憶に含まれる感情は、いずれも安定している。怒りや悲しみはほとんど記録されていない。あるのは仕事への熱意や希望、余裕──バランスの取れた精神状態の持ち主は、大手企業の社員に多い。多くがメンタルケアに予算を割いているため、ストレスなく仕事に取り組める環境が整っていて、社員同士のトラブルも少ないと聞く。
 求めている機憶はまだ見えない。落下速度が上がっていき──ふと、じくじくとむような悪感情とすれ違う。何だ。目を留める。どこかのバーだろうか。大勢の社員が集まり、酒をわしている。送別会のように思われた。『またなソーク』『元気で』『明日から寂しいよ』そんなやりとりの中心に、一人のロシア系男性が見える。彼がソークか──何だ?
 この機憶の中でのみ、四人の感情が、腹の底を踏み荒らすようなけんを示している。
 だからエチカは、つい見入ってしまう。四人のソークに対する態度はけんとは程遠く、むしろ親友との別れを惜しむかのようで、ちぐはぐだ。言葉と本心が一致しないことは誰にでもあるが──これまでの感情が安定していただけに、そろいもそろって特定の人物を嫌っていることが、奇妙な違和感を生んでいる。しかし、感染源とはまるで無関係な機憶だ。事件と結びつけるのは難しい──ソークはビールをあおり、楽しげにプログラミングの話をする。けんそうが波のように押し寄せている。軽やかなジャズミュージック──マトイ、と誰かが言ったのが聞き取れた。『あの頃はマトイを作っていてさ』その先は埋もれてしまって。
 ぞっと、背筋があわつ。
『はじめまして、おとうさん』
 逆流の兆候。落ち着け。抑えろ。触れる先を間違えるな──エチカはどうにか思考を絞る。マトイ。その音を、耳の中から追い出したくて。でも剝がれないまま。
 辿たどいた見学ツアーの機憶を、順番にあさっていく。まずはオジェ、続いてリー、最後にワシントンの感染源──四人と一緒に、ソークもまた感染源たちを接待していたことが分かり、やや驚いた。彼はプログラミングに関する最新技術を、誇らしげに語っている。こちらの機憶には、先ほどのようなけんは一切含まれていない──少し引っかかる。
 そうした点を除けば、あとはどこまでも平凡な見学ツアーだ。
 ウイルスの感染経路や犯人への手がかりは、どこにも転がっていない。
『マトイ』
 またその名前が息づく。ああ、もうやめろ。振り切れ。
「──ヒエダ電索官?」
 引き揚げられた時、頭の中がひどくふやけていた。ほんのわずかに呼吸が浅くなっている。エチカは、仮眠室の乾いた匂いをどうにか吸い込んで──ハロルドが、気遣わしげにこちらを見ていることに気付く。動揺を悟られたくなくて、なるべく冷静に〈命綱〉を抜いた。
「収穫なしだ」声がざらざらにかすれている。「おかしな点が、何一つない」
「ええ、あまりにも平和な機憶でした。どこかに見落としがあるのでしょうか」
「有り得ないよ」エチカは髪をかき混ぜ、「予定通り、きみは他の接触者の事情聴取に回って。わたしは、全社員のパーソナルデータとウイルスの解析結果を受け取りに行く」
「分かりました」ハロルドはうなずくが、心配そうな表情を崩さない。「顔色が優れませんが、少し休まれたほうがいいのでは?」
「平気だ。それと聴取の時、ソークという社員についても詳しく聞いておいて」
「彼らと一緒にいた、あのロシア系男性ですね。事件とつながりはないように思えますが」
「わたしも同意見、ただ少し気になる……それじゃ、またあとで」
 彼はまだ何か言いたげだったが、エチカは目も合わせずに仮眠室を出る。気付かれる前に、早く一人になりたい。マトイ。マトイ。マトイ。頭の中でまだ、それが響いている。
 ああ──これだから、リグシティには来たくなかったのだ。