<meta name="twitter:card" content="summary_large_image"> <meta property="twitter:image" content="https://dengekibunko.jp/archives/010/202102/0f9509968151bddba6040f63b6017e9d.jpg"> <script> (function(d) { var config = { kitId: 'poz7nec', scriptTimeout: 3000, async: true }, h=d.documentElement,t=setTimeout(function(){h.className=h.className.replace(/\bwf-loading\b/g,"")+" wf-inactive";},config.scriptTimeout),tk=d.createElement("script"),f=false,s=d.getElementsByTagName("script")[0],a;h.className+=" wf-loading";tk.src='https://use.typekit.net/'+config.kitId+'.js';tk.async=true;tk.onload=tk.onreadystatechange=function(){a=this.readyState;if(f||a&&a!="complete"&&a!="loaded")return;f=true;clearTimeout(t);try{Typekit.load(config)}catch(e){}};s.parentNode.insertBefore(tk,s) })(document); </script> <style> p.radio { margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudrgothic-std,sans-serif; font-weight: 400; font-style: normal; font-size: 1.2rem; line-height: 2.4; } p.main{ margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudmincho-std,sans-serif; font-weight: 500; font-style: normal; font-size:1.2rem; line-height: 2.4; } .em-sesame{ text-emphasis-style: filled; -webkit-text-emphasis-style: filled; } .gfont{ font-family: ryo-gothic-plusn, sans-serif; font-weight: 300; font-style: normal; } @media screen and (max-width: 450px) { p.radio{ margin: auto 10px; font-size: 1.1rem; line-height: 2; } p.main{ margin: auto 10px; font-size:1.1rem; line-height: 2; }} </style>
第一章 機械仕掛けの相棒
1
〈ただいまの気温、マイナス七度。服装指数A、防寒対策は必須です〉
午前八時を回ったというのに、空には淡い星がまたたいていた。飛行機の中で見たサイコホラー映画が、まだ瞼にこびりついている──エチカは、ロシア北西にあるプルコヴォ空港のロータリーにいた。顎のラインに沿ったボブカットは日本人らしい濡羽色で、薄っぺらい体にまとったコートをはじめ、セーター、ショートパンツ、タイツ、ブーツの何れも黒だった。鴉の子が人に化けたのではないか、と揶揄されたことが何度かある。
ロータリーへと流れ込んでくる車は、一様にヘッドライトを跳ね上げていた。キリル文字を掲げたバスが次々と人を吐き出しては、飽きもせず吸い込んでいく。乗降客の幾人かと目が合う。彼らの氏名や職業などのパーソナルデータが、視界にポップアップ表示される──ユア・フォルマが普及して以来、一般市民はさておき、個人情報へのアクセス権限を持つ職種の人間にとって、相手が何者かは目を合わせれば分かるようになった。氏名、生年月日、住所、職業……望まずとも全て見えてしまう。
それにしても。
約束の時間から十五分が過ぎたが、ベンノは現れない。
仕方ないな。エチカはがさがさになった唇を舐めて、電話をかけることにした。
〈ベンノ・クレーマンに音声電話〉
思考をテキストに置き換えて、頭の中のユア・フォルマに指示を出す。つけっぱなしにしている片耳のイヤホンが、間抜けな呼び出し音を響かせる。どうせ出ないだろうなと思った。ベンノは電話嫌悪症なのだ。分かっていてわざわざ電話をするのは、気分のいい日は稀に応じてくれることがあるからで、ついでに言えば、毎回遅刻してくる彼に直接文句を言いたかった。
結論から言って、今日は駄目だった。タイムアウトにより、発信が自動的に切れる。直後、彼からのメッセージを受信──視界の片隅にメッセウィンドウが開く。
〈こっちはまだ入院中だ。俺が昨日のうちに現地入りしたというのは、トトキ課長の噓だよ〉
噓だって? エチカはつい眉をひそめ、
〈課長の指示で今日まで黙っていたが、俺たちのパートナー関係は解消だ〉
やっぱりか。解消自体は予想していたことだし、いつものことだから落胆も失望もない。むしろ問題なのは、トトキ課長が今日までそれを隠していたことだ。何となく嫌な予感がした。
〈俺の代わりに、そっちの支局が空港に迎えを寄越す。ロータリーで待ってろ〉
〈了解。ところで、わたしの新しい補助官について何か聞いてる?〉
エチカはそう返信したが、ベンノはもう答えない。腹立たしく思いたいところだが、こちらは彼を病院に押し込めた身だ。もともと好かれていたわけではないし、当然の対応だった。
しかし、新しいパートナーか。
気乗りがしない。何せ、誰がやってきたって長続きしないのだ。一般的な電索官は、年単位で同じ補助官と仕事をするが、エチカの場合は長くて一ヶ月程度だった。情報処理能力が飛び抜けて高いがために、誰とも釣り合わず、毎回補助官を故障させてしまう。
憂鬱な気分で、電子煙草を取り出して口に運ぶ。ニコチンもタールも含まない水蒸気の煙を吐き出そうとしたら、ユア・フォルマから警告。〈空港敷地内は禁煙です〉舌打ちを堪えて、煙草を消した。首から下げたニトロケースのネックレスをいじり、気を紛らわせる。
迎えが現れたのは、実に三十分近く経ってからのことだ。
ほとんど凍えかけていたエチカの前に、一台のSUVが停まる。上品なマルーンの車体は角張っていて、丸いヘッドライトはオフロードが好きでたまらないと言いたげだ。ついユア・フォルマで解析──ラーダ・ニーヴァ。約四十年もの間フルモデルチェンジをおこなっていない、由緒正しい血統だった。さすが、芸術都市は車のセンスも違う。
「おはようございます、ヒエダ電索官ですね?」
運転席のウィンドウが下がり、コーカソイドの若い男性が顔を出す。だが、パーソナルデータが表示されない。それだけでエチカは益々気が重くなる──この運転手は、機械仕掛けの友人だ。アミクスとは、一昔前までアンドロイドだのヒューマノイドだの呼ばれていた連中のことで、今や人間の生活に欠かせなくなって久しい。
「お待たせしてしまいましたか?」運転手は、支局のアミクスに支給される身分証明用バッジを見せてきた。「待ち合わせは、午前九時だとうかがっていたのですが……」
「こっちは八時だと聞いてた」エチカに時間を伝えてきたのはベンノなので、彼の嫌がらせだ。いつものことである。「とにかく乗せて」