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2
目的地のユニオン・ケアセンターは、ゴシック・リバイバル建築の趣ある建物だった。エチカはつい見入ったのだが、そのせいで外壁のホロ広告が反応する。ユア・フォルマがマトリクスコードを自動で読み込み、購入ページのブラウザが展開──全く、邪魔くさい。
どうにも疲れた気分で、運転手のアミクスとともにロビーに到着した。くたびれた外来患者が溢れているものの、職業に電索補助官を掲げた人間は、どこにも見当たらない。
「新しい補助官はまだ来ていないみたいだね」
エチカは鼻から息を洩らす。まあ、パートナーの遅刻には慣れているからいいが。
「やはり私から、彼のことを詳しくお話ししておいたほうがいいように思います」アミクスが今一度そう言い、「補助官は、名前をハロルド・ルークラフトと言いまして、最近市警から配属替えになったばかりです。髪はブロンドで、背は百八十センチほどの」
「だからいいって。パーソナルデータが見えるから会えば分か……」
エチカはうんざりとしながらアミクスを見上げ──初めてまともに、その姿を認めた。啞然とする。アミクスというだけで関心を捨てていたが、恐ろしく端正な外見だ。年齢設定は二十代後半くらいだろうか。ブロンドの髪はワックスでそつなくまとめられ、均一な眉、繊細な睫毛をあしらった目許、一切歪みのない鼻梁と程良い厚さの唇──小さく跳ねた後ろ髪と右頰の薄いほくろが、絶妙な人間らしさを引き出している。
どこをどう取っても、職人が魂を吹き込んだ芸術作品並みだ。明らかに量産型ではない、金のかかったカスタマイズモデルだった。
「ルークラフトの服装ですが、本日はタータンチェックのマフラーに、メルトンコートです」
エチカはまばたきもできなくなる──目の前のアミクスが、そっくりそのままの出で立ちだったからだ。有り触れたデザインのコートですら、そのすらりとした体軀を際立たせている。
「まさか……」にわかに口の中が渇いていく。「冗談でしょ?」
アミクスは穏やかに微笑んだ。胸焼けを起こしそうなほど、洗練された笑顔だった。
「先ほどは名乗らずに申し訳ありませんでした。私が、ハロルド・ルークラフトです」
アミクスは──ハロルドはそう言い、気さくに手を差し出してくる。
いや待てふざけるな。
「有り得ない。アミクスの補助官なんて聞いたことがない、きみたちの仕事はもっと雑用……」
「確かに捜査機関におけるアミクスの仕事は、証拠保管室の管理や現場の警備などで、事件捜査は人間や分析ロボットの担当です。私の肩書きも公式のものではありません」
アミクスの仕事が雑務ばかりなのは、彼らが産業用ロボットのような効率や生産性ではなく、『人間らしさ』を追求して作られた汎用人工知能だからだ──AGIが理論上の存在だった頃、これらは人間を凌駕する超知能だと恐れる学者もいた。しかし蓋を開けてみれば、彼らは『賢いけれど従順なロボット』の範疇にとどまり、人間のよきパートナーとなっている。
そんなアミクスの始まりは、パンデミック最中。英国企業ノワエ・ロボティクス社が開発した、一体のヒューマノイドだった。人工知能やロボット工学はユア・フォルマと同じく、パンデミックとともに発展を遂げた分野のひとつだ。人同士の接触を減らし、感染リスクを極限まで抑える観点から、人間に代わって働くロボットたちへの投資が進んだ。
ノワエ社は英国政府による莫大な投資を資本に、ヒューマノイドを実用化へと漕ぎ着けた。当初医療機関に提供されたそれは、人間と同じ容姿を持ち、表情豊かに振る舞った。単に与えられた仕事だけでなく、人間の求める反応──慰めや励まし、共感など──を返し、ウイルスに苦しむ患者や医療従事者の心をケアしてストレスを和らげたのだ。
のちに『アミクス』として発売されてからは、家庭から企業まで幅広く社会に普及している。今や、アミクスの扱いを巡る『機械派』と『友人派』の対立が度々問題になるほどだ。
しかし、周囲の状況を把握して柔軟に対応できるアミクスの『人間らしさ』は、一方で器用貧乏と言える。特定分野の学習深度では、産業用ロボットに到底劣るのだ。だから、専門職としての色合いが強い犯罪捜査は、アミクスよりも分析蟻などの領分だった。
なのに今、目の前のアミクスは、自分を電索補助官だと主張している。
「本当にきみが補助官だというのなら、どうして最初に自己紹介をしなかった?」
「ああ」と、ハロルドが暢気に手を引っ込める。「すみません。あなたがどんな方なのかを、しばらく観察したくて……もしや、飛行機の中では映画をご覧になっていましたか?」
「え?」確かに見ていたけれど。「それが何?」
「タイトルは、『三番目の地下室』でしょう?」
エチカは思わず目をしばたたく──正解だった。何で分かった?