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「まさか、誰かから訊いたの?」
「いいえ、誰からも。あなたはエトワールフランス航空を利用したはずです。公式サイトを見れば分かりますが、『三番目の地下室』は機内プログラムのピックアップ作品だ」
「……だから?」
「あなたのようにこだわりを持たない人ならば、もっとも目に付くピックアップ作品の中からタイトルを選ぶのが自然です。しかも職業柄、極度に刺激的な物語にしか引き込まれない。あなたの目は、瞬きの回数が減った影響で充血していますし、恐怖心を煽られて何度も舐めたせいで唇が荒れています。ですから映画のジャンルはサイコホラー、そしてサイコホラーのピックアップ作品は『三番目の地下室』だけです」
エチカはあっけにとられるしかない。「一体何なんだ、きみは……」
「思うに電索官、無頓着なところがありますね? あなたからは、電子煙草特有のフレーバーの香りがします。失礼ですが、それなりに安物の。つまり喫煙に対して特別なこだわりはなく、ただ気を紛らわすことができればいいと考えている。そういう人は大抵、生活そのものに関心がない。ファッションや恋愛にもまるで興味がなく、仕事が恋人です」
もはや言葉がなかった。絶句するエチカを前に、ハロルドは満足げな笑みを見せる。
「初歩的な人間観察です。私に捜査官としての適性があることを、ご理解いただけましたか?」
冗談じゃない──何だこれは。
確かにアミクスはコミュニケーションを取る上で、人間の感情などを把握できる。だが、ここまでの精度は異常だ。どうなっている?
エチカが困惑を隠しきれずにいると、
「ヒエダ電索官」
ハロルドが、柔らかいが有無を言わせぬ微笑みで、囁きかけてくる。
「事件解決までの間、あなたのよきパートナーでいられるよう努力します」
勘弁してくれ。補助官がアミクスで、しかもプライバシーを把握する能力があるなんて。
「その……、時間が欲しい」エチカはどうにか言った。「上司に電話をかけてくる」
〈ウイ・トトキにホロ電話〉
ケアセンターの外に出たエチカは、迷わず上司のトトキ課長にコールした。気温は先ほどと大差ないのに、どういうわけか寒さを感じない。そのくらい動揺している──ホロ電話は、正しくはホログラフィック・テレプレゼンスと言う。ホロモデルを使用することで、直接相手と会っているかのような感覚で会話できる技術であり、ユア・フォルマの機能の一部だ。
『あらおはよう、ヒエダ』
通話が繫がり、トトキ課長の姿が目の前に描き出された。鋭い目鼻立ちは、女性でありながら厳格な印象を与える。結わえた黒髪は腰に届くほどで、グレースーツは一切のしわを許さない──彼女は三十代半ばにして、電索課を束ねる我らがチームリーダーだ。トトキの肩書きは上級捜査官であり、電索官や補助官とは異なる形でキャリアを積み上げてきたエリートだった。
『リヨンが今何時か分かってる? 朝の八時よ、出勤時間』
「すみません」エチカは嚙みつきたいのを堪える。冷静になれ。「ベンノとのパートナー解消を黙っていたのは、新しい補助官がアミクスだからですね?」
『まさか。忙しくて言い忘れていただけよ』絶対に噓だ。トトキにはそういうところがある。『あなたのアミクス嫌いは知ってる。ただね、電索官はもともと数が少ない。なのにあなたは、定期的にパートナーを故障させて入院に追い込み、捜査に大穴を開ける』
「それは……」
『ええ分かってる。ヒエダと釣り合うだけの補助官がいないから、能力差に目を瞑るしかなかった私のせいでもあるわ。でも、ようやくマシなパートナーが見つかったのよ』
「それがアミクスだと?」全然マシじゃない、と言いたい。「ユア・フォルマとアミクスの人工知能は、そもそもの規格が全く違います。〈命綱〉で接続するなんて不可能でしょう」
『HSBコネクタとUSBコネクタを同時に使った、特殊な〈命綱〉を用意してある。接続可能よ』
「だとしても処理速度が釣り合いません、あっちの回路が焼き切れるはずです」
『彼は特別だから大丈夫』
「カスタマイズモデルということですね? まさかあれを、わざわざ発注したんですか?」
『彼はもともと、ペテルブルク市警の刑事部にいたアミクスよ。今回の事件を捜査するにあたって、支局に転属させただけ』本当にそうだろうか、と訝りたくなるくらい、トトキの喋り方は淡々としていた。『彼は特別なアミクスだけれど、うちが発注したわけではないし、知っての通りそんな資金はどこにもない』
「でも今、特殊な〈命綱〉を用意したと言いましたよ」
『必要な投資よ。あなたのためだけじゃない、これは将来多くの電索官にも役立つわ』
いつか、補助官の仕事をアミクスが担うようになるって? それこそとんでもない話だ。
『ヒエダ。彼の演算処理能力は、あなたの情報処理能力と釣り合う。数字が証明している』トトキは諭すような口調になり、『総会からは、あなたを切り捨てる提案もされたわ。でも私は突っぱねてきた。あなたは逸材なの。世界最年少で電索官になったのが、何よりの証拠よ』
世界最年少の天才電索官──過去に、一時ではあるがメディアが騒いだことを思い出し、苦い気分が蘇る。自分がこの仕事に就いたのは三年前。飛び級で高校を卒業したばかりの、十六歳の時だった。『天才』の響きは重たかったが、皮肉だとは微塵も感じていなかったあの頃。
初めて補助官の脳を焼き切った日に、全てが変わってしまった。
『それにこの方法なら、人間の補助官を傷つけずに済むわ』