【Pick up】歴史本のあとがき(電子書籍版)【Net files】
これはイメージ戦略の話でもあるかもしれない。
だけど実際のところ、英雄が正々堂々と怪物と立ち向かって一騎打ちで成敗するという話はそんなに多くない。
みんながイメージする英雄と違って、実際の討伐は騙し討ちも少なくない。
日本の場合はヤマタノオロチなどが酒に酔い潰されている間に成敗されているし、北欧神話では最強の雷神として知られるトールがミョルニルを奪い返すために、フレイアって女神に化けたりもしている。
本文でもいくつか紹介させていただいたが、化け物退治のエピソードは本当に面白い。そこには古今東西の民族性、もっと言えばタブーがふんだんに表れている。
例えば、敵に騙されるのは嫌なのにこちらが騙すのはアリなのか。
例えば、騙すにしてもどこまでが英雄でどこからが卑怯者なのか。
例えば、討伐に際して何をもって騙しの技を正当化しているのか。
それらを紐解くだけで世俗や文化が見えてくる。一〇〇の遺跡を巡って一〇〇〇の資料を鵜呑みにするよりも、ずっとずっと鮮烈に当時の匂いや空気が蘇ってくる。これこそまさに歴史学者の冥利に尽きるというものだ。
ただし、間違えてはいけない。
これら騙しの策謀、討伐の経緯は全て結果論に過ぎない。万端の計画といくつもの偶然が重なって、たまたま勝ちを取れたからめでたしめでたしとなっただけ。
きっと世の中には、完璧に騙されない者なんて存在しない。
だけど騙されたと気づいて怒らない者もまた珍しい。
もしも、目の前に正攻法では太刀打ちできない怪物がいたとして。
もしも、その差を埋めるために騙しの技術を使うとして。
もしも、それでも勝てなかったら?
その時は、ただ正攻法で敗北するより一層キツい、通常よりも苛烈なペナルティが待っていただろうというのも容易に予測がつく事態なのだ。何しろ騙されたと知って怒り狂う者からは、慈悲や容赦という言葉は取り除かれるはずなのだから。