【Search Engine】末路【Absolute NOAH】



 そして。

 たっぷり一時間以上もかけて死の竃の火の番をしながら、青いバニーガールは得意のマイクパフォーマンスで間を繋いでいた。避難誘導をしながらも勝敗は確定したので払い戻しは有効、無効試合にはならない旨もきちんと伝えておくのがポイントだ。

「あ、ああ、ああああ……」

 ダークエルフのセコンドを務めた中年男性がへたり込んでいた。

 化学消火剤の泡が大量に撒き散らされた虫かごの中から、ようやく黒煙が取り払われる。しかし酷い有り様だった。黒焦げの山はもちろん、あちこち爆ぜた肉の塊が散らばっている。どれが山から分離して、どれが天津サトリや井東ヘレンなのか。それはもう区別がつかない。

「ど、どうなってしまったんだ。わしの娘は一体……!?」

「さあ、どうなっちゃったんでしょうねえ」

「お前達に従えば必ず勝てると言ったじゃないか!」

「指示通りに動けば必ず敵を倒せる、の間違いです。ほら、何も残っていないでしょう?」

 もはや怒鳴り返す気力もないらしい。

 劇的な感情を呼び起こすために必要な、人生の芯。それをまとめてへし折られたのだから当然だ。

 青いバニーガールのインカムに係員からの質問があった。

『こちらはいかがいたしましょう』

「今回は引き取り手がいませんので、そうですね、『浴槽』にでも運んでおいてください」



 そうして大型トレーラーがスタジアム球場の裏手、スタッフ用搬入出口から静かに出ていく。

 ハンドルを握りながら、運転手の若い男が気味悪そうな声を出した。

「『浴槽』って具体的にどこまで運べば良いんですか」

 対して、助手席でクッキーを齧っている女があっさりと答える。

「港沿いの鉄鋼コンビナートよ。昔っから都合の悪いものは溶鉱炉にドボンか南極の地下でカチンコチンって相場が決まっているでしょう?」

「……、」

「そうそう、お利口さんにね。光十字にとって都合の悪い存在になる事は、人生にとってプラスにはならないもの」

 そのまま大型トレーラーは夜の街を進む。

 ややあって。


 ズボアッッッ!!!!!! と。

 トレーラーの引きずっていたコンテナが内側から勢い良く破裂する。



 いちいち光十字の人間を黙らせる必要もなかった。トレーラーは重たいコンテナ込みで重量バランスを支える大型車両だ。いきなりコンテナがなくなるとそれだけで制御を失い、勝手に電信柱に激突してしまう。

 一方、破裂したコンテナからいくつかの影が飛び出してきた。

 人間に、魔女に、ダークエルフ。

「……助かった」

 天津サトリは額の汗を拭いながらそんな風に呟いていた。

 黒煙と狙撃銃に狙われた彼らがとっさに逃げ込んだのは、血と肉の山と化したダークエルフ・村松ユキエの『中』だった。元々ガソリンを掛けて火だるまにされても芯まで熱が届かない事を想定していたし、強化ガラスを破るライフル弾だって、厚さメートル越えの肉の盾は貫通できない。後は死体のふりをしてスタジアム球場の外へ放り出されたら、頃合を見計らって中から飛び出せば良い。

 もちろん密閉状態の肉の中だと酸欠になるかもしれない。だが、やっぱりこの辺りも井東ヘレンの力が役に立った。簡単に言うと薬品を使って化学的(?)に酸素を生み出したのだ。元々風の魔法なんていう馬鹿げたものをストレートに使える魔女なら、そう難しい作業でもなかっただろう。

「今回ばかりは井東さんに助けられてばっかりだ……」

「わ、私だって、先輩におんぶしてもらうだけじゃないんですから」

 両手を胸の前でグーにして、小さな鼻から息を吐きながら、金髪の魔女は前のめりで言ってきた。

 小麦色の肌のダークエルフが、呆れたように前髪をいじり回しながら、

「で、これからどうするの? 光十字がこんな半端な結果を許すとは思えないけど」

「……とりあえず光十字の中で今回の一件と、井東さんの立ち位置がどうなったかを確かめないとな」

 払い戻しは有効、という事は試合結果自体は確定したはずだが、井東ヘレンが無断でスタジアムの外へ出た事に難癖をつけられた場合、『逃亡犯を射殺せよ』などという命令が出ている可能性だって否定できない。そうなると、両手を挙げて光十字の元へ戻ろうとした途端に額を撃ち抜かれる危険も。

 ではこのまま逃げ続けるか。光十字は日本国内はおろか世界一〇〇ヵ国以上に根を張る巨大組織だ。たとえ夜逃げをしたって安心はできない。そもそも大した蓄えもない少年少女達の逃避行では夜逃げどころか家出も難しいだろう。長期戦になれば光十字の捜索網に追い詰められるのは目に見えている。

 ただし、少年達も少年達で光十字のアキレス腱を掴みかけていた。

 マクスウェル以上の精度を誇る謎のシミュレータ。その本体が置いてあるであろう場所に心当たりがあったのだ。

 いきなり全世界の光十字を潰す事はできなくても、この供饗市から追い出すくらいはできるかもしれない。

 短期決戦なら勝てる見込みもある。

「とりあえず隠れよう。光十字から見つからない場所へ」

「あ、あるんですか、そんなの……?」

 懐疑的な井東ヘレンに、天津サトリは手の中のスマホを軽く振った。

「マクスウェル、一番近い出入口は?」

『シュア。一〇メートル北西に地下鉄駅への階段があります。そこから例の扉に繋がるはずです』

「僕達が入ったら扉の制御プログラムに干渉。パスロックを全部書き換えるんだ」

 首を傾げる二人の少女に、天津サトリはこう付け足す。

「確かに光十字はあちこち根を張っていて、どこに隠れていたって防犯カメラで見つかるような気がする。そんな中でも絶対に光十字がサポートしていない広大なエリアがある」

 一度立てた人差し指を、真下に下ろして、


「光十字自身が引き払った地下施設。ヤツら自身の手で装備を外したんだから、カメラやセンサーだって存在しない。サポートなんかできる訳がないのさ」