【Search Engine】返り咲く女王達【Absolute NOAH】



 そこは壁も床も冷たいステンレスに囲まれた、無機質な通路だった。『表』に出ればフランス辺りの宮殿もかくやというほど金銀財宝赤絨毯で飾り付けられた至福の空間が待っているのだろうが、彼女達には縁がない。

 かつん、こつん、という硬い足音。

 左右を黒服の係員に挟まれながら歩いているのは、長い金髪を豪快にカールさせた縦ロールの少女。グラマラスな全身を包むのは漆黒のゴスロリドレスと頭に乗った小さな帽子。

「……よくもまあ、これだけのものを用意できますね。見た目どころか漂う死の匂いさえも、あの地下にそっくり」

 声は硬質な通路を反響し、そして吸い込まれるように消えていく。係員達からの返答はなかった。だから結果として、少女の言葉は空虚な独り言になってしまった。

 軽んじているのではない。

 無機質な蛍光灯に照らされた黒服達の方こそが小刻みに震え、唇は青く色を変え、顔いっぱいに気味の悪い汗が浮かび上がっていた。

 アークエネミー・吸血鬼。

 拳銃程度の武装で安心を得るには、あまりにも遠い不死者。

「大丈夫ですよ」

 小さなほくろで飾られた美しい口元を綻ばせ、くすくすと笑って金髪縦ロールの少女は言う。

「私の牙は空気感染するようなものではありませんから、防護服など必要ありません。……それに、魂を簒奪すると決めたら騎士の鎧や耐爆スーツを着込んでいようが構わずバリボリ噛み砕いて首筋に牙を突き立てますしね」

 やはり、返答はない。

 ただただ黒服達の汗と震えが増していくばかり。光十字なら誰でも知っているのだ。今の自分達は、この美しい吸血鬼の逆鱗に触れ続けているのだと。

 その時だった。

 長い長い無機質な通路の向こうから、別のグループが歩いてきた。やはり左右の黒服と、挟まれるように一人の少女。こちらは小柄でスレンダー、体中にデタラメに傷を直したぬいぐるみのような縫い痕があるのを除けば健康的な体をスポーツブランドのジャージとジョギングウェアで覆った、黒髪ツインテールの先端だけを丸めた少女だった。

 アークエネミー・ゾンビ。

 二人の少女は通路の真ん中で向かい合う。共に扱い方次第で大陸レベルの破壊活動に手が届くとされる、集団戦闘を得意とする超国家的不死者達。

「やっぱりこうなっちゃったね、お姉ちゃん」

「ええ、まあ、テレビで大々的に処刑装置の話が流れるようになった時から、覚悟はしていましたけどね」

 彼女達は『テスト』に合格し、人間社会で生活できると約束されたアークエネミーだ。が、それもまた絶対の効力はない。言ってみれば光十字が一方的に捺した太鼓判でしかなく、その光十字の中で内紛や混乱が起きれば、ご覧の通り。約束が反故にされるリスクはゼロではない。

 ある少年は、こんな綱渡りに終止符を打つべく、たった一人で巨大組織に立ち向かった。その結果として命の危機に見舞われているなら、これは無視できない。

 無論、彼女達は互いに家族で、姉妹だ。それなり以上に尊重している。だけど同時に、彼女達はアークエネミー、不死者だ。

 血管一本千切れただけで死んでしまう少年と比べれば、まだまだ余裕はある。だから、ついつい天秤に掛けてしまう。まずは人間の家族を助けるところから始めよう。アークエネミーは頑丈だから、多少無茶を押し付けても大丈夫、と。

『コロシアム』はそんなに甘いものではないと、理解しているはずなのに。

「それじゃあ、お姉ちゃん」

「うん、アユミちゃん」

 二人は笑って、そして言った。


「「恨みっこはナシで」」


 天津エリカに天津アユミ。

 両者は決して握手などしない。

 そのまま互いにすり抜けて、背を向けて、各々の控室へと歩いていく。