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──是非、御二方を実演会に招待したい。
ハマジャックは、《救水》を受け取った後、そう言い切った。「あ、いいです」と反射的に拒否した弟子だったが、一方で師は「喜んで」と快諾してしまう。となれば、最早弟子であるサヨナに拒否権は皆無であり、二人は準備もそこそこに、『チャース・ノーヴァ国』へと招かれたのであった。
「……先生」
「何ですか、サヨナくん」
「かなり前から、考えていたことがあります」
「ほう。しかしそれは、ハマやん氏の勇姿を見届けてからでも構いませんかね?」
「いや……まあ……いいですけど」
来賓客は事前に聞いていた通り、諸国の王族や貴族、そして豪商達が殆どだった。その中で、まるで場違いなシコルスキとサヨナだったが、シコルスキは全く意に介していないのか堂々としている。流石に今日はちゃんと服を着ているので、見た目は細身の優男であるが、それでも派手な装飾品一つ身に付けていない彼は、やはり浮いて見えた。その師の影に隠れて縮こまるようにして、サヨナはぼそぼそと師に話しかける。
が、シコルスキは騎士の晴れ舞台が気になるのか──或いは、自分の道具が活かされる瞬間を見たいのか──あまり聞き入れてくれない。はあ、とため息をついて、サヨナはシコルスキの服の裾をぎゅっと握り締めた。身長差があるので、身を隠すには丁度いい──
「それにしても……本当に二度目を行うんですね。周囲の方々の視線が、何というか……猜疑心的なモノに満ち満ちていますけど」
「一度はハマやん氏も失態を犯していますからね。今回はそれを払拭し、ハマやん氏と僕の《救水》が世界へと羽ばたく日です。ワクワクが止まりませんねえ」
「……やっぱり先にわたしと話しません?」
「ははは、子供じゃないんですから、少しは我慢して下さい。後でいくらでも聞きますよ」
会場となるのは、まさかの城内──それも玉座の間だった。まさしく王の御前で、『パージ・アーマー』の性能を披露するのだ。もっとも前回披露したのは、ハマジャックの子ジャックだったわけだが──今回は違う。
試着した《救水》に対し、ハマジャックは涙を流しながら頷いたのを、シコルスキは思い出す。「新たなる境地」と、ただそれだけを、感無量の様子で彼は嗚咽と共にこぼした。
その姿をサヨナは見たくなかったので、自室でやり過ごしたのだが、その後シコルスキ邸で響いていた「フゥ!」という甲高い声は、恐らくあの《救水》の来歴を知ったことによる歓喜のものだろう。小娘相手では勃たないとは何だったのか。
ともかく、《救水》とハマジャックの相性は、シコルスキの読み通り抜群だった。まさに褐色巨乳エルフと発情期のオーク並に相性抜群であるとは、シコルスキの弁である。
「おや──王がやって来ましたね。そろそろですか」
玉座に王がゆっくりと腰掛けると、何だか儀礼的なものが始まった。いきなり披露するのではなく、ある程度茶番を挟むのだろう。随分と間延びした退屈な展開であるが、それは周囲の人間にとっても同様だったらしい。「前見た」と、そんな声がぼそりと聞こえた。
やがて、騎士の一人が声高く叫ぶと、玉座に向かって、漆黒の重鎧に身を包んだ老練の騎士──ハマジャックがゆっくりと、歩を進める。その表情は、出会った時のものとまるで同一であり、人間の持つ二面性にサヨナは若干背筋が凍った。
「たまりませんねえ。あの鎧の下に、僕らの作った《救水》が着用されているんですよ」
「さらっと私を制作者の一人にいれないでくれませんか」
ハマジャックは緊張した面持ちで、剣を王へと捧げている。その緊張はどこから来るものなのか、多分この場にいる殆どの者は分からないだろう。恐らく、今ハマジャックの鎧の中では、暴れ馬の如く《救水》がバチィィンしているのだ。今は必死でその快楽に耐えているに違いない。事情を知っているサヨナは、どこか他人事のような感覚でこの場を見守っていた。
一方、前回も出席していた者達にとっては、まさしくハマジャックの一挙手一投足が注目の的だった。特に身内からすれば、前回のそれは悪夢に等しい。あれは何かの間違いだった、そうであってくれ──声は聞こえないが、そんな想念が上空で渦巻いているような気がした。
そして────運命の時。
「我が王よ。これが、我ら『チャース・ノーヴァ騎士団』が捧げる、新たなる戦乱を切り開く未来である! しかと、見届けて頂きたい────『パージ』!」
ガチャリ、ゴトッ──次々と、ハマジャックの重鎧が分離し、身体を離れてゆく。それはさながら、黒い蛹が見事羽化するかのような、そんな神秘的なものさえ感じさせた。
──蛹から現れたのは、おっさん。
ピッチピチの《救水》が全身に食い込み、毛深き肢体を惜しげも無く披露する、おっさん。
小柄なサヨナでようやくジャストサイズだった《救水》は、あろうことかおっさんの股をビッチリ二分し、その結果ハマジャックの子ジャックを取り巻く右大臣と左大臣がもろりとはみ出て、新鮮な外の空気に触れてコンニチハしていた。
この場から言葉という言葉、声という声、音という音が取り払われたかのように思えた。圧倒的静寂……それを斬り裂くようにして響く、バチィィン。
「あふッ」
おっさんの嬌声。
「死刑」
無慈悲なる王。
「何故です、王! ハマやん氏はちゃんと服を着ているではないですか!」
しゃしゃり出る師。
「いや分かってたことじゃないですか! あれわたしで丁度いいサイズだったんですから、あのアイスマンが着たら大惨事になるってことは!」
この展開を読み切っていた弟子。
それぞれの思惑と言い分が混ざり合い、弾けるようにして場が荒れた。《救水》について知っている者は、恐らくシコルスキとサヨナ、そしてハマジャックだけだろうが、知っていようがいまいが、あの格好は完全に変態のそれだと見ただけで分かる。むしろ全裸の方が、まだ言い訳が立つほどだろう。
死罪を言い渡されたハマジャックに対し、武器を構えた騎士達が殺到する。
「王よ!! 祖国を愛し、祖国に尽くし、貴方に全てを捧げたこの私を裏切るというのか!?」
「貴公がそのような愚劣な男だとは、我が慧眼を以ってしても見抜けなかった。せめてもの慈悲だ、死後は手厚く葬ることだけは約束する。故にここで潔く死ね──ハマジャック」
とは言っているものの、ハマジャックは《救水》のせいなのか、やたらと身軽な動きでバッタバッタと騎士達を薙ぎ倒している。半信半疑ではあったが、その強さは本物らしい。ちょっとだけサヨナはハマジャックのことを見直し、そして一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「──賢勇者殿、サヨナ氏」
「うわこっちきた!」
「何でしょう、ハマやん氏」
片腕で騎士をぶん殴ってぶっ飛ばし、突き出された刃を後ろ手で掴んで止めてへし折り、「毛深い化け物」「玉揺れの怪物」と周囲の人間に叫ばれながらも、ハマジャックが二人の元へと駆け寄ってくる。その表情は悲しみに暮れていたが──しかし、何かから解放されたような、そんな満ち足りたものでもあった。
「某は、感あフん謝しているぉん。このような形ぁン、アオッ、念だが、悔いはなハァン!」
「何言ってるんですかこの人」
「《救水》がここぞとばかりに荒ぶっていますねえ」
「この礼は、いつかどこかで、必ずッア、そこッ、もっとッ」
「求め始めましたけど……」
「礼を言われる程のことは、僕には出来ませんでした。せめて、《救水》にサイズ差を付けて生産していれば──悔やんでも、悔やみ切れません」
「サイズ差っていうか……そもそもの話なんですけど、多分この《救水》って、元から男女で差があるモノなんじゃないでしょうか? 先生の作ったそれは、女性用なんだと思います」
ぼそっと指摘した弟子に対し、師は目を見開いた。元騎士は大体の敵を薙ぎ払い尽くし、どういうことかと彼女へ詰め寄る。
「どういうことオォン!」
「寄るなぁ! いやだから、最初から疑問だったんですよ! これ、男女兼用とは到底思えないんです! どう考えても、その……胸元とか股の辺りとか、男性には向いてない作りですし!」
「すいません、聞こえませんでした。胸元と……股?」
「完全に聞き取れてますよね!? つまり、そこのアイスマンを見れば分かるでしょう! 普通、男性がそれを着たら、はみ出るんですってば! そんなのおかしいじゃないですか! だからそれ、女性用なんです!」
「…………!! バカな……!?」
「バカだと思いますけど……」
《救水》には二種類存在する。男の為に作られたモノと、女の為に作られたモノ。
シコルスキはそれを知らずに、女性用を男女兼用で運用していた。結果として、ハマジャックの左右非対称が露見することになり、ようやくその事実に気付いたという皮肉。
シコルスキは膝をつき、頭を抱えるようにして落胆した。
一方、最初から言いたかったことをようやく言えたので、サヨナはちょっと満足だった。
「……ハマやん氏。僕は──」
取り返しの付かないミスをしてしまった──そう考えたシコルスキに対し、ハマジャックは片手を突き出して賢勇者の謝罪を制した。因みに空いたもう片方の手では、かつての主君だった王を平然と絞め落としている。大暴れにも程があった。
「ご安心めされよ、賢勇者殿。某は、このサヨナ氏のお下がりである《救水》をいたく気に入っている故。女性用だの男性用だの、そんなことは些事であるとは思いませぬか?」
「サヨナくんのお下がり《救水》でも……良いというのですか」
「ここぞとばかりに変な枕詞を付けないでください!!」
「むしろ──これが良い。素晴らしいお点前、感謝の極みです」
はにかんでみせるハマジャック。どちらからともなく、二人の男は固い握手を交わした。
己の間違いを認め、驕っていた自分を戒めた賢勇者。
相手の間違いを許し、その上で讃え上げた元騎士。
早く逃げないとガチでヤバイと、警鐘を鳴らし続ける弟子。
──こうして、《救水》を着た元騎士は、流浪の旅に出ることになる。いつか必ずこの礼は返すと、二人の優しき師弟に誓って。やがて「二度と現れないで欲しい」と、弟子が祈り、「多分最終話付近で出ますよ」と、予言めいたことを師は呟く。
余談だが、この騒動は一国の騎士が一人で反乱を起こし、国そのものに大打撃を与えた、歴史上類を見ない大事件として後世まで語り継がれていくのだが──
その原因の一端に賢勇者とその弟子が絡んでいることを知る者も、やはりどれだけ居るのか分かったものでは、ない。
《第一話 終》