第一話 浪漫の騎士 Romantic Warrior 5 ②

「かまうもんか、俺は風紀委員なんだぜ」

「大丈夫かしら」

「校門で張ってるのは後輩だ。なんとでもなる」


 僕は強引に藤花を連れて行った。さすがに手をつないだりはしなかったけど。

 校門のところには新刻がいた。そして何故か、その横にはこの前の金曜日に停学が解けたばかりの名物不良生徒、霧間凪がいる。

 彼女はすらりと背が高く、モデルのような美少女と噂高いが、僕には少しキツい気がする顔をしている。

 まるでタイプの違う新刻と友達というのは意外だ。二人並んでいると、下手すると歳の離れた姉妹か、歳の近い親子に見えかねない。


「あら、先輩」


 新刻は、僕の横にクラスメートの藤花がいるのにもかまわずに笑いかけてきた。


「うん」


 僕は生返事をした。


「ふうん。あんたが宮下藤花か」


 急に霧間凪が、藤花の前に立った。


「そ、そうですけど」

「オレは霧間っていうんだ。よろしく」


 何を考えたか、自分をオレと言う彼女は藤花に握手を求めてきた。


「おい、ちょっと」


 と僕が口を挟みかけたが、藤花は小さくかぶりを振って、素直に霧間の手を握った。


「どうも」


 霧間凪は、どこかブギーポップの例の表情にも似た苦笑いを浮かべると、そのまま下がっていった。

 僕らがきょとんとしていると、新刻が、


「ほら、先輩、宮下さん。早くカードを入れてください」


 とせかした。

 僕らは言われるままに手続きを終え、学校を出た。

 道は落ち葉でいっぱいである。


「この紅葉、落ちるのはきれいだけど、落ちてるのは汚いだけよね」


 藤花は靴に木の葉が付かないように、慎重な足取りで歩いていく。


「まあな。でも落ちるのは綺麗だぜ、やっぱり」

「デザイナーの感性ってやつ? それ」

「そうじゃねえけど」

「あーあ。先輩はいいわよねえ」


 藤花は、急に足で落ち葉をぐしゃぐしゃと踏みにじり始めた。


「お、おい」

「あたしなんか、今日もこれからイディオムの小テストよ。毎日毎日やんなっちゃう」


 グシャグシャと、まるでタップダンスを踊ってるみたいだ。


「そうは言うけどな」

「でも、やっぱりあたしは進学するんだから」


 彼女は僕から顔をそらしたまま、地面を踏み鳴らしながら言った。


「先輩がなんと言おうとね」

「……なんだよ、それ」


 別に反対していた覚えはない。


「だってさ、先輩は一人で、自信たっぷりにさっさと進路決めちゃって、まるであたしたちを嘲笑ってるみたいだったもの」

「おいおい、それは」


 こっちの科白だ、と言いかけたが、彼女が妙に真剣な目でいるのを見て黙った。


「結構なプレッシャーだったわ。不安に食べられちゃうんじゃないか、とか思ったりして。でも、もういい。なんかふっきれた」


 彼女は顔を上げた。

 僕はどきっとした。

 ブギーポップと同じ顔だった。


「実はね、先輩。日曜日のデートすっぽかしたの、覚えてたんです」

「……え?」

「でも、ちょっと混乱させてやりたかったんです。ごめんなさい」


 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。

 その仕草は、やっぱり藤花で、どこにもブギーポップの面影はなかった。


(まさか……)


 その彼女の不安が、ブギーポップを呼んだのか?

 それこそが〝学園に潜む魔物〟だったのか?

 だとしたら──倒されたのは僕だ。

 ブギーポップに僕が自分の不安を伝えたので、もう彼女は恐れる必要がなくなったのだろう。

〝危機〟は消えたのだ。


「…………」


 僕が立ちすくんでいると、藤花は自分の靴を見て、


「やだ、すっかり汚れちゃった」


 と言った。

 そして「バカみたい」と、へへへ、と照れて笑った。

 ブギーポップは、自分は夢を見ないと言った。笑顔も見せなかった。


「えへへ」


 明るく愛らしい藤花の笑顔を見て、僕はふいに思った。

 ブギーポップにはできない──

 笑うのは、僕たちの仕事なのだ、と。

刊行シリーズ

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ブギーポップ・パズルド 最強は堕落と矛盾を嘲笑うの書影
ブギーポップは呪われるの書影
ブギーポップ・オールマイティ ディジーがリジーを想うときの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart2の書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart1の書影
ブギーポップは笑わないの書影
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