第三章 俺ってほんと、どこにでもいる平凡なモブなんだ

 俺の名前は如月雨露。通称ジョーロ。

 俺の名前から「月」を取ると「如雨露」になる。だからジョーロ。単純な話だろ?

 容姿並……よりちょっと上。成績並……よりちょっと上。運動並……より割と上。

 何をやってもちょっぴりパッとする高校二年生の男子だ。

 中学時代も男女問わず、皆とそこそこうまくやれていたし、自画自賛ではない……はずだ。

 部活動はやってねぇけど、去年の十月から生徒会で書記をやっている。

 特に立候補などをしたわけではねぇけども、今年の生徒会長が美人だったから、副会長になった奴とそれなりに交流があったので、頼み込んで推薦してもらった。

 そいつには「単純作業で僕にかなう奴はいないんだ!」とゴリ押ししたらなんとかなった。

 世の中、案外なんとでもなるもんだ。

 ……何? 最初と自己紹介が違う?

 あんなん噓だよ。噓。ああやって紹介しとかねぇと、こっちにも色々あるんだ。

 だって、ああしないと嫌われるかもしれないじゃん? 主に……読者さんとかに。

 それって怖いし……ねぇ?

 つうわけで、心の声では本性を露にした俺だが、このキャラを外面に出すつもりはない。

 俺の学校での印象は、僕僕キャラの巻き込まれ系鈍感&純情BOYとして確立しているのだ。

 今更、こっちのキャラ(本性)を出したら全てが崩れ去る。

 故に、このままのキャラで高校生活は押し通すつもりだ。


「おっはよー! ジョーロ!」

「おはよ。ひまわり」


 いってぇな。背中を叩くな背中を。

 てめぇに叩かれると、背中にくっきり紅葉ができんだぞ?

 体育の前の着替える時間に、ジークフリートとか言われる俺の気持ちを少しは考えろボケ。


「昨日はありがとね」

「あ、うん」


 ぶっちゃけ心の中では怒りの炎が燃え盛っていたが、俺はそれを外には出さない。

 まだチャンスはあるのだ。コバンザメ作戦のためにも、好感度を落とすわけにはいかん。


「あ、あのさ……。それで、昨日のことなんだけど……」


 もじもじと言い辛そうに振る舞うひまわり。

 仕方がない。ここはポイント稼ぎも兼ねて、俺から言ってやるとするか。


「僕に任せてよ。ちゃんとひまわりの手伝いをするからさ」

「ほんと!? よかったぁ。わたし、どうしたらいいか、分からなくてさ!」


 へいへい。分かってますよ。ちゃんとお手伝いさせていただきますよ。

 ま、こっちにもちゃんとメリットはあるしな。

 しっかりと協力しておけば、もしこいつがフラれた場合、いい感じに……クックック……。

 が、協力の前に、俺の保身を優先させてもらおう。


「あ、でもその前に……」

「ん?」

「これは言っておかないといけないと思ったから言うんだけど、僕さ、コスモス会長にも同じこと頼まれてるから」

「えぇぇぇ! 何それ!」


 そっくりそのままこの台詞を返してやりたい。

 俺の状況の方が遥かに、『えぇぇぇ! 何それ!』だ。

 まぁ正直、俺もこれを言うかはかなり悩んだが、素直に言う方を選んだ。

 後でコスモスにも同じことを伝えるつもりだ。

 どっちにもいい顔をして、その後にバレてお前はどっちの味方なんだと二人に同時に責められてはたまったものではない。

 そんな愚行を俺はしない。

 先手必勝。こっちが先に情報を開示するのだ。


「土曜日にね、ひまわりと同じことを相談されて頼まれたんだよ」

「うぅー……。コスモス会長。やっぱりそうだったんだ!」


 てめぇ、気づいてたのかよ! やるな。

 俺は、てっきりコスモスが俺を好きだと期待に胸を膨らませていたよ。

 そして、膨らみすぎてそのまま破裂したわ。


「こないだ視察に来た時に、その後野球部に行くって言ってたからね! どう考えてもうちのテニスコートから野球部の練習を見に行くのは非効率なのに! それに前々からあの女、やけにサンちゃんを気にかけてたし、怪しいと思ってたんだ!」

「そ、そうなんだ……」


 それでてめぇは俺にボールをぶつけてきたのか。人を八つ当たりの対象にするな。

 本人にやれ本人に。今なら俺が許す。やってしまえ。

 ついでに声がこえぇよ。ブラックひまわりさんのご登場って感じだわ。

 ナチュラルにコスモスを

「あの女」

呼ばわりしてて俺の心はドン引き状態だぞ。


「でね。僕なんだけど、二人ともに協力するつもりだから」

「えぇ! ジョーロはわたしの味方じゃないの!?」

「もちろん味方だよ。でも、コスモス会長の味方でもある。だから二人ともに均等にサポートする。僕にだって立場はあるし、頼んできたのはコスモス会長が先だ。どっちがサンちゃんと付き合うことになっても恨みっこなし。嫌なら僕は協力しない」

「うっ!」

「それと、この話は今日学校に行ったらコスモス会長にもするつもりだから。ひまわりだけがこの事情を知っているのはフェアじゃないしね」

「えーやだぁ!」

「昨日、内緒にしてとは一言も言ってないよね? それなのに今更文句を言うのは卑怯だよ」

「ぶー!」


 ハムスターのように頰をプクリと膨らませて、「文句があります」と露骨にアピールしてくるひまわりだが、それはもう俺には通用しない。調子に乗んじゃねぇ。

 大体、俺に協力を頼んでいる時点で十分卑怯だ。

 そのまま秘境にでも行け。そこでウンバーウンバー現地人と仲良くしてろ。


「でね、ここからは今後の作戦の話だよ」

「え! 考えてきてくれたの!?」


 尻尾がこいつに付いていたら、垂れ下がっていたのがピョンと上がる感じの動きだ。

 ああ、可愛い可愛い(棒読み)。

 ちゃんとモブとして、君のために考えてきましたよぉ~っと。


「もちろんだよ」

「わぁ! ジョーロ、ありがとぉ!」


 ひまわりは俺の言葉が嬉しかったのか、俺に抱きついてきた。

 ほのかに甘い石鹼の香りが鼻孔に届き、ほんわかと心がときめく……わけねぇだろが!

 この天然系ビッチめ! 貴様の行動でどれだけ、俺が騙されたと思っている!?

 もう二度と騙されん!

 だからしばらくそのままでいろ! できればもっと密着率を上げてな!

 もっとしっかりがっしり、決して離さないように強くな!


「よっと。……それで、どうするの?」


 すぐさまパッと離れおったぞこやつ! おのれ……。これがモブの限界であったか。


「まず、ひまわりの印象を変えることから始めよう」

「わたしの印象?」

「そう。こういう場合、一番大事なのは、『まずは相手に自分を知ってもらうこと』だと思うんだけど、ひまわりはこれに関しては問題ない。サンちゃんとは中学時代からの長い付き合いだからね。けど、それがデメリットにも繫がってるんだ。今までの印象が原因で、サンちゃんにとって、ひまわりは『女の子』じゃなくて『仲の良い友達』になってる。言ってる意味、分かる?」

「うん……。サンちゃん、いつもわたしと遊んでくれるけど、ジョーロと一緒にいる時とそっくりだもんね」

「その通りだよ。だから、まずはその印象を変えよう。ひまわりを『女の子』としてサンちゃんに認識してもらうようにする。これだよ」

「ジョーロ……。すっごぉい……」

「それで一つ目の作戦だけど、今日から僕と一緒に教室に入るのはやめよう」

「へ、なんでぇ?」

「サンちゃんは、僕とひまわりを恋愛絡みで、よくからかってくるでしょ?」

「……うん」


 俺の言葉にシュンとするひまわり。まぁ、そりゃ気にするわな。

 好きな相手から別の相手に気があると思われるのは、きついだろう。


「その原因の一つは、僕とひまわりが一緒に登校しているからだと思うんだ。だからそれをやめる。ただ、学校に通うまでの道は一緒に行こう。そこで僕が考えてきたことを伝えるからさ」

「なるほどぉ! ジョーロ、さすがだね!」

「多分初めは、いきなり僕達が一緒に来なくなったら、サンちゃんが疑問を持つだろうけど、それでいい。僕達は付き合っていないということ、ひまわりも僕もお互いを異性として意識していないってことを伝えられるから。だけど、教室ではいつも通り仲良く話す。喧嘩してるって誤解されちゃうかもしれないからね。だから今日からは、あまり仲が良すぎる様子は見せない。それと、一緒に教室には入らない。学校の少し手前で別れる。わかった?」

「うん! ばっちりだよ!」


 そうかそうか。理解度が高くて助かるよ。

 なのにどうして、俺の気持ちをまるで理解してくれていないのかな?

 え? どうでもいいから? めっちゃ、むかつくな! 自爆ですけど!


「それじゃあ、今日から早速それで行こう」

「おっけー! それじゃあ学校まで……レッツダーッシュ!」


 話を聞いたひまわりは変に張り切って、俺の手を取って猛然と走り出した。

 作戦を伝えたんだから、これ以上てめぇと俺が一緒にいる意味はねぇだろが。

 いちいち俺を巻き込むんじゃねぇよ。まぁ……。遅刻はしなくていいけどな……。



 ……疲れた。学校手前でひまわりとは別れたが、とにかく疲れた。

 なんだって俺まで、あいつのランニングに付き合わされにゃならんのだ。

 まぁいい。とにかく教室に入るとしよう。

 お? ひまわりの奴、早速サンちゃんに話しかけてんな。

 なら、二人の世界を堪能してもらうとするか。モブキャラは空気を読みますよっとさ。

 というわけで俺は、二人に対して声はかけず、静かに自分の席に着いた。

 ついでに、この後の作戦でも考えるとするか。


「おーい。ジョーロ!」


 と思っていたが、サンちゃんがこっちにやってきた。作戦を考える時間はなさそうだ。


「どうしたのサンちゃん?」

「あのさ、お前とひまわり。なんかあったの? 今日、別々に来たよな?」

「いや、何もないけど?」


 当然ここはすっとぼける。

 当たり前だ。サンちゃんにこの件がバレるのは、なんとしても避けなくてはならない。

 しかし、このまま言及されるのは少しめんどくさい。

 俺はひまわりに目で合図をして、こちらに来るように促す。

 それを見たひまわりは、コクコクと頷いた。

 ……ん? 腕を広げてこっちに来てるし、さてはサンちゃんに背後から抱きつくつもりだな。

 なるほど。天然系ビッチならではの中々にナイスな作戦じゃねぇか。

 よしいけ。てめぇのBカップの破壊力を見せてやれ。


「ジョーロ、サンちゃん! ずるい…………ぞぉ! 二人で仲良く話して!」


 やらねぇのかよ! なんであと一歩のところで、ひよってんだよ!

 しかもそのままのポーズできやがった。その広げた腕をどこに収集するつもりだ!?


「お! じゃあひまわりも一緒に話すか?」

「うん! 話す話すぅ!」


 嬉しそうにピョンピョン跳ねるな! まず、自分の失敗を反省しろ!

 てめぇは今、一つのチャンスを失ったんだぞ!

 ……ったく、しゃあねぇなぁ。今度は失敗しないように、俺で練習させておくか。

 非常に遺憾で、嫌で嫌で仕方がないが、特別に俺の背中に抱きつかせて練習させよう。

 絶対にな!


「そうだ! サンちゃん、わたしね、昨日映画観たんだ!」

「へぇー。そうなのか?」


 ほう。てめぇにしては、いいチョイスの話題じゃねぇか。

 それなら

「今度はサンちゃんも一緒に行こう」と、ごく自然な流れで誘うことができるぞ。


「うん! 昨日、ジョ……」


 ぶわっかもんがぁぁぁぁ!

 何おもっくそ、俺と一緒にいたって露呈しようとしてんだ! ダメに決まってんだろが!

 んなこと言っちまったら、またいつものパターンになるって、考えて行動しろ!

 ったく、咄嗟に俺が目を見開いて、ひまわりの爆弾発言は止めたが、どうすんだよこれ?

 いきなり発言が止まったから、サンちゃんが眉をひそめてんじゃねぇか。


「ジョ? どうしたんだひまわり?」


 俺、知ーらねっと。


「ジョ、ジョ…………ジョージョエン・スカイウォーカーの演技がすごくよかったの!」


 なんだその、焼肉屋とフォースが合体したかのような俳優名は!

『ジョ』の後だったら、『ージ・クルーニー』とか、『ニー・デップ』とか、『ニー・ライデン』とか色々あんだろが。なぜ自分のオリジナリティを追及した?


「へぇ~。ジョージョエン・スカイウォーカーか。俺は聞いたことがない俳優だな」


 そりゃ、架空の人物ですから。メイドバイひまわりさんの人物ですから。

 ……ん? 何かひまわりが俺を涙目で見つめてきているぞ。これはアイコンタクトだな。

 えーっと……。なになに?


『ナントカシテ』


 無茶振りすぎるわ。もうちょっと具体的な指示をよこせ。

 ジョージョエン・スカイウォーカーに勝る話題なんて、ヒョイヒョイ出てくるかっつーの。

 が、一応、協力することになってるしな。ここでひまわりから俺への印象を下げてしまうと、こいつがくいっぱぐれた時にコバンザメできなくなってしまう。

 ならば見せてやろうではないか。モブキャラの力というやつをな。


「ねぇ、ひまわり。それって、一人で観に行ったんだよね?」

「う、うん! そ、そうだよ!」


 ここで説明しよう! 俺のこの発言には、二つの意図がある!

 一つ、『ひまわりが一人で映画に行っている』という意図。

 二つ、『その情報を俺がサンちゃんより先に知らなかった』という意図。

 これによってサンちゃんは、ひまわりに特定の男……つまりは彼氏的な存在がいないのだなと想像し、さらに、俺が自分よりも先に情報を知り得る存在ではないと理解できるのだ。多分!

 完璧なフォローではあるが、ひまわりの視線が右往左往しているのが、不安でならない。


「そっか……。ねぇ、サンちゃんは最近、映画とかは観に行ってる?」

「いや、ずっと部活ばっかだし、あんま行ってないなぁ」

「じゃあさ、今度ひまわりと一緒に行ってきたら? ひまわりって、昨日は一人で観に行ったみたいだけど、本当は誰かと一緒に映画を観に行くのが好きらしくってさ。ほら、観終わった後に感想とか言えるしね」

「そりゃ、確かにそうだな! ってなら、ジョーロと行けばいいんじゃないのか?」

「ひまわりと僕ってさ、映画の趣味が違うんだよね。サンちゃんとひまわりは話も合うし、映画の趣味も似てると思うんだ。だから、どうかなって」


 どうよこれ? 天才じゃねぇ? ジョージョエン・スカイウォーカーを吹っ飛ばした上に、完膚なきまでのパスをひまわりに放ってやったぜ。さぁ、決めちまいなひまわり!


「わたすも、サンぢゃんどいぎだい!」


 はい! 俺のサポートが木っ端微塵に砕けましたぁ!

 いったいそれは、どこの地方の方言でしょうかねぇ!?


「そ、そうか? へへ……何か嬉しいな」


 おい。まじか。奇跡が起きたわ。ここでサンちゃんが頰を赤らめたわ。

 ってことは、サンちゃんって、案外ひまわりのことまんざらでもないんだな。


「サンぢゃんに喜んでもらえるんど、わたすも嬉しいだぁ」


 うん。ひまわり地方のひまわり弁は置いておくとしても、これは良い返しだ。

 いいぞ。その無邪気さを使って、どんどんサンちゃんを攻め立てなさい。

 後のことは任せろ。俺はコスモスと幸せに過ごす。

 ……が、残念ながら、それ以上進展せず、その後俺達は三人で何気ない会話をして過ごした。

 まぁいい。こうして俺とひまわりが普通に話しているところを見せれば、俺達が喧嘩をしたわけではないとサンちゃんにバッチリ伝わるだろう。

 当初の目的は十分に果たせている。

 そして、いい情報が得られたぞ。サンちゃんはひまわりからの言葉で照れる。

 つまり女としては、意識しているってことだ。



 ……っち、もう放課後か。

 行きたくねぇけど、行かねぇわけにもいかねぇしなぁ……。

 HRが無事終わると同時に、俺は足早に生徒会室へと向かった。

 うちのクラスの担任はいい意味で適当だからな。HRが終わるのが早い。

 他のクラスよりも大分早く終わるこの時間を利用して、生徒会が始まる前にコスモスに作戦を伝えられる。

 ちなみにコスモスは、絶対最初に生徒会室にいる。

 どんな手を使っているかは知らないが、それは絶対だ。

 コンコンとノックをし、「どうぞ」という声を聞いてからドアを開ける。

 ほら、やっぱりいた。

 ノートをパタンと閉じ、ニコリと麗しく笑いかけやがって……。

 てめぇがそんな瞳を向けるから、俺が騙されるんだ! 無知は罪と知れ!


「やぁ。ジョーロ君」

「こんにちは。コスモス会長」

「そうだ。土曜日はありがとう。とても嬉しかったよ」

「いえいえ、こちらこそ」


 これが女神の微笑なんだろう。すごくよく分かる。

 がそれも土曜日まで。今の俺に効果はまるでない。じめんタイプに十万ボルトだ。


「今、コスモス会長は時間ありますか?」

「ん。そうだな。まだ開始時間ではないし、少しだけなら」


 よし。それならさっさと話を切り出そう。


「それじゃあ、土曜日の話なんですけど」


 そう言った瞬間、コスモスの体がビクンと固まった。

 すげぇな。普段からぜってぇ取り乱さないと思っていたのに、俺の一言でこれかよ。

 まさに恋する乙女だ。俺にも是非、その視線を向けてほしかった。


「な、なんだい? ここで話しても平気なのかい?」


 シュバっとノートを開き、構えるコスモス。凄まじいやる気である。

 いいやる気だ。そのやる気に応えて、俺も全力でサポートさせてもらおう。

 そしてもし、てめぇがフラれた場合はこの俺と……クックック……。

 おっと、いかんいかん。まずは保身を優先しなければ。


「まぁ誰も来ていませんし、大丈夫でしょう」

「そ、そうだね! どうせ他の者は開始時間まで来ないしね」


 その通り。

 俺はコスモスを一秒でも長く見たい、少しでも好感度を稼ぎたいから早めに来ていたが、他のメンバーはそこまで頑張ってはいない。

 早くても開始時間の五分前にしか来ないのだ。つまり、時間はまだたっぷりある。

 ま、モブキャラどもは空気をちゃんと読んでくれますよってやつだ。

 ……すでに、俺も同じポジションへと落ち着いてしまっているがな。


「ですがその前に、伝えておかなければならないことがあります」

「ん?」

「実はひまわりにもコスモス会長と同じことを頼まれました」

「なんだと?」


 それを告げた瞬間、コスモスの目が一際鋭くなった。

 うわ、こえぇ! まじこえぇんだけど!

 何か背中から黒いオーラが溢れてるよ。よし、これをダークコスモスと名付けよう。

 思わず後退りしそうになるが、ここでびびってちゃいけない。立場はこちらの方が上だ。

 コスモスはひまわりと違い、俺の力がなければほとんど進展はできない。


「日曜日にひまわりと出かけて、そこで頼まれたんですよ」

「あの小娘……。やはりそうだったか!」


 うわ、こっちもばっちり気づいてたよ。

 女って、こえぇな。しかも「小娘」呼ばわりかよ……。印象変わるわぁ。


「先日、視察に行った時に明らかに私に敵意を持っていたからね。特に私が野球部を見に行くと言った時の態度だ。露骨にふてくされて、君にボールをぶつけてきただろう? ああいった不真面目な行為をしてしまうから、その後の会議で予算カットをされてしまうのだ」

「そ、そうですか……」


 何この人、こんなに怖い人だったの? 敵に回したくねぇ~。


「それでですが、僕は二人ともに協力するつもりですので」

「そ、そんな! てっきり君は、私の味方になってくれると思っていたのだが!?」


 なめんな。そんな焦った表情をしたからって、優しくされると思うんじゃねぇぞ。


「もちろん味方です。でも、ひまわりの味方でもあります。だから二人ともに均等にサポートします。僕にだって立場はありますし、ひまわりは大切な幼馴染です。どちらかがサンちゃんと付き合うことになっても恨みっこなし。嫌なら僕は協力しません」

「うっ!」

「もちろんこの話はひまわりにもしてあります。ひまわりは了承してくれましたが、コスモス会長はどうしますか?」

「そう言われるとな……」


 一見、コスモスに決めさせているようだが、こいつに選択権はない。

 ここで俺の協力を断ったら、俺は完全にひまわりの味方になるのだから。

 そんな愚行をコスモスはしないだろう。別に断ってくれてもいいんだけどな。


「むぅ……。分かった。それでお願いするよ」


 ほらね。こうなった。


「それじゃあここからは、今後の作戦です」

「考えてきてくれたのか!?」

「もちろんです」

「ありがとう! 心強いよ!」


 いちいち手を握るな。てめぇに手を握られても何とも思わねぇっつーの。

 証拠を見せてやるから、あと三十分は離すんじゃねぇぞ!

 もっとしっかりがっしり、決して離さないように強く!


「ふぅ。……それで、どうすればいいんだい?」


 すぐさまスッと離れおったぞこやつ! おのれ……。やはり俺は所詮モブか……。


「まず、コスモス会長の印象を変えることから始めましょう」

「私の印象?」

「はい。こういう場合、一番大事なのは、『まずは相手に自分を知ってもらうこと』です。これに関してコスモス会長は、ほとんどできていない。サンちゃんとは、生徒会や部活を通じてたまに関わる程度の付き合いですからね。はっきり言ってしまうと、コスモス会長はサンちゃんにとって、『女の子』ではなく、『会長』なんです。言っている意味は分かりますか?」

「ああ。具体的に言えと言われると難しいが、要は真面目な先輩という印象なのだろう?」

「その通りです。ですから、まずはその印象を変えましょう。コスモス会長を『女の子』として認識してもらうようにする。これです」

「あ、ああ。凄いな君は……」

「つきましては放課後、サンちゃんと一緒に帰りましょう。コスモス会長にとっては嫌かもしれませんが、僕も一緒にいます。今日は寄りたいところがあるから付き合ってほしいと、彼にはすでに言ってありますので」

「そ、そこまでしてくれていたのか! いや、むしろ君がいてくれて助かるよ! 彼と二人きりに突然なってしまったら、恐らく私は緊張して何も話せない! あぁ! 今から何を話すか考えないと……」


 こらぁ~。俺の話はまだ終わってないぞぉ~。いきなりノートに色々書き始めるなぁ~。


「一応、気をつける点ですが、生徒会の業務が終わっても、生徒会室からは出ないでください」

「えっと、まずは彼の趣味を……。ん? 私が出ると不都合な点があるのかい?」

「はい。生徒会はいつも十八時頃終わります。対して野球部は十九時に練習を終えます。ただ、その間にテニス部の練習も終わります」


 そう言っただけでピクリとコスモスの眉が動いた。察しがいいことで。


「そうです。もしもコスモス会長が生徒会の業務が終わっているにも関わらず、学校に残っているのを見かけたら、ひまわりはすぐに気が付くでしょう。そして、自分もサンちゃんを待つと言ってくるに決まっています。そうでなければひまわりは大抵、部活のメンバーと一緒に帰るので」

「でも、いいのかい? 君は彼女の味方もすると言っていたが?」

「あくまでも二人とものです。ひまわりはコスモス会長とは違い普段の授業などで一緒にいるので、放課後はコスモス会長の協力をする。それ以外の時間はひまわりの協力をする。昼休みに関しては、どちらの手伝いもしません。何か行動を起こしたい場合は事前に相談して下さい。その際は協力します。何もない場合は僕も一人でやりたいことがあるので何もしません」

「分かった!」


 ま、やることなんてねぇんだけどな。

 ただ、朝も昼も放課後も他人の色恋沙汰のために、自分の時間をつぶすのが嫌だっただけだ。

 昼休みぐらいは静かに一人で過ごしたい。それだけだ。

 ……それにしても疲れた。同じことを二回喋るのってめんどくせぇな。

 ついでにひまわりと同じ反応をしすぎだコスモス。脳回路は案外似ているのか?

 だとしたら、この後に不安しか見えてこえねぇぞ……。



 さて、時刻は十九時。生徒会室にはもう俺とコスモス以外誰も残っていない。

 こないだまでなら歓喜していた状況だが、今となってはそんな気はまるでない。

 むしろ、目の前でウキウキした表情でノートを書くコスモスにむかっ腹すら立っている。


「あぁ、緊張するなぁ! 大賀君と一緒に帰れるなんて、ドキドキするよ! えーっと、まずは挨拶だな。『お疲れ様』『こんにちは』『春光うららかな今日この頃、ますますご健勝のほどお喜び申し上げます』……どれがいいだろう?」

「……最後のは、やめた方がいいと思いますよ」

「そ、そうかい? 礼儀を重んじるなら、このぐらいの方がいいと思ったのだが……」


 重んじすぎである。なぜ時候の挨拶なのだろう?


「ん?」


 その時だ、俺のスマホが振動した。連絡してきた相手はもちろんサンちゃんだ。


「あ、今練習終わった? ……うん。……うん。それじゃあ校門で」


 とりとめもない会話を終え、俺はスッと立ち上がり、コスモスに声をかけた。


「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、ああ! 分かった。その、ジョーロ君。私はどこか変なところとかはないかな?」


 髪の毛を両手で整え、引きつった笑みを浮かべるコスモス。緊張しているのがよく分かる。

 おのれ恋する乙女め。俺と出かけた時はまるで違う笑みを浮かべおって……。


「いえ、いつも通り綺麗ですよ」

「そ、そうか! ありがとう!」


 せっかく、綺麗という言葉を付け加えたのに軽くスルーされた。

 これがサンちゃんだったら、きっと茹蛸みたいに真っ赤になるんだろうな。

 どうせ俺はモブキャラですよ。けっ!



 二人で校門まで行くと、もうサンちゃんは来ていた。

 俺が歩いてくるのに気がつき、笑顔でブンブン手を振っている。


「よう! ジョーロ! 用ってなんだぁ?」

「大したことじゃないんだけどね。あ、その前に」


 俺は少し体を横に反らすことで、ビクビク縮こまったコスモスをサンちゃんの前に出した。


「コスモス会長も、今日は一緒に行くから」


 ほれ、さっさと挨拶しろ。そして、ノートはしまえ。


「春もたけなわの日和、益々のご発展お喜び申し上げます!」


 だからなんで、時候の挨拶をしてんだよ! やめろっつっただろうが!

 んな深々とお辞儀しなくていいから、普通にしてくれよ!


「あっ!」


 校門にバサっと音が響く。

 コスモスが、力強くお辞儀をしたのが原因で、ノートを地面に落としたのだ。

 まぁ、緊張してかなり手も震えてたからな。そんな気はしてた。

 何か色々とひどすぎる……が、そんなピンチをチャンスに変えるのが俺の仕事だ。


「ごめんサンちゃん。コスモス会長のノートを拾ってもらってもいいかな?」

「そのくらいお安い御用だぜ! よっと! 秋野会長、どうぞ!」

「す、すまない! ……ありがとぅ……」


 ここでも説明しよう! 俺のこの発言には、二つの意図がある!

 一つ、『サンちゃんとコスモスのきっかけ』という意図。

 二つ、『俺が自分で拾わなかった』という意図。

 これによってサンちゃんとコスモスの間にほんわかといい空気を作り、さらには俺が率先して動かないことからコスモスに対し、俺は特別な感情を抱いていないと、サンちゃんに想像させられるのだ。多分!

 完璧なフォローではあるが、コスモスが顔を真っ赤にして縮こまっているのが、問題だ。


「うぅぅぅ……。大賀君に迷惑をかけてしまったよぅ……」


 ノートを両手で抱きしめながら、俺にしか聞こえない程小さな声で、言葉を漏らすコスモス。

 うーん……。まぁ、予想通りではあるが、ひまわりの方が現状では圧倒的に有利だな。

 ただでさえ、先輩で会長という少し関わりにくい印象を持たれているのに、そこに加えてこの焦りようだ。ひまわりへの好感度が十だとすると、コスモスに対しては三ぐらいだろう。

 ったく……。いつも通りのてめぇの方が、魅力的なことくらい考えて行動してくれよ。


「じゃあサンちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」

「おう! まっかせとけ!」


 まぁ、それを今日でどれぐらいポイントを稼げるかはてめぇ次第だ。

 精々頑張んな。それなりにサポートはしてやっからよ。



 俺が二人を連れていったのは、ファーストフード店だった。

 学校から少し歩いた駅の近くに佇むMマークのバーガーショップ。マから始まる方な。

 ちょっとだけ気を利かせて、俺が二人の注文を承り、二人は席確保の役割。

 はい。二人きりの時間の完成。うまくやってくれてもいいぜ。そしたら俺は帰る。


「コーラ二つとアイスティー一つ。Mサイズでお願いします」

「畏まりました! コーラ二つアイスティー一つ。Mサイズですね!」


 店員の全力営業スマイルと飲み物を受け取り、トレーで運びながら二人のところへ向かう。

 その際に、わざと歩調を遅らせて覗き込んでみたところ……。

 うわ! あいつら、一言も話してねぇ!

 サンちゃんはいきなりコスモスと二人になって緊張しているのかそっぽを向いているし、コスモスはコスモスで、顔を真っ赤にしながらノートに何かを書いている。

 ……こりゃだめだわ。


「お待たせ。二人とも」


 俺が声をかけると同時に、二人そろってキラキラした目で俺を見てきた。

 なんだ? 俺は神の使いか? いいえ、人間です。

 飲み物をそれぞれ二人の前に置き、俺はサンちゃんの隣に座った。

 あえてサンちゃんの隣に座ったのは、俺とコスモスの関係を変に誤解させないためだ。

 気が利くだろ? これがモブキャラってやつさ。自分で言ってて悲しくなってきたわ。


「用なんだけどね、実はコスモス会長のことなんだ」

「「へ?」」


 二人そろって間抜けな声をあげる。さっきからてめぇら、息が合ってるな。

 付き合えば案外うまくいくかもしれない。よし付き合え。ひまわりは俺が幸せにしておく。


「あのね、サンちゃん。コスモス会長って、お固い人ってイメージない?」

「あ、あ~……。う~ん……」


 腕組みをして考え込んでいるサンちゃん。

 恐らくそう思っているのだろうが、本人にそれを言ってもいいのか悩んでいるのだろう。

 コスモスよ。そんなに息を飲んでサンちゃんを見つめても無駄だ。事実は受け入れろ。


「言いにくかったら、無理して言わなくてもいいよ」

「いや、それは男がすたる! 言うぜ! そうだな。秋野会長にはそういうイメージがする!」


 ズバッとそう言われたコスモスは、心をズバッと斬られたかのような仕草をする。

 その仕草はこっちとしてはかなり面白いが、本人からしたら大ダメージなのだろう。

 そしてそのまま、凄まじい勢いでノートに何かを記し始めた。

 うん。この子、結構残念な子だ。本番に弱いタイプの子だ。


「だよね。それはサンちゃんだけじゃなくて他の生徒達……。特にコスモス会長の後輩にあたる一、二年生は特にそうだと思うんだ」

「まぁ、先輩ってのもあるしなぁ」

「それでね。そのイメージを何とか払拭したいから、サンちゃんの力を借りたいんだ」

「へ? それと俺って、何か関係があんの?」


 それはね、君のことが好きだからだよ。

 とは言わずに、


「ほら、サンちゃんは誰とでも仲がいいんじゃん? それにちょうど後輩にもなるしね。だからコスモス会長とサンちゃんが仲良くしているのを皆が見れば、皆からもそういう印象がなくなるかなぁって。それにコスモス会長は実際に堅苦しいところがあるからさ。それをサンちゃんと一緒に過ごして治したいんだ」

「そうかぁ? 俺よりもっといい奴がいそうだけどなぁ」

「そんなことないよ。サンちゃんは人を笑わせるのが上手だからね。コスモス会長もきっと楽しく笑わせてくれると思うんだ。だからこれはサンちゃんが一番適していると僕は思う」

「お、何かジョーロに真顔で褒められると照れるぜ」


 俺はどんなに褒められても何も進展しないと理解していて絶望しているよ。

 ダメだ。落ち着け。負の感情に囚われるな。

 俺はモブキャラ……。俺はモブキャラ……。オッケー。精神衛生完了。


「ということでさ、サンちゃんが嫌じゃなかったら、しばらく、部活の後にでもコスモス会長と一緒にいてほしいんだけど、ダメかな?」


 どうだこのキラーパス! 素晴らしいだろう?

 こんな素晴らしいパスを送っているんだ。あとは決めるだけだぜコスモス。


「俺はいいんだけどさ、その、秋野会長は嫌じゃないか? 俺みたいな汗臭い奴と一緒なんて」

「そ、そんなことはニャァい!」


 おぅ。少女から猫さんになっちゃったよ。この子。

 しかも本人はそれに気づいてないようで、そのまま話を続けてしまわれた。


「わ、私は、この自、分のイ、メェェェ、ジをニャんとか、したいんだ。本当はもっと色、んニャ生徒達と仲、良くした、いし、大賀、君とも、もっと仲、良くニャりたい!」

「あ……うっす! 分かりました。秋野会長」


 読点の位置がおかしいぞ。読点の位置が。片言にも程がある。

 ついでに、一部山羊化まで果たしている。

 だが、最後のがナイスだ。個人名をあげて顔を赤らめながら、強く相手の目を見る。

 完璧だね。どうして俺にもそれをやってくれなかったのかな?

 ビコーズシーダズントラブミー! オーマイゴッドネス!


「ははは。サンちゃんもコスモス会長もさ、これから仲良くなるんだったらさ、そんな他人行儀な呼び方はやめた方がいいよ。サンちゃんはコスモス。コスモス会長はサンちゃんって呼ぶってのはどうかな?」


 俺、天才じゃね? もうさ、神だよね。いいえ、人間です。


「お! そうだな! それじゃあよろしく頼むぜ! コスモスさん!」

「ああ。お願いするよ……。サンちゃん」


 ようやく落ち着いたのか、コスモスが柔らかい笑みを見せた。

 うん。ナイス笑顔。やっとまともになってくれたな。


「な、なんか恥ずかしいっすね……」


 サンちゃんは、そんなコスモスを見て照れくさそうに右手で頭をかいている。

 ふむふむ。コスモスもひまわりと同様、女性としては意識されているな。まぁ当たり前か。

 コスモス、美人だし。

 この後、今後どうするかなど細かいことを三人で話し合ったけど、それはまた別の話。

 こうして二人のファーストコンタクトは成功し、俺の怒濤の一日が幕を閉じたのであった。

 あぁ、これが毎日続くと思うと、正直しんどい……。



 ──次の日。

 あ~。づがれだぁ~。やっと昼休みだぁ~。

 こんなに昼休みが待ち遠しかったのはいつ以来だろう?

 小学生の頃に、自分の好きな献立が給食にあった時以来かもしれない。

 昨日の夜は、コスモスからのやけに丁寧な謝辞に対応し、今日の朝はひまわりの今後の対策について話した。

 とりあえず二人とも、摑みはOKだろう。……摑みはな。

 ひまわり……。てめぇが午前中にやらかしたことは、とりあえず今は置いておくぞ。

 昼休みは、てめぇらからの悩みからは解放されたいからな。

 ちなみに二人に、お互いの気持ちは伝えているが、俺が何をしているかまでは伝えていない。

 だって、それだと二重スパイだろ? そこまではやらないさ。

 まぁ、なんにせよ昼休みだ。

 早々にどこかへと行かないとサンちゃんが来る。

 サンちゃんが来るということはひまわりが来る。

 ひまわりが来るということはコスモスが怒る。

 この負の連鎖を起こさないためにも、俺は教室から撤退しなくてはならない。

 しかし、どこに行こう?

 学食はどうだ? ダメだ。あそこはうるさすぎる。

 一人でいるには厳しい。周りの声で、キンキンと頭痛がしてくるほどだからな。

 よって、却下。

 屋上はどうだ? ダメだ。あそこはカップルの聖地だ。

 今も多くのカップルが、キャッキャウフフとランチを楽しんでいるのであろう。

 そんな光景を目にしてしまったら、俺は自分を抑える自信がない。

 負の感情が暴走して、アオーンって紫色の汎用人型決戦兵器の如く暴れ回る自信がある。

 よって、却下。

 となると……。まぁあるさ。一つだけあるさ。心当たり……。

 そこもすんげぇ行きたくないけど、他の二つに比べれば大分ましだし、何より静かだ。

 一匹の悪魔がいるデメリットを除いては……。

 だが、他にもう当てがない俺はそこにトボトボと向かった。

 全力で「奴がいませんように!」と、天に祈りながら。



「あら、珍しいわね」


 ドアを開けたら、背後から奴の声が飛んでくる。

 受付にいないからと安心したら、本を整理していやがった。

 三つ編み魔王のパンジーだ。どうやら俺の祈りは、完全に効果がないらしい。


「お昼休みにどうしたの?」


 また絡まれて余計なことをされたくない。さっさと読書スペースに逃げよう。

 ……ん? ありゃ、なんだ? やけにでかい密林マークのダンボールがあるぞ。

 しかも開封済みで中身は空だ。

 ……まぁいいか。ぶっちゃけ、どうでもいい。

 俺は背中を丸めて、話しかけてきたパンジーは無視してトボトボと読書スペースを目指す。

 後ろからテクテクと、パンジーがついてくるがあえてそれには触れない。

 到着と同時に、グッタリと体を机へと預けた。


「本当にどうしたのジョーロ君? いつもの貴方は、傷んだミカンの皮みたいな顔なのに、今日の貴方は、腐ったミカンの皮みたいな顔になっているわ」


 俺の様子が妙だと気づいたのか、パンジーが罵倒ついでに俺の顔を覗き込む。


「ごめん。しばらくほっといてくれないかな?」


 いちいち関わってくんじゃねぇ。てめぇと会話してる余裕なんざ、俺にはねぇんだよ。


「あら、それは貴方をいないものとして扱えってことかしら?」

「それでもいいよ」

「わかったわ」


 パンジーはそれだけ聞くと、スッとその場から去って行った。

 今日はやけに物分りがいいじゃねぇか……。んじゃ、少しばかし、昼寝させてもらうか。

 静かに……【ポン】。してくれ……【ポン】。るなら……【ズン!】。


「って、重い! 何してくれちゃってるの!」


 こいつ、いの間に戻ってきやがった! 気配が無かったぞ!

 なお、ポンポンズンの正体は、本を載せた音だ。

 パンジーの奴が、昼寝をしようとしている俺の上に次々と本を載せていやがった。


「机で本を整理していたの。沢山あるから大変なのよね。これは独り言よ」


 こいつはこの短時間で、どうやってこんなに大量の本を持ってきたのだろう?


「もう……。あんまり変なことはしないでよね……って重い! 重いから!」


 もう一度椅子に座り、昼寝を試みると、再度襲い掛かってくるブックプレス。容赦が無い。


「不思議ね。ここには誰もいないはずなのに、声だけは聞こえるわ。幻聴かしら?」

「あの……。すみません。いるものとして考えつつほっといてもらえないでしょうか?」

「嫌よ」

「どうしてそんなにほっといてくれないのでしょう?」

「貴方がいないものとして扱っていいと言ったのでしょう? おバカさんね」


 パンジィィィィィィ!


「あのぉ~三色院さん」

「菫子でいいわ」


 眼鏡をクイっといじりながら、ジッとこちらを見てくんじゃねぇ。

 前にその要望に従った時、てめぇが何を言ったか思い出しとけ。


「いや、三色院さん」

「……いじわるね」

「あのさ、僕ね。今、すごく疲れてるんだ。だから一人でゆっくりさせてほしいんだけど……」

「朝は幼馴染、放課後は生徒会長の恋のお手伝いをしているものね。確かに疲れると思うわ」

「……え?」


 こいつ今、何て言った?


「分かったわ。私には大賀君に貴方の秘密を伝えるぐらいしかできないけど、頑張ってみるわ」


 そう言ってパンジーは立ち上がり、クルリと背を向けて歩き出した。


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 俺は大きな声をあげ、慌ててその背中を追い、ガシッと思い切りパンジーの肩を摑んだ。

 この図書室に誰もいなくて本当に良かったと思う。そのくらいでかい声だった。

 パンジーはこちらを向くと、いつもの無表情のままジっと俺を見ている。


「何で、知っているのかな?」

「何を?」

「だから、その……さっき言ってた……」

「はっきりしない人は嫌いよ」


 ややムスッとした表情。怒りたいのはこっちの方だ。


「別に君に嫌われても、全く問題ないんだけど」

「ひどいわ。もうお嫁に行けない」

「そんなに!?」

「それで何かしら?」


 再度、眼鏡をクイ。俺の恐怖はグイっと上がる。


「いや、どうして君が、ひまわりとコスモス会長の件を知ってるのかなぁって……」

「ああ。それね。確か土曜日に秋野先輩に、日曜日に日向さんに相談されていたわよね?」

「そこまで詳細を!?」

「簡単な話よ」

「う、うん……」


 パンジーの淡々とした声に恐怖を覚え、俺は咄嗟に視線を逸らす。

 すると窓に映ったパンジーが、視線を下にしてスカートの裾をギュッと握り締めているのが確認できた。こいつ……緊張してんのか?



「私、貴方をストーキングしているもの」



 …………はい?

 聞いた瞬間、俺の頭の中に「ストーキングしているもの」

がエコーになって鳴り響いた。

 それ、確かに緊張しながら言う台詞だけど……そうじゃないよね!?

 なんでパンジーが俺をストーキングしてんの? 意味が分からんのだが……。

 いやしかし、やばいことだけは分かったぞ。これは沼だ。しかも底なし沼だ。

 一度入ったら抜け出せず、ズブズブと全身が埋まり、窒息死する危険な沼だ。

 よし。逃げよう。可及的速やかに逃げよう。これ以上聞くのはまずい。


「そ、そっかぁ! 三色院さんは僕をストーキングしてたのかぁ! それじゃあ仕方ないね! じゃ、そゆことで!」


 シュビッと手を上げ、クルッと体を反転。即座に競歩を開始した。

 逃げていいんだ。逃げていいんだ。逃げていいんだ。


「逃げたら、全部言っちゃおうかしら?」


 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。

 チラリと背後を確認していると、淡々と手招きをしている使徒が一人。

 誰か……。まごころを俺にくれ。


「ワンちゃん、こっちに来なさいな」


 死刑台に連れていかれる死刑囚の気持ちがよく分かった。

 抗えない絶望とは、なんと辛いのだろう……。

 俺はパンジーの元へ、肩をズンと落とし、トボトボと戻っていった。

 何でこいつは俺ばっか……。いつもいつも……。


「ジョーロ君」


 死神は俺の名を呼ぶと、すっと距離をとり、とある物へと腰掛けた。


「……へ?」


 それが目に入った瞬間、俺はフリーズした。

 ここは図書室。屋外ではなく、皆が本を読み、借りる場所。それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな場所になぜ……………………ベンチがある?


「ネットショップで販売されていたの。レビューには、とても座り心地が良くて、皆からも大好評と書いてあったわ。六四八〇円もしたんだから」


 そんなこと、まるで聞いてないよ?


「えっと……。まずは、隣に座ってくれるかしら?」


 というかこの状況……ま、まさか……!

 まずいぞ。だったら絶対にこいつの言うことを聞くわけには──


「座らないと、色々言っちゃうかもしれないわね」

「はい。分かりました」


 問答無用とはまさにこのこと。俺はパンジーの指示に従い、悲壮感たっぷりに座った。

 せめてもの抵抗でパンジーの左側に座ろうとしたら、容赦なく右側に座らされた。

 だが、指示に従っても、パンジーの言葉が続くことはない。

 間違いねぇぇぇぇ! アレだぁぁぁ! 輪廻ったぁぁぁ!

 パンジーは胡散臭く視線を泳がせ、やや楽しげに自分の髪の毛をクリクリといじっている。

 恐ろしいまでに、可愛くない。


「あのっ……。ふぅ……」


 甘い吐息を吐くな。おぞましい。


「実はね、私、好きな人がいるの」


 はいはい。分かった分かった。サンちゃんねサンちゃん。

 知ってるよ? 俺をストーキングしてて、俺のことをやけに知ってるけど、サンちゃんなんでしょ? 分かってる。分かってるから安心して、口を閉じろ。


「その人のことを考えると、胸が苦しくなって、毎日会えるだけで本当に幸せなの。だから、自分勝手だと思うけど、口実を無理やり作って会いに行っているのだけど……」


 へぇ~。そうなんだぁ~。ジョーロ、びっくりぃ~。

 そう言えば前々から、たまにうちの教室を覗いてたよね。サンちゃんをこっそり見てたんだよね。俺が廊下に出ると、絶対話しかけてきたのは、サンちゃんが好きだからだよね。

 もうこの子ったら、大胆なんだからぁ~。ほんと、ダイターンな子なんだからぁ~。


「私ね……」


 そして、パンジーの顔が近づいてくる。ゆっくりと、それでいて確実に。

 まさに恋する乙女の表情だ。なんと恐ろしい顔だろう。不動明王より怖い。

 そして、互いの吐息がかかる距離まで近づくと、パンジーはグッと瞼を閉じた。

 サンちゃん! カムヒアァァァ!



「ジョーロ君が好きなの」



 …………そこはサンちゃんで来てくださいよぉ! どうしてそこだけ裏切っちゃうかな? どうしてこうも見事に定番イベント起こしちゃうかな? ひまわりは違ったじゃん! あれだけサンちゃんじゃない感出してサンちゃんだったじゃん!


「きっかけは──」

「オッケー! 皆まで言わなくていいよぉ!」


 これ以上聞きたくなかったので、俺はとにかく気合でパンジーの言葉を止めた。

 もういいって! お腹いっぱいだって! ほんと、勘弁してください!

 そんな泣きそうな顔の俺に、パンジーは不機嫌さを滲み出す表情を見せた。


「その喋り方……嫌よ」


 はぁ? こいつ何言ってんの?


「本当の貴方が、私は好き」


 三つ編みを揺らし、微笑をチラッと覗かせるパンジー。

 本当の俺? 本当の俺って言うとアレか?

 僕僕キャラじゃなくて、今のいい感じにクソ野郎感出しているこっちの俺か?


「そうよ」


 おいこら。ナチュラルに心を読むな。


「あ、あのさ、三色院さん」

「その喋り方で話すなら、言っちゃおうかしら?」

「うぐ!」


 いたずらめいた瞳のパンジー。ほんのわずかに唇の端を上げる仕草。

 いと惜しいね。これが美人だったら愛おしいのに。いや、本当は気づいてねぇんじゃ──


「私が話したいのは、ハイドよ」


 そう言ってパンジーが俺に見せてきた本は『ジキル博士とハイド氏』だった。

 こいつ……。まじで気づいてやがる……。

 ってか、それで俺を好きとは、申し訳ないが頭がおかしいと思う

(以前から思っていたが)

 まずい……。完全に詰んだ。

 俺の現状も本性も知ってるなんて、何を要求されても逆らえない。

 いや、命に関わることだったらさすがに逆らおう。

 よし。もういい。覚悟は決めた。


「……目的は何だよ?」


 素の話し方に切り替えると、パンジーがパァッと達成感の溢れる輝きに満ちた笑みを見せた。


「キモッ! いってぇ!」


 言ったと同時に、ものすごい速度で足を踏みつけられた。


「正直すぎるのはどうかと思うの」


 暴力を振るうのはどうかと思うの。


「私の目的ね」

「いつつ……。そうだよ。言っとくが俺は、てめぇと付き合うつもりなんかまるでねぇぞ」

「私もよ」

「はぁ? てめぇは俺を好きなんじゃねぇのか?」

「そうよ」


 パンジーは、やけにハッキリとした口調で肯定をした。


「だったら、俺と付き合ったり、キスしたり、他にも……なんだ……色々したいんじゃねぇの?」

「セックスと言わなかった点は、評価するわ」

「ねぇ、オブラートって言葉知ってる? 俺が言い辛くてオブラッたのに、君がオブラんないと意味ないんだよ?」

「そういうことではないの。ただ、知っておいてもらいたかっただけ」

「知らせてどうすんだよ?」

「…………っは!」

「考えてないんかい!」


 俺の指摘が図星だったのか、パンジーがプイとそっぽを向く。

 なんなんだこいつはさっきから! こいつって、こんなに考えなしの奴だったのかよ!


「後のことを考えたわ」

「はぇぇな!」


 人差し指をピンと天井に向けるパンジー。ほんのりと頰が朱色に染まっているように見える。


「とても素敵なことよ」

「嫌なら嫌って言ってもいいのか?」

「構わないわ」

「へぇ……」

「ジョーロ君、朝は日向さんと一緒にいて、放課後は秋野先輩と一緒にいるのよね……。なら、お昼休みはここに来て、私と一緒にお喋りしましょう」


 パンジーが体を僅かに反らし、読書スペースへと手を向ける。


「嫌だ」

「だめよ」

「嫌って言っていいって言ったよな?」

「許可するとは一言も言ってないわ」

「て、てめぇ!」

「貴方にとってもメリットがあると思うわ。ここなら静かに過ごせるし、誰にも聞かれない。それだけでも、とても素敵じゃない?」


 確かにこれに関してはパンジーの言う通りだ。昼休みの図書室には、ぶっちゃけ人なんてほとんど来ない。さらにもう一つ、密かな利点があるのだ。


「それに、隠れるのにも便利でしょ?」


 その通り。この図書室は隠れることのできる場所が多い。長机の下や、本棚の間など、もし俺にとって厄介な人物が来たとしても、すぐに隠れてやり過ごせる。


「そりゃ、そうだけど、てめぇといる時点で、マイナスの方がでかくなるな」

「ジョーロ君は私が嫌いなのね」

「ああ。それもかなり」

「噓をつかない人って私、好きよ」

「俺もそれには同意見だ」

「両想いね」

「ポジティブシンキング過ぎるわ!」

「違うの?」


 パンジーがキョトンと首を傾げ、俺の苛立ちがより募る。


「まるっきり違うわ! 言っとくが、俺はてめぇとキスしたいとかそういった感情は、これっぽっちねぇからな!」

「私もよ……。両想いね」

「話を戻すな!」

「そろそろ昼休みが終わるわ。また明日」

「あ、おい!」


 パンジーはベンチから立ち上がり、荷物を持つ。

 そしてテクテクと図書室の出口を目指すと、途中でピタリと歩を止めた。


「…………これでも、すごく恥ずかしかったんだから」


 最後にそう言うと、パンジーはそそくさと図書室を去っていってしまった。

 はぁ……。なんでこうなんだ? なんで……。よりにもよって、てめぇなんだ?

 コスモスはダメ。ひまわりもダメ。

 俺なりに色々努力をしてきた。皆に好かれようと頑張ってきた。

 だってのに……。


 俺を好きなのはお前だけかよ……。

刊行シリーズ

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俺を好きなのはお前だけかよ(16)の書影
俺を好きなのはお前だけかよ(15)の書影
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