序 章 幻想殺しの少年のお話 The_Imagine-Breaker. ②

「あの、それな? お前が三二万八五七一分の一の才能の持ち主なのは良く分かってるけどさ、長生きしたかったら人を見下すような言い方やめた方がいいぞ、ホント」

「うっさい。血管に直接クスリ打って耳の穴から脳ちよくで電極ぶっ刺して、そんな変人じみた事してスプーンの一つも曲げられないんじゃ、ソイツは才能不足って呼ぶしかないじゃない」

「……、」


 確かに、学園都市はそういう場所だ。


『記録術』とか『暗記術』とか、そんな名前でごまかして『頭の開発』を平然と時間割りカリキユラムに組み込んでいる場所、それが学園都市のもう一つの顔だ。

 もっとも、学園都市に住む二三〇万もの『学生』すべてが訳でもない。全体で見れば六割弱が、脳の血管れるまで気張った所でようやくスプーンが曲がる程度の、まったくもって使えない『無能力レベル0』ばかりなのだ。


「スプーン曲げるならペンチ使えば良いし火が欲しければ一〇〇円でライター買えば良い。テレパシーなんてなくてもケータイあるだろ。んなに珍しいモンか、超能力なんて」


 と、これは学園都市の身体検査で機械センサーどもに『無能力つかえないらくいんを押されたかみじようの言葉。


「大体、どいつもこいつもおかしいんだよ。おれ達の目的ってな、じゃなかったっけか?」


 対して、学園都市でも七人しかいない『』の少女は唇の端をゆがめて、


「はぁ? ……ああアレね。何だったかしら、確か『人間に神様の計算はできない。ならばまずは人間を超えた体を手にしなければ神様の答えには辿たどり着けない』だっけ?」


 少女は鼻で笑った。


「───は、笑わせるわね。一体何が『神様の頭脳』なんだか。ねえ知ってる? 解析された私のDNAマップを元に軍用の妹達シスターズが開発されてるって話。どうやら、目的よりも美味おいしい副産物だったみたいじゃない?」


 と、そこまでしゃべって、唐突に少女の口がピタリと止まる。

 音もなく、空気の質が変わっていく感覚。


「……ていうか。まったく、強者の台詞せりふよね」

「は?」

「強者、強者、強者。生まれ持った才能だけで力を手にいれ、そこに辿り着くためのつらさをまるで分かってない──マンガの主人公みたいに不敵で残酷な台詞よ。アンタの言葉」


 ざザザざザざざ、と鉄橋の下のかわが、不気味なぐらい音を立てる。

 学園都市でも七人しかいない超能力者、そこに辿り着くまでにどれだけ『人間』を捨ててきたのか……それをにおわせる暗い炎が言葉の端にともっている。

 それを、上条は否定した。

 たったの一言で、たったの一度も振り返らなかった事で。

 たったの一度も、負けなかった事で。


「おいおいおいおい! 年に一度の身体検査見てみろよ? 俺の能力レベルはゼロでお前は最高位レベル5だぜ? その辺歩いてるヤツに聞いてみろよ、どっちが上かなんて一発で分かんだろ!」


 学園都市の能力開発は、薬学、脳医学、大脳生理学などを駆使した、あくまで『科学的』なものだ。一定の時間割りカリキユラムをこなせば才能がなくてもスプーンぐらいは曲げられるようになる。

 それでも、かみじようとうは何もできない。

 学園都市の計測機器が出した評価は、まさしく『無』能力だった。


「ゼロ、ねえ」


 少女は口の中で転がすように、その部分だけ繰り返した。

 一度スカートのポケットに突っ込んだ手が、メダルゲームのコインをつかんで再び出てくる。


「ねえ、超電磁砲レールガンって言葉、知ってる?」

「あん?」

「理屈はリニアモーターカーと一緒でね、超強力な電磁石を使って金属の砲弾を打ち出すかんさい兵器らしいんだけど」


 ピン、と少女は親指でメダルゲームのコインを真上へはじき飛ばす。

 ヒュンヒュンと回転するコインは再び少女の親指に載って、


「────


 言葉と同時。

 音はなく、いきなりオレンジ色に光るやりが上条の頭のすぐ横を突き抜けた。槍、というよりレーザー光線に近い。出所が少女の親指だと分かったのは、単に光の残像の尾がそこから伸びているのが見えたからだ。

 まるでかみなりのように、一瞬遅れてごうおんが鳴り響いた。耳元で巻き起こる空気を破る衝撃波に、上条のバランス感覚がわずかに崩れる。ぐらりとよろめいた上条は、チラリと背後を見た。

 オレンジの光が鉄橋の路面に激突した瞬間、まるで海の上に飛行機が不時着するみたいにアスファルトが吹っ飛んだ。向こう三〇メートルに渡って一直線に破壊の限りを尽くしたオレンジの残光は、動きを止めても残像として空気に焼きついている。



 鉄とコンクリートの鉄橋が、まるで頼りないり橋のように大きく揺らいだ。ガギ! ビシ! とあちこちで金属のボルトが弾け飛ぶ音が鳴り響く。


「……………………ッ!!」


 上条は、全身の血管にドライアイスでもぶち込まれたような悪寒を覚えた。

 ゾグン、と。得体の知れない感覚に全身の水分が汗となって蒸発するかと思った。


「───て、メェ。まさか連中追い払うのにソイツ使ったんじゃねーだろうな……ッ!!」

「ばっかねぇ。使う相手ぐらい選ぶわよ。私だってやみに殺人犯にはなりたくないもん」


 言いながら、少女の茶色い髪が電極のようにバチンと火花を散らす。


「あんな無能力レベル0───追い払うにゃコイツで十分でしょ、っと!」


 少女の前髪からつののように青白い火花が散った瞬間、

 やりのごとく一直線にかみなりが襲いかかってきた。

 ける、なんて事ができるはずがない。何せ相手はの髪からほとばしる青白い雷撃の槍。言うなれば黒雲から光の速さで落ちる雷を目で見て避けろと言うのと同じだ。

 ズドン!! という爆発音は一瞬遅れて激突した。

 とっさに顔面をかばうように差し出した右手に激突した雷撃の槍は、かみじようの体内で暴れるのみならず、四方八方へと飛び散って鉄橋を形作る鉄骨へと火花をき散らした。

 ……、


?」


 言葉こそ気軽なものだが、少女は犬歯をき出しにして上条をにらんでいる。

 周囲に飛び散った高圧電流は橋の鉄骨を焼く威力だった。にもかかわらず、直撃を受けた上条は右手が吹き飛んだりしていない。……どころか、火傷やけど一つ負っていない。

 


「まったく何なのよ。そんな能力チカラ、学園都市の書庫バンクにも載ってないんだけど。私が三二万八五七一分の一のなら、アンタは学園都市でも一人きり、二三〇万分の一のじゃない」


 忌々しげにつぶやく少女に、上条は一言も答えない。


「そんな例外を相手にケンカ売るんじゃ、?」

「……、それでもいっつも負けてるくせに」


 返事はひたいから飛び出す『雷撃の槍』を使い、音速を軽く超える速度で襲いかかってきた。

 だが、それはやはり上条の右手にぶち当たった瞬間、四方八方へと散らされてしまう。

 さながら、水風船でも殴り飛ばすように。

 幻想殺しイマジンブレイカー

 一般的にはテレビの笑い者──そして学園都市このまちの中では数式の確立された超能力。その『異能の力』を使うモノなら、それがたとえ神様の奇跡システムであっても問答無用で打ち消す異能力。

 それが異能の力であるならば、少女の超能力『超電磁砲レールガン』にしたって例外はない。

 ただし、上条の幻想殺しイマジンブレイカーは『異能の力』そのものにしか作用しない。簡単に言えば、超能力の火の玉は防げても、火の玉が砕いたコンクリの破片は防げない。効果も『右手の手首から先』だけだ。他の場所に火の玉が当たれば問答無用で火だるまである。

 なので、


(死ぬ! ホントに死ぬ! ホントに死ぬかと思った! きゃーっ!!)


 上条とうゆうしやくしやくの顔をビキビキ引きつらせていた。たとえ光の速度の『雷撃の槍』を完全に打ち消す『右手』を持っていても、『右手』にぶつかったのは完全にただの偶然なのだ。

 内心で心臓をバクバク言わせながら、上条は必死にオトナな笑みを取りつくろってみる。


「なんていうか、不幸っつーか……ついてねーよな」


 かみじようは今日一日、七月十九日の終わりをこう締めくくった。

 たった一言で、本当に世界のすべてに嘆くように。


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