ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―

第一章 「香蓮の憂鬱」

 小比類巻こひるいまき香蓮かれんが現実の世界に戻ってきたとき──、

 壁に掛かっている薄いデジタル電波時計は、2026年1月18日・日曜日・17時49分を示していました。

 他には誰もいない、マンションの一室でした。六畳の寝室に、スライドドアで隣接する十畳のリビングを備えた、ゆったりとした部屋です。窓の外は日没後で暗く、天井からぶら下がるLEDライトが、薄く常夜灯を光らせています。

 壁紙は、どちらも落ち着いた白。リビングの床には、毛足の長いクリーム色の絨毯がしかれ、中央には大きめのローテーブルと、クッションがあります。部屋の隅には、大きな姿見。

 壁に走る本棚には、教科書と参考書がきっちり教科ごとに並べられていました。家主の性格が窺える、整然と片付けられた空間でした。

 スライドドアが開かれて今はリビングと一体化している寝室には、木製のローベッドが置かれていました。広い洋服ダンスが、窓の反対側の壁に据え付けられています。

 香蓮が、ベッドから上半身を起こしました。頭に装着し目を覆っていた、ゲーム世界へ五感の全てを持っていってくれる機械──、《アミュスフィア》を取り外すと、丁寧に枕の右脇に置きました。

 ペールイエローのパジャマ姿で、香蓮はベッドの左脇へ両足を下ろし、左手を壁際に伸ばしました。そこにあるセンサーが感知して、部屋の電気がじわじわと明るくなっていきます。

 目が明るさに慣れるまで5秒ほど待ってから、香蓮はゆっくりと立ち上がりました。素足でペタペタと二歩進み、寝室からリビングに移動しました。姿見の脇にある洋服掛け。そこに、〝洋服ではないもの〟が一つ、掛かっていました。

 香蓮はそれを手に取ると、姿見と向き合い、


「…………」


 そこにいる、不機嫌そうな自分を見るのです。

 黒く長い髪の、身長183センチという長身の女を。

 手にしている黒いプラスチック製のエアガンが──、さっきまで胸に抱えるように持っていたP90が、とても小さく見える自分を。

 香蓮の口が、ゆっくりと動きました。


「スクワッド・ジャム……。どーしよ。チームで対人戦闘かあ……。気が進まないなあ……」



          *     *     *


 小比類巻香蓮は、何一つ不自由せずに育ちました。

 青森県出身の両親は、移り住んだ北海道で商売を興し、一代で成功を手に入れました。子宝にも恵まれ、二人の男の子に二人の女の子、そして数年後の2006年4月20日に、末っ子として香蓮が生まれたのです。

 北の大地の裕福な家庭で、両親、そして年の離れた四人の兄姉に蝶よ花よとかわいがられながら成長した香蓮は──、成長しすぎたのです。身長が。

 小学三年からぐいぐいと伸び始めた身長は、卒業時には、170センチを超えていました。これ以上長身になりたくないという香蓮の願いなど、神様はまるで聞き入れてくれませんでした。

 結局、中学時代も成長を続けた身長は、十九歳の今現在、183センチ。外国だったら、そういう女性もたくさんいるでしょう。でもここは、日本です。

 親兄姉や親しい友人達は香蓮の気持ちが分かっているので、身長のことは一切口にはしませんが、世間の人達はそんなに優しくはありません。

 中学時代も高校時代も、やりたくもない運動部からは無駄な勧誘を次々に受けました。ただ適性がある、というだけで、本人の意思を尊重しない勧誘には辟易しました。

 町を歩けば、〝大女〟だとさんざん揶揄されて、わざと聞こえるように悪口を言う輩も本当にたくさんいました。

 そしてこれは、どんなに嘆き悲しんでも、最早どうにもなりません。

 思春期からの長身コンプレックスは、彼女の内面を変えました。幼い頃は天真爛漫で、快活を絵に描いたような、ときに男の子と間違えられるような女の子だった香蓮は、近しい人以外とはほとんど会話もせず、読書や音楽鑑賞に籠もる、すっかり内向的な性格になりました。

 少しでも女の子らしくあろうと黒髪を伸ばし始めましたが、それで何かが変わるわけでもなく、切るタイミングを逸して、毎朝一つにまとめるのが大変になっただけでした。

 大きな身長は、着る服も選びます。

 香蓮は女性らしいファッションを全て諦めて、ラフで簡単な服装ばかり選ぶようになりました。

 1年前、香蓮は高校を卒業して、東京にやって来ました。地元の大学に実家から通うはずが、ダメ元で受けた日本有数のお嬢様学校に受かってしまったからです。両親は猛烈に喜び、一番上の姉夫婦が住んでいる都内の高級マンションの部屋を借りてくれました。

 2025年の4月から、少しは何かが変わるかと思って、香蓮は東京の一人暮らしを始めました。

 名門女子大に通い始めた香蓮を待っていたのは、やっぱり楽しくない現実でした。

 さすがに歳が歳なので、あからさまに身長で揶揄されることはなくなりましたが──、香蓮には、やれファッションだサークルだデートだと青春を謳歌するような〝普通の女子大生ライフ〟は、向いていなかったのです。

 しかもこの大学では、ほとんどの学生が幼年部や初等部からエスカレーター式で上がってきた者達です。結局、期待していたような、心を許せる友達はできませんでした。もちろん、内向的な性格が邪魔をして、こちらから積極的に話しかけるようなことをしなかった香蓮にも原因はあるのですが。

 香蓮は、講義にはしっかりと出て、一人で昼食を食べて、休み時間はヘッドフォンを耳から離さず、マンションに戻り、部屋で一人で過ごす毎日を送りました。

 他人との交流は、家族と地元の友人くらい。談笑ができるのは、時々夕食に呼ばれる姉夫婦と姪っ子だけ。アルバイトは両親から禁止されています。ただし、その分、使い切れないほどの仕送りがありますが。

 もう少し社交的にならないと、人付き合いの方法すら忘れてしまうかもしれない──、

 そんな危惧すら抱いていた香蓮は、夏休みの里帰り中に、ぼんやりとインターネットでニュースを見ていて、一つの記事に目を奪われました。

 見出しはこう──『ヴァーチャルリアリティ(VR)オンラインゲーム、復活から隆盛へ。別の人生を楽しみたい人々の欲求は止まず』


 頭に特殊な器具を取り付け、脳と電気信号をやりとりすることで感覚を得て、まるで本当にそこにいるかのように、五感の全てを使って体験できる──、それがVR技術。

 このフルダイブ技術を使い、多人数がインターネットを介して一斉に参加できるゲームにしたのが、VRゲームです。

 存在そのものは、香蓮も知っていました。

 知らない人など、多分いません。3年前の2022年、香蓮が高校一年生の年の11月に、日本はおろか、世界中を揺るがす大事件になったものですから。

《ソードアート・オンライン》──略称SAO。

 そう名付けられた世界初のVR・MMORPG

(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)

は──、

 一人の天才開発者の悪意によって、恐ろしい牢獄になってしまいました。

 正式サービス開始当日にログインしていた一万人のプレイヤーが、そのVR世界に閉じ込められたのです。

 彼等は、ゲームから自発的に出ることができなくなりました。

 それだけではありません。ゲーム内でキャラクターが死ぬと、または現実世界で誰かが、プレイヤーが頭に付けた機械を強引に外そうとすると、脳を焼き切られてプレイヤーが本当に死ぬという、文字通りの〝デスゲーム〟を強いられたのです。

 事件直後は連日のニュースになりましたが、救出方法がつかめないまま、時は過ぎていきました。新しい死者が出る度に、報告にも似たニュースが流れるだけになりました。

 やがて、かけがえのない誰かが囚われている人達を除いて、じんわりと、人々から忘れ去られていきました。

 2年後の2024年11月、香蓮が大学受験で猛勉強をしていたとき、SAOは再びニュースになりました。デスゲームに囚われていた人達が解放されたという、明るいニュースに。

 しかし、結果的に四千人ものプレイヤーが命を落とし、SAOは〝世界で最も人を殺したゲーム〟として、燦然と輝くことになってしまったのです。

 もうこんな危険なゲームはなくなる、そう思ったのはVRゲームが好きではない人間だけでした。まだ人々が囚われている間から、〝今度は安全〟という新型の機械が発売され、新しいゲームが発表されていたのです。

 記事は告げていました。


『2025年の夏現在、VRゲームの数はなおも増加を続けている。当然プレイヤー人口も急増し、その隆盛は、遠からぬ過去にあんなおぞましい事件があったことなどみんな忘れてしまったかのようだ。

 五感で楽しめるゲームは今まで以上の仮想現実をもたらし、〝別の自分〟を簡単に楽しめるが、それは本当にその人に人間的な成長や真の幸福をもたらすのだろうか? 五感で何かを感じたければ、パソコンを捨てて生身で外に出ればいいではないか。かつて子供達が山野で元気に遊んだように。

 本当の痛みを感じることもできず、架空世界に慣れた若者達は、やがて大人の想像もつかないような犯罪を起こす可能性はないだろうか? 冷静な議論が待たれている』


 とまあ、記者の偏見と嫌悪感に満ち溢れた、真っ向からVRゲームに批判的な記事でしたが、


「〝別の自分〟……」


 香蓮には、真逆のインパクトを与えてしまいました。

 香蓮は思いました。

 ゲームの中で別の自分になれば、少しは積極的に他人とコミュニケーションが取れるかもしれない。それが、現実世界でのリハビリのような効果を持つかもしれない、と。

 香蓮は、それまでまるで興味がなかったVRゲームについて、一から調べました。数少ない地元の友人の一人が実際に遊んでいることを知ると、会って話を聞きました。

 美優という名の友人は、


「なにそれ! ゲーム仲間が増えるなんて嬉しいよ!」


 そう言って驚喜してくれて、香蓮にいろいろと教えてくれました。

 香蓮は、現在のVRゲームは、少なくともSAOのような危険なことには絶対にならないと分かりました。そして、プレイすることを決意したのです。


 やると決めた以上〝善は急げ〟なのですが、実家では年配の両親が許してくれそうもないので、香蓮は里帰りを早めに切り上げて東京に戻りました。

 羽田空港から家電量販店に直行し、絶対に必要な物を手に入れました。

 まずは、銀色の巨大ゴーグルのような、アミュスフィア。

 この機械が、得ている感覚を全て遮断し、架空の感覚を脳に送り込んでくれます。

 つまり作動中は失神しているようなものですが、アミュスフィアには幾多もの安全装置があります。

 実際の感覚が遮断されているとはいえ、モニターはしています。使用者の心拍数が極端に上がったり、呼吸が長く止まったり、頭痛や腹痛などの体の不調を察知したりすると、自動シャットダウン機能が働くように設定され、これは解除できないのです。

 また、侵入警報や火災報知器などのホームセキュリティ、緊急地震速報や津波警報などの防災情報に連動して、やはり現実世界に戻してくれる機能もあります。

 香蓮は、ゲームも購入しました。

 たくさんあるVRゲームの中から選んだのは、美優も遊んでいる《アルヴヘイム・オンライン》──略称ALO。

 ファンタジー世界で、羽の生えた妖精になって冒険するというものです。


「きっとコヒーも気に入るよ! 異種族との殺し合いとかちょっと生々しいけど、それだって絶対に戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ。綺麗な世界でただ飛んでみんなで喋っているだけで、むちゃ楽しいよ!」


 美優が言ったとおり、サンプル画面に描かれた、森の緑と空と水の青さが眩くも美しい世界は、香蓮の期待度を高めました。

 画面だけでこんなに綺麗なら、その中に〝居られる〟というのは、どれほど気持ちがいいものでしょう。身一つで空を飛べるというのも、心が躍ります。

 美優から電話でレクチャーを受けながら、パソコンとアミュスフィアの設定を終えて、とうとう香蓮は、人生初のフルダイブに挑むことになりました。

 快適な環境がいいとのことで、香蓮はわざわざパジャマに着替えて、部屋はカーテンで暗くして、エアコンのスイッチを入れました。

 そして、パソコンにつなげたアミュスフィアを頭に装着し、ベッドの中で横になって、目を閉じました。


「リンク、スタート!」


 最後に音声により命じた直後──、

 香蓮の意識の全てが、別世界に持っていかれました。

 眠りに落ちるときのように体から感覚が抜けたかと思うと、いつの間にか暗い空間に立ち、音声案内を受けている自分がいました。

 現実ではないのは分かるのに、自分の意識はとてもはっきりとしています。それはまるで、思いのままに動ける明晰夢(〝これは夢だ〟と知覚している夢)のようです。

 期待に逸る心を落ち着かせながら、香蓮は流れてきた音声案内に従って、必要な項目を空中に浮かぶキーボードに打ち込みました。

 キャラクターの名前は、本名をもじって〝レン〟にすることにして、綴りは他のキャラクターと重ならないように、全部大文字で、さらに子音を重ねて〝LLENN〟としました。

 九種類も選べる妖精種族は、美優と一緒の方がいいので、風妖精族の《シルフ》を選びました。それぞれの種族の領地からゲームが開始される設定なので、これならすぐに美優と出会えるはずです。

 全ての入力を終えて、香蓮はレンとして、ALOの世界へと降り立ち──


「な、なんで!」


 そして激しく絶望しました。



『ごめん! 私、コヒーが身長で悩んでいること、すっかり忘れてた……』


 電話の向こうで美優は平謝りしてくれましたが、まったくランダムに生成される《アバター》、つまりゲーム内での分身が、同種族の他のキャラクターと比べても長身の美女だったのは、彼女の責任では一切ありません。

 そして、自分の姿を鏡で見たレンがショックのあまり心拍数を跳ね上がらせて、アミュスフィアの安全装置が働き、ゲーム開始たった20秒ほどで、強制的にリンクアウトさせられたことも。


『いやさ……、今さらだけど、小柄アバターが多い種族もあったんだ……。猫妖精族の《ケットシー》とかさ……。キャラクター生成、やり直す? 追加料金、発生しちゃうけど……』


 美優の提案も、香蓮は断りました。

 お金の問題ではありませんでした。

 ランダムとはいえ長身にされたショックで、ALOというゲーム自体が嫌になってしまっていたのです。

 VRゲームはやってみたいですが、ALOに復帰するつもりはありませんでした。そのことを、ここまで教えてくれた美優に謝罪と共に告げると、

『そっか……。残念だけどしょうがないね。いや、コヒーのそういう頑固なところ、美点だと思うよ』


 つきあいの長い彼女はそう言って、代替案を示してくれました。


『ねえコヒー、キャラクターの《コンバート》、って分かる?』


 それは、他のVRゲームに、今作ったばかりのレンというキャラクターを〝お引っ越し〟させることでした。

 今ある大多数のVRゲームのシステム骨子は、《ザ・シード》と呼ばれる、まったく同じものです。このため、一つのIDで、キャラクターの引っ越しが可能です。

 この場合、鍛えたキャラクターの強さは、相対的に引き継がれます。

 例えば、とあるゲームで筋力を鍛えたキャラクターをコンバートすれば、新しいゲームの中でも、筋力の強いキャラクターとしてスタートできるということ。

 元のキャラクターは消滅しますし、所持アイテムや所持金は移せませんが──、どちらにせよ、今の香蓮には関係ありません。一度作ったIDが無駄にならないのがメリットです。

 これなら、自分の望むアバターを探すことができそうです。


『別のゲームになっちゃうけど、分からないことがあったら聞いてね! あと今度、神崎エルザのライブチケットが手に入ったら東京に行くから、そのときは泊めてね!』


 美優はそう言って、最後にはちゃっかりと報酬を約束させて、香蓮を送り出してくれました。

 そして香蓮は、このIDでいろいろなVRゲームに接続し、キャラクターのコンバートをしまくりました。

 とはいえ、その度にゲームソフトを買うわけにはいかないので、最初だけはお試し期間のある、つまり無料でできるゲームを選びました。

 ゲームの種類など、もう問いません。

 VRゲームは百花繚乱です。

 車を運転するカーレースゲーム。飛行機を操縦して空中戦を行うフライト・シミュレーション。宇宙を旅するSFアドベンチャー。数あるスポーツをヴァーチャルで楽しむもの。美女や美少女との恋愛を楽しむもの。中には、普通に〝日常生活を送る〟というものまで。

 いくつものVRゲームの門を叩いた香蓮は、作られたアバターが少しでも気に入らないと、即座に別ゲームのアカウント作成に。

 その執着は、言い出した美優も呆れるほどでしたが、口出しはしませんでした。


 数日後、レンは、


「見つけたあっ!」


 とあるVRゲームのスタート地点で叫んでいました。絶叫でした。

 狂った黄昏時のような不気味な色の空へと、メタリックな壁の超高層ビルが乱雑に伸びる異様な世界で、ミラーガラスに映るレンの姿は、


「ああ……。見つけた! 見つけた!」


 緑色の戦闘服を着た、身長150センチにも満たないだろう、


「見つけたっ!」


 チビの少女だったのです。



 こうして、レンが身を置くことにしたゲームの名は──、

《ガンゲイル・オンライン》。

〝銃〟と〝疾風〟の名の通り、荒廃した世界でキャラクター達が遠慮なく互いを撃ち合う──、

 銃の世界でした。


          *     *     *


 2025年、11月。

 ゲームを始めて、3ヶ月以上が経ちました。東京にも冬がやってきました。

 趣味も少なければ、東京には友達もいない、サークル活動もしていなければアルバイトも禁止されている香蓮には、毎日ちゃんと大学に通い、予習と復習をこなしたとしても──、プレイする時間はたっぷりありました。

 平日は何時間、休日は何時間、試験前は減らす。几帳面な性格から、ダイブする時間をきっちりと決めて、香蓮はガンゲイル・オンライン──、略称GGOをプレイし続けました。

 VRゲームは、美優が言うとおり、〝素晴らしくよくできた仮想空間〟でした。

 五感をフルに使って体験できるという意味では現実と変わらないのですが、やはり仮想空間は仮想空間です。受け取る情報量の面で現実には絶対に勝てず、〝今自分がどっちにいるのか〟は、すぐに分かります。

 逆を言えば、〝どっちが現実だったっけ?〟と思い悩む必要はないので──、

 これはある意味よくできているのかもしれない。そう香蓮は思いました。


 GGOの舞台は、最終戦争で荒廃し、美しさの〝う〟の字もなくした地球です。

 空は、晴れていようが曇っていようが、また朝だろうと昼だろうと、黄色と赤の絵の具を溶かした筆洗いのような、狂った夕日の色をしています。

 大地に緑は極端に少なく、その代わりに砂漠と荒野と廃墟に満ち溢れた、ALOとは正反対の世界です。

 プレイヤー達が演じるのは、そんな地球に、宇宙船に乗って戻ってきた人達。

 殺伐とした世界で、跋扈するグロテスクなモンスターや、人を襲う狂った機械を狩り、ときにプレイヤー同士で容赦なく撃ち合い殺し合う。それがGGOです。

 このアバターになっていなかったら、香蓮がGGOを遊ぶことなど、決してなかったでしょう。


 使う武器は、ゲーム名の通り、銃です。

 GGOでの銃は、二種類に分けられます。

 一つは《光学銃》。

 ブラスター、レイガン、ビームライフル、光線銃──、呼ばれ方は様々ですが仕組みは一緒。SF世界らしく架空の外見と名称で、弾丸ではなく、エネルギーの光を放ちます。

 エネルギーパックも含めて小型軽量であり、射程が長く命中精度が高いというメリットがあります。同時に、そもそも1発あたりのダメージが少なく、さらに対人戦闘では《対光弾防御フィールド》というアイテムによってかなり防がれてしまうというデメリットがあります。

 デザインはSFチックで、直線を組み合わせたような形状。設定上、これらのSF銃器は〝宇宙船の中で使われていたもの〟ということになっています。

 もう一つは《実弾銃》。

 こちらは、〝荒れ果てた地球上に本物が、または設計図が残っていた〟という設定です。実在する本物の銃を、銃器メーカーの許可を得てそのまま再現しています。

 けたたましい銃声と共に放たれるのは、質量のある弾丸。もちろんゲームの中なので〝そう見せている〟だけですが。

 メリットは、一発あたりの威力が強く、防御フィールドでは防げないということ。デメリットは、弾道が風など外的要因の影響を受けやすいことと、弾倉が重くかさばるということ。

 そこでセオリーとして、対モンスター戦には光学銃。対人間戦には、実弾銃を使うのがいいとされています。

 とはいえガンマニアが多いGGOでは、〝非効率上等!〟と言わんばかりに、対モンスター戦でも実弾銃しか使わないプレイヤーもいます。例えばピトフーイのように。


 見事にチビアバターを引き当てたレンですが──、

 150センチに満たないキャラクターは、この世界では相当に珍しい存在でした。

 プレイヤーキャラクターにせよ、コンピューターが動かすノンプレイヤーキャラクター(NPC)にせよ、ゴツく厳めしい人間だらけのこの世界では、目立つことこの上ありません。

 高層ビルの谷間に、けばけばしいネオンが溢れるSF世界の町を歩けば、


「うわっ! ちっこ!」

「何あれ……? 女の子? 男の子?」

「見たか今の? 子供がいたぞ……」

「可愛いな、おい」

「小さいなあ。あんなアバターあるんだ」

「NPCか?」


 誰もが口々に、レンのことを呟くのです。

 その度にレンは、口元が緩む衝動を抑えきれず、それを見られるのは恥ずかしいので、鼻から下をバンダナで覆うようにしました。

 ヴァーチャル・チビを楽しむだけでもかなり面白かったのですが、根が真面目なレンのこと、せっかく始めたゲームなので、それなりに戦ってみようと思いました。ちっこくて強いなんて格好いいじゃないですか。

 ゲームにはたいてい、チュートリアルと呼ばれる初心者向けの講習があります。

 GGOの場合、NPCの鬼教官が、銃の撃ち方から、戦闘時の身の隠し方、各種モンスターの外見や弱点、見つけ方など、ありとあらゆる知識を体験させてくれます。

 かつて美優は、


『チュートリアルなんてやらなくていいよー! あんなのは時間の無駄無駄! 仲間に聞けば自然と覚えるって! 現場主義ってヤツだよ! オンザジョブトレーニングってやつだよ!』


 などと言ってましたが、香蓮には一人で黙々と講習を受ける方が向いていました。そもそも、仲間なんて誰もいませんし。

 こうしてレンは、一生触ることなんかないと思っていた銃の使い方を、ヴァーチャル世界でマスターしました。

 GGO特有の《バレット・サークル》というアシスト機能についても、しっかりと学びました。

 日本語だと《弾道予想円》と呼ばれるこれは、弾がどこに当たるか教えてくれる、攻撃側のシステム・アシストです。

 銃の引き金に指を触れることがスイッチになり、自分の目の前にライトグリーンのサークル、つまり円が現れるのです。大きくなったり小さくなったりするその円の中のどこかに、弾丸はランダムで命中します。

 円の大きさは、目標までの距離や、銃の性能、プレイヤーである自分の能力によって大きさが変わってきます。そして、その収縮は心臓の鼓動とシンクロします。

 つまり、ドキドキと緊張しっぱなしだと、円は乱暴に収縮して狙いが安定しない、ということに。的が大きく見える近距離戦闘では無視できても、遠距離狙撃の場合は本当に重要になってきます。

 チュートリアルで、【遠距離狙撃を学べ!】という科目があったのですが、この〝心を落ち着かせて狙う〟というのが一番上手くいかず、レンの成績はかなりボロボロで、NPCの教官には怒られっぱなしでした。


「うん、狙撃銃を使うのは止めよう」


 人間、得手不得手があるものです。レンは、前向きにすっぱりと諦めました。

 逆に、近くの相手に素早く狙いを付けて撃ち込む、いわゆる《スナップ・ショット》は思いの外高得点で、教官からは、

『うむ! お前には、サブマシンガンが一番向いているぞ!』


 そうオススメを受けました。



 こうしてチュートリアルをバカ正直に全クリアしたレンは、たった一人でモンスター狩りを始めました。

 最初の狩りは、都市から少し出た丘陵地帯で、のろのろと歩く豚とダチョウを掛け合わせたようなモンスターを射貫くことでした。

 ほとんど的のモンスターを見て、撃つのはかわいそうとも思ったのですが、レンは案外抵抗なく光学銃の引き金を引けました。

 撃たれた場所は被弾エフェクトと言って赤く光るだけですし、死ぬと光の粒子になって消えるので、〝傷つけた、殺した〟感が薄かったのも功を奏しました。

 レンは、真面目にゲームを楽しみました。教わったことを逐一実行し、絶対に勝てないモンスターには無理に手を出さず、それでも殺されてしまったら、どこが悪かったかしっかりと反省をする。

 どうしても倒せないモンスターがいると、インターネットの攻略サイトを覗いて、上手な倒し方を学びました。

 地味な努力というのは、着実な進歩をもたらすものです。レンはモンスターを倒し続け、経験値とクレジット、つまりゲーム内で使えるお金を地道に稼ぎ続けました。

 経験値がある程度増すと、自分の能力値を上げることができます。

 筋力、敏捷性、耐久力

(体力)

、器用さ、知力、運、この六つの能力を割り振って、〝自分好みの自分〟を作り上げていくのです。

 せっかく小柄なんだから、敏捷性を上げて、もっと速く走れるようになろう。何か作れるようになるっていうから、器用さも上げたい。運がいいと助かるかも。筋力はある程度ないと撃てない銃があるからそこそこ。別に撃たれ弱くてもいいから、耐久力は我慢しよう。知力? 知らん。

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