ファン学!! 東京大空洞スクールライフRTA 02
▼004『世界が変わるたった一日のこと』編【02】
◇これまでの話
◇第二章
●
出されたホットサンドは、一枚がハムにレタスにチーズと卵。そしてもう一枚が、レタスと、よく焼いたタマネギに、
「――油揚げ!?」
「出汁が利いててマヨネーズと合うだろ」
「……一瞬、テリヤキ系と錯覚するんだよなあ、コレ」
「パティを挟むのもいいけど、そこの牛の姐ちゃんが共食いになるからなあ」
「そ、そういうものじゃありませんのよ!?」
「それ言ったら、オッサンとかソーセージ食ったら共食いだろ」
「どっちかって言うとユムシじゃないかな?」
■ユムシ
《素人説明で失礼します
ユムシは環形動物門に属する海棲動物で ミミズやゴカイの仲間です
日本のものは日本固有種で全長30センチくらいになりますが 釣り餌や食用にされます
なお 見た目はどういうものかというと 英語ではペニスフィッシュと呼ばれます
一生忘れられない知識を得られましたね?》
「中等部男子が喜びそうな要らん知識を植え付けられたよ!」
「あー、よくあるよくある」
「御刺身にしたり、焼くのもいいんだってね」
「こっち見て言うな――ッ!」
「似てる自覚ありますのね?」
「……ともあれ品の無い会話しつつ食事の途中だが、キャラシを出せるか?」
《開示しますか?》
画面に聞かれたので、とりあえず頷く。
「うわあ、久しぶりに見たねえ、レベル1のキャラシ!
私も昔はこう……、じゃないね。言い過ぎたね御免」
「どういうテンションですの?」
「いやまあ、レベル1のキャラシを見るのはホント久し振りなもんだから……」
「そうなんです?」
「私も梅子も、それなりに訓練積んだ状態でエンゼルステアに入ったから、レベル1ではありませんでしたものね」
と、牛子が表示枠を展開する。そこにあるのは要所を非開示にした彼女のキャラクターシートだった。すると、
「あ、私も……」
「義務ではありませんから、今見せなくてもいいと思いますのよ?」
ううん、と首を細かく震わせた梅子が、やはり画面を展開する。
「あ、梅子さんレベル6まで上げたのね。頑張ったねえ」
「ん……。桜が指導してくれたから」
桜……、と聞いて彼女の浅間神社での応対が思い出される。
……あのテンションで指導するのかなあ。
まあやり方はいろいろあるのだろう。
ともあれ自分のキャラシと比べて解ることがある。
「結構、レベルが離れてるんだなあ……」
「レベル自体はすぐ上がるぞ。現状の仕様ではそういうシステムだから」
「そうなんです?」
と、改めて自分のキャラシを見て、しかし己は違和感を得た。
……これは確かに、自分の数値化なんだろうなあ。
●
大空洞範囲に入った時点で情報体になっている。
ということは、つまり自分の身体能力なども”情報”になっている訳だ。
それを概算したものがコレだろう。
だけど、
「コレ、……レベルを上げるとか、そういう意味、あるんです?」
「? どういう意味ですの?」
「……コレ、結果ですよね? 自分の身体を検査した健康診断のアレみたいなもので。
でも、健康診断の結果表を書き直しても、自分は健康にならない訳で……」
言った先、ハナコと白魔先輩がひそひそと言葉を交わす。
「……おい、どうする? コイツ、賢いぞ……? ちょっと要らんアドバイスしてくるウザいイルカとか超えてねえ?」
「うん。牛子さんや梅子さんは全く疑問に思わなかったけど、やっぱ外の人は、ちょっと聡いんだと思うのよね」
「お前ら聞こえるように話すなよ」
「というか、そういうものじゃないんです?」
「ん。ちょ、ちょっと違う。
というか、大分違う」
違うということは、もう、これは、ある事実を示している。それは、
「……まさかこのキャラシ、書き換えたら、自分自身にフィードバックがあるんです?」
言うと、皆が顔を見合わせた。ややあってから、
「――オマエ、今日からゲーム世界の住人な?」
「マジか――!?」
●
危険なものを……、というのが自分の感想だ。
ただちょっと、納得というか、理解が行かない。
「……表示枠の表記一枚で、自分自身の全能力とかが管理、操作出来るとか……」
「ゲームだとよくありますよね」
ここ一応現実なんですけど?
その通りだ。
ホントにゲーム的。
だが、
「どう納得すればいいのか……」
《このあたり 納得出来ない方はレベルアップ処理をしないのですが、それもまた”個人の自由”として扱われています
ゆえに中間域の座学や適応訓練では概要などを示しますが 詳細は内部に入ってコミュニティに聞けと そういう事になるのですね」
「うちらだと、中学校一年あたりで加護を使用した仮レベルアップを習得して、中学卒業でレベル1認定だな」
「そういう意味では、このキャラシって、広範な加護術式だと思えばいいのね」
言われて考える。
この表記も何もかも、
「素の貴方には変化が無くて、キャラシに書かれたものが加護として、貴方を強化、変動する、という考え方ですわ」
「アー……、確かにそれだと理解が早いかも」
でも、と己は言葉を重ねた。
「このシステム、さっき、黒魔先輩は仕様とか言ってましたよね? 中間域では”大空洞範囲という土地が持つ力によって、能力値などの概算化がなされる”って習いましたけど、――でも変動などのシステムは、何処の管理なんです? 神社とかですか?」
●
問うた言葉に、動きが返った。
ハナコだ。
彼女が足下、床を右手の親指で示し、こう言った。
「大空洞だよ。――大空洞最深部、そこに大空洞の管理者がいる。
母無き母。
この前、死んだの迎えに行ったときに教えてやったろ。アイツだ」
「……それに会った結果として、大空洞は今の処、三回、大規模な全域拡大と更新をしてるんでしたっけ」
人類は、三度、母無き母に到達している。
そこに纏わるいろいろは、昨日に牛子や梅子と情報交換した。
だがその事実を知らない声が、だからこそ一般的な知識と物言いとして、こう補足した。
「三回目の到達は、旧エンゼルステアな? そこのハナコ達だよ」
●
「――な? 解ったろ?」
ハナコがこちらに笑みで言った。
「あたしゃもうアガってんだよ。
だけど事象封印のせいで、そのときのことを何も憶えちゃいねえ。
何だかつまらねえし、気に入らねえじゃねえか。
だから――」
「ハイハイ格好つけ過ぎてるよハナコさん」
「アー、まあ、ちょっとな」
「いや、何か驚きで……」
さっき黒魔先輩が、自分自身をフツー呼ばわりしたハナコを叱る訳だ。
だがハナコ自体は手を前後に振って、
「――あまり大したことじゃねえぞ。
あたし達が踏破したときの大空洞は最深部が地下十階。
レベルも上限が30になったばかりだ。
今はレベル上限が変わらず最深部は地下二十階って言われてる。
攻略は地下十五階まで進んでる感じだが、難航中だってな」
一息。
「いろいろレギュレーションも変わってんだ。
また一からやり直し、みたいなの考えると、やる気失っちまってな。
だから隠居のオッサンだって言ってんの」
●
さてまあ、とハナコは言う。
……何か自己紹介みたいなものが終わらねえなあ。
女子トークってヤツだろうか。
あまり自覚は無い。
ただまあ悪い気分もしねえ。
だったらそのままで、
「DE子、つまりお前のキャラシの操作は、お前にフィードバックする。
責任者は母無き母だから、文句あるなら浅間神社に投書な?」
「は? 浅間神社?」
「浅間神社は地脈の管理をしつつ、母無き母を大空洞範囲の産土神として奉ってるの。
だから浅間神社の方で、システムの改善要望とかは受け付けて、祈祷するのね」
「コレがホントに、定期的にアップデートされるんだよ……」
「春のアプデはキツかったねえ。
砲撃系の当たり判定で風属性の介入タイミングが早くなったから、昨日見たようなワイバーンとかの難度が上がっちゃって」
「あれはもう……、東京大空洞魔術組合で一斉抗議の投書やって、JUAHも加わった御陰か、三週間後の定期メンテで元通りになったんだ」
「……何処のゲームですか一体……。って、JUAHまで?」
「マーそういう感じだ。
ってあたしが振ったのが悪いんだけど、話が飛びまくるな!
キャラシだキャラシ!」
●
「まず、キャラシの操作で気を付けることがある」
「何です?」
「――書き間違えるな」
●
「……そこまでアナログなんです?」
いやあ、と言うのは、注文した珈琲を触手から受け取る白魔先輩だ。
こっちにも、ホットサンドを終えた後の飲み物や二品目が来ているが、
「過剰操作は無効化される一方で、減退操作は有効化されるからね。
決定後のリテーク猶予を寄越せってのは皆いつもMLMに要求してるよね」
「MLM?」
「MotherLessMother。
母無き母の略ですわ。MMだと解りにくいし、MlMだとLの変換が面倒なのでMLMって言ってますの」
「俺らの頃だと、祟りがあるかもしんねえってんで”もりも”って言ってたよ」
「もりも?」
「表示枠を音声入力出来なかった時代の連中な。カナキーボード参照」
アー何となく解る。
そこまでヒネらないといけないという畏れは、やはり大空洞の脅威が明かされていく初期の過程ならでは、というものだろうか。
ともあれ、
「……ともあれ操作はミスらないように、という話ですね?」
じゃあ。
「まず、何から操作するんです?」
●
コイツ、キャラシの操作に恐れが無いな、というのが黒魔の感想だった。
……大空洞範囲育ちだと、やたらやる気か、考え込むか、二択なんだよな。
キャラシ操作。
つまりレベルアップが出来るようになるのは、十五歳以後だ。
母無き母の倫理観なのか、それとも元服のような概念があるのかは解らない。
ともあれ住人の多くは、十五歳からレベルアップが出来ても、それをすぐに行わない。
中学卒業後から参加出来るユニット制度のために、レベルアップ処理を我慢するのだ。
ではいざそのときになると、どうなるか。
「――何か、理想はあるか?」
「うーん……、コレといって。ただまあ、ここで生活出来るようにはしたいですね」
聞いた。
「何というか、……たまに夢に見るんですよね。ほら、ダークエルフになったときにみたのと、同じ夢を」
「何? いきなり夢語り?」
「いや、そう……、なのかな? 何かよく解らないですけど……」
「前もチョイと振られたが、――夢は憑現化の条件じゃないからな?」
「言ってみろよ」
促されて、DE子が口を開いた。
「真っ白な地平が、ただ広がってるだけなんですよ」
●
DE子は思い出す。
「……何処までも、霧がかった青黒い空と、雲海のような白い地平が広がっていて。
自分、その中に立ってるんだけど、動いたり、何か思うだけで危険だってのが、何故か解ってるんですよ」
それはどういうことか。
「一歩前に出ても、何かを思っても、何も変わらない。
もし前に出たり、何かを思えば、この先、何も無い白い地平が、ただただ無限に続いているということが、事実になってしまう」
だから動けない。
だから思えない。
「そんな夢見て、目覚めたらこのナリじゃないですか。
そして自分の周囲は、こっちに気を遣ってくれて。
でも結局、自分は地元でズレてしまったんですよね」
それはつまり、
「――今、自分には、あの夢と同じで、何も無くなってしまったんだなあ、って」
一息。
「だから昨日のミッション、入るときと、クリアしたときに、何か思ったんですよね。
どうにも出来ないとか、どう思うことも出来ないとか、そういうのを”どうにか出来ないか”って、そんな感じのことを」
●
……アレ?
言ってみて、己はそれに気付いた。
”間”だ。
今、明らかに一瞬、三年組の間で、一拍分の空白が生まれた。
……言定状態入られた?
今の自分の言動に、何か問題があっただろうか。なので、
「ええと、何か?」
「アー、”ホントに夢語りかよ……”って、な?」
「DE子さん? 夢で自分の行く道を決めるんだったら、全方位占術士とか、そういうのもあるからね?」
「ンンン! キツい反応……!」
●
だがまあ、という声があった。
黒魔先輩だ。
彼女は一息。
左右の三年生に視線をそれぞれ振った上で、
「……器用貧乏になっても駄目だよな」
「アー、そうだね」
「……そうなるつもりは無いですけど、なりやすいんですか?」
「うん。何となくやってると、何となくそうなっちゃう」
「ある程度の方向性は決めておいた方がいいって話だな」
ハナコの言葉に、そうだな、と黒魔先輩が首を下に振る。
「大空洞範囲の住人は、たとえばそこの店長だって、調理スキルとか高いんだ。
でもレベル低い内からそういう専門系にだけ振ると大空洞の攻略と噛み合わない事が多々あるし、しかし汎用的に……、となると低レベルだと無理だ」
「大空洞範囲だと、男は巫女になれなくて憑現深度5まで行っちまうけど、逆に進路は決めやすいんだよな。
人が出来る仕事は巫女も出来るけど、人じゃ効率悪い仕事はそれこそ俺達の現場だし。
俺達みたいな触手は”触手専用”みたいな職場多いんだぜ?」
「……ひょっとして、人とあまり変わらないダークエルフは、大空洞範囲だと仕事の競争率高くて安定生活厳しい?」
「んー。まあそれは今後次第かなあ」
「巫女の現場は大空洞だから、うん」
「だから低レベルの内は、寧ろ大空洞攻略を専門的に行うような伸ばし方をして、そこから将来の選択肢を見つけて行くんですの」
●
じゃあ、と己は前置きする。
「エンゼルステア? の構成見ると、工科系がいないんですよね?」
「別にあたし達に気を遣う必要ねえぞ? 大概の雑事はそこの魔女二人が魔術代行するし、梅子もレベル5越えたらそれなりに出来るだろ」
「ん。汎用セットの中位に”解錠難度下げ”があったから」
あー、と言ったのは白魔先輩だ。
「前のアレで、私の話から何か気を遣わせてたら御免ね」
「いや、フックとして有りだと思うんですよね」
「工科系の主な転種先は?」
《工科を進めるなら 個人職人系 建築系 操縦 運転 などもあります
戦闘系に行くならば アサシン系 や 射撃系 もあります
特化は可能なので 後は向いているかどうか ですね》
「向いてなくてもそれが好きだったら長続きすっから、まあ、戦種レベル8くらいまではお試しでいろいろ遊んでるのがいいんじゃねえの?」
「あ、今更ですけど、ここでの戦種について、ちょっと情報を……」
■戦種
《素人説明で失礼します
戦種は”スタイル”と呼びます
自分がどのような戦闘スタイルであるかは 世界全体において身分証明の一つとしてみなされており”活躍距離”+”使用武装名”+”士”で呼ばれるものが多いです
なお 英語で読む場合は”使用武装名”→”活躍距離”の順となります
・活躍距離
近接 :(フォーサー)
全方位:(マスター)
遠距離:(ガンナー)
・主な使用武装名
武術:(ストライク:近接武器)
格闘:(クリティカル:無手)
術式:(エナジー:術式)
魔術:(マギノ:魔術)
工科:(スカウト:工兵)
このような処で省略御容赦御願いします》
「戦種は、うちの地元とかと変わらないみたいですね……」
「英国ともさほど変化ありませんわ。
日本固有の特化型があるのが特徴ですわね。
村様先輩のような”侍”や梅子のような”巫女”など、英国にはありませんもの」
「村様先輩?」
「うちの二年な? 真面目だからガッコ行ってんだ。
アイツも巫女転換だから話合う処あるんじゃねえか?」
「何か濃い人が多いなあ……」
●
「――では戦種の欄に、工科……、近接でいいですかね?」
「こだわり無いなら”全方位”が安定。だけど今書いても、弾かれるぞ?」
「そうなんです? ……川崎でもそうでしたけど、戦種は認定に実技が要るんですか?」
「ハ! 実技も何も、実力証明の数値がそこにあるじゃねえか」
と、ハナコが手にしていたアイススプーンでこちらの表示枠を差す。
それは中央、”専門スキル”と表記された箇所で、
「ここの数字が条件合ってれば、戦種書き込んでも弾かれねえよ。やってみ?」
やってみる。
表示枠への直接書き込みは、拡大された別枠に指で行うが、
「あ!」
流体光と共に、書き込んだ字が弾けて消えた。
●
「アハハ! 足りねえでやんの!」
「ハナコさん? そういうの、よくないと思うのね?」
「一回安全な箇所でミスって、どうなるか知っておくのは体験として有りだろ。あたしのせいにしとけ」
「ホントにお前のせいだよ!」
その通り過ぎる。
「えーと、今の、何が足りなかったんです?」
《戦種区分”工科”を取得するのに必要な条件は
分解3
構築3
応急処置1
聞耳3
発見3
です
戦種区分”全方位”を取得するのに必要な条件は
回避3
発見3
ですね》
「……流石詳しい……、というか、レベルアップ処理って、まさかチュートリアルがあれば、それで済む?」
「駄目ですよ梅子様、ハナコ様達の存在意義を否定しては」
ハナコが振り向くと、聖女先輩が姿を消した。
ええと、と自分は己のキャラシを確認する。
「自分の専門スキルの状況は――」
・工科取得用
分解0 構築0 聞耳3 発見0 応急処置5
・全方位取得用
回避3 発見0
「”分解”と”構築”、”発見”が皆無か」
「いいんじゃないかな? ”発見”を0→3にすれば、工科と全方位、両方の条件が揃うし」
「ダークエルフって言うから、”発見”はあると思ったけど、ねえんだなあ」
「ゲームだと敵役が多いですから、ちょっと迂闊なんですかね」
「いやいやいや、貴女のことですのよ?」
言われてみると確かにそうだ。だけど、
「足りない分は、どうやって上げるんです?」
「RPGの常道だ。
右上に”経験値”あるだろ。専門スキルも、それを消費して上げる」
■専門スキル
《素人説明で失礼します
専門スキルは主に判定時に使用されるスキル群で 幾つかの系統に分かれています。
現在のレベル上限は20
上昇させるには”次レベル×3”の経験値を消費します》
「えーと、……じゃあまずは、レベル0の”分解”をレベル3に上げるのに必要な経験値は……」
「18」
「え?」
「信じろ。
コイツ、そこらの数字は全部暗記してるから」
「そうなんです……? じゃあ、0から3にしないといけないのは、”分解・構築・発見”の三つなので、必要経験値は54」
「あと、戦種で”全方位工科士”を獲得する場合、”戦種レベル0から1にレベルアップする”から、経験値が必要だ。
この場合は5な」
「じゃあ必要経験値は 54(スキル分)+5(戦種レベル分)=59 ですね」
言った上で、右上の経験値を見る。
「195?」
●
「うわ。思ったより経験値あるねえDE子さん」
「そうなんです?」
「週二回ペースで大空洞に入る生活で、平均経験値が週あたり50って言われてる」
「ユニットの練度によってもかなり上下するけどな? 大半は、地下二、三階くらいまでしか行かねえし。でもまあ、そういう連中の一ヶ月分くらい、一気に稼いだ訳だ」
《参考までに 今のDE子が有しているEXPの内訳を計上しますと 以下のようになります
・参加経験値 :1
・ミッションクリア経験値 :10
・要所通過ボーナス経験値 :10
・ファーストボスクリア :25
・区画再解放ボーナス経験値:30
・初死ボーナス経験値 :10
・初出場ボーナス経験値 :10
・初回ボーナス :全体×2
・日常で得た経験値 :3
初回ボーナスの倍率が効きましたね》
「ファーストボスクリアも、結構高いんじゃないですか?」
「うーん、ファーストボスクリアは本来のボスから得られるEXPの倍率五倍だから、第一階層だとあまり喜べないなあ……」
「クロさん、否定的に見ちゃ駄目ー」
「区画再解放ボーナスは、正直想定してなかった。今回のアタリだな。こういうのあるから、第一階層でも侮れねえってか」
見ると、初死とかいろいろついている。
コレを見ていて何となく解る事があった。一昨日の、初心者には無茶なミッションだが、
「……自分に、大量経験値を取得させる目的だった?」
「ハ! 自意識過剰は美しいな。
ミッションは先に決まってたんだよ。
そこにお前が来ることになった、って感じ。
じゃあ便乗しようぜ大量経験値、って話だ」
「でも初死とか、要所通過に付き合わせたのは、DE子さんに大量経験値与える意味が強いよね。
初心者連れて”竜の巣”通過はバクチだもの」
「第一階層だとボスを倒しても経験値は5、ミッションを受けたとしても、普通に攻略に掛かったら取得経験値は20~25前後ですのね」
「その八回分以上か……。うん、どうも有り難う御座います」
「だからお前が良い処にハマっただけだから、礼を言うこたねえって」
「照れてんなよ、ハナコ」
「面倒くせえこと言うなよオッサン」
「ですけど、DE子の選択肢が増えたのは良いことですわね」
その通りだ。
「……じゃあ、”分解・構築・発見”それぞれレベル3にして……」
書き込む。更に、
「全方位工科士レベル1、と」
書いても消えない。
弾かれない。
代わりに、戦種欄にあったNoWorkという仮戦種の表記が消えた。
●
あ、いいな、と素直に思った。
自分が、何も”無い”自分ではなく、何か”有る”自分になった気がした。
●
経験値は195から59消費して、残り136 。
戦種は”全方位工科士”だが、
「レベル1ですから、まだまだ初心者ですよね」
「初心者というか、全方位工科士としてレベル1になったということだ。
初心者かどうかは心構え次第の部分もあるからな」
「戦種レベルは、上げた方がいいんですか?」
「今のレギュレーションだと後回しでいい。
基礎レベルを上げた方がいいな」
「基礎レベル?」
言われてみるが、そんな表記は無い。すると、
「素レベルだろ?」
「え? 個人レベルじゃないの?」
「――パーソナルレベルでは?」
「単に”レベル”じゃないの?」
「――マイレベルでは?」
自分は、画面を見た。
「どれが正解?」
《実は一番解りにくいですが 梅子が正解です》
●
言われて”レベル”を探す。
あった。一番上。名前の横。
「コレ?」
「アー、それそれ」
「……何です? このレベル?」
「だから素レベルだって」
もう一回、皆が一巡した。
それで何となく解った事がある。
「今川焼き現象だ……」
●
「? 今川焼き現象? 何それ?」
「……曖昧すぎて、皆がそれぞれのローカルルールで呼ぶ、ってことか」
アー、と全員が顔を見合わせた。
一瞬間が空いたのは、明らかにこっちを含まず言定状態に入ったからだ。
恐らく高速会議が行われて、白魔先輩が手を上げる。
「……ぶっちゃけ、そこの”レベル”っていうのが、他の項目の”レベル”と重なりまくってて、”レベル”ってだけだと通じないのね。
だから皆、それぞれ通じやすい呼び方してるんだけど」
「皆、改善要求を浅間神社に出してるんだけど、統一呼称が無いせいか、メンテの改修内容に出て来ないんだよな……」
「MLMが意固地になっているのでしょうか……」
「いや、俺が中学の頃、一回だけ”マイキャラクターレベル”に表記が変わったことあるんだよ。
でも”無駄に長えよ!”って皆で改善要求したら、翌週に”レベル”だけに戻されて、以後、改修されねえんだよな……」
「そんなクソPDとクソクレーマーのバトルみたいなことを……」
「でも当時の表示枠のスクショ見たけど、あれホント無駄に長えから駄目だわ」
「アー……、つまりこの”レベル”って、よくゲームとかである、フツーに考えられるようなレベルなんです?」
「そうそう。スキルとか能力値用じゃなくて、本人そのもののレベルってことね」
成程なあ、と己は頷いた。
「――総合レベル、ってことですね」
皆がアッパーカットを食らったように仰け反った。
●
《――ハナコ様のホストで言定状態に移行しました》
「クッソ! この期に及んで新手が出たぞ!」
「コレもう絶対改修されないだろうな……」
「ンンンン、でもちょっと惜しいなあ。ビミョーに”総合”じゃないんだよね」
「何か厳しい評価が始まってますのよ?」
《――言定状態を解除しました》
●
「ええと、それでこの”レベル”、今、1ですけど、上げた方がいいんです?」
「3以上有るといいな。ぎりぎり安心出来る」
「レベル3への必要経験値は50な?」
■レベル
《素人説明で失礼します
レベルは ……ぶっちゃけ無茶苦茶解りにくいので DE子 貴方合わせで総合レベルと呼びますが 1レベル上げるには”次のレベル×10”の経験値が必要です》
「次レベル×10ってことは……、結構、軽く上げられますね、総合レベル」
「今、残り経験値136だったら、もう1レベル上げて4にしておくか?」
「いや、90減らして残り46だと、危険な気がする。
他を精査してから、レベル4にするか考えた方がいい」
「じゃあDE子、とりあえずレベル3に上げとけ」
「え? 経験値使い切る方向? レベル1プールがあるから、レベル上げもあまりガッツかなくていいんじゃない?」
■レベル1プール
《素人説明で失礼します
レベル1プールとは 本来ならば レベルアップ時にしか出来ない”能力値やスキルの成長”を レベル1時であれば いつでも行えるという特殊ルールです
これによって レベルを1のまま上げず 能力値やスキルを鍛えて レベル1のまま最強を目指すことも可能です
なお レベル上限である30に達した場合は レベル30プールという同様の状態が続くことになります》
「バグ技みたいなものなんです?」
「ん? 仕様仕様。このルールが無いと、レベル1の人は何の汎用性も無いバニラ状態で大空洞とかに入らないといけないから」
「レベル30プールの方は、あたしみたいなレベルカンスト勢が成長や変動出来なくなっちまうから、その救済だな」
「成程ー……。でも、レベル1で最強って、意味があるんです?」
「――”レベル”を上げることに経験値を消費しなくて済む。それが利点だ」
●
いいか、と黒魔先輩が言う。
「――私達と違って、レベルアップしない人達、……つまり、そもそも経験値を取得する生活を選択出来ない人達の方が、遙かに多いんだ」
言われて気付いた。ピグッサンがそうだったが、
「……大空洞にアタック掛けない人達ですね」
「そうだ。そして、そこの店長みたいに、巫女じゃ無しに生活していく人々にとっては、日々得られる経験値は微々たるものだ。
だからレベル1のままでも、専門スキルだけ伸ばした方が専門家として生きていくには効率がいい」
「生き方にも色々選択があると、そういうことね」
「まあ、俺は自分のレベルは一応14まで上げてあるけどな?」
「じゃあ、ええと、……自分、どうするんです?」
ああ、とハナコが手を前後に振る。
「とりあえずレベルは3まで上げとけ。
――ここから先は実践がいるだろ。オッサン、ちょっと開けてくれ」
●
「実践? 開ける?」
何ですかね、とカウンターに振り向いたときだった。
触手が、天井から伸びていたケーブルを引っ張った。すると、
「――え!?」
店内全体が、駆動音と共に下へと移動を始めたのだ。
「えええ!? そういう店!?」
下降する。
◇これからの話