ファン学!! 東京大空洞スクールライフRTA 03

▼005『自分が知らない自分の物語』編【03】

◇これまでの話




◇第二章




『おい桜!

 これ聞いてるだろ、お前!

 いやらしい商売しやがるなあ、お前!

 ショートカットの手段とか、あたし達に知らせてなかったろ!』



『わあい!

 立川ファーマーズエリアには、うちも大変御世話になっているので、チョイと御布施頂ければ装備の横流しとか、全然有りですよ!』


『おおっとコレは意外な援助!

 ”しまむら”リーダーのトレオ氏は、立川ファーマーズエリアを担当する三大地主の内、その一つの長男!

 そのコネで、ファッションユニットと評されていた”しまむら”が、ロープを張って第一階層のショートカットを行います!

 これは正にルート攻略のコペルニクス!

 レベルが無ければコネを使えばいいじゃない!

 どうですかハナコさん!』


『いいんじゃねえの!?

 ”出し抜く”ってのは、あたし達にとっては最高の遊びの一つだ。

 コレやられたら、レベルカンストしてるヤツらだって急がなくちゃならねえ。

 今、観客席のお前ら、皆こう思ってんだろう。

 ――次の競合相手がコレやってきたらどうすっかな、って。

 つまりコレは、今の処、コイツらにしか出来ない優れた方法だ!』



「確かに!」


 と、きさらぎが手を打って笑ったのを、黒魔は見た。


「第一階層の注連縄回廊は、大空洞浅間神社と中央大空洞自治体が提供しているサービスですからね。

 自治体と密接な立川ファーマーズエリアのトレオ君が浅間神社と直接交渉すれば、発射機の融通は利くでしょうねえ」


「――あのファッションユニットのこと、知ってるのか?」


「おやおや、私、MUHSの総長ですよ黒魔君?

 この大空洞範囲において、トラブルの原因となりそうな存在は、全てチェックしていますとも」


 流石だな、と己は思う。

 コイツの下にいる連中は、皆、一様に言う。


「自分だけじゃなく、家族の誕生日にまでプレゼントが届くんですよ……」


 恐ろしいのはコイツが完全に”プレゼント送るのが大好きキャラ”という処だ。


「選ぶのが楽しいんですよねえ!」


 って処まで力説されたことがある。

 悪意ゼロ。

 怪異ってのは元々そういうものかもな、と思うが、つまりトレオの家にも誕生日プレゼントが行ってるんだろう。

 うちにも来た。

 立川ルミネの地下食品売り場ににあるリンツ詰め合わせとか。

 お前、自分でアレ詰めたの?

 ともあれここは一言で言うと、こういうことだ。


「ハナコが喜んでるって事は、うちの連中が大変ってことだな」


「黒魔君、ハナコ君の逆張りするのが好きですよね?」


 性分だよ性分。



 新しく張られたロープの上を、三つの人影が移動していく。



『お先――』


「お先どうぞー……、って、よく考えたらコレ有りなの?」


『装備制限無かったから、有り有りの有りかなあ。

 横でテツコさんが頭抱えてる』


 何やら二次被害を生んでるらしい。




「今の一年生は……、そうか……、時代は変わるなあ……」


「テツコさん私と同い年なのに何言ってんの!」



『アー、ちょっとルート先行指示するね』


 顔横に表示枠が射出。

 先ほど、A子が描いた第一階層の作図が出る。


『今さっきいた浮島、解る? 中央右下』


『上から見てやや四角いコレですわね?』


『そうそうそう。そこから今、まっすぐ上に行ってるね?』


 じゃあ、と言葉が来た。


『そこから次の島に渡って、右上、まっすぐ、左上、右上、右上、まっすぐ、最後のがかなり小島で、左右に往復移動してるらしいから、気を付けて』


《バックアップの援護は 言葉の遣り取りだけが基本ルールです

 用意した作図への書き込みは 現場で行って下さい》


 己は頷いて、今の先輩の言葉に言葉に合わせ、作図にラインを引いていく。


『どう? 出来た?』


『え? 見えないんです? こっちが描いたの』


『バックアップが見ているのは、実況用の映像と、それに付随する撮影術式からの情報ですのよ』


 だとすると、と己は書き込んだ作図の表示枠を掴み、空に掲げた。


『見えますか!?』



『見える見える。

 上出来。

 ――全体ちょっと右回りになるけど、最後の小島からは最短距離だからね?

 そこに至るあたりで、相手との位置関係、解るんじゃないかな』


 と言いつつ、白魔はバックアップ要員用の出場者席で一回笑いを堪えた。


「発想が良いなあ、DE子さん」


『バックアップ要員は出場者の状態管理とかあるから、バックアップ要員から情報は送れなくても、出場者側からバックアップ要員への情報はフツーに送れるんだよな……』


『うーん、こうなると思ってなかったから、それ教えてなかった。

 後で教えておきたいけど、今のムーヴ面白かったからそのままでもいいかな』


『お前、ハナコみたいな言動やめろよ……』



 渡った先の浮上島は、ミツキ達が行った別の島よりも高度が低い。

 牛子は、梅子との距離を保ちつつ前進。

 DE子がロープを渡ってきたのを確認の上で前に足を進め、


『白魔先輩、しまむらは?』


『こんな感じー』


 空と草原をバックにした画像が、こちらに届いてくる。



『おおっとファッションユニットしまむら!

 先行している画像をエンゼルステアに送りつけていますね!

 これは挑発でしょうか!

 それとも天然でしょうか!』


『アハハ! ナチュラルに煽ってやがる! ファッションユニットは自由でいいな!』



 牛子は一瞬乱れそうになった自分を抑えた。

 向こうはファッションユニット。

 つまりは一般人に感覚が近い。

 今もコレはちょっとした町内会の運動会のノリで、画像を送ってきたのも、


「友人付き合いの一環……?」


 己に疑問詞すると、DE子が手招きした。

 何かと思えば、彼女は半目で、崖縁から背を乗り出してのけぞり、そんな自分を一枚撮影する。


「コレで返しとく」



 ミツキは、DE子からの一枚を見た。

 青空。

 しかも”底”側を背景に両腕を上に広げたDE子が写っている。



 画像に横付けされたコメントには、


『落ちる――ッ』


 それを見て、ヨネミが鼻で笑った。


「ミツキと同レベルだ」


「い、いいんですよ別に!

 DE子さんとは友人ですからね!」


「次の発射機の準備をするでありますよ……!」


 ハイハイ、と言って、トレオがCBから筒状の発射機を取り出すのを、やはり撮影して向こうに送っておく。



『先行きますー』


 というコメント着き画像と共に、牛子は音を聞いた。

 頭上を左から右に抜けていくのは、先ほど聞いた発射機の発砲音だ。

 左、南側にある、ミツキ達の行く浮上島から届いたものだろう。

 だとすれば、今は皆に姿勢を低くするように手で指示して、表示枠を開く。


《――牛子様のホストで言定状態に移行しました》



《これは、こちらも急いだ方が良さそうですわね。

 DE子、CBは使えますの?》


《CB? あ、前に黒魔先輩が言ってたような……》



■CB

《素人説明で失礼します

 CBはConsole Boxの略で 表示枠の機能の一つです

 表示枠がコンソール状態の際 それを情報界層の入り口と見なすことで 表示枠をストレージボックスとすることが出来ます

 東京大空洞学院所属の生徒は 浅間神社提供のCBサービスが使えます

 使用可能容量は1m×1m×2mで月300円ですが 一年間無料です

 容量は表示枠の展開数などと連動していますので 半分程度にしておいた方がいいとされています》



《結構大きいなあ。日常使いなら、30リットル分もあれば大体は足りるはずだけど、その半分だと15リットル?》


《その単位でどのくらいの容量か、解るの?》


《うん。スポーツ系のバッグはどれも容量が表記されてるから、昔そういうの買う時、それで大体の大きさ測ってたんだ》


《15だとちょっと使い方考えないと難しいですわね。

 トレッキングや、または近場のハイキングと言った程度ですもの》


《タオルに着替えと弁当。あと水筒入れたら大体終わるよね。

 ――でもまあ、今回は、荷物自体をあまり持ってきていないし、自分の分は背負っていけるから》


《牛子の方、収納出来ないもの、ある?》


《私の方は、大丈夫ですわ。

 ――梅子の荷物、御願いしますの》


《? どういうこと?》


《ええ。

 ちょっと、――ここから先は、私らしく、振る舞わせて頂きますわ》



《――言定状態を解除しました》



 トレオは、四本目の射出機を発砲した。


「まず、アンカーとなる基部側を術式火薬でこちら側の地面に打ち込む……」


 そしてロープが結び固められた射出側を、やはり術式火薬で対岸の上空に撃ち込む。


「ファイア――ッ!」


 斜め上に飛んでいった杭が、下に浮上島が入ったと同時に姿勢制御スラスターをもって真下に軌道変更。

 そのまま一気に突き刺さる。

 本来ならば手作業で行うものだが、


 ……そんなSTR無いのでありますよ!



 トレオは思う。


 ……自分はトレントであります。


 動く木。

 鉄のハンマーで杭を打てば、反動で己の手が破壊される。

 というか以前一回やらかして、医者の診断は”右手の複雑骨折”だった。

 骨、無いのでありますけどね?

 なので今回、防御は制服のタクティカルフォームに任せ、荷物とCB容量の全てをこの射出機に注ぎ込んだ。

 あ、我が剣”SATORI-025S”は、背負っているであります。

 加護屋にて射出用の術式火薬や誘導システムをエンチャントして貰い、持ち込めた本数は事前に調べた地図で計った通り六本。

 降りる浮上島によっては本数が不足するため、最初の降下が博打だった。

 だが、上手く行った。

 ゆえに急ぐ。

 行動順番は遅いし、AGLも憑現ペナルティで3以上に上がらない。

 そして非判定行動でも、このトレントという憑現物は遅いのだ。

 だから、


「運ぶよ!」


 背後から、軽い衝撃。

 ヨネミが持ち込んだ折りたたみ式の運搬カート。

 背部装甲を展開すればシールドにもなるそれが、己をすくい上げて運んでいく。

 ただ、押すのではなく、


「ハイハイ、前後向きを変えて、ヨネミと引っ張りますから、つかまってて下さいね」


 草群の背が高いので、十インチの車輪でも引っかかる。

 だから橇のようにして引いていく、というのは現場でミツキが講じたアイデアだ。

 二人で引くと、速い。

 これならば、


 ……エンゼルステアに勝てるかもしれません!



 ヨネミとしては、正直、思いがけない事態だった。

 昨日のボスユニコーンのハプニングアタックによって、受けていた採取ミッションはやり直しとなり、時間やコストが掛かりすぎて赤字確定。

 なので急いで昨夜の内に、挽回としての自発的な採取ミッションを予約登録したのだ。


 ……それで採取出来たものをファーマーズセンターに卸そうと思ったんだけど。


 早朝に図書館からの連絡で、自分達の予約したミッションが初心者用の踏破ミッションに置き換わると聞いた。

 そのときはまだ競合相手がおらず、単独出場になると、そういう話だった。

 だが、トレオが”違った”。

 彼はこれまで、幾つかのユニットを降りてきているが、それなりの経験を持っている。


「確実に競合は来るであります。

 なので僕が、対処法を講じてきます」


 ということで、用意されたのがこの注連縄回廊の射出機だ。

 結構な費用と、コネを使っただろう。



 それが解らない自分達では無い。



 今、己の横。

 彼の乗ったカートを共に引っ張るミツキが、表示枠で言葉を送ってくる。


《――相手がDE子さん達って聞いてどうなるかと思いましたけど、行けるかもしれませんね》


《行けたら凄いよ。――でも、さ》


 自分は、静かにカートに座り込んでいるトレオの後ろ姿をちらりと確認。

 そのまま前を、次の崖縁を視界に収めつつ、言う。


《これだけ真面目に勝とうとしてるヤツを、勝たせてやりたいよね》


 ミツキが頷く。

 そして崖縁まで、後少し、となったときだ。


『今、こんな感じ感じ』


 と、自分達の顔横にDE子からの画像が来た。

 何かの風景かと思ったら、違う。

 それは、



「何で牛子さんのオパイがアップになってるんです!?」



 トレオは、いきなりの画像に反応を乱した。


「ちょ、ちょっと何でありますかこの画像は!

 破廉恥!

 明らかに教育に悪いであります!

 どうなんでありますか二人とも!」


「私に聞くなァ――ッ!」


「というかトレオ君! 早めに次の射出機!」


「? ――解ったであります!

 しかし何故であります!?」


 カートごと前を、崖縁の方を向かされる自分は、ミツキが展開した表示枠を見た。

 望遠術式。

 それはこちらから見て右後ろを画角に収めるものだが、


「あれは――」


 遠く。

 二つ離れた右後方の浮島を移動している人影がある。

 エンゼルステアならば三人。

 だが走っているのは一人だけだ。

 しかし、


「速過ぎじゃない!?

 全力疾走に近いけど、牛子だよねアレは!

 梅子とDE子はどうしたの?」


 ええ、とミツキが声を作った。


「――足の遅い術式系の梅子さんと、まだ大空洞のアタックに不慣れなDE子さんを、戦闘系の牛子さんが担いで走ってるんです!

 だから一人に見えるけど、実際は三人です!」


 言っている意味は解る。


 ……牛子さんはガタイがいいので、梅子さんとDE子さんを同時に担ぐ事は出来るますよね。


 そのまま荷物のように運搬も出来るだろう。

 軽く走ることだって出来よう。

 だけどそのまま走り続けるのは、無理がある。

 しかも全力疾走なのだ。



 ミツキは、トレオの声を聞いた。


「そんな無茶な!」


 彼が掲げるのは、重量物。注連縄回廊の射出機だ。


「二人分。この射出機よりも遙かに重いものを担いで全力疾走など、無理でありましょう! 反動や荷重を無視するために術式を使っているのだとしても、ゴールまでそれを行うとしたら、拝気が足りない筈であります!」


 言っている意味は解る。牛子さんはガタイがいいので、梅子さんとDE子さんを同時に担ぐ事は出来るだろう。

 そのまま荷物のように運搬も出来るだろう。

 軽く走ることだって出来よう。

 だけどそのまま走り続けるのは、無理がある。しかも全力疾走なのだ。

 トレオが言う通り、二人分の重量を抱えてそんな風に走れば、上下運動のショックでその数倍の重さが身体に掛かる。


「だけど牛子、軽快に走ってるよね」


 そうだ。

 今見えているもの、つまり現実は確かな解答。

 だとすれば、これには仕掛けがある。

 だがそれが解らないから、


「どういうことです!?」




『おおっとエンゼルステア、本当に二人を担いで走り出してます!

 速い!

 速い!

 正に大空洞第一階層を走る青梅特快!

 しかしコレ、牛子は体力保つのか!?

 イケるんですかねハナコさん!』


『フツーに考えたら無理だろ。

 牛子が体力や筋力あるって言っても、梅子とDE子で体重半分くらいあるからな。

 莫大な重量ペナルティがつく。

 でも牛子、今見ている限りだと、考えるべきは梅子の術式だな。

 ――重量物の運搬するには、何が仕込める?』



 ふむ、ときさらぎは、黒魔を横に頷いた。



「仕込みですか。

 ――術式として使えるとしたら、ダイレクトなのが”重量軽減”。

 補助としては”身体強化・筋力強化・体力強化”の強化三本柱に、”加速”ですね」


 しかし、ときさらぎは黒魔に視線を向けた。

 おー、と感心したように頷いてるエンゼルステアの砲撃役を見て、


「違う、と言いたそうですね?

 まあ大体違うと、私も思いますがね」


「ハハ、どのあたりが違うと思う?」


「術式を”重量軽減+強化系”と二つに絞っても、二つの術式を使えば消費拝気量は最低でも2。

 そして今、牛子君は、元々の体格的アドバンテージがあっても、二人分の仕事をしています。

 だとすると、牛子君の状態を回復するのに必要な消費拝気量は二倍。

 術式を一度掛けるごとに、最低でも4の拝気が減ります」


 そして、


「術式は永遠に続くものではありません。

 強化系は、短期行動用ならば十秒から一分。

 ゴール地点まで、先日、貴方達は高速で下ルートを行って十分弱でしたね?

 一年組低レベルの彼女達は、上ルートでもそれ以上掛かるでしょう。

 ならば――」


「梅子の拝気量は内燃が16で外燃が22。

 合計38。

 一回の術式張り直しで拝気が4減るなら、梅子の拝気は9回更新で尽きるな。

 術式が全て1分保つものだとしても、ゴールまで辿り着かない」


「そうですね。

 ――ならば牛子君の足の速さで先行して、それを術式で補助する梅子君は途中リタイア。

 しかし無傷のDE子君でゴールする? そういう戦術ですか?」


「うちのイズムは全員楽しくゴールだぞ?

 その戦術は無い」


 ハハ、と黒魔が笑った。


「今の大空洞第一階層は私達にとっては割に合わないから、初期の頃に入って以後、無視してるよな?

 そしてあいつらが一年生低レベルだから、私達はあいつらを甘く見てる処も有る。

 ――DE子なんかは、先日、ここを経験したばかりなんだぞ?」


「だとしたら――」


「単純な仕込みだ。

 だけど、これはアイツらしか出来ない仕込みだな」



『――階層拘束の想定外利用だな?』


『……は? どういうことです?

 この第一階層の階層拘束は、


・――ものは下に落ちる。


 ――ですよね!?

 確かに前回、ハナコさん達は階層拘束を利用して、行き先を”下”だと認識することで高速滑走しました。

 でもあれは足場が石盤の通路だったからですよね!

 今、牛子が走ってるのは草群の多い浮島上で、あんな滑走は出来ません!

 ではあの疾走は、どういう仕込みなんですか!?』


『おいおいよく見ろよ。

 階層拘束を利用してんのは、牛子じゃねえよ。梅子とDE子だ』


『……は!?』


 よく見ろって、とハナコは告げた。


『牛子の担いでる二人。

 あの二人が今、ゴール方向に”落ちていってて”、牛子は走ってんじゃなくて、アレ、引っ張られてんだよ』



 は? ときさらぎは、ハナコの解説に首を傾げた。


「……階層拘束を利用して、ゴール方向に落ちている……」


 落ちて行くのは誰だ。

 二人だ。

 DE子君と梅子君。


「――あの二人が、ゴール方向を”下”と思い込む事で、そっちに落下していく訳だ」


 その二人を担いだ牛子君は、ならばどうなるか。


『落ちて行く二人に、引っ張られる!?』


 問うた。


『――落下していく二人を、ブースターとして使っているんですか!?』


 己は、黒魔に叫んだ。


「クソ仕様ですね、この大空洞!」


「ああ、うん、私に言わなくてもいいかなソレ……」



 ……素敵な仕様ですわね!


 牛子は、肩上の二人に引っ張られていた。

 自分のパワードハーネスは、支持設定を変えて外部のものを牽引出来る。

 その状態で、胸部側から展開したハーネスに二人を乗せれば、


「重量負担は最低限にして、行けますわ!」


 梅子もDE子も、尻をこちらの左右胸のパワードハーネスとダンパーに乗せ、足を前に出している。前から後ろに、寝るような姿勢をとっているのは、正面を”下”と捉えやすいからだろう。


「ビミョーに危ないけど、コレは明らかに製作者が想定してない運用だよね……」


『よくあるよくある』


 だが効果は大きい。

 前へと落ちていく二人。

 彼女達が腰を落とす胸部ハーネスとダンパーに引っ張られて、自分は前にただ走る。

 それは止まること無く高速で、


「さあ! 行きますわよ!」



 梅子は、牛子の常なる苦労を理解していた。


 ……デカいよね。

 

 背丈のことだ。

 巨乳のことでもある。

 どっちだろう。

 まあいいかな。

 ジャージー牛の憑現者だからか、牛子は長身でそれなりに体格もいい。

 胸もデカい。

 ゆえに身体挙動の邪魔にならないよう、パワードハーネスという身体支持機構によって、胸を下から抱えるように支えている。

 英国ArchsArt製。

 牛系の憑現者が多い英国のパワードハーネスは、身体のシルエットを崩さないよう、腰のハードポイントが背中央のピラーを支え、そこから両胸を支持する。

 そして今、自分が担がれて、乗っているのは、


「どうですの? ArchsArtのパワードハーネス、エアカウチのショック吸収度合いは」


「ん。――何か揺れが無いみたい」


「ちょっと硬めの設定なんですわ。

 軽い上に、最大で片側130キロの荷重まで堪えて胸の型崩れが無いから、愛用してますの」


「初めて効く文化というか文明だ……」


 逆側、そちらのハーネスに腰を預けたDE子が感想を漏らす。それに対し、軽快な歩幅で運んでいく牛子が笑った。


「あら? こういうアシストアパレルは、ケモ系憑現者にとっては必須ですのよ?

 多くのケモ系は、尻尾の処理で、確実にハーネスかバンドを使用しますもの」


「尻尾? そうなの?」


「ええ。

 ケモ系とはいえベースは人間。

 だから尻尾は尾骨の延長として生えてますけど、人間の尾骨は身体が立った時は真下向きでしょう? それだと尻尾が歩行の邪魔になるから、真後ろに流すよう、装備や衣装で工夫しますの」


「尻尾が真後ろに出て揺れてるのって、あれ、そういうハーネスとかで矯正してるの!?」


「私の尻尾もそうですけど……、あ、お尻を凝視しなくていいですのよ?」


「あ、御免。

 でも何か……、大変だ……」


「格好良く見せたいなら、強く上向きに。攻撃性を低く見せたいならやや下げとか、流行も含めていろいろありますのよ?」


 ホント、牛子は凄いと思う。

 いろいろなことをやっていて、それを当然だと思ってる。

 そんな彼女に今、言うべき事があるとしたら、


「――一気に行こう! 御願い!」



『エンゼルステア、一気に追い上げます!

 このペースだと抜き去って余裕のゴールインだと思いますが、ハナコさん、このバグ技? 誰も気付かなかったんですかね?』


『気付かなかったっつーか、気付けなかったんじゃねえの? 条件厳しくて』


『条件?』


『ああ。

 だってよ? まず、これやるには下ルートだと駄目だろ。下ルートは石盤通路があるから滑走前提なんだ。

 誰かを引っ張ったり抱えたりしても、そいつがブースターにはならねえ。

 だって抱えたヤツ自体が、高速で滑走してるからな。

 下手に東側、水平方向にあるゴールを下だと思えば、空中に吹っ飛んでワイバーンの餌食だ』


『アー、確かにそうですね! じゃあ上ルートの場合は?』


『上ルートは初心者コースだ。

 だが、初心者の中で、牛子みたいにパワードハーネス着けて二人担げます、みたいなのがどれだけいるよ?

 更にはRTAでもしない限り、急ぐ理由がねえ』


『だとすると、この運用は気付かれてない?』


『パワードハーネスに他人を乗せる、ってのが、発想の飛躍なんだよ。

 この前のランの時もそうだけど、あたしだってDE子を抱きかかえるか、手を引っ張るかって発想だ。

 ”ハーネス部に乗せる”って思いつかねえとダメだ。

 ――で、これが思いつきにくい理由、牛子見てたら解るだろ?』


『アー……』


『フツー、パワードハーネスの各部は、人が座れるほどの大きさが無いですよね……』


『そういうことだ。

 解ったろ? 牛子の意味不明なクラスの巨乳用ハーネスとダンパーが無ければ”乗せる”って発想にならねえ。

 まあ牛子くらいデカイのはたまにいるけど、大体はベテランで第一階層なんか無視だろ。

 今、第一階層でそこらへん真面目に考える初心者は牛子だったってことだな。

 ――つまりコイツらじゃないと、出て来なかったクソ技だ』



 白魔は、地上側の評価をポジティブに伝えることにした。


『牛子さん? ハナコさんが今、すっごい褒めてるからね?

 後で追求しちゃダメだよ?』


『い、言ってることの前と後ろが繋がってませんわよ!』


『というかかなり速度ついてきたね! 急ごう!』




『ミツキさん! そろそろ追い付くからねー』


 DE子からの画像で、こっちがロープを渡っている風景が届いた。

 それはもう、こちらよりもやや遅れているくらいだ。

 確かに振り向けば、右側の浮上島でダッシュ掛けてる牛子さんがいる。


「うわー! 一気に追い上げて来ましたよ向こう!

 トレオ君!

 速く! 速く!

 ロープ上はカート引けないんですから!」


「が、頑張るであります!」


「トレオはロープの射出機よりも、自分の高速移動用のブースター? みたいなの作った方がよかないか?」


「それ、引火するんじゃないですかね……?」


「アー、生きた薪だもんね」


「お、思った以上に酷い意見が来ましたけど、確かに同意であります!」


 ですよね、と思って振り向いた右側。

 牛子が超加速で浮上島を横切っていく。

 速いですね! と思う視線の向こう。

 彼女達の行き先からややこちら、手前側に、次の浮島に渡るロープがある。

 それを渡られたら、追い抜かれますね、と思ったときだ。


「あれ? 向こうの方、危険では?」


「何が?」


「いや、ロープの方に、軌道が曲がってない気が」



 肩上の二人に引っ張られて突っ走っていて、ふと、牛子は思った。


「コレ、どうやってカーブしますの?」


 問うと、肩上の二人が顔を見合わせた。

 ややあってから、左のDE子が、


「今、どんな感じ?」


「敢えて笑顔で言いますけど、両肩のツインエンジンに引っ張られてるだけですの」


 そっかあ、とDE子が言った。

 ややあってから彼女が一つ頷き、


「……コレ、ひょっとして止まる方法、無い?」


「かなり加速ついてますのよ――?」


 結構厳しい。

 その現実に気付いたのか、DE子が急いだ声を出す。


「う、梅子!

 こっち、こっちに意識を下に設定して!」


「えっ? えっ? ちょっと、調整難しい! 牛子向き変えて!」


「無茶ですわ――ッ!」



 地上側。

 黒魔の視線の先にある実況用大型表示枠の中で、一年組の三人が空中分解した。

 浮島の端だ。

 あと少しで飛び出す、という処で三人がバラけ、


『落ちる――ッ!』


『わわわわわ!』


『フンガ――!!』


 空中で襟首を牛子に掴まれ、二人が落下を免れる。

 牛子の方も二人分の勢いを消すために、石盤の大地を足裏で砕いてフルブレーキング。

 土煙を立てて停止したのは崖縁ギリギリ。

 幾つか、岸壁の石が下に落下する位置だ。

 ただ止まった彼女達を、実況席のハナコが平気で笑った。


『アハハ! バーカ! 落ちかけてやんの!』


 彼女の真下。

 バックアップ用の出場者席で、白魔が頭を抱えて俯いている。



「黒魔君……」


「言うな」

 

「いや、今のは……」


「だから言うなって言ってんだろ……!」



「ミツキ……! 向こう、凄いけど馬鹿だよありゃあ!」


「ま、全く否定できないですけど、でもちょっとこっちも急ぎつつ、作戦します!」


「作戦?」


 ええ、とミツキが言った。

 彼女はトレオに視線を向けつつ、


『――オフィシャルで、こっちのバックアップやってる自動人形さん!』


『――Jud.、何でしょうか。

 可能な範囲で要望にお応えします!』


『じゃあ、今までこっちにマップとか送ってくれましたけど、もうちょっとガイドを御願いします!

 最短距離、それを狙いたいので!』



 そこからは、一進一退だった。

 片方が射出機で最短距離を取れば、もう片方がツインエンジンで一気に距離を詰める。

 そして片方がロープを渡るのにカート運搬が出来なくてモタつくと、もう片方もコーナーリングが一切出来ず、空中分解で止まる荒っぽさだ。

 見ている方。

 観客席からは、始めはダルそうな空気感だったものの、ゴールとなる大岸壁が見えてきたあたりから、白熱した声があがり始めた。


「そっちじゃねえよ! もう少し右が最短だろうが!」


「よーし! もうちょっと粘れ! 粘ってからハイ空中分解!」


「おいオフィシャル! 勝敗は先着順か!? 全員ゴールか!?」


 最後の叫びに、テツコが応じた。


「先着順だ! 全員ゴールだとファッションユニットが不利過ぎるからね!」


 だとすれば、と皆が実況表示枠の大画面を見る。


『――最後のロープが勝負だな』



 ハナコは告げた。


『勝負の綾は解りやすいだろ』


 一息。


『ファッションユニットの方は、ロープを打ち込んじまえば、足の速い一人がそれダッシュで渡ればいい。

 足の遅いトレントがいるが、最後の障害にはならねえんだ。

 一方でうちの連中は、最後の小島にどんだけ速く到着するかが勝負だ』


『――成程! 現状、どちらが先かァ――ッ!』


 そして皆が音を聞いた。

 号砲。

 そんな響きを高く遠く鳴らしたのは、


『”しまむら”の射出機が先だ――ッ!』




◇これからの話