ファン学!! 東京大空洞スクールライフRTA 04
▼006『自分達の至る地平』編【04】
◇これまでの話






◇第三章
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「ええ。……大丈夫!」
己は応じた。
走る耳に、音が聞こえる。
金属音と鉄火の響きは、

「――!」
右回りで旋回するボスワイバーンの内側。
右腕側では、牛子が攻撃を放っているのだ。
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『おおっとここで役割が明確になってきました!
DE子選手がヘイトを稼いで囮となり、牛子選手達が攻撃。
ミツキ選手達が補助もしくは安全確保という処でしょうか!
――あ、こちら解説席、きさらぎさんも一緒になっております!』

『どうもォ――』

『わぁい……、わぁい……』

『もっと素直に喜んでもいいんですよ? ハナコ君』

『リンツチョコある?』

『”とらや”のスティック羊羹がありますが』

『お前、裏の家の婆ちゃんみたいな優秀さだな……』

『ハイ! ハイ! 話戻しますが、いやあ、しかしこの旋回動作に合わせて攻撃するパターン、親の顔よりよく見た攻撃パターンですよね!』

『牛子君、経験済みなんですかね?』

『お前ホント邪魔……、ってか、牛子は第二階層のワーム系で慣れさせてんよ。
初めのうちはキャアキャア言ってたもんだが、四回目くらいからは無言で作業プレイになっててちょっと怖え』

『一部のワーム系、女子がコメントしたら負け、みたいな空気感ありますよね!
しかし牛子選手の攻撃、ヘイトを稼がないんでしょうか?
ボスワイバーン、痛覚無いんです?』

『いや、結構やってんぜ? ただ、牛子の攻撃さ、わざと行動順番をDE子より遅らせた上で、右翼と右前足に対して後ろから入れてんだよ。
だから強烈なヒットにならねえんだけど、ボスワイバーンからしたらすれ違いざまに小さい一発を後ろから入れられてるだけだから、相手にしにくいんだわ。
――つーかコレ、あたしの戦術じゃなくて、観客席から貰ったヤツな』

『出来ますねえ、牛子君』

『ダンジョンマスターやらせたらハマるかもしれねえな』

『おおっと第二ターン18フェイズ!
ボスワイバーンがまた90度旋回! 上手くDE子選手に乗せられていますね!!』
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……これで半回転!

第2ターン18フェイズ。1ターンに二度行動出来るボスワイバーンや自分達にとっては、実質三回目の行動だ。
ここでDE子が上手く誘導し、ボスワイバーンを90度回した。
スタート時から180度回り、北を向かせたことになる。

……上手く行ってる!
ボスワイバーンにチャージをさせず、そして注意を切らさず、ぎりぎりの引きつけで回している。
これは高速で滑走するDE子の位置取りによるものだ。
こちらも牛子と共に右翼や右前足、届かなければ右半身を追い打つように攻撃している。
無論、自分の攻撃は通じるものではないので、役割は牛子の加護的バックアップだ。
だがここで、戦闘の意味が変わる。

『ボスワイバーンをフロア上で半周させることが出来たよね? だったら、大体ルーチン化できたったことだね!』
これを続けて行けば、勝てるかも知れない。
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『――勝つのは無理でしょうね』

『お? お? うちの連中に文句あんの? 言ってみ?』

『ええ。あのメンバーで攻撃が通るのは牛子君だけですからね。そして牛子君の攻撃が通るのも、身体強化と疲労軽減の加護があってこそです。
その上で、フロアの右、逆側から隠れつつ奥へと回っていくトレオ君以外、少なくとも全員が疲労軽減を入れていますよね?
この術式はヨネミ君と梅子君によるものですが、拝気を消費します。
――つまり攻撃行動においても、回避行動においても、拝気不足によって今の状況が保てなくなります』

『どのくらい保つと思う?』

『単独で動いているDE子君に、補給があるかどうかですね。
今、1ターンは十秒換算になっているようですが、梅子君が持ってる術式では一分が限度でしょう。
一分=6ターン。
1ターンの行動回数がトレオ君以外2回だから12回の行動が出来ますが、その程度では、ボスワイバーンの右前足を削って終わりではないですかね? それに――』

『それに!? 何でしょうかきさらぎさん!』

『ボスワイバーンには”仕切り直し”がありますよ。
――仕切り直しのタイミングはいつか、解ってますか?
位置が初期状態に戻ったときですよね。
つまり、後二度回って南向きになったら、”それ”が来ますからね?』

『成程! ではその前、これから生じる三回目の90度旋回の後、何らかのアクションが――』

『おおっと! ボスワイバーンが北から東に90度旋回するに合わせて、ここでしまむらの二人が北側に離脱しました!
動きを読んで尻尾に巻き込まれないようにしましたが、戦線離脱か!?
それとも逆側からそちらに向かっていくトレオ選手と合流か!?』

●
DE子は、ここで仕掛けることにしていた。

……次に旋回したら、仕切り直しが来るよね!
先輩達の統計によると、こうだ。

『単調な攻めを行った場合、360度回った処でバックダッシュからの竜砲が来るよ!』
それは”恐怖”を伴うもので、

……食らって動けなくなった経験があるんだよね……!
牛子や梅子は、対処が出来ると思う。
自分も、来ると解っていたら、判定で抵抗が出来るかも知れない。
だけど、しまむらの三人については、ポジティブな期待が出来ない。
だからここで、ミツキとヨネミは彼女達の思案の下、北側に離脱する。
もしも仕切り直しが、次の旋回後、フロアの入口である南側で発生しても、北側はボスワイバーンのバックダッシュ方向。つまり背後側だ。
”しまむら”三人の安全は確保出来る。
だが、

「――DE子!」
東側へ戻る前、北-東間の進路上にて、こちらから仕掛ける。
ボスワイバーンを90度回すために、一度東へと滑走した上で、しかし、

「――!」
斜め軌道で、ボスワイバーンの首下に飛び込んだのだ。
●

『……!?』
獲物が行った不意の転身に、ボスワイバーンはその姿を見失った。
だが、問題無い。
小さい獲物を捕らえる際に有用な知覚系。
聴覚が、相手の位置を拾っている。
空を飛ぶ強者である自分達にとって、獲物は常に下にいるのだ。
特に地上では地表のエコー効果もあって、小さな獲物だろうと聴覚で確実に拾える。
認識した。

「――こっち! こっちだよ! おい!」
相変わらず挑発の声を上げながら、獲物は逃げていた。
こちらの喉下を、右脇から右後ろへと抜けていく軌道だ。
抜けた。
こちらは前に疾走しているため、追いつけない。
旋回して振り返るべきか?
だが、と己は思った。

……それでは結局、追いつけないのではないか。
”旋回→疾走”の繰り返しをこれまでやってきたが、追いつけていない。
そしてここで、敵はこちらをはぐらかした。
この動きを、どう見るか。

……後ろへと振り向かせようとしている。
誘っている。
挑発しているのは、そういうことだ。
ならばこれは、

……罠? もしくはまた”追いつけない追跡”への再誘導だ。
それらの推論から、己は結論した。
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仕切り直しだ。
●

『あーっと! ボスワイバーン! DE子選手を無視してフィールド南へと疾走継続! 挑発が不発か!?』

『どっちでもいいって処だが、やっぱ大空洞のケダモノは”推測”が出来るってのが外から見ても解るな』

『”本能・反射・学習”以外に、確実に先を推測しますよね。
学習してない状況から未来を読むのは人類のみの特権の筈ですが、それゆえ”危険を察知する”のでなかなか面倒です』

『ええと、だとすると今のはボスワイバーンの行動は――』

『言ったろ? どっちでもいいって。
まあ大空洞のケダモノは賢いが、MLMもケダモノ知能レベルはケダモノごとに管理してるみてえだ。
――先が面白くなるぜ?』
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ボスワイバーンは決めた。

『!!』
このまま走り、このフィールドの南へと辿り着く。
そこが全ての始まった位置。
そして振り返れば、敵全員が視界に収まるだろう。
その上で、全てをやり直せば良い。
よし。

『……!』
一度軽く咆哮。
それを、これから自分が取る行動への”許可”とした。
そのときだ。


「――見落としがありますわよ!」
いきなりの声が、喉下から発生した。
●

……!?
おかしい。
今、喉下で突然聞こえた声の持ち主。
その獲物は、右翼の下にいたのではなかったのか。
それが不意に、位置を変えている。
否、これは、

……!
音と行動順番を、逆手に取られたのだ。
●
牛子は、自分達の用意を内心で確認する。

……これまで、DE子よりも行動順番を遅くしてましたのよね。
これは、DE子の軌道を確認してから動く意味もあったが、ボスワイバーンからこちらへの気を逸らす効果もあった。
そして重ねる攻撃は、しかし右翼の下に敵が常に居ると、ボスワイバーンに知らせ続けるものだ。
”それ”をこのフェイズでやめた。
ボスワイバーンの視界については、白魔先輩から情報を得ている。
地上戦においては聴覚を主に下方確認に使用していることも、だ。
ならばすることは解りきっている。

「――ステルス一択ですわね!!」


「ステルスによって足音を消し、喉下から逆鱗への回避狙撃ですの!」
やることは解っている。
これまでの動作を、ステルス状態に最適化する。
まずは行動の始まりだ。

「いつものように、しかし慎重に行きますわ……」
●

『この場合”慎重”は、統括スキルとして何が使われると思います?』

『フツーは何なんです?』

『周囲を探る場合はINT、手元の動作ならばDEX、全身動作ならばゆっくり動くときはSTR、急いでる中で判断する場合はAGL。
――まあAGLがフツーだけど、牛子の場合、何でもSTRの可能性あるよな』
●

――流石にそれはしませんのよ!
”楽”にAGLを使用する。
いつものように、慎重に。
その上で、動く。

「足音を立てず、気配を消して接近」
・ステルス+1 疾走+1

「回避で身を回す流れを用い、剣を縦に一撃」
・剣術+1 回避+1

「更に強く踏み込んで旋回速度を上げますの」
・力技+1 疾走+1
行った。

「どうですの!?」


・牛子
ステルスによって足音を消し、喉下から逆鱗への狙撃。
:ステルス×1 剣術×1 槍術×1 力技×1 疾走×2
:アンサー:6


動く。
DE子と行動順番を合わせ、

「――任せた!」
疾走の軌道を交差する。
DE子はこのまま囮として回避逃走。
だが自分はステルスで足音を消し、位置を入れ替えるようにして、

「……ボスワイバーンの下に入りましたわ!!!」
狙いは竜の弱点。
どの竜にもある、喉の逆鱗。
ここは防御力薄く、

「オサフネブレードが効きますわね!」
一撃をぶちこんだ。
●

『――いい判断ですね! DE子君のみを認識していたボスワイバーンには、いきなりの攻撃行動ですから、悪くても不意打ちペナルティ。
判定のタスクが大幅に下がりますし、上手くいけば無防備ペナルティとなって回避不能、素で入りますよ!
クリティカル倍率つきますね!』

『身体デカいヤツって、自分が自分の遮蔽になって不意打ち食らうとか、あるもんなあ。
――コレ、観客席からの戦術だろ? 面白い戦術だよな。あたしなんかだと正面からすれ違いでぶん殴るけど、やっぱ弱い連中はこういう戦術必要だよなあ。
有り難う! ザコども!』

『ハナコさん! 言葉! 言葉!!』
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いけるかな、と霧の舞う丘の上、浅間神社の御堂の前で、黒魔は思った。

……逆鱗打ち、しかも不意打ち判定だったらほぼ確でクリティカルだ。
大物であっても、転倒する。
1フェイズ分か、1ターンか解らないが、無防備状態となれば、

「小さく攻撃を当ててきた右翼を破壊だな。ボスワイバーン系は片翼失うと機動力が一気に落ちるから、後はどうとでも出来る」
成程、と姿を見せぬまま聖女が言った。

「これは、一年組の皆様にとって良い結果。
――大金玉ですね!」
大金星の言い間違いかな……、と思ったが、言わないことにした。
ハナコから、面白いから訂正すんなよ! と言われているからだ。
横の白魔も表情を動かさずに実況画面を見ている。
ならば問題無い、と思った。その瞬間だった。

「皆、退避――!!」
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最初に気付いたのは、牛子だった。

「……え?」
両腕で深く上へと突き込んだオサフネブレードに、手応えが無かったのだ。

「――――」
自分の身体には、何の反動も無い。
それは己の一撃が通らなかったということであり、

……かわされた!?
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……何処へ!?
否、疑問はそこに向けるべきでは無い。
何故なら、自分のヒットは確定ともいえる判定だったのだ。
不意打ちによる一撃。
それをかわす方法は、

「どのようにして!?」
問い、叫んだ己は、それを見た。
頭上。
巨体の影がある。

それは、僅かながらに浮上していた。
つまり、

……飛ばれた?!
否。
それはまたおかしい。
回避すら出来ない不意打ちだったのだ。
ならば答えは一つだ。

「こちらの攻撃も、自分の回避も、強制的にキャンセルする技――」
それを何と呼ぶか。
答えは外から来た。

『必殺技が来るよ!』
その声と共に、自分は直撃を食らった。
竜の爆圧咆吼が、真上から来たのだ。

◇これからの話








