第一幕 コープス・リバイバー 1
『──わおーん! おはようございます、
『今日も見に来てくれてありがとう。相変わらずいいお天気が続いてますね。ただいまの我が家の気温は、なんと三十三度! いやー、道理で暑いと思ったよ。皆さんも熱中症なんかには、十分に気をつけてくださいね』
『……ってか、ここまで暑いと、歌ったり踊ったりってのはさすがに無理っぽいので、本日は、インドアでお料理を、はい、和食というやつを作ったりしてみたいと思います』
『こう見えてですね、わおん、実は料理がわりと得意だったりするんですよ。いやいやホント。
†
その店は、
得体の知れない輸入雑貨を扱う、見るからに怪しげな商店だ。
店の奥には小柄な老人が座っていた。派手な柄のシャツを着たメキシコ人。短くなった
「戻ったぜ、エド」
勝手に店に入ってきたヤヒロは、店主が陣取るカウンターに、運んできた荷物を投げ出した。ヤヒロの身長ほどもある細長い白木の
「おまえさん一人か、ヤヒロ。依頼人が連れてきた護衛の連中はどうしたね?」
店主のエド──エドゥアルド・ヴァレンズエラは、マンガ雑誌を広げたまま、ヤヒロの顔を面倒くさそうに
「護衛? 見張りの間違いだろ」
ヤヒロは無愛想に答えると、ポケットから銀色の金属片を取り出した。ステンレス製の
「ふむ、死んだか」
エドはなんの感情もこもらない口調で言った。
危険地帯である二十三区に踏みこんだ人間が、命を落とすのは珍しいことではない。それが
「
「なるほどの」
ヤヒロの説明を丁寧に書き留めて、エドはそのメモを壁の地図に貼り付けた。
信頼のおける
「それで、目当ての品はどうなった?」
「こいつだろ。博物館みたいなわかりやすい場所にはなかったから、見つけるのに苦労した」
ヤヒロが運んできた荷物を指さした。
エドが無造作に
刀袋の中から出てきたのは、
「国宝〝
「そんな文字がよく読めるな。日本人の俺でも、なにが書いてあるのかさっぱりなんだが」
「当然よ。でなけりゃ、美術商など務まらん」
「美術商か」
エドの自慢げな発言を聞いて、ヤヒロは思わず失笑する。
無人の
「不満か?」
「いや。金さえ払ってくれるなら文句はない」
ヤヒロは自嘲するように笑って首を振った。エドに依頼されて二十三区に入り、実際に美術品を回収してくるのがヤヒロの仕事だ。つまりは火事場泥棒の下請けである。
自国の美術品を海外に売り払うことに罪悪感はなかった。滅びた国に財宝だけ残っていても滑稽なだけだ。
「報酬か。払うともさ。もちろんな」
エドが引き出しから取り出した札束を、無造作にヤヒロの前に放った。輪ゴムで束ねられた、薄汚れた米ドル紙幣。少ない枚数ではないが、期待したほどの金額でもない。一万ドルにも満たないことは、数えるまでもなくひと目でわかる。
「五万の仕事じゃなかったのか?」
「仲介手数料というやつよ」
不満そうに問い詰めるヤヒロに、エドは悪びれることもなく言ってのけた。
「依頼人との交渉。美術品の鑑定。なにをするにも金はかかる。情報だってただじゃない」
「だからって、そっちの取り分のほうが多いのはどういうことだよ。あんたは快適な店の中で、くだらないマンガを読んでただけだろうが」
「くだらないといわれるのは心外だの。日本のマンガ雑誌というやつは、出すとこに出せば、けっこうな高値で売れるのよ。ほれ、貴重な『ソロモンズ・ロア』連載前の読み切り版だ」
「そういう話をしてんじゃねえよ。だいたい、そのマンガ雑誌だって、俺が二十三区に入って命がけで拾ってきたやつだろうが」
ヤヒロが
エドは殊更にゆっくりと葉巻の煙を吐き出し、ニヤリと笑う。
「文句があるなら、次からはよその
ヤヒロの手の中で音がした。ステンレス製のドッグタグが、ヤヒロの握力に耐えかねて、へし折れた音だ。ねじ曲がったドッグタグを、ヤヒロはカウンターに
エドは、おお
「金が要るなら、
「人を殺す仕事を受ける気はねえよ。あんたがターゲットなら考えてみてもいいけどな」
ヤヒロが不機嫌な声で言い放つ。エドはやれやれと嘆息し、
「日本人は恩義ってものを知らんの」
「散々ぼったくりやがって恩義もクソもあるか」
ヤヒロは乱暴に言い放ち、カウンターに置かれたドル札の束をつかみ取った。それらを
「……関東圏の民間軍事会社がこぞって戦力を集めとる。
黙って店を出ようとしたヤヒロの背中に、エドが唐突に呼びかけた。
ヤヒロが足を止めて振り返る。
「でかい動き?」
「具体的な内容はわからん。情報料としてその金を置いてくなら、調べてやらんでもないが」
「誰が置いてくか。そんなもの俺には関係ない話だろ」
「だといいがの。
エドは無関心な口調で言うと、再びマンガ雑誌をめくり始める。
民間軍事会社が回収屋について調べている──エドの言葉は、ヤヒロに対する警告だった。たしかに気になる情報だ。
とはいえ、そのことでエドに感謝する気にはなれなかった。妙にヤヒロへの報酬額が少ないと思ったら、情報への見返りを事前にきっちり差っ引いていたらしい。日本人のヤヒロとまともに取引する気があるだけ、まだマシなほうだと言えなくもないけれど──
くたばれ、じじい、と心の中で吐き捨てて、ヤヒロは店を後にする。



