0 ②

 そうの仮面をかなぐり捨てたその眼はするどく。らんらんと緑色に光る両のひとみが、岩を通すような意志をみなぎらせている。燃えるような赤いかみは、男のれつさを示すように逆立ち、ばくの風にあおられてばさばさとれている。

 じゆうひるむ様も見せず、不敵にうでで顔をぬぐえば、あせでぬめるはだしようげ、右目を囲む赤い刺青いれずみが、ぎらりとあらわになった。


「ひ、ひとい……」ひげづらおお、二人の役人が口をあんぐりと開けて、あかがみの男におののく。


ひとい、あかぼし!!」

だれが、ひといだァッ」


 ビスコが背中の短弓をずらりとはなつと、エメラルド色のそれが陽光を照り返して、まぶしくかがやいた。ふところづつからいたドス赤い矢をばやしぼり、窓口に向けてはなつ。


「おわぁっ!」と悲鳴を上げてかがみこむひげづらの頭をかすめ、矢は水着グラビアのカレンダーをつらぬいて関所のかべに突き立ち、かべ一面に、びしり! と、すさまじいれつを走らせた。


「な、なんつー弓だ!?」

「イノシゲさんっ! あ、あれ、あれっ!」


 おおが指差す方向を見れば、かべに走ったれつを中心として、関所小屋のあちこちから、ふつふつと真っ赤な──何か丸いものがき、ふくれてくる。

 そのゆるゆると回る赤いものはほどなく、ぼん! と音をたてて勢いよくがり、関所小屋のかべをへし割ってしまう。赤いかさをふわりと広げ、くきをなおも豊かにがらせる姿は、素人しろうとにも容易に、それが何であるか知らしめた。


「こ、これって……うわあっ! き、キノコだあっ!」

「バカろう! げろおおァ」


 ひげづらは、私物の望遠カメラを必死に回収するおおつかんで、あわてて小屋から飛び出す。その戸をまたがぬうち、すさまじい勢いでふくがった真っ赤なキノコの群れが、ばがん! ばがん! とごうおんを立てて発芽し、関所小屋を粉々にくだいた。


 


 

 ばくれつする関所小屋をかえりもせず、ビスコはぶように自分の犬車にり、車をおおあさぬのに向かって、大声でった。


「ジャビ! 失敗だッ。かべ沿いにげる! アクタガワを起こしてくれッ」


 たんあさぬのがぶわりとがり、宙をぶ。布の中から姿を現したのは、巨大なかにであった。高さにして、人のたけの二倍はあるかというところ。おおがにはそのままくるりと回転して砂の上にどすんと着地すると、ほこらしげに大バサミを上げ、だいだいいろこうかくを陽光に光らせた。

 ビスコがひらりと背中のくらに飛び乗れば、おおがにいきおんで走り出す。


「だーから言ったんじゃい」ビスコのとなりおおがにづなを取るのは、豊かなしろひげたくわえ、はばひろさんかくぼうかぶったろうである。「かんじんちよう真似まねごとするなら、きようのひとつふたつ覚えんと。わしゃ言えるよ。ジャモンキンナラ、ホスヤクシャイ」

「関東ならてんとうは顔パスだって、てめえが言ったんだろ!」走るおおがにの上でビスコがろうる、その声をかき消すように、ほうだんが数発、走るおおがにの横へちやくだんして砂を巻き上げた。


「……あのろう、カバを出してきやがった!」


 すなぼこりに目を細め、くようにビスコが背後をにらむと、じゆうやらたいほうやらを背中にくくけた軍用のスナカバの群れが、すなけむりを上げて走り寄ってきていた。大小様々なスナカバの、速いものはおおがにまでへいそうし、背中のじゆうをビスコへ向けてくる。


じやだァッ」


 ビスコの短弓からしゆんそくの矢がひらめいて、スナカバにさる。「グモォッ」と悲鳴を上げるスナカバは、まりのように転がりながら体表にふつふつと赤いかさかせ、ぼぐん! とその場に巨大なキノコを咲かせる。追いついてきた後続のカバがまとめて吹き飛ぶ中、ビスコの二弓、三弓がそれこそばやに飛び、ぼぐん、ぼぐん! と、続けざまにさくれつするキノコでカバ達をらしてゆく。

 ただ、ビスコのキノコ矢がいかに強力であるとはいえ、なにしろすさまじい数のカバ兵である。とうとう一匹のスナカバがおおがにに食らいつき、背中のじゆうを足にむ。歴戦のテツガザミのこうかくはこともなげにたまねのけ、まとめて数匹をはらったが、着実にせまるカバの海を目の前にして、ビスコの額には玉のあせいている。


「ジリひんだ」


 ごくり、とつばを飲み、決心したようにろうを見つめ、風の音に負けぬようにさけんだ。


「エリンギでぶ。ジャビ。十秒くれ」

「また、あれか」ろうはややうんざりしたように言ったが、ビスコの顔を見て、ぱちりと片目をつむってみせた。「ま、ばくなら、こしにも優しかろ」


 そこでろうづなを取り、「ホイ、てい、アクタガワ!」言っておおがにむちをくれる。おおがには反転しながらその大バサミをいきいきとかかげ、せまるカバの群れにおおづちのごとくたたきつけた。

 巻き上がるスナカバの身体とすなぼこりの中で、ビスコはエリンギ矢をつがえ、がった一匹にむ。落ちてきたスナカバの身体に耳を当てれば、ぶつ、ぶつ、ときんの発芽する音が快くビスコの耳に伝わってくる。


「ジャビ!」

「ほいさ」


 そこでビスコは、大人五人がかりでようやく持ち上がるようなスナカバの身体を引っつかんで、まるでそいつがぬいぐるみでもあるかのように、軽々とりかぶった。


「げええッ!? バケモンか、あのガキ!」


 役人のきようがくさけびをバックに、さながらスサノオのごときごうれつさで、ビスコはエリンギ毒をひそませたスナカバのがいを、こしを低くかがめるおおがにの足元に、思い切りたたきつける。

 ぼっぐん!

 おびただしいじんを巻き上げて、巨大なエリンギがとてつもない勢いでふくれ、30mほどもあるじようへきと同じほどに高くほこった。ビスコ達二人と一匹はその勢いに乗って、げられたテニスボールみたいにしてがり、そのままかべの向こうへくるくると落ちていく。

 ビスコは空中で姿勢をなんとか整え、ぼうを押さえるのに必死なろうの身体をあしつかむと、そのままつがえたアンカー矢をおおがにへ向けてっぱなす。おおがにはそのハサミでアンカー矢を器用にくるくると巻き取り、空中で二人を八本の足でかかむようにきとめると、球のように丸くなり、そのままかべの向こうへ着地してごろごろとばくの上を転がっていった。


 

「で、でっけえ……」


 おおぼうぜんつぶやくのを、やはりぼうぜんと聞いていたひげづらの役人は、眼前にそびえる巨大な一本のエリンギを目の前にして、絶句するしかなかった。

 やや、かべがわえがいて、白い柱のようにそそり立ったエリンギは、かさに積もった砂をたきのようにこぼしながら、なおもびあがろうとしてかんまんにその白いはだをくねらせている。

 砂とさびだけの死の大地に、生命が力強くく、そうごんな光景であった。


「キノコ守りは、死んだ土にも、キノコ生やしちゃうって。本当だったんですねえ……」


 多種多様のキノコをあやつり、それとともに生きる『キノコ守り』の一族。

 ほうをばらまくことによってさびを広げるとのうわさから、現代人はキノコをきよくたんしており、それにともなはくがいによって、キノコ守り達は世間からすっかり姿をかくしている。

 そのなぞに満ちたキノコのわざを、いつぱんじんがこうしてたりにすることは、まれであった。

 首から下げたカメラでエリンギをおおに、口を開けたままうなずきかけて……あわてて頭をると、ひげづらおおの頭をぱたき、耳元でった。


「バーカヤロウッ! 何感心してやがる、キノコのほうはサビのもとって、常識だろうが! あんなバカでかいキノコほっといたら、ここら一帯、すぐサビまみれになっちまうわッ」

「お───い、ヒゲブタ───ッ!」


 かべの向こうからひびく声を聞いて二人の役人は顔を見合わせ、あわてて管理エレベータから高台へ登り、声の主を見下ろした。


「エリンギには、週に一回、カバのくそいてやれ! 砂だけじゃ、育ちがおそい!」


 真っ赤なかみに、ねこゴーグルの賞金首が、かにの上から高台に呼びかけた。となりには、三角帽のろうづなをとりながら、ぷかぷかとパイプを吹かしている。


「き、キノコに、りようけだとぉ!?」

「いいから聞け、ブタろうっ! キノコは、さびを食って育つんだ!」ビスコはムキになってさけび返す。「ちゃんと育てれば、ここらもじきに、ばくじゃ……」


 ばぎゅん! と、ビスコの必死の説得をさえぎるようにしてひげづらじゆうだんが飛び、ビスコのかたぐちかすめた。ビスコは、やや呆気あつけに取られた表情をじよじよしゆのそれへと変えてゆき、せきはつをゆらめかせて両目をぎらりと見開いた。


「人の親切を……。どいつも、こいつも! どうして、聞きやがらねえんだァッ!」


 いかりのあまり弓に手をかけるビスコを見て、さてしおどきと思ったか、ろうが笑いながらおおがにむちを入れる。おおがにむちを待ちわびたように元気いっぱいに走り出し、ぐんなんへき関所から砂の向こうへみるみる遠くなっていく。


つらァ、覚えたぞォ、あかぼしィーッ! 次はその舌、ッこいてやッからなァーッ」


 風が大きく、たたきつけるように吹いて、砂を巻き上げた。かにの上のビスコはすなあらしの中でまばたきもせず、ゆっくりとその声にかえり……


『びッ』と中指を立て、そのすいいろの眼光で、思い切りにらかえした。

 そのビスコの顔を、おおの望遠レンズがとらえた。された写真には、意志のにおつような、せつぎようそう


「……目線だけで、ハエぐらい、落ちそうだな……」


 この写真がぐん県庁に採用されて新しい手配書になり、おおが本気でカメラマンを目指すけにもなるのだが、それはとりあえず、じんを巻き上げてばくける、あかぼしビスコのこれからとは、あまり関係がないのだった。

刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影