6 ③

 ビスコの前で、ようやっとアクタガワのおおばさみから転げ落ちたミロは、どろですっかりよごれた顔をぬぐい、ごほごほとんだ。


「この、バカ! 何がどうなったら、あんな……」


 ビスコはミロにりつけ……ようとして、それはもう見るからにすっかりしょげかえってうつむく、生傷まみれのミロの顔を見て、そのあまりのびんさに何も言えなくなってしまった。


「び、ビスコ、ごめん、ぼく……!」

「いい! あやまるな。……今日はもうお前が持たねえ。先に進もう」

「だ、だいじよう! 時間がないよ、はやく、乗れるようにならないと……」

「その、産まれたての鹿しかみてえな足でかよ。訓練はまた明日だ。怪我けがだけ、治してこい」

「……うん、わかった」


 言いながらビスコは、少しけんしわを寄せて、次の手に考えをめぐらせていた。

 ミロの才能うんぬんよりも、本音を言えば、キノコ守りでもない素人しろうとにすぐにかにに乗れなんて、そもそも無茶な話なのだ。

 キノコ守りにしてもそのすべてが自在にかにあやつるわけではないし、中には、薬物によるさいみん状態を利用して、半強制的にかにあやつるキノコ守りも存在する。


(急ぐ旅とはいえ、アクタガワに、薬は使いたくねえが……)


 ビスコが思いをめぐらせながらミロをながめていると、ミロは自分の少ない荷物をかかえて、てくてくと……どうやら、アクタガワの方へ歩いてゆく。


「アクタガワ。無理させちゃって、ごめん。薬、るから、じっとしててね!」


 ミロがふところからむらさきいろかがやく薬管を取り出し、アクタガワへ歩み寄ると、さすがにアクタガワも不気味がったのか、ぐわり! とおおばさみかかげてかくする。アクタガワのかくはくりよくといったらすさまじく、他の動物はおろか、兄弟分のビスコをしてたじろがせるほどである。

 それへ、


「強がってもだめ! ほっといたら、筋肉が弱くなるよ! はい、きをつけっ!」


 少しのひるみもみせずに、ミロが声を張った。おどろいたのはビスコで、それまでおおばさみかかげていたアクタガワがじよじよけいかいを解き、ゆっくりと、かくを解いたのである。


「そう! いい子だね。はい、おすわり!」


 アクタガワの白い腹をでて、笑顔のミロがささやけば、とうとうアクタガワも全身のきんちようを解いて、足を折ってそこへ座り込む。ミロが、手にした薬液をアクタガワの関節に吸い込ませてゆくと、ほのかにこうそうのようなかおりが辺りにただよった。

 呆気あつけにとられて自分を見つめるビスコに、アクタガワをでながら、ミロが声をかける。


「ごめん、あんな無茶な乗り方されたから、ずいぶん筋肉に傷をつけちゃった。でも、ツキヨモギの再生薬を使ったから、アクタガワなら、歩きながらでも治るよ!」


(……おれは、自分の傷を治せって、言ったんだがなあ)


 ビスコはとなりまで歩いていき、不思議そうな顔で、落ち着いたアクタガワとミロを見つめる。


「おまえ、これができるのに、なんで、背中に乗れないんだ?」

「……? これがって、どれが?」

「……。く、ひ、ひひひ……。まあ、いいよ」


 ビスコはそこでかいそうに笑ってくらへ飛びのり、ミロの手を引いて、右のくらへ上げてやった。づなに反応して走り出すアクタガワの上で、ビスコがつぶやくように言う。


「予定へんこうだ、かにの訓練はやめる。おまえ、かにに関しちゃ、才能がある」

「ええっ!? あんな、ありさまだったのに……?」

「でも、アクタガワと話した。おれも初めて見たよ、かにに乗るまえに、かにと話せるやつなんて」


 巨大な八本足で走るアクタガワのしようは、ふしぎとおだやかで、みぎかたに乗っている異物感も、先の一幕でずいぶんとやわらいだようであった。

刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影