序章
何とも面倒なことだと、僕は思った。

「いやあ、……あいつら、成長しないですね!」
竜達のことだ。炎で出来た竜達。それが今、僕達の立つ岩盤のフィールド上の周囲にいて、這い上がろうとしてきている。
このフィールドはちょっとした籠城戦だ。夜のように暗い空の下、黒煙が上がる溶岩大地の中に三百メートルの高さで富士山的に盛り上がったテーブル台地がある。その上が僕達の居場所で、それでまあ、僕達のすることはといえば、

「――既に迎撃してるんだがな……!」
竜達が強引だ。前は蛇体だけだったから、高台ならば余裕かと思えば、今回は幾つもの足じみた鰭のあるものや、

「上から来たヨ――! プロミネンス!」
溶岩から射出された炎のアーチが、そのまま竜となってこっちの台地に乗り込んで来る。
パっと見、綺麗だ。竜も無茶するなあ、と思うが、

「――捌くか」

「――お先に行くよ! そっち、後から頼む!」
フィジカル系の先輩達が、来る竜の迎撃に飛び込んでいく。
まるでゲームだ。

「つまり戦闘能力の無い僕は指揮役ですよね!? ウヒャア! やりたい放題だ! 全体コマンドは”いのち を そまつに”あたりですよね!」

「粗末というか軽率なのは駄目だと思うなア」
と言いつつ、先輩達が竜を捌く。
何度も戦闘経験のある相手だ。だが、

「慣れているとは言え、ちょっとしつこいな……!」

《ここ数日は私の警備システムで押さえ込めていたんですけどねえ。やはり皆さんが来ると解ったら、ちょっとハジケ気味になるようです》
そうかい、と言って頷き、皆が武器を構えた。

「雷神剣……!」
黒の空から雷撃が全域に降り、その中央を白の光剣が数百メートルに渡って貫く。
回った。稲妻の刃が、先輩の手で薙ぎ払いとなってスラッシュ。
広範囲攻撃である雷の振り回した。避けられる筈もない。
這い上がってきたばかりの竜達は雷の水平切りを食らって破砕し、それでもなお、自分のマテリアル任せに飛び込んで来ていた炎は、

「ホワイトスゥオード!」
長さ数百メートルの、流体で出来たブレードが貫通というよりも、割った。
全て白剣が穿つ。
だが敵は止まない。

「……二波目が来るぞ!」
その通りだ。先ほどのは練習だったとでも言うように、倍以上の炎竜が下に押し寄せ、空に朱のアーチを描いている。
こりゃ大変だ、と思ったなり、声がした。

「ええと、すみません! ちょっと課題やってたら遅れました!」
先輩だ。
●
僕が先輩の方に振り向くと、皆も視線を向けてきた。

「ウヒョー、先輩チャン余裕ゥ――」

「いやいやいやいや、前のアレのおかげで夏休みに毎日やるべき宿題をやってませんでしたから!
――とりあえずこっちの権術は既に発動しています!」
おお、と声が上がった。先輩の権術は、こういう状況に完全対応出来るものだからだ。
敵を殲滅できる。
ゆえに僕を含め、皆は見た。周囲に散る白い花弁の霞を、だ。
それは吹雪のように広がり、迫る竜達にも届き、僕は叫んだ。

「先輩ラブラブ殲滅ストーム!!」
先輩以外の皆が無視した。まあよくあることだ。くじけないことが肝要。何度でもやってやるからな……! 見ていろよ! 一方の先輩は、あら? と首を傾げている。なので僕は、

「先輩! どうしたんですか!?」

「あ、いえ、……何だか権術の効果が出ていないような……」

「……ん?」
と、周囲の皆も気づいた。
おかしい。

「何か、先輩さんの花霞、効果が出てないっぽい?」
その通りだ。
竜属に散る白の花弁が、何の効果も発していない。皆は、戦いながら状況を確認し、

「バグったかナ?」

《失敬な! 私の管理下でそのようなことはありません!》
だとすればこれは、どういうことか。

「僕の叫んだ必殺技の名前とポーズが間違っていたのか!?」

《よく解りましたね猿。やはり正しい効果は正しい必殺技の叫びからです。
両手を左右に広げて前に戻しながら”雪花ドキドキィ! ラブラブ先輩ズッキュンストーム! 行っちゃうぞォ!!”と叫ぶのです。そうすれば後追いで効果が発生します》
僕は両手を左右に広げて前に戻しながら叫んだ。

「雪花ドキドキィ! ラブラブ先輩ズッキュンストーム! 行っちゃうぞォ!!」

《嘘です》

「お前……! お前……!!」

「何か、つい見ちゃったヨ……」

「有り難う御座います! 有り難う御座います! 弛まぬ精進を続けていこうと思います!」

「というか、どうして私の権術、効かないんでしょう……」

「この前の戦闘で、相手を確定しすぎた?」

「アー、思い切り宣言してたもんねエ……」

「ええ!? そういうものなんですか、アレって……!」

「いや、自分で言わんでもサ……」

「いやいや、いいじゃないですか先輩! 僕、先輩のそういうウッカリなところ、いいと思います! 他、フォローも充分いるから問題ないです! 僕はメンタルしかフォローしませんけどね!?」

「いや、あの、……ダメポヨなんですけどね? まあ、住良木君がそう言うなら」
照れ困りの先輩、凄くいいです……。あと、やたらと周囲にレベルアップを知らせる啓示盤が出て、
皆がこっちを真顔で見たけど僕は気にしない。
そして気付けば、空に炎竜が幾条も届いていた。咆吼を上げ、

『――!』
突撃というか、総勢の突進が来る。随分な圧に、他の皆が構えるが、

「何やってんの、ザコ相手に」
いきなり天上に現れた光が、全てを吹き飛ばした。
一瞬の強烈な光が炎の竜を焼いて乾かし、塵に変える。それを行ったのは、いつのまにか後ろに来ていた女だ。彼女はカラムーチョを袋で食いながら、

「フフ、見た? 皆、私の超強いところ!」

「何やってたんだよムーチョ! 遅いぞ!」

「誰がムーチョよ! ほら、皆、ちゃんとしなさい!」
言うまでもない。他の皆が、手を軽く振って応答として、炎竜の迎撃に入る。
先輩達は相手の挙動をかいくぐり、踏み込みを確かにして、

「……!」
一人が打ち込み、竜の破片として炎を散らす。するともう一人が、

「前に出よう」
召喚した巨大な白剣を打ち込み、

「レッドラインシールド」
数百メートルの巨大な盾で、竜の壁をシールドバッシュ。破壊した。

「おお! ……まあ、こういうスタイルの方が、いつもらしいか……!」

「先輩チャーン! 住良木チャンと岩屋で御茶淹れて待っててネ! あとで四文字チャンも来るから、そこで次の段階いこうかア!」

「す、すみません! 宜しく御願いします!」
と、僕達は台地の中央を見る。そこに、岩で出来た待避所として、家があるのだ。
●

「じゃあ、とりあえず岩屋へ!」
僕は先輩の手を引いて走り出した。
対する先輩が足を速め、僕に並んで吐息をする。

「また見事に役立たずになってしまいました……」

「大丈夫です! 戦闘慣れしてない先輩らしくでいいですよ! これからまた、別のアプローチの権術を作ればいいだけですから、一緒に頑張りましょう!」

「住良木君はホントに……、強い人ですね」

「いやあ、簡単に死ぬザコキャラなので、全然! もう何度も死んで、先輩達にメーワク掛けてますから、こういうフォローはしないと駄目です!」
いや全く、と、着いてくる”画面”が言った。

《ゲームだとした場合ても、死に過ぎです、貴方》

「いやあ、残機、無限設定だからなあ」
でもまあ、

「なるべく、いろいろ忘れないようにしないとな! 憶えることもだけど、忘れることも多すぎだから」
そうだ。
いろいろあって、こんな派手な状況になっているけど、外は夏休み。学校行ってダベることだって好きに出来る。
それがこうなったのは、ほんの数日前のこと。

「ゲームで死んだってのが、始まりだっけ」
ちょっと、その話を、思ってみよう。



