序章 『境界線前の集合者達』
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三河の専用陸港、そこに着港した武蔵八艦の内、中央前艦となる武蔵野がある。
長大な艦体の艦種側、主甲板の上で、一人の自動人形がこう告げた。

「では武蔵が保持する記録空間の攻略。――開始を御願いいたします。――以上

「どういうことよ?」

「また何か武蔵がおかしくなったのでは?」

「三河から末世解決までの記録が実体化(?)して武蔵を浸食してるので、各艦を解放しなきゃいけないんですよ!」

「いきなり説明台詞ですけど、とりあえず状況は進んでますのよ?」
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午後の傾いた日の下、無数の地響きと声が聞こえる。
戦闘だ。

「行くぞ……! 極東の意地を見せる時だ!」

「来い……! 三征西班牙及び聖連の正義を見せよう!」
整地された大きな広場の中、崩れかけた方陣と新規の方陣が二つ連携し、広場を通過しようとする楔形の陣形を押し潰していく。
防御側の方陣こそが分厚く、地響きは圧倒的だ。
楔形の陣形は一気に横から押され、前進しながらも広場の端に追い詰められていく。

「堪えて! 広場を抜ければ一直線なのよ!」
飛び道具はもはや使われない。武装がぶつかり、術式による防護障壁が砕かれ、

「ここまでだ……! 一気に勝負を付けるぞ!」
おお、と声が生まれ、一気に圧迫が進む。そんな風に押しやられ、詰められる楔形の陣形の中、追い詰まって木に登った馬鹿が、声を上げた。

「ウヒョー! 俺様、今、超総受け!」

「気が抜ける物言いはやめるで御座るよ――!?」
構わず、馬鹿は声を上げた。

「うおお──! 今! まさしく! 俺様超総ウケ──!!」

「防御の気が散るから黙ってろお──!!」
だが、皆の叫びに、馬鹿は表情を変えもせず、言葉を続けた。腕を左右に振り下ろし、

「お──たすーけぇプリ──ズ! おんまわりさあ──ん!!」
叫びが空に抜けた。だが当然救いはなく、対する混成戦士団が全員で声を揃え、

「来るか馬鹿! ──この状況で、どこから来ると言うのだ!!」
しかし、誰もが音を聞いた。それは、耳には軽い、何かが破裂したような響き。
空を鳴らす音色は、二つ。

「──!?」
東の山の向こうから響いた音だ。その響きの正体は、

「航空機動の、加速器の響き……!?」
確かに聞こえた。だが、

「──いくら武蔵の武神射出でも、こちらの山を越えては飛ばせまい!」
言葉の直後に、それが来た。
超重量物が、広場の地面を捲りながら滑走状態で着地したのだ。新たに追加される地響きと、風を撒いた形の正体は、

「地摺朱雀!?」
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点蔵は、違和を感じていた。今、広場に飛び込んで来た重武神は、地摺朱雀だ。だが、

「背部に飛翔器……?」
朱雀は地上戦専用ではなかったか。ここに飛び込んでくるのも、自力での航行ではなく、デリッククレーンを使用した投擲によるものかと思ったが、

……これは――。
何か予定が狂ったか、と思った時だった。不意に自分の顔横に表示枠が来た。
画面内に、金髪巨乳が映っている。

「……ファッ!?」
えっ、誰この巨乳で金髪で美人! ちょっと通神ミスじゃないで御座るゥ? と上ずって思っていると、

『点蔵様!』

……”様”づけキタアアア――!!
えっ、何一体。今、何が起きてるで御座る? 自分、全然解らないで御座るよ? だが、

『点蔵様、今、とにかく大事な時間帯です。いろいろ疑問に思うところはあると思いますが、御自分の責務を果たし、総長をホライゾン様の処へと届けて下さい。宜しく御願いいたします』
言われた内容に、浮かれていた心が落ち着いた。この御仁と脈は無いで御座ろうなあ、でも、この戦後に何処かで逢えたらなあ、と思い、しかし、

『Jud.』
そういう思考をやめた。今、彼女が言っているのはまっとうなことだ。そして確かに、朱雀や、その既にこの西側広間で戦闘を開始しているミトツダイラには、違和がある。

「……第五特務、すごく素早く動きますよねー」
アデーレ殿が棒読みなのは何か理由があるのだろうか。
ただ、皆に対して違和がある。
そうだ。何か、これまでの彼女達とは違うような。そんな”隠された能力・装備”などが、しかし皆にはあったのだろうか。あったとしたらネシンバラが捨て置くまい、と思う。だが、

『よう御座る。――あの馬鹿を、とりあえずホライゾン殿のところへと届けるで御座るよ。他、気になることなど、あったとしても、恐らくはこちらの有利になること。そんな気がするので――』
言う。自分の仕事に集中するため、彼女からの通神を切るようにして、

『――礼を言うで御座る』
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ほ、とメアリが息をつくのを、浅間は見ていた。
武蔵野艦首甲板上だ。
上空。ナイトとナルゼが黒嬢の白嬢の三型で飛翔していくのが見える。その、通過後に発生する風音を聞きながら、己は南の空を見た。
西日になっていく午後の日差しの下。
ここは三河。自分達の始まりの場だが、今、そこで行われているのは、

「――何でか記録というかやり直しというか。何やってるんでしょうねえ」

「いやホントにそうなんですけどね!?」
一体どうしてこうなったのか。それはもう、理由はあるのだ。
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話は、一週間ほど前の朝に戻る。



