プロローグ リリィ、繋いだ手のひら

「リリィ、ハンカチは持ったか? つえとローブは?」

「きのうりゅっくにいれた! はんかちはね、うーんと、えっと…………」

「杖、入ってないぞ?」

「ありゃ…………? さがしてくる!」


 朝日が差し込むリビングを慌ただしく行ったり来たりするリリィを横目で眺めながら、リュックの中を改めていく。

 昨晩リリィが自信満々な様子で準備していたリュックだったが、ねんため確認してみれば早速杖が入っていなかった。この調子だと他にも忘れ物がありそうだ。


「入学式から恥をかく訳にはいかないからな…………」


 長い魔法学校生活を楽しく過ごせるかどうかは、入学式からある程度決まってくる。

 周囲にナメられるような事はあってはならない。忘れ物など一番やってはいけない事だ。


「ぱぱ! つえあった!」

「よし、忘れずにリュックに入れとこうな」


 リリィは俺に杖を手渡すと、バタバタと自分の部屋に戻っていく。その背中を眺めながら何とはなしに杖を中空に掲げると、白銀の表面に朝日が反射してキラリと輝いた。


「…………盗まれたりしないよな」


 討伐難易度SSS級のクリスタル・ドラゴンの角で作られたこの杖は、本来なら専用ケースに入れて持ち運ぶべき────いや、そもそも普段使いなどするべきではなく、一流魔法具店に非売品として飾られていなければおかしい代物だ。売れば間違いなく帝都の一等地に立派な家が建つ。盗難のターゲットになる可能性は充分あるだろう。


「…………ま、いいか。盗まれたらまた倒してくれば」


 クリスタル・ドラゴンの倒し方は前回で把握した。討伐難易度SSS級だか何だか知らないが、その時はまたリリィの杖になってもらうだけだ。

 俺は雑多に中身の詰まったリュックの隙間に雑に杖を差し入れ、リリィの部屋に向かった。中をのぞくとリリィは姿見の前でローブを着ている所だった。焦っているのか、エルフ特有の長い耳がぴこぴこと揺れ動いている。


「ひとりできれた!」


 くるっと身体からだを反転させてこっちを向きながら、リリィが両手を広げる。

 杖と同じくクリスタル・ドラゴンの素材で作られたローブは、今でこそリリィにぴったりだが、きっとすぐに小さくなるだろう。

 なんたってリリィは成長期だ。中級生になる頃には、今のローブでは上半身しか隠れないようになっているかもな。いや、そうなっていて欲しいと思う。


「リリィ、学校に行く準備は出来たか?」

「おー!」


 ────かつて奴隷だったリリィ。

 けれど、この世の全てに絶望していたあの頃のリリィはもういない。これから沢山の幸せがリリィを待っている。


「りりー、がっこーたのしみ!」


 リリィが走り出す。ぱんぱんに膨らんだリュックをよろけながら何とか背負って、笑顔を咲かせた。


「ぱぱ、はやくいこ!」

「ああ────リリィ!」


 ソファの上に帽子が載っているのに気が付き、慌ててリリィを呼び止める。玄関へ続くドアからひょこっと顔を覗かせた。


「帽子。忘れてるぞ」

「! ほんとだ」


 頭に手を当てて驚きの声をあげるリリィ。そっと帽子をかぶせてやると、リリィはにへらっと笑って手を伸ばしてくる。

 差し出された小さな手のひらをしっかりと握り、俺達は明るいお日様の中へと歩き出した。

刊行シリーズ

売れ残りの奴隷エルフを拾ったので、娘にすることにした2の書影
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