天嬢天華生徒会プリフェイズ

2 その④

 生徒会室での挨拶もそこそこに済ませると、凰華が寮まで連れていってくれた。

 アルケリリオン女子学舎の敷地を一望できる丘の上に、赤煉瓦造りの古風でシックなその寮はたっていた。といっても古風なのは外観だけで、内装はごく近代的な集合住宅。エントランスはオートロック式だし、宅配ボックス完備だし。

 ロビーでも廊下でも、同じ制服姿の女子生徒たち何人もとすれちがう。みんな凰華に向かって会釈し、「会長こんにちは!」「会長お帰りなさい」と挨拶してくる。

 先んじて階段を上がり始めた凰華の背中におそるおそる訊ねた。


「あの、ここって学生寮だよね……?」

「はい。あ、ご安心ください、先生は二人部屋をおひとりで使っていただきますから」

「いやそうじゃなくて」

「あっ、同室がいた方がいいですかっ? そうですよね、わたしもアルテちゃんと竜胆が同室なのがうらやましくて、お母様が自宅から通えと言うのでしかたなく通学ですけれど先生がどうしてもっておっしゃるなら朝から晩までご一緒しますっ」

「いやいやなんでそんな話になるの。じゃなくて」


 ぼくは周囲を窺って声をひそめる。


「生徒と同じ寮って、……まずくない?」


 凰華は踊り場で足を止め、不思議そうに首を傾げる。


「なにか問題があるでしょうか。学舎に近いから便利ですし、学食にもつながってますしバスも出てますし全館フリーWi-Fi飛んでますし」

「そういう問題じゃなくて、あの、ぼくは教員なわけで」

「先生なら生徒たちにも難なく溶け込めると思います」


 だからそういう問題じゃなくて! もし生徒の親御さん方に知られたら猛抗議されるんじゃないの?

 しかし、凰華に案内された部屋は学生寮とは思えないくらい余裕たっぷりで、まずベッドルームとリビングが分かれているところからして寮らしくないし、トイレとシャワールームも別だし小さめながらもウォークインクロゼットまである。陽当たりも良好だった。


「……良い部屋だね……」


 今までぼくが暮らしていたところに比べればどこでも天国だろうとは思っていたけれど、これはちょっとギャップに目眩がしそうだ。

 ベッドルームの隅に、ぼくのボストンバッグも届いていた。到着早々のとんでもない事件でどこかに持っていかれて心配だったけれど、ちゃんと取り戻してくれたのだ。よかった。


「気に入っていただいて嬉しいです。良い学校は良い寮から、ですものね」


 凰華は嬉しそうに部屋のあちこちを案内して細かいところまで説明してくれる。


「アルテちゃんと竜胆の部屋が三階の3019号室ですから、なにか不便があったらいつでもそちらに」

「うん。ありがとう……」


 なし崩しで女子学生寮に住むことになってしまった。いいのか? いやでも住むあては他にないわけだし、今日寝る場所もないのに不動産屋を訪ね歩くのもしんどいし、もう細かいことは気にせずに厚意に甘えるか。問題が起きたらそのときに考えよう。


「では、先生」


 凰華はリビングのテーブルにぼくを促し、向かい側に自分も腰を下ろした。


「お疲れでしょうけれど、業務についてお話しさせてください」

「あ、う、うん」


 ぼくは唾を飲み込み、凰華の顔を見つめ返した。

 彼女がぼくの雇用主なのだ。遊びにきたわけじゃない。働きにきたんだ。


「先生には、わたしたち生徒会執行部の顧問になっていただきたくて、お呼びしました」

「それはさっきも聞いたけど。つまり、教師としてじゃなくて?」

「いえ。もちろん教師として、です。ゆくゆくは学舎の子たちにも授業をしてもらいたいですけれど、……実は……」


 凰華は少し言いにくそうに続ける。


「最初のうちは先生にあまり目立ってほしくないんです。教壇に立つとかは、まだ控えていただきたいんです。なぜかというと、この学園では良い教師は奪い合いになるので」

「はあ」


 意味がいまいちわからなかった。


「奪い合い、って。いや、べつにそのへん歩いているときに拉致られるわけじゃないでしょ」

「いえ。そういう事件もわりと頻繁にあります」


 真面目に言ってんの? いやまさか?

 でもこの学園がなにからなにまで常識外れなのは今日一日だけでもさんざん見せつけられてきたわけだし……。


「学園では人材こそが財産なんです。ほんとうにそのままの意味で。だから強引なヘッドハンティングは日常茶飯事です。先生なんて、少しでも話題になったら絶対に学園じゅうから狙われちゃいます!」


 そんなことは全然ないと思うけど。ぼくは黙って肩をすくめる。


「そんなわけで先生にはしばらく潜伏していただいて、まずはわたしたち生徒会執行部の個人教師として、色々と教えていただきたいんです」

「……高校の現代文を――ってことじゃ、なさそうだよね……?」

「戦い方を、です」


 戦い方。

 なんだそれは。ぼくになにを求めてるんだ?


「最初からお話ししますね。長い話になりますけれど」


 ぼくはうなずいた。

 凰華の指先がテーブルの上を滑り、長い長い方形を描く。

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