好きだった子をメイドにしたら、俺の部屋でこっそりナニかしている
4 メイドさんがいる朝
「おは……よう……」
「んん!?」
なんか苦しそうな女の声が!?
俺は、がばりと起き上がった。
「んん……起きた……の?」
起きるとベッドの横にメイドがいた。
メイドというか、氷坂清耶香だった。
「氷坂? なにをしてるんだ?」
「ひさか、ちがう……さやかちゃん……」
「ちゃん付けは要求しなかっただろ」
よく見ると、清耶香はぐらんぐらんと頭を左右に振っている。
大きな目も三分の一くらい閉じられていて、前が見えているのか怪しい。
メイド服の胸元はいつも付けているリボンがなく、ボタンが外れて胸の谷間が覗いている。
頭のカチューシャも傾いていて、髪も結んでいない。
「……もしかして清耶香、朝弱いのか?」
「んん、そんなこと、ない……私はメイド、ご主人様を起こすのも大事なお仕事……」
「まだ雇ってない。いちいち訂正するのも面倒になってきたが。起こしにくる前に自分が起きてから来いよ」
「んー……」
遂にまともな返事すらなくなったな。
清耶香が俺の屋敷に押しかけてきて数日。
どうやら清耶香は、メイドとして雇ってもらうために本気を出してきたようだ。
この数日は、朝起こしにくることはなかったんだけどな。
まさか、ここまで朝が弱いとは思わなかった。
朝弱いメイドとか、致命的な欠陥を抱えてねぇ?
「朝食のご用意が……できてません……」
「だろうな!」
「今からつくるので、清宮くんは身支度を……着替え、手伝う……?」
「まず顔を洗って目を覚ましてくれ。その有様で包丁だのコンロだの使われたら怖すぎる」
「任せて……」
清耶香は、ふらふらと部屋から出て行った。
本当に大丈夫だろうな?
心配しつつ、洗面所で顔を洗う。
この広い屋敷は洗面所もいくつもあり(まだ全部確認してない)、それぞれ同時に顔を顔も手も洗える。
部屋に戻ってゆっくり身支度してから、一階に下りてダイニングに向かう。
清宮家旧邸には、飯を食うためだけのダイニングが独立して存在する。
「おはよう、清宮くん。いい朝ね」
「豹変してるな!」
この数分で眠気が飛んだのか、カチューシャをきっちり付け、メイド服の胸元にはリボン、それに目もぱっちり開いている。
「清宮くん、一時間ほど待ってもらえる? 朝食を用意するから」
「朝っぱらから一時間もかけて料理するのか!?」
いきなり元気になりすぎだろ!
「朝食は重要よ。たくさん食べないと。あと、清宮くんの朝食がごはんとパン、どっちが好みかわからないから、両方つくるわよ」
「パン! パンでいいから! いや、パンでお願いします!」
「その殊勝な態度はいいけど、メイドに敬語は必要ないわよ」
「米を炊くところから始められたら困るんだよ……」
清宮家旧邸のキッチンは以前にリフォームされていて、調理器具は高機能のものが置かれている。
「じゃあ、二十分ほど待って」
「……まあ、それくらいなら」
まだ七時を軽く過ぎたところだ。
俺たちが通う総秀館までは、徒歩で二十分程度。
八時に家を出ても余裕で間に合う。
「~~~~~♪」
「…………」
珍しい……清耶香の鼻歌なんて初めて聞いた。
学校では、たぶん鼻歌をうたうようなキャラだとは思われていないだろう。
「できたわ」
「おおっ……」
カリカリに焼いてバターを塗ったトースト二枚、ハムエッグにソーセージ、サラダ、さらにスープもついている。
「ごめんなさい、さすがに時間がなくてスープはインスタントよ」
「上等すぎる。マジか、清耶香、料理できたんだな……」
「どういう意味?」
メイドさんは――メイド服姿の女子は気を悪くしたようだ。
清耶香はクールで浮き世離れしていて、家事なんかできそうに見えないんだよな。
「母と二人暮らしだったのよ。嫌でも料理くらい覚えるわ。母はプロのメイドだったのだし。そんなことより、食べてみて」
「プロ仕込みの料理か。いただきます」
ハムエッグなんて単純な料理だが、厚めのハムを焦がさずに上手く焼き、塩コショウだけの味付けの目玉焼きも好きだ。
まずはなにも付けずに食べ、それからソースをかける。
俺は醤油派でもソース派でもなく、食事に合わせる。今日は洋食なのでソースだ。
「うん、美味い。もしかして、本当にメイドをやれるのか……?」
「あなた、どこまで私を見くびってたの?」
「いや、ガチの上流階級の子供は、家事なんて人にやらせるもんだと思ってるからな。同い年の女子が料理ができるイメージがなくて」
今時は使用人を雇うことも少ない――というのは、“普通の金持ち”の話だ。
総秀館に通う生徒の大半は、家系図を何代も前、何百年も前まで遡れる。
先祖が歴史の教科書に載っているような生徒だって珍しくもない。
清宮だってそのうちの一つだ。平安から始まり、近代に到るまで何人かが歴史の表舞台に姿を見せ、なんらかの“仕事”を成し遂げている。
そういう階級の連中は、家事を使用人に任せることが義務だとすら思っていそうだ。
「清宮くんも、私に家事をやらせればいいのよ」
「うーん……」
今日までは清耶香には掃除を任せたくらいで、メシは別々、洗濯も自分でやってきた。
いやだって、クラスメイトの女子にメシをつくらせるとか何様だ?
俺はその辺、嫌味ではなく庶民に近い感覚を持っている。
ただ、現実問題としてこの広大な屋敷を一人で維持するのは不可能。
毎日、自分でメシを用意するかと言えば、そんなことはない。
コンビニとデリバリーに頼る気満々だった。
「清宮くんは、女子高生の手料理とコンビニ、どっちが好きなの?」
「“女子高生の”ってワード、必要か?」
それ、普通の選択肢を選んでも変態くさくなるだろ。
「だいたい、メイドにならなくても――って、そういえば清耶香はメシ食ってないな?」
「使用人がご主人様と同じテーブルで食事をとるわけには」
「おまえな……」
確かにメイドだったら、仕える家族とメシを食ったりはしないが。
「いいから、清耶香も一緒に食ってくれ。早く食わないと、遅刻するだろ」
「私は少食だから、パンだけでも充分なのよ」
「なにを食うかは自由だが、俺だけ食ってると後ろめたいんだよ」
クラスの女子にメシをつくらせ、一人だけ食べている――本当に何様なんだよ、俺?
「それと、あらためてもう一度言っておくぞ。メイドになる必要はない。落ち着くまでここにいていいから。衣食住にも不自由させない」
俺は、父親からこの清宮家旧邸での生活費を受け取っている。
それをどう使うかは俺の裁量に任されているので、清耶香を引き取っても問題はない。
もちろんメイドを雇っても問題はないが、それは口には出せない。
「なあ、そのメイド服だけでもやめられないもんか?」
「どちらにしても、家事はしなくちゃいけないんだから。メイド服は家事用の服よ。いわばプロ仕様なんだから、着てもいいでしょ」
「……まあ、清耶香がなにを着るのも自由か」
「このメイド服は、覚悟の証でもあるの。私がこの家で清宮くんのために働くって覚悟よ」
「うーん……清耶香は俺のために働く前に、自分の将来を心配したほうがいいのでは?」
「うるさいご主人様ね……躾けがなってないわ、清宮家」
「俺と実家をまとめてディスるな」
「いえ、いいのよ。躾けはこれから私がするから」
「は?」
清耶香は身を乗り出してきて、がしっと俺の肩を掴んだ。
「私はメイドで、あなたはご主人様。必ずそうなってもらうわ。あなたが立派なご主人様になるように、私を命令一つで好きに扱う主になれるように――」
清耶香はさらに身を乗り出し、耳元に唇を寄せて。
「躾けてあげます」
「…………」
なんだそれ、怖い。
俺はただ、路頭に迷ってる同級生を引き取っただけなのに。



