転生程度で胸の穴は埋まらない
第一章 異世界転生 ①
1
コノエが異世界に召喚されたのはとある春の日のことだった。
日本で死んで、気付いたら広間にいた。
意識が薄れて、目を
「……?」
訳が分からなかった。
健康診断で発覚して、たった三カ月で死んだ。
まだ二十代だったからか進行が速くて、病に気付いたときにはもう手遅れだった。苦しんで、苦しんで、その果てに一人で死んで。それなのに、目を開くと
「……???」
連続性が無かった。混乱して、周囲を見た。
周りには似たような人達が沢山いて、でも彼らもコノエと同じく
理解できなくて、どういうことかと頭を抱えて。
頰をつねったり、夢なのではと目を開いたり閉じたりもして──。
──そんな状態がしばらく続いた頃。
唐突に広間の壁が開いて、一人の男が入ってきた。そして言った。
「我らはあなた方の世界の技術が欲しい」
◆
それから三十日が
そして停滞を打破するために、地球から技術者や科学者を召喚しているということ。
コノエが召喚されたのも、その一環であって──しかし、一つ問題があった。この世界の召喚魔法には人を選ぶ機能がなく、死人の魂を大雑把に連れてきているらしい。
なので、結果として無関係な人間も沢山召喚されていて、何を隠そうコノエもその一人だった。残念ながら、コノエには求められる知識も技能もなかった。
つまり、一言で言うのなら巻き込まれただけのモブだった。
いてもいなくてもいい人間であって──。
「──はい、ではテストを回収しますね」
なので、そんなコノエは特に役目もなく、この世界に来てしばらく
現在地はコノエを召喚した国の、教育施設の一室。
周囲には多くの転生者がいて、その中に交ざっている。
ちなみにテストはこの世界の地理について。世界の広さとか国の名前とか。地下の話とか。
「…………」
……まあコノエが聞いた話では、この知識、施設を出た後はあんまり役に立たないらしいけれど。だから、他の転生者たちは結構適当に受けているようで──しかし、コノエは真面目に勉強してこのテストを受けていた。
理由? 理由は他にすることがないから。
「…………」
コノエは小さくため息を吐きながら、先ほどのテストの内容を思い出す。
この国と、惑星の広さについて。国は地球のユーラシア大陸くらいの広さがあって、惑星は地球の何倍も大きいらしい。
そして惑星の地下にはゲームよろしくダンジョンがあって、ダンジョンからは魔物と病が
ダンジョンを破壊するのがこの世界に生まれた者の使命で、そのために神様も人類に力を貸してくれていて──。
──残念ながら、その使命は現状詰んでいるらしい。
◆
現状を端的に言うと、ダンジョンが広すぎたようだ。
この世界の地下深くに広がるそれは、確認できているだけでも、とても広いこの惑星のさらに数倍はあるのだとか。
超巨大にして、果ての見えないダンジョン。人の足での踏破は到底無理な規模で、移動手段としてファンタジーな転移魔法なんてものはあるけれど、しかし属人的な技能であり技術なので全く数が足りていないらしい。
要するに、敵が強いとかじゃなくて物理的に攻略が不可能だった。
どうやら邪神は攻略させる気がないようだ。おのれ
結果として数百年間攻略は進んでなくて、しかし、その間も魔物は
それはあるいは異界の機械技術とか、車とか電車とか飛行機とか。それも一品モノではなく工業化され、大量生産できる仕組みが。
つまり、地球人たちはその目的のために呼び出されたということだ。
◆
「終わった終わった」
「何食べに行くー?」
テストが終わり、周囲の転生者たちはすぐさま立ち上がって教室から出て行く。
この世界に来てしばらく
転生者は、別に閉じ込められているわけではない。なので課題が終わった後は色々な場所に行っているようだった。街に下りたり、小遣いもあるのでそこで遊んだりとか。
「…………」
……まあ、コノエはそんなことしていないんだけど。
ずっと勉強していた。友達とかいないので、一人で。今も誰とも目を合わせないように
──それがコノエだ。完全にコミュ障だった。
◆
数分後、コノエは顔を上げる。
そして、一通り人がいなくなった後の教室から出た。遠目に、皆楽しそうだよなぁ、なんて思いながら。
「…………」
廊下を歩きながらコノエが外を見ると、多くの転生者が明るい雰囲気で歩いている。
その中に悲観的な人はいない。見える限りでは一人もだ。
皆、楽しそうに笑ったり、すれ違った金髪の少女たち──おそらくはエルフの少女に挨拶なんてしている。異世界にも異種族にも慣れていて、怖がることも絶望することもない。
……それを、コノエはある意味で異常だと思う。
だって、転生者は地球とは全く違う異世界に呼び出された。財産もなければ知識もなく、常識もなければ物価も分からないような所にいる。
そんな場所で、身寄りもなく一人ぼっち。普通なら悲観してもいい状況じゃないだろうか。不安になって眠れなくても不思議じゃない。でも、それなのに皆が楽観的に過ごしているし、笑っている。その理由は……。
(──神様のおかげ、か)
一言でいうと、そうなる。転生者は色々と神様に優遇してもらえるらしい。
どうやら、ご厚意で普通に暮らすだけならおつりが来るくらいの力をもらえるようだ。実際に一年前に呼ばれた転生者が笑いながらそう説明していた。
だから、それを知っているから、無邪気に遊んでいられる。保証があるからだ。
(……ありがたいな)
これは当然、コノエとしても助かる話だ。だってコノエは凡人だ。ホラー映画なら真っ先に画面の外で死ぬタイプの人間だという自覚がある。
……まあ、とは言っても、コノエは
(……神様に感謝しないと)
心から、そう思う。教わった動きで指で十字を切り、感謝の祈りを
「──あれ、君は……コノエ君だったかな?」
「……!」
──それは、祈り終えた、そんなときだった。コノエはふと、横から声を掛けられた。
◆
唐突に飛んできた自分の名前に、コノエの肩が跳ねる。
「…………教官」
「や、この前の授業ぶりだね」
なんとか冷静を
二十代前半くらいの外見の女性だ。ふわふわした長い銀色の髪と真っ白なコートが特徴的だった。そんな教官がコノエに軽い足取りで近づいて来る。
「ねえ、聞いたよ? 君、頑張ってるんだってね。すごく成績がいいらしいじゃない」
そして、唐突に褒めてくる。
出席率もいいし、寮内での行動も模範的みたいだし、真面目なんだね、と。
そんな言葉にコノエは……。



