転生程度で胸の穴は埋まらない
第一章 異世界転生 ⑥
「……申し訳、ありません。僕では、無理でした」
【……そっか】
「努力が足りないのは分かっています。でもこれ以上は」
【え?】
と、そこで神様から驚いたような雰囲気が伝わってくる。
見ると、大きな目をさらに見開いてパチパチと
【努力が足りない?】
「……? はい」
【それは、絶対に違うよ】
「……え?」
【見てたよ。君が頑張っているのを。毎日、ずっと遅くまで
──見ていた? 神様が?
神様が言っていることが事実かと言われれば、事実だった。
確かに毎日訓練が終わった後も遅くまで訓練場にいた。休日も遊びには行かなかった。
でもそれは……コノエにとってはある種の逃避だった。
だって、コミュ障だから。寮の部屋に戻っても居場所がなかった。
休日に連れ立って遊びに行く皆に交じることなんて、できるはずもなかった。だから、コノエは訓練や勉強に逃げた。
いつものように。これまで繰り返してきたように。孤独を努力で紛らわせていた。そうやって生きてきたから。
しかし、神様は、そんなコノエに。
【諦めるのは、仕方ないよ。でも、自分の努力を否定しちゃダメ】
「……」
【頑張った自分を、認めて、褒めてあげて?】
神様はコノエを
よく頑張ったねと。すごいよと。褒めてくれる。言葉はなくて、雰囲気だけが伝わってくる。
──そこに
それが心に伝わってくる。笑顔は本物で、疑うことが出来ないほど
「……はい」
そんな神様に、コノエはなんだか泣きそうになる。
神様の笑顔に、どういう訳だか何かが満たされた気がする。胸の中にあった知らない欠落が、ほんの少しだけ満たされた気がした。
「……」
……だから。だから不思議だけど。
……もう少し頑張ってみようと、そう思えたんだ。
◆
──その日。コノエは教官の部屋には行かなかった。
神様と別れた後、寮の部屋に戻って、また朝から努力して。
◆
──翌年、コノエはまた心が折れた。
いや、やっぱ無理でしょこれ。
◆
そんなことを一年に一度くらいの頻度で何度も繰り返した。
心が折れて、その度に神様が現れて、また立ち上がった。
何年も、何年も。訓練を重ねて、血を吐いた。
終わりは
走って、泣いて、血を吐いて。死にかけて、生き返って、また死にかけて。
魔物と戦って、何度も負けて。ようやく勝って、でも次はもっと強い魔物が待っていた。
いつまで
必死に
今度こそはと、夢を見た。かつて見た夢。
人に言ったら、アデプトになるより人と話す練習でもしたらと馬鹿にされそうな夢。でもそれが出来ないから、ずっと
下らなくても、みっともなくても。
今生こそは、誰かと。ただただそう願って──。
「──おめでとう、コノエ。君は確かに成し遂げた」
その日、コノエはアデプトになった。
学舎の門を
5
「コノエ、おめでとう」
「……ありがとう、ございます」
そのとき、コノエの胸中に喜びはあまりなかった。脱力感と、これは現実なのだろうかという疑念があった。
──二十五年。日本にいたころも含めて、人生の半分くらい。
才能ある加護持ちは最短十年くらいでアデプトになるため、コノエは最長の部類だ。
長い、長い日々。生命魔法の力で外見こそ若いまま維持されているとはいえ、時間は確かに過ぎ去っている。
同じ時期に学舎に入ったものはもう誰もいない。確か百人くらいがいて、十五年前と十年前くらいに一人ずつアデプトになった。そしてそれ以外はみんな諦めた。
「これが、アデプトの
「……はい」
教官から真っ白なコートを手渡される。
二十五年前、コノエを学舎に誘った教官。当時と同じように向き合って立っていて、でもこのコートはあのときなかった。
そう思うと、少しだけ実感がわいてくる。あまり着用している者はいないアデプトのコート。しかし、これは確かにアデプトの象徴だった。
「……」
これまでの日々を思い出す。どうしてここまで頑張れたのだろうと思って、浮かんでくるのは神様のことだった。諦めそうになるたびに、お茶を
──先日のアデプトの最終試験。神様は離れたところからコノエを見ていた。
試験に挑むコノエを見守って、そして、決まったとき大きく拍手してくれた。少し涙目になっていた。伝わってきた。コノエも泣きそうになった。……言葉はなくても、おめでとうと祝ってくれていた。
……だから、コノエは感謝している。
神様の優しさに。コノエにすら手を差し伸べてくれた、その慈悲に。
「……」
手元のアデプトのコートを見る。そこには神様を表す白翼十字の紋章が刻まれている。
だから、コノエはコートに袖を通して、首元から腰まである固定具をすべて閉じた。
「君は、着るんだね。うん、それもまた自由だよ。アデプトは神から与えられた使命に背かない限り、人よりはるかに多くの自由が許されている。そして、コノエ、君は本日より九千百二十人目のアデプトになった」
「……はい」
「君はこれから、何をしてもいい。その身に付けた生命魔法で病から人を救ってもいい。冒険者になってダンジョンへ挑んでもいい。邪神との戦に出て武功を立て、貴族になってもいい。かつて言っていたように、ハーレムを作ってもいい」
「……はい」
「まあ、そうは言っても、普通は実家の貴族家や信仰上の
あはは、と教官が笑い、少し羨ましそうにコノエを見る。
コノエは、そんな教官に何と返せばいいか分からず、口を
「……ふふ、ごめんね。余計なことを言ったよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか。最後に君にこれを」
「……? これは?」
「相場表だよ。アデプトに仕事を頼むときの料金表と言ってもいいかもしれない」
渡された紙を見る。そこには『死病の治癒:半金貨一枚』と書かれている。他には『護衛(三十日):金貨二千枚』や『
あまりコノエは金銭的な相場には詳しくない。この世界に来てからほとんどの時間を訓練に費やしていたからだ。しかし、金貨一枚があれば
……なるほど。これは確かに稼げる。奴隷ハーレムだって簡単に作れるだろう。
「ああ、念のためもう一度言っておくけど、君は自由だ。だから、その相場に従う必要はない。無料で治療をしても良いし、相場の十倍の額を要求してもいい。それが、アデプトだ」
「……はい」



